誘惑はどこにでもはないと思います4
遭遇はそれだけに止まらなかった。
サイアンさまは、私よりも三学年上だ。
最高学年では一般的な授業以外の科目が多くなるらしく、基本的に授業も同じになることはない。
だというのにここ1ヶ月、私は何かとサイアンさまに声を掛けられていた。
「リュエット嬢」
「……サイアンさま、こんにちは」
軽く礼をした私は、教科書をしっかりと抱きしめてさも次の授業に急いでいますといった顔で廊下に立つサイアンさまとすれ違いながら進んだ。一緒に移動していたクラスメイトが好奇心をきらめかせた目をしている。
「ねえリュエット、最近サイアンさまとよく話をしてるわねぇ」
「お二人って仲が良いのね?」
「全っ然!! 良くないわよ!!」
「なんでミュエルが答えるのよぅ」
私の代わりに強く否定をしたミュエルは、急に接近してきたサイアンさまに対して不信感を持っているらしい。昼食の席で一緒になりかけたときなどにはっきり断ってくれるので、ここのところお詫びと感謝のお菓子を送りっぱなしだった。
「なんの思惑があるのかしら。あんな態度を取っていたくせに。怪しいわ」
マドセリア伯爵家の展示会での素っ気無い態度を忘れていないミュエルは、私以上にサイアンさまのことを警戒していた。ミュエルのように上手に断ることはできないけれど、私も内心は同感だ。
「確かに、今までお家の付き合いもほとんどないし、サイアンさまに会ったのも学園が初めてだし……」
「もっとお近付きになって仲を深めたいと思っていらっしゃるんじゃない?」
「リュエットは男性を避けがちだし、仲良くなるのは悪いことじゃないと思うわ」
「でも何もサイアンさまじゃなくってもいいじゃない!!」
「だからなんでミュエルが言うのよぅ」
展示会でのサイアンさまの態度、それから魔力画が燃えたこと、そしてその後に隔離するように別の部屋に押し込められたこと。
はっきりした性格のミュエルは、押し込められているときや黒の杖から事情を聞かれたときに猛抗議をしたそうだ。魔力画を通して昔から付き合いのあったご両親がその件で弱い抗議しかしなかったことについても怒っているらしく、お父さまとは冷戦状態なのだそうだ。
「そもそもサイアンさまとリュエットなんて何の接点もないでしょ!」
「魔力画が好きという点は、共通点かも」
「本当に好きなのか疑わしいわ! だって魔力画の話だってそれほどしないのでしょう?」
「それは、そうだけど」
疑ってばかりも良くないし、サイアンさまは話し相手を探しているだけかもしれない。
そう思って、話しかけてくれたサイアンさまと魔力画について話そうとしてみたこともあったけれど、サイアンさまが積極的に魔力画の話をすることはなかった。いつも私の話を聞いているか、もしくは「詳しい話はどこか落ち着けるところでどうか」というお誘いだけである。
私の話も楽しんで聞いているようではなかった。サイアンさまは顔立ちが鋭い方なのでそう見えるだけかもしれないけれど、黙って頷くだけで話を促されると、厳しい先生を相手に口頭試験を受けているような気分になる。
「本当に、どうしてこんなに話しかけられるのかしら」
出会えるような努力なんて何もしていないのに。
そう考えてから、ふと思った。
サイアンさまとのこの不自然かつ頻繁な出会い、乙女ゲームの期間限定イベントに似ていないだろうか?
限定イベントでは大抵、特定のキャラにスポットライトを当てられ、そのキャラとの出会いの頻度が上がっている。イベントを進めるにつれて特別ストーリーを進めることができ、最後はちょっとしたトキメキ付きのエンディングを見られるのだ。本編の好感度とは違った尺度で進められるため、まだ本編で出会っていないキャラやレア過ぎて好感度を上げられていないキャラとも楽しむことができる。
私はラルフさま一筋だったのと、期間限定で焦りながら進めることが苦手だったので、ラルフさまが出るイベントしかしたことがなかった。ラルフさまは初期に出会えるキャラでもあるので逆にイベントで出ることは珍しく、記憶にある限りは2回しか限定イベントをやっていない。
期間限定イベントは、ちょっとしたハプニングが起こり、それを解決しようとミニゲームを進めアイテムを集め、それに伴ってキャラとの会話が起こって……という流れである。
もちろん乙女ゲームの中のちょっとしたハプニングだ。大体が季節のイベントに合わせたお菓子作りだとか探し物とか、可愛いものばかりだった。
間違っても魔力画が燃えるというようなものはない。
そう思ってはいるけれど、すべてのイベントをやったわけではないから絶対にゼロだとは言い切れない、かもしれない。
もし期間限定イベントがこの世界にも適用されるとしたら、流れからすると最終的にサイアンさまとちょっとしたトキメキを感じることになってしまう。
「無理……」
色んな意味で無理。
イケメンと顔を突き合わせて何かするのも無理だし、サイアンさまが相手だというのも考えられない。
「リュエット、そんなに思い詰めた顔をしなくても大丈夫よ。また私が追い払ってあげるわ!」
「ミュエル、ありがとう。大好き」
真意は違えども、ミュエルが心強い味方だということは変わらない。
ミュエルに援護をしてもらいつつ、自分でもキッパリ断れるようになろう。
学園の魔力画が燃えたのは、そう決意を固めた翌日のことだった。




