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誘惑はどこにでもはないと思います3

「サイアンさま、どうしてここに?」


 図書室の中でも、この記録室のような資料室がある場所はとても人通りが少ない。リュミロフ先生がおすすめしていた通りゆっくりとひとりで堪能できる場所で、今まで誰かと一緒になることはなかった。

 尋ねると、こげ茶の目が少し伏せられる。それから、また真っすぐに射抜くような視線が私に向いた。


「……あなたを探していた」

「え、」


 思わず一歩下がると、私の腕からサイアンさまの手が離れる。しかしサイアンさまはそのまま私の手を取り、そして手袋にそっと触れた。

 糸くずがついていたらしい。緊張したものの、そのままサイアンさまは私の手を放す。


「先日の展示会では大変申し訳なかった。怖い思いをしただろう」

「いえ、そんなことは。あの、サイアンさまも魔力画が燃えてしまって大変でしたでしょう。素敵な絵だったのに、残念です」

「ああ」


 耳が詰まっているような静けさの中で話しているからだろうか、それとも狭い書架の間にいるからだろうか。サイアンさまの存在が近く、圧迫感を感じてしまう。そっと足を後ろに下げるけれど、サイアンさまがその分近付いてくるので距離を取ることができなかった。


「どうか、お詫びをさせていただけないだろうか」

「お詫び……ですか? あの、父が良き日にマドセリア家の方とお話をと」

「ああ、それは聞いている。マドセリア家とは別に、個人的にあなたにお詫びをしたい」


 サイアンさまと会話するのは、今日が3度目だ。

 1度目はぶつかって、魔力画の話から招待状をもらった。2度目はマドセリア伯爵家で挨拶をしただけで別れた。そして3度目の今日。

 個人的なお詫びをしてもらうほどの関係を築けているとは思えないのは私だけだろうか。


「魔力画が燃えたとき、最も近くにいたのはあなただと聞いた。そして我が家の者が関与を疑い、許可も得ず閉じ込めるような真似をしてしまった。私が招待したばかりに恐ろしかっただろう。謝って済むものではないだろうが、どうかお詫びをさせてほしい」

「そんな、どうか頭をお上げください」


 学年も上の男性にきっちりとした角度で深く頭を下げられてしまうと居た堪れなかった。

 今まで、サイアンさまは私に対してほとんど印象を抱いていないのではないだろうかと思っていた。初対面でも打ち解けた覚えはないし、2度目の挨拶ではどちらかというと彼を不快にさせてしまったような形になってしまっている。


 魔力画が燃えたあと、一番近くにいた私たちに対するマドセリア家の対応は冷たく、言ってしまえば犯人だと疑っているような様子だった。この時の対応については、お父さま宛にマドセリア伯爵からお詫びの手紙が来ていたけれど、いまだ犯人が捕まっていないこともあって形式的なものだとお父さまがお兄さまと話していたのを聞いている。


 そんなこともあって、サイアンさまも私に対しては良い感情を抱かなかっただろうと思ってはいたのに、今日の彼の態度は全く予想外だった。私たちが無実だと分かったので、申し訳なさを感じているのだろうか。


「私は不調法者だが、それでも女性が好みそうな店はいくつか知っている。君は魔力画が好きだそうだから、眺めながらお茶ができるカフェはどうだろうか」

「カフェ……あ、あの、本当にお気になさらないでください」


 そのカフェ、気になる。けれど初対面とそう変わらないようなサイアンさまと一緒に行ったとして、緊張して魔力画どころかお茶の味もわからないまま終わる気しかしなかった。

 むしろ店名だけ教えてくれたら、ミュエルを誘って2人でお茶をしに行くのに。


「お気に召さないだろうか?」

「いえそうではなくて、その、お恥ずかしながら、外出は兄に付き添ってもらっていて……私一人で決めることはできませんので」


 サイアンさま、お兄さま、私。会話が全く想像できない上に気まずさだけは予想できる。

 ミュエルと私とお兄さまなら女同士で気にせず盛り上がれるけれど、サイアンさまとお兄さまが会話を弾ませることが果たしてあるのだろうか。想像しただけで行きたくない。さりとて私とサイアンさまだけのお茶もできたら避けたかった。


「そうか。それは先日の件で?」

「ええ、父が心配したので」

「なるほど。それは残念だが仕方ない」


 サイアンさまが少しだけ微笑む。薄い唇の端だけが上がって、そうすると騎士のような厳しい雰囲気がほんの少しだけ生徒らしくなった。


「申し訳ありません」

「いや、そのほうがいいだろう。では落ち着いてから改めて誘わせてくれ」


 誘わないでほしい。本音を言うと。

 でもそう答えるわけにもいかず、私は曖昧に笑って少しだけ礼をした。


「そろそろ授業があるので失礼します。お誘いありがとうございました、サイアンさま」

「ああ、気をつけて、リュエット嬢」


 そそくさとお辞儀をして記録室を出る。早歩きで図書室を出て、中庭の見える回廊に出てから大きくため息を吐く。それから付けっぱなしだった手袋を外した。


 いきなり何だったんだろう。

 とりあえず、やっぱり私には乙女ゲー的イベントは向かないことがわかった。






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