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誘惑はどこにでもはないと思います2

 お父さまが魔力画の展示会に出掛けることを禁じても、魔力画を見ること自体を禁止されたわけではない。

 図書室の受付で記名を済ませて、私は奥にある記録室へと入った。


「持ち出しは禁止ですから。綺麗にお使いください」

「はい、司書さま」


 端的に案内した声に礼を言うと、司書をしている女性は頭を下げて受付へと戻っていった。


 この学園の中だけでも、沢山の魔力画がある。講堂の壁にさりげなく掛けられていたり、美術室の時計そのものが魔力画だったり。それが魔力画だと気付いていなくても、全く魔力画を見ないまま過ごす生徒なんていないだろうと思うくらいだ。お父さまも、学園内にあるものに関しては節度をもって観る分には構わないと言ってくれた。強く禁止するとかえって無理に観ようとすると思ったのかもしれない。


 記録室に置かれている魔力画は、この学園の生徒が制作したものばかりだ。魔力画はかなり難しいため優秀な生徒しか作り上げることができず、そのため中には世に出回っているようなものと比べても遜色ないものもある。そうリュミロフ先生が教えてくれた。しかもここに置いてある作品の作者である生徒は貴族であるため、その多くが芸術家としての道を歩んでいない。かなり貴重な作品たちである。


 独特の香りがする魔力画の棚へと近付き、手袋をはめて縦に並べられた作品のうち一枚をそっと取り出す。

 斜めになった手すりの上を歩くカタツムリがモチーフだった。カタツムリの殻や背景は動かず、左上から右下へと伸びる手すりと殻から出ている本体だけが動いている。手すりが下に移動しているようにみえ、カタツムリの体がゆっくりと動いているので歩いているように見えるのだ。

 動きは5秒ほどのものが繰り返されていて、動きもかなり単純な作品である。けれどそのギクシャクとした感じが、単純化された絵柄と合ってのびのびと動くカタツムリの絵になっていた。


 猫の描写がふっさりと本物のように美しい絵が、動く部分は瞬きのみという魔力画としては初歩的なものであったり、真っ白な画面にポツンと描かれたアリの絵は動きがとてもリアルだったり。

 美術品としては出回ることのない魔力画というのは、むしろ出会う機会が少ないためとても楽しかった。


「わぁ」


 次に手を取ったものは、思わず息を呑むほどの出来だった。

 満点の星空と、その下で輝く原石たち。宝石に加工される前の姿をしているそれらは、流れ星が流れる一瞬だけその美しさを煌めかせる。

 使われている色は少なく暗いものばかりなのに、夜空は冷え冷えとした風が感じられそうに澄んでいて、鈍い色の石に挟まれた原石は見入ってしまうほどに美しい。


「綺麗……」


 よく見ると魔力画としても技巧が凝らされている。

 星の微妙なまたたき。薄く描かれた雲がゆっくりと移動している様子。流星の美しい軌道とはかなく消えていく色味。それが映った原石の反射具合。小さな動きがあちこちに埋め込まれていて、それでいて一連の動きがとても長い。


 魔力画ではなく、ただの絵だったとしてもきっと高く評価されるだろう。

 多くはないが、この学園からも著名な魔力画家が輩出されているという。きっとこれを描いた人もそういった一人に違いない。

 名前を覚えて、文献に載っていないか探してみよう。普通の絵も描いている人であれば、もしかしたら作品を買えるかもしれない。


 魔力画の隅々まで眺めて、サインがないか確認する。どこにも書かれていなかった。

 絵そのものが動くという特徴がある魔力画は、絵から浮いてしまうからとサインを額縁や裏に書く人も多い。額縁もじっくり観察してから、そっと裏側を覗き込む。嵌め込まれた薄い木板にもサインは描かれていなかった。


 魔力画は額縁を変えない前提のものが多いのでサインは大体はこの辺りにあるはずだけれど、絵の本体裏側に書いてあるのかもしれない。そうなると確認するには少し手間がかかる。魔力画は額縁から取り出すこともできるけれど、きちんと仕組みを理解し正しく取り出さないとダメになってしまうこともあるのだ。

 私にはまだその技術はない。あとでリュミロフ先生に相談して見せてもらおう。


 そう決めてそっと絵を戻した瞬間誰かに腕を掴まれた。

 驚いて振り返ると、背の高い姿がすぐ近くにいる。


「……サイアンさま」

「失礼、驚かせたようだ」


 一瞬、ヴィルレリクさまかと思った。

 けれどそこにいたのは、濃い緑色の短髪に彫りの深い顔をしたサイアン・マドセリアさまだった。

 鷹のように鋭い目と目が合う。その視線の強さに、自然と背筋が緊張した。






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