罠もどこにでもあるようです9
「あの、ヴィルレリクさま」
「なに?」
隣を歩くヴィルレリクさまに声を掛けると、琥珀色の目がこちらを向いた。前を向いていたときの横顔も絵画のような美しさだったけれど、正面は正面で眩しいほど美しい。
ヴィルレリクさまが乙女ゲームに出ていたのであれば、かなり人気のキャラだったのではないだろうか。人気のキャラは好きな人が多いように、ヴィルレリクさまを慕っている女性も多いのかもしれないなと少し思う。
「この焦げてしまった魔力画、どなたが描いたものかご存知ですか?」
「うん。どうして?」
「その、お詫びとお礼をお伝えできたらと思って」
魔力画を作るのは簡単なことではない。身を守るという役割がついていたものとはいえ、自分の作品がダメになってしまうというのは辛いことなのではないかと思った。せめて私からの感謝を伝えられたら、少しは慰めになるだろうか。
そう考えてからふと気付いて、隣を歩くヴィルレリクさまに向き直る。
「私、貸してくださったヴィルレリクさまにもまだお礼を言ってませんでした。ありがとうございました。これがなかったら、ひどい怪我を負っていたかもしれません」
「無事でよかったね」
「はい」
「お詫びとお礼は伝えておく。その鳥の絵も同じ人間が描いたんだよ」
「そうなのですね! 羽のふわふわとしたところとか、丸い目が可愛いところとか、似ている気がしました! すごく素敵な絵を描かれる方なのですね!」
小鳥はいつもせわしなく動いているので、これほどまでにきめ細かく観察するのは大変だっただろうし、それを鮮明に描き出すというのも驚くべき才能だ。魔術で付けられた細かい動きが加わると、まるで本物がそこにいるように見える。これほどのものを創り上げるという芸術性に惚れ惚れしてしまう。
「特にあの青い鳥は目元の小さな羽の部分まで細かく描かれていて……、あんなに細かく描ける筆があるものなのでしょうか? 背景も、よく見るとしっかりと筆の跡が見て取れるのに、全体として見ると額縁にも鳥にも調和していて驚きました。私は絵にはまだ詳しくありませんが、あの青い絵もこの2羽の絵もとても好きです」
「君は魔力画のことになると沢山喋るね」
「あ、ごめんなさい」
「怒ってないよ。そんなに褒めてたと聞いたら描いた人間も喜ぶだろうし」
魔力画の魅力は数えきれない。普段語れる友達もまだいないので、ヴィルレリクさまの前ではついつい口数が多くなってしまう。淑女としては褒められたことではないけれど、魔力画について話せるのは嬉しかった。
目線を下げると、私の手の上で仲睦まじく並んでいる鳥が見える。
「あの、この魔力画は、いつお返ししたらいいんでしょうか」
「またダメになったら替えてあげる」
「ダメに……ならないまま、返せるといいのですが」
「その方がいいけどね」
青い鳥の魔力画と同じ魔術があるのなら、ダメになるというのは私がまた怪我をしそうになったときという意味なのかもしれない。
そうなると、この魔力画は絵としての役目を終えてしまうことになるのだろう。身を守ってくれるというのはいいことだけれど、魔力画好きとしては魔力画が傷付けられるというのも辛いことだ。
昨日のような出来事がそう起きるとは思えないので黒焦げになることはないにしても、何事もなく返したい。絵も大きさも可愛い魔力画なのだから、机の上にでも載せたらすごく素敵になるだろう。
「もし魔力画が惜しいからって家にしまい込んだら、もっと沢山渡すから」
「……ちゃんと持ち歩きます」
「うん。そうして」
一瞬心を読まれたのかと思った。
魔力画お断りの我が家に魔力画を大量に持ち込むことになっても困るので、私は素直に頷いておいた。
ヴィルレリクさまは柔らかい雰囲気をしている方だけれどやっぱりどこか得体の知れなさが漂っていて、やると言ったら本気でやりそうな気がしたからだ。
「でも、あの」
「お兄さんが迎えに来たよ」
ヴィルレリクさまの声に前を向くと、うちの紋章が入った馬車からお兄さまが降りてきたところだった。同様に事情聴取をされたと黒の杖の人から聞いたけれど、先に終わっていたようだ。こちらへ歩いてきているので、ヴィルレリクさまとはここでお別れのようだ。
再び向き直って、丁寧にお辞儀をする。
「ヴィルレリクさま、今日は色々とありがとうございました」
「うん。またね」
「はい」
「お茶はまた今度、日の高いうちに」
「え」
顔を上げると、少し微笑んだヴィルレリクさまが片手を上げてそのまま歩き出したところだった。お兄さまにも軽い挨拶をしただけで、そのまま歩いて行ってしまう。長い足で悠々と曲がり角に消えた姿を見て、私と歩くときは随分とゆっくり歩いてくれていたのだと気がついた。
お茶。
お茶って。
私が疲れた顔だったから誘ってくれただけなんじゃ。
別の日に誘ったら、その意味がないんじゃ。
「……もぉー!!」
「どうしたリュエット、お兄ちゃまに会えた嬉しさの発露としての牛の鳴き真似か」
唸る私を不審がっているお兄さまを振り切りつつ、私は急いで馬車に乗り込んだのだった。




