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沼はどこにでもあるようです2

「どうしたリュエット、そんな暗い顔をして。学園は楽しくなかったか?」


 先輩方から一通りの説明を受け終わった私を迎えにきた兄が、私を見るなりそう言った。気遣わしげに馬車の方へ連れて行かれ、一緒に乗って扉を閉める。

 ガラガラと進み始めた馬車の中で、私は頭を抱えた。


「……無理ーっ!!」

「なんだどうした?!」


 向かいに座っていたお兄さまが慌てて私の背中を撫でた。優しい。


 ティスランお兄さまは二学年上で、同じ学園、つまり乙女ゲー舞台になっているメルシア王立学園の生徒だ。今日は入学式だったので他の学年も授業はなかったそうだ。お父さま譲りの黒い髪で、前髪を伸ばしているのは目付きが鋭いことをこっそり気にしているからだ。鼻筋も唇もいいとこ取りな顔なのに……ん??


「お……お兄さま、よく見るとお兄さまも顔が良いじゃないですか!」

「いきなりどうした妹よ。唐突に兄の魅力に気付いたというのか。それにしても、『お兄さま』とはいきなりだな。今朝までは『お兄ちゃま』と呼んでいたではないか」

「イヤアアア!」

「リュエット、本当にどうしたんだ」


 日本で暮らしていた前世を思い出したせいか、お兄ちゃま、とか思い浮かべるだけで頭を抱えたくなる。小さい頃からの呼び方とはいえ、お兄ちゃまはない。うちの家族はなんで矯正してくれなかったの。16歳で「お兄ちゃま」て。この兄も恥ずかしくなかったのか。外でもお兄ちゃま呼びで普通に返事してたけど。


「お兄さま……なんで学園があんなとこだって教えてくれなかったんですか!」

「あんなところ、とは?」

「あんなに顔のいい男性が、しかもあんなに大量にいる場所だとか!!」

「顔……」


 メルシア王立学園、乙女ゲームの舞台になった学園だけあった。

 何せ、顔のいい男性が多い。多いというか、男女比でいうと男性が女性の3倍以上だった。人口比どうなってるんだ。

 確かにゲームでも次々と新キャラ導入されていたけれど、それにしたって多過ぎやしないか。


 乙女ゲームは、イベントだってときめくシーンは数分だった。心構えしてから見れたし、なんだったらムービーの途中でもスマホから顔を逸らせば自室という安全地帯に戻ることができた。

 現実になるとそうもいかない。これが予想外に辛かった。顔の良い男性と目が合うの、コミュ障にとってはめっちゃつらい。


「なんだお前、面食いだったのか」

「面食いかもしれませんが、私の好みをはるかに超え過ぎていてむしろ近付き難くて辛いです」

「何を言ってるのかわからんが、そう自信をなくすことはない。リュエットも母上の血を受け継いで愛らしい顔をしている」


 お兄さまの斜め上な慰めで気が付いた。

 私の容姿、私が選んだアバターそのものである。


 ミルクティー色の緩いカーブがついたロングヘア、エメラルド色の目に色白の肌。この国では珍しい色ではないけれど、よくあるというほどの組み合わせではない。ゲームあるあるで髪色も目の色も地球よりもバラエティ豊かなのだ。


 つまりこの世界は、私のアカウントそのものの世界ということだろうか?

 学園に立ったとき、見覚えのある風景や人物で乙女ゲームの世界だと思ったけれど、それって、どういうことなのだろう。この学園にいる間だけ、乙女ゲームに似ている状況が起きるのだろうか?


 今までは、全くそういうことを考えずに生きてきた。知らなかったからだ。前世らしきものを思い出してしまった今、なんだかこの世界が揺らいでいるような気がする。この世界はちゃんと存在しているものなのだろうか。


「リュエット、顔が真っ青だぞ。気分が悪いのか?」


 私の隣へと席を移したお兄さまが、そっと背中を撫でてくれる。

 その手は温かく、優しく、懐かしい。小さな頃から一緒にいたお兄さまの手で、長い間の思い出もしっかりと私の中にある。今の私にとっては、前世の記憶よりもこっちの方が現実に感じる。


「まあリュイちゃん! どうしたの?」

「母上、リュエットは少し気分が優れないようです」

「まあまあ、長椅子に運んであげて。マギー、何か温かい飲み物を」

「はい、奥様」


 お兄さまに運ばれて、私は家のカウチソファに横になった。心配そうなお母さまが手を握り、お兄さまがメイドに指示をして、お父さまが慌てて下りてくる。


「お母さま、お父さま」

「ええリュイちゃん、お母さまもお父さまもここにいるわよ」

「リュエット、顔色が悪いな」


 ぐるぐるといろんな考えが頭の中で渦巻いている。

 学園に見覚えがあっても、イケメンが多過ぎても、この世界は私が生きてきた世界に変わりはない。

 優しく握ってくれる手も本物だ。たとえ乙女ゲームそのものの世界だったとしても、それは変わらない。それだけは信じていたかった。


 この心配してくれる家族は、みんな私の大事な人たちだ。

 安心させるように声をかけてくれるその姿を見上げて、私はようやく気持ちが落ち着いてきた。






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