罠もどこにでもあるようです8
「この絵は身代わりになったんだよ。昨日、燃えそうになった君の」
「え……」
「怖い?」
真っ黒に焦げてしまった魔力画を見る。
展示会に行く前はなんともなかった絵。まるで焼かれたように焦げた絵。そして、突然燃え出した魔力画の近くにいて、前髪の一本も被害がなかった私。
「そんなこと……可能なのですか?」
「うん」
「あの、魔力画を解説している本にはそういった魔術がかけられているものがあるとは書いてなかったのですが、貴重な技術なのでしょうか? 学園にある本は大体目を通したと思っていたのですけど、載っている本はありますか? その技術って、他の魔力画にも使われているのですか? どういう仕組みでそうなるのでしょう?」
魔力画は基本的に魔術を絵を魅せるという目的で使っている。絵を動かしたり、音楽を付けたりするものだ。その他に込められる魔術といえば、盗難防止であったり、侵入者を発見するといったものもあるけれど、一般的に魔術を多く掛ければそれだけ大きなキャンバスを必要とする。しかし大きな魔力画になれば、絵を動かすための魔術も多く必要になる。だから一枚の絵に込められる魔術は限られているのだ。
ヴィルレリクさまが渡してくれた魔力画は特に、どれも手のひらに載るほど小さいもの。
魔力画としての仕掛けも単純ではなく、普通の大きさのもののように技巧を凝らされている。にもかかわらず、持っている人に対する被害を身代わりとなって受けるというような魔術がかけられているとは。
そもそも、そういった防御の魔術というのは、一般的には身の危険がある騎士や王族が使うもので、とても貴重な技術だという。特に魔力が強く秘められている宝石などを用いて使うことが多いらしいから、魔力画でするとなるとかなり強い素材が必要だということになりそうだ。
まさか魔力画でそんなことが可能だとは。そもそも持ち運べるほどの小さな魔力画というだけでもすごいのに、実用性もあるだなんて。
思わず白熱して言葉が多くなってしまった私を、ヴィルレリクさまが呆気にとられたように見ていた。
我に返って恥ずかしくなる。
「すみません。でも、一般的に知られていない技術を知っているなんて、ヴィルレリクさまはすごいですね」
「……そこなの?」
「何がですか?」
「こだわるとこ。普通、気にするのは自分の身が危なかったってところじゃない? これと同じようになるかもしれなかったんだよ」
これ、と言われた魔力画は、焦げたせいで脆く崩れそうになっている。
精巧に描かれた青い鳥がとても可愛かったのに、その上私の身を守ってくれたなんて。そう考えると、鳥の面影すら探すことができなくなったそれがますます愛おしく感じた。
貴重なものを預けられて返すことばかり考えていたけれど、そんなことを気にする前にもっとじっくり鑑賞しておけばよかったと惜しく感じる。
絵は鑑賞されてこそ。身を守るという機能については全うしたそれは、私の手に渡る前に美術品として十分に鑑賞されたのだろうか。
「とても素敵な絵だったのに、燃えてしまったのを惜しく思います。これは復元できないのでしょうか?」
「そういう問題でもないんだけど。これは復元できないよ。そもそも一度きりのものだから」
「まあ……」
青い小さな翼を持ち上げて、丁寧につくろっていた青い鳥。せわしなく身を整えている姿は美しくも愛らしかった。
「あの、これ、よろしければ頂けませんか?」
「何にするの?」
「なんだか可哀想で……せめて飾ってあげたいと」
「焦げてるから、やめといたほうがいいと思うけど」
「それなら、埋めてあげたいと思います。私のせいで魔力画としての生涯を終えたのですから、せめて私の手で」
ヴィルレリクさまは非常に物言いたげな顔をしていたけれど、最終的には頷いてくれた。そして焦げた魔力画と共に、先ほど出した正方形の魔力画を差し出してくる。
「その代わり、これを持っていくならこっちの魔力画を持ってくれることが条件」
「これもお守りなのですか?」
「うん」
「あの、どうして私に? この魔力画は貴重な物では? それに、あんな出来事がまた起こるなんてことはないでしょうし……」
そもそも、どうしてヴィルレリクさまはそれほど言葉を交わしていない私にこれを託そうとしたのだろうか。持っていなければひどい火傷を負っていたかもしれないと思うとありがたいけれど、偶然渡すにしては貴重な品物過ぎる気がする。
けれど、ヴィルレリクさまは肩を竦めただけだった。
「どうする? これ、いらないなら、こっちの焦げたのは適当に捨てるよ。帰りの馬車から、路地の水溜りのところなんかに投げて」
「ダメです!」
私は慌ててヴィルレリクさまの手から焦げた魔力画を守った。
なんという非情な。もしかしてこの人本当に隠れラスボスなのかもしれない。
差し出された正方形の魔力画も、少し迷ってから受け取る。それが条件なのだから
仕方がない。青い鳥の魔力画を葬ってあげるのに、変にずるはしたくなかった。
「うん。じゃあ帰ろうか」
私が魔力画を受け取ると、ヴィルレリクさまは満足そうに微笑んだ。
なんだかまた、彼の思惑通りになってしまった気がする。ちょっと釈然としない気持ちを抱えながらも、私はヴィルレリクさまに送られてお兄さまが待つ馬車まで歩き出すことになった。