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罠もどこにでもあるようです7

「ありがとうございました。また何か思い出すことがあれば、いつでもご連絡ください」


 面談室から出てすぐに丁寧に礼をした黒の杖の男性2人にお辞儀を返して、歩いていく姿を見送る。

 長い間ずっと緊張しながら受け答えをしていたので、気が抜けて思わず溜息を吐いてしまった。


「疲れた?」

「わっ」


 すぐ後ろから声が聞こえてきて飛び跳ねるほど驚いてしまった。

 ヴィルレリクさまが首を傾げながら私を見ている。ずっと同じ部屋にいたので長時間立っていたはずだけれど、彼はいつもと同じ浮世離れした雰囲気のまま疲れている様子はなかった。


「少し疲れました。間違ったことを言ったらどうしようと心配もあったので」

「そんなに変な答えはしてなかったよ」

「それならいいのですが」


 なにぶん初めてのことなので、上手く言葉が見つからずにつっかえながら話すこともあった。けれどやりとりを全て聞いていたヴィルレリクさまがそう言うのであれば、少しは安心してもいいのかもしれない。


「お茶でもする?」

「えっ」


 気を抜いていたときに、ものすごい不意打ちをされた。

 見上げてもヴィルレリクさまは特に表情も変えずにいるけれど、今、お茶に誘われたような。


「あの、お茶ですか?」

「そう」

「それはその、ヴィルレリクさまと?」

「うん」


 聞き間違いじゃなかった。

 事情聴取で疲れていた頭が急にハッキリする。と同時に顔が熱くなってきた。


 謎の人物だけど、浮世離れしてる空気だけど、隠れラスボスっぽいけど、ヴィルレリクさまもイケメンである。というか、かなりのイケメンである。一緒にいるのも気がひけるような相手に、お茶に誘われてしまった。


「疲れてるなら、お茶でも飲んでから帰ったらいいんじゃないかと思って」

「あ、そういう……」


 ヴィルレリクさまは私の体調を気遣って休ませようとしただけだった。他意はなかった。

 なんかもっと顔が熱くなってきた。

 よく考えたらどうみても会話の流れで気遣ってくれただけなのに、何を私は勘違いをしたのか。自分の自意識過剰っぷりが恥ずかしい。なんだか穴に篭りたい。


「いえ、その……、日が暮れると父が心配しますから」

「そう。じゃあ馬車まで送っていく」

「ありがとうございます」


 いたたまれないまま、私はヴィルレリクさまに促されて帰ることになった。校門までくらい一人で行けるので、いっそほっといてほしい。一人で頭を冷やしたい。でも送ってもらうのはちょっと嬉しいような。


 いつも現れては消えるヴィルレリクさまは、今日はかなり長い間姿を見せたままだ。事情聴取を聞いているのも退屈だっただろうけれど、私はその存在に随分と励まされた。


「あの、ヴィルレリクさま、ありがとうございます」

「さっきも聞いたよ」

「いえ、その、面談室で側にいてくださって」

「ああ、うん。そうだ」


 歩きながら、ヴィルレリクさまが私の方へと手を差し出した。

 その上には、小さな正方形が載っている。シンプルな額縁の中に描かれているのは、丸っこくて薄緑色の小さな鳥だ。止まり木の上で2羽がくっついていて、右側の鳥が黒くて小さいクチバシで左側の鳥を羽繕いしている。つくつくと首のあたりをつつかれている鳥は、気持ちがいいのか目を細めてじっとしていた。

 かわいい。

 かわいいけど。


「……受け取りませんよ?!」

「なんで?」

「なんでって、前に渡されたものも返したじゃないですか」

「うん、だから新しいの」

「新しいのが欲しいから返したわけじゃないです……」


 受け取るのがさも当然みたいな顔で渡してこようとしても、さすがにもう引っかからない。


「そもそも、どうして私に魔力画を渡そうとするんですか?」

「役に立つから」

「どういうことですか?」

「昨日も役に立ったでしょ?」


 意味がわからない。昨日で思い浮かぶのはあの魔力画が炎上したことだけれど、それとポケットに入れていた魔力画に何の関係があるというのだろう。

 訊ねると、ヴィルレリクさまがもう片方の手を上着のポケットに入れる。持っていた魔力画を「持ってて」と渡されそうになったけれど、私は手をグーにして自分に引き寄せてそれを防いだ。どさくさに紛れて渡そうという魂胆だろうか。

 ヴィルレリクさまはじっとそれを見てから、諦めたように一旦正方形の魔力画をしまう。それから取り出したのは、楕円形のものを包んだハンカチだった。


 前に渡され、先程まで持っていた鳥の描かれた魔力画だ。ハンカチに包んでおけば傷を付けないか気にせず持ち歩けると言いくるめられて持ち歩くことになったものである。

 私の名前が刺繍されたハンカチを、ヴィルレリクさまが丁寧に広げていく。


「え……どうして」


 広げたハンカチは、魔力画に面している部分が黒く煤けていた。魔力画自体が真っ黒になっていたからである。まるで暖炉の中に放り投げたように焦げてしまっているそれは、絵がわからないどころか絵と額縁の境界さえもわからないほどだった。


「うそ、いつの間に? ごめんなさいヴィルレリクさま、こんなことになってるなんて」


 昨日の朝、着替えるときに見たときには、魔力画もきちんと動いていたしハンカチもなんともなかった。家に帰ってからは疲れていたので、中身を確認することなく取り出して私室の机の上に置き、今日はそのまま制服のポケットにいれて持ってきた。特に違和感を感じることもなかった。

 マドセリア家で魔力画が燃えた時に燃え移っていたのだろうか。けれど熱さを感じなかったし、私の服はどこも燃えてはいなかった。


 魔力画は高い。小さなものとはいえ、借り物をこんなふうにしてしまうだなんて。

 どうお詫びすればいいのか。せめて弁償はしたいけれど、私のお金で足りるだろうか。


「本当になんとお詫びしたらいいか……」

「リュエットのせいじゃないよ。これはそういう役目」

「役目?」

「そう。これはお守りだから」


 どういうこと?

 まったく意味が掴めない私を見て、ヴィルレリクさまが少しだけ微笑んだ。






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