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罠もどこにでもあるようです5

「近くに控えておりますので、ご用があればお呼びください」


 慇懃に礼をして出て行ったマドセリア家の侍女を眺め、閉じられた扉の音を聞く。

 廊下の向こうからかすかにお兄さまの声が聞こえた。侍女が説明していた通り、お兄さまもミュエルも近くの部屋で留め置かれているのだろう。


 いわく。

 魔力画は非常に高価なものである。

 燃えた現場の一番近くにいたのは私たちである。

 何の火種もなく燃えたということに疑問がある。


 つまりは第一容疑者として、私たちは実質的に拘束されているのだった。

 小さな客間にあるのは重いテーブルやソファ、そして侍女が残していった小さな呼び鈴。廊下へ出られるドアはひとつだけ。ガラスの入ったドアもあって、小さなバルコニーが見えているけれど、ここは二階だ。そこから出たところで逃げられる場所もない。

 見張りで部屋に残っている人間はいないけれど、ドアを開ければすぐに誰かが気付くのだろう。小さなベルが閉じたドア越しにも聞こえるらしいのだから。


「どうしよう……」


 よりにもよって魔力画の展示会で、こんなことに巻き込まれてしまうとは。知らせを受けたお父さまがどう思うだろうか。お母さまは卒倒してしまうかも。ますます魔力画嫌いになってしまって、鑑賞することすら禁じられてしまうかもしれない。


 燃えた魔力画にもっとも近い場所にいた私は、故意に燃やした犯人と思われているようだ。

 確かに状況的には、私が一番怪しい。手を伸ばせば触れられる距離にいたし、ホールには人がいたとはいえ、私たちが鑑賞していたのであの魔力画の近くに他の人はいなかった。仮に火を付けようと思ったのなら、あの時、人目を忍んでできたのかもしれない。


 でも、私はそんなことをしていない。貴重で素敵な魔力画に火を付けるなんて、考えただけでも嫌だ。

 そう主張しても、大切な魔力画が燃えてしまったマドセリア家の人々はそう思わないかもしれないけれど。


「せめて、お兄さまとミュエルは解放してもらえたらいいんだけど……」


 2人が何もしていないのは、私が一番わかっている。状況からしても、人柄からみても。きっと2人とも、私のことを心配してくれているのだろう。とても申し訳ない気持ちになった。


 どうして燃えてしまったのか、一番近くにいた私にも説明することができない。事実のままに話すことしかできないけれど、それではマドセリア伯爵は納得しないだろう。

 ホールのある屋敷の2階に案内されたということは、魔力画は鎮火したのだろう。それがせめてもの救いだ。


 火事と魔力画。

 そういえば、ミュエルと行ったカフェでも魔力画が燃えたと聞いた。魔力画を中心に火が広がったようだとも。


「魔術が掛けられている魔力画は、簡単に燃えるわけない……」


 マドセリア家でも、特にこんな大勢を招いての展示会をするのであれば盗難や火事の対策は万全を期していたはずだ。規律の厳しい軍の中でも将軍を務めるマドセリア伯爵が、大事に集めている魔力画を無防備に置いておくはずがない。

 カフェでの火事から時間を置かずに今回の出来事が起きた。これは偶然なのだろうか。


 何より、乙女ゲームではあり得ない展開である。

 王立学園が舞台で、ミニゲームやアイテム集めをしながらイケメンの好感度を上げていくゲームだ。こんな不必要なサスペンス要素なんてなかった。たとえイベント限定ストーリーであっても。

 この世界は、私が記憶にある乙女ゲームと酷似しているだけの世界なのだろうか。


 考え込んでいると、コンコン、とノックの音が聞こえた。

 扉からではない。閉じられた窓の方から聞こえる。

 なぜ二階の窓からそんな音が。


 不審に思って近付くと、窓ガラスに人影が映った。

 白い髪、高い背、琥珀色の瞳。


「ヴィルレリクさま?!」


 慌てて内鍵を開けると、ヴィルレリク様が「こんにちは」と部屋の中に入ってきた。


「何故こんなところに、そもそもどうやって」

「登ってきた」

「登る……?」


 うん、と答えたヴィルレリクさまが、軽く手足を払っている。薄茶色の服に何箇所か薄く汚れがついているところを見ると、もしかして本当に登ってきたのだろうか。


「あの、どうして」

「カスタノシュの御者が困ってたよ。呼んだのに出てこないって」

「まあ、それで探してくださったのですか?」


 それにしても、わざわざ家の外側から2階まで登ってくるのはおかしい。けれどあまりにも浮世離れしているヴィルレリク様が平然としているので、そんなものかと納得してしまいそうな雰囲気があった。ミステリアスなイケメンはある意味得かもしれない。


「あの、ご存じですか? 魔力画が燃えてしまって」

「ちらっと見た」

「ちょうどその魔力画の近くにいたので、何か事情を知っているのではとここへ案内されたのです」


 なるほど、と頷いたヴィルレリクさまがじっと私を見る。

 それから目を細めて少しだけ微笑んだ。


「魔力画、ちゃんと持ってたんだね」

「え?」

「少し話をしてくる。ここで待っていて」

「あ、ヴィルレリクさま」


 呼び止める暇もなく、彼はそのままドアから廊下の向こうへと出ていってしまった。

 いきなり現れてすぐ消えた。いつも通りである。


「……いやいやいや」


 ヴィルレリクさま、窓から入ってきたのに堂々と廊下に出ていった。

 大丈夫なのだろうか。

 というか、話してくるって誰と。

 しかも魔力画をまた返し忘れた。


 追いかけていくべきか待っておくべきかウロウロしながら迷っているうちに、再び扉が開かれた。そこにいたのはお兄さまとミュエルである。


 どういう仕掛けなのか、私たちはそのまま解放され、家へと帰ることができた。






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