罠もどこにでもあるようです1
「お父さまお母さま、私、招待状をいただきましたの。行ってもいいですか?」
「あらリュイちゃん、早速お誘いをいただいたのね? どちらから?」
「いい経験になるだろう。見せてみなさい」
夕食を食べ終わり、家族で寛いでいるときに私は昼間の話を切り出した。
お父さまに招待状を渡すと、しばらくしてからその顔が曇る。どちらかというと好意的に捉えていたようだったのに、今にもダメだと言いそうな様子に変わってしまっている。お父さまから招待状を受け取ったお母さまも笑顔がなくなってしまった。
「魔力画の展示会か」
「あの、お父さま、行っては駄目ですか?」
「感心せんな」
お茶会の時間帯に、しっかりしたお家で行われる展示会である。反対される理由がないと思っていただけに、お父さまの態度は予想外だった。
「あの……、お父さまやお母さまも連れてきて構わないと仰ってました。もしお仕事がないなら、一緒に行ってくださいませんか?」
「リュイちゃん、他のお誘いも考えてみたら? 週末なら、お付き合いのある方がお茶会を開くようだし」
お母さまもやんわりと行くのをやめるようにと促している。
マドセリア家との確執があるといった話は聞いたことがないし、場所も遠いわけではないのに。
貴重な魔力画を見られるチャンスがなくなってしまうと困っていると、いつの間にか招待状を読んでいたお兄さまが、カップを置いて口を開いた。
「父上、せっかくリュエットが行きたがっているのですから、行かせてあげてはどうかと」
「ティスラン」
「同行者も入れるようですし、ご心配なら私がリュエットに付き添っておきましょう。もちろん身軽なままで赴き、そして帰ってきます」
結局、眉間に皺を寄せていたお父さまは、お兄さまの説得によって渋々といった様子ながらも許可してくれた。お礼を言っても「ティスランの言うことを良く聞くように」と返ってくる。
いつもの明るいひとときにはならないまま、食後のひとときは終わってしまった。
「リュエット」
「お兄さま」
自室に帰ろうとする私を、お兄さまが引き留める。促されてお兄さまの書斎に入ると、お兄さまはため息を吐いてから私に座るよう勧めてきた。
「最近楽しそうに学園へ通うようになったと思っていたら、まさか魔力画に熱中していたとは」
「あの、ダメなのですか? お父さまも反対してらっしゃるみたい」
「良いか駄目かでいえば、駄目だな……お前は知らないだろうが、どうもうちの家系は魔力画と相性が良くない」
「お兄さま、それってどういうことですか?」
お兄さまが渋い顔で教えてくれたのは、うちの家系と魔力画についての因縁である。
先々代、つまりおじいさまのお父さまと、そのご兄弟は魔力画が好きだったらしい。しかし好きすぎて身を持ち崩すほど買い集め、さらに所有権で目も当てられない争いが起こったそうだ。代替わりしておじいさまの代で立て直したものの、多くある魔力画についての相続問題が長引き、親戚関係がとても悪くなった。それで苦労したおじいさまは晩年に魔力画のほとんどを売り飛ばしてしまった。売れたお金を平等に分配してから、魔力画を我が家に持ち込むなと一同に怒鳴りつけたそうだ。
それからお父さまが当主を務める現在まで、魔力画についてのことはタブーとなっているらしい。
うちのお屋敷には魔力画がないなと思ったら、そんな歴史があったとは。
話題にすらならなかったから、私はこの年まで魔力画についてしらなかったのだと気付いた。完全にタブー扱いである。
お父さまとお母さまが渋い顔をしていたのは、招待状の名目が魔力画の展示会だったからだった。
「代々伝わってきた一枚は残してあるらしいが、それすらどこに仕舞い込んでいるやら」
「そんなことが……どうしよう」
「まあ父上も許可されたということは、見るくらいは構わんだろう。ただ、間違ってもあれこれ買い集めたりねだったりはするなよ。屋敷に持ち込んだら子煩悩のお父さまでも流石に怒る」
「そうじゃなくて」
私が慌ててポケットからハンカチ包みを取り出し、広げて見せると、お兄さまが唖然とした顔になった。
小さくても魔力画。これを持っていると知ったら、お父さまは怒るかもしれない。
「リュエット、まさか自分の小遣いで」
「違います! 押しつけられて預かってるんです!」
白い青年ことヴィルレリク・キャストルさまに出会い、魔力画を渡されたこと。
探し出して返したけれど今度は別のを渡されて、しかも言いくるめられてしまったこと。
我ながら滑稽な話で説明しながら情けなくなったけれど、全てお兄さまに打ち明ける。黙って聞いていたお兄さまは、聞き終わってから深く深く溜息を吐いた。
「リュエット」
「ごめんなさい、うちにそんな事情があるなんて知らなくて、その、何て説明したらいいかわからないことだったし」
「……まあ、言いやすいことではなかっただろう。見せてみなさい」
楕円形の額縁に入った小さな魔力画を、お兄さまの手に載せる。
青い鳥が羽を震わせている様子をしげしげと眺めてから、お兄さまは私の元へと返した。丁寧にハンカチに包み直す。
「少なくともうちの家計にヒビが入るほどの価値はないようだな。小さな魔力画一枚、しかも返すつもりなら父上もそう怒りはしないだろう。多分」
「多分……」
「しかし言動が意味不明だな。よく知らん相手に対して魔力画を渡すことによって得られる益はないと思うが」
「私もそう思います」
力強く同意する。描かれた青い鳥はとても可愛いけれど、見せるためならわざわざ私に押しつける必要はない。好意で貸すとしても、相手が嫌がっているところに無理に貸す必要はないだろうし、よく知らないのだから盗まれてしまうことだってありうるのだ。
まあ、ヴィルレリクさまはあげると言っていたから、仮に盗んだとしても怒らなさそうだけれど。それはそれで何だか微妙な気分になる。
「キャストルは浮世離れした奴だとは思っていたが、まさか意味不明な行動を取るとは。それも我が妹相手に」
「三大貴族のお家の方ですよね? 私にはまったく理由がわかりません」
「私もだ。確かラルフと従兄弟だったと思うが、似たところがないな」
「えっ!!」
「なんだ急に大声出して」
ソファで足を組んで溜息を吐いたお兄さまにお茶を入れようとしていたら、聞き捨てならないことが聞こえてきた。
「ラルフさまの従兄弟なのですか!!」
「そ、そうだが」
「そういえばお兄さま、ラルフさまと同じ生徒会に入ってらっしゃると聞きました! ラルフさまと仲良しなのですか?」
「仲良しというか、まあそれなりに。本当にどうしたんだリュエット」
キラキラと輝く存在であるラルフさまと、風の強い日の雲のようなヴィルレリクさま。
全然似てない。
三大貴族同士なら血縁関係があってもおかしくないけれど、まさか私の推しの従兄弟だったとは。ラルフさまの幼い頃を知ってるのだろうか。一緒にかけっこしたり、羊に草をやったり、いたずらをしたりしたのだろうか。
「う、」
「う?」
羨ましい——!!!
「リュエット、少し落ち着かないか」
「大丈夫です。つい感情が昂ってしまいました」
「そうか。ラルフを知っていたのが意外だが、まああいつは女生徒に人気があるから……痛いぞリュエット」
推しをアイツ呼ばわりする兄がちょっと憎かったので、手を抓っておいた。
「ともかく、魔力画繋がりでキャストルが展示会に来るなら、そのときに返すといい。今度は他のを押しつけられないようにお兄ちゃまもついていってやろう」
「心強いです、お兄さま。ありがとうございます」
さりげなく「お兄ちゃま」呼びを諦めていないお兄さまだけれど、推しのラルフさまをぞんざいに話すお兄さまだけれど、それでも展示会に行けるのはお兄さまのおかげだ。
私は心からお礼を言った。




