お兄さま、大事件15
「じゃあ帰ろうか」
私が疑問を抱えつつ2人の様子を窺っていると、背後にいたヴィルレリクさまが少し離れる気配がした。
「え、ウィルさま、帰るのですか? 2人を置いて?」
「連れて帰ってもいいけど、邪魔者になると思うよ」
確かに、と私は思わず頷いてしまった。
どうやらケンカは終わったようだし、想いが通じたのであればしばらくは2人きりでいたいだろう。そもそも私とヴィルレリクさまがここに来ていることを知らないのだから、いきなり声をかけたら怪し過ぎる。
お兄さまが世間に顔向けできないようなことをするわけはないので、その辺りは心配していないけれど。
「でも、2人きりにしてしまうのは……」
「もう恋人みたいだし、何があっても責任取るつもりで合意なら」
「ダメです! もう、ウィルさま!」
私が怒ると、ヴィルレリクさまは肩を竦めて「じゃあ人を呼んでおく」と答えた。本当に大丈夫なのか疑いつつ庭園の方へ戻ると、ヴィルレリクさまはある男性に声を掛けた。二言三言話すと、私に目礼をした男性がそのまま木々の間に消えていく。ヴィルレリクさまによると、今の男性は黒き杖に勤めている人らしい。
「お仕事中ですか? あの、お願いしてしまってよかったのでしょうか?」
「うん。他にもいるから。こういう催し物は魔術犯罪にも関わりやすいから、何人か潜り込ませるようにしたんだ。マドセリア事件もあったし」
「そうなのですね……」
犯罪捜査は大変な労力が必要な仕事だな、と思ってから気付いた。
「あの……ウィルさま、もしかして魔力画の展覧会にもそういう方がいらっしゃったのですか?」
「うん」
「その方々は、ヴィルレリクさまのことをご存知なのですか?」
「同じとこで働いてるからね」
さらっと肯定されて、私は頭を抱えて唸りたくなった。
そういう目的で会場に忍び込んでいる人がいるだなんて全然気が付かなかった。ヴィルレリクさまの隣にいたのだから、きっとその人たちは私の存在にも気がついていただろう。
慣れていないぎこちない挨拶や会話はまだしも、魔力画に対してヴィルレリクさまに語り過ぎてしまっていたり、ヴィルレリクさまと顔を近付けて笑い合ったり、腕を組んで歩いているフリをしつつ実はこっそり手を握っていたり、そういうことも見られていた可能性があるわけで。
「そういう大事なことは言ってください……」
「言ったら意識しそうだったから」
「するに決まってます!」
もうもうと牛のように怒っていると、ヴィルレリクさまが「ごめんね」と謝った。ついそれで許してしまうあたり、私たちがケンカする日はまだ当分来なそうだった。
2人のことは気になるけれど、ここにいてもわかるわけではない。きっと近いうちに教えてもらえる日が来るだろうと思って、私はヴィルレリクさまと一緒に早めに帰ることにした。そしてその予想は外れてはいなかったのである。
「改めて、いらっしゃい、リュエット」
「お邪魔します。ミュエルのお父さま、お母さま、本日はお世話になります」
「リュエットちゃん、いらっしゃい。どうぞ自宅だと思ってくつろいで頂戴ね」
馬車に積んでいた荷物を、ミュエルの家のフットマンが運び入れてくれる。もう何度もお邪魔している私のことを、ロデリア伯爵夫妻も笑顔で迎え入れてくれた。
明日は休日。学園の授業を終えた私は、今夜ミュエルのお屋敷でお泊まり会をすることになっていた。
大きなお屋敷には立派な客室も沢山あるけれど、荷物を運んでもらったのはミュエルの寝室。大きくてシンプルなベッドは、2人で寝転んでもまだ空間に余裕がある。
メイドに手伝ってもらいながら早速制服からリラックスできる服装に着替えて、ベッドの近くにあるテーブルセットに腰を落ち着けた。お茶を用意してもらって、持ってきたお菓子を摘む。どれが美味しいとかどこで買ってきたとかしばらくお喋りして、話題を切り出したのはミュエルからだった。
「その、話したいって言ってたことなんだけど……」
私が手を拭いて続きを待っていると、ミュエルはぐいっとお茶を飲み干した。それから深呼吸をして、私を窺うように続きを話す。
「あのね、その……先週の展示会のときなんだけど、ティスランさまとお付き合いすることになったの」
「そうなのね! おめでとう!」
私が喜ぶと、ミュエルは少しほっとした顔をした。この1週間、どうやって話を切り出そうか迷っていたらしい。その顔を見て私は罪悪感が込み上げてしまう。
「あのね、ミュエル。実はあの展示会に、私とヴィルレリクさまもいたの」
「え? 鉱石の? いつ? 気付かなかったわ」
「ミュエルたちが心配になって……ごめんなさい」
ヴィルレリクさまがチケットを用意していてくれたので、魔力画の展覧会を早めに切り上げて移動してきたこと、ミュエルがお兄さまに連れられていくのを見てついていってしまったこと。怒られるのを承知で打ち明けると、ミュエルの顔が赤くなる。
「やだ! じゃああのことも知ってるの?」
「離れてたから、もちろん何を話してるかは聞いていないわ。その、ケンカをしているみたいで心配して、でも仲直りしたみたいだから私たちは先に帰ったの」
「ケンカ……仲直り……」
今度は非常に複雑そうな顔をしたミュエルが何かを考え込むように黙ってしまった。
「ミュエル、本当にごめんなさい」
「ううん、リュエットはずっと心配してたから、もしかしたら来るかなと思ってたからそれは別にいいんだけど。その、あれはケンカというかね……」
「随分言い合っていたみたいだけど、急にどうしてあんなことになったの?」
ちょっと迷うように視線を彷徨わせてから、ミュエルは説明し始めた。
「あのとき、ティスランさまに言っちゃったのよ。あれは間違えて出した手紙ですって」