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沼はどこにでもあるようです11

 リュミロフ先生はとても親切な人である。

 私が探している人物についても教えてくれた。


「キャストル候爵家ご長男、ヴィルレリク・キャストルさま……」

「うん、こんにちは」


 それだけでなく、本人を探し出してくれた。


「こんにちは……」


 ふらっと連れられてきた青年は、私が探していた青年本人だった。

 ものすごくあっさり見つかってしまった。


 窓から入る昼の風に、白い髪がふわりと揺れている。足が長いからかのんびりと歩いている青年は、やっぱりどこか浮世離れした雰囲気があった。やっぱり得体の知れないラスボスのようなオーラを放っている。


「こちらは今年入学の、リュエット・カスタノシュさん。お兄さんが君と同学年かな」

「家名は聞いたことがありますね」

「魔力画がお好きでね。ぜひ色々教えてあげるといい」


 では私は用があるからと、リュミロフ先生が立ち去ってしまう。先生の部屋の前でふたり、小さくなっていく後ろ姿を眺めることになってしまった。

 気まずい。


「あの、魔力画を。先日、お貸しいただいた魔力画を、お返ししたくて」

「ああ……それ、あげる」

「貰えません、と、前にも話して、その、次会ったときに返してくれたらいいって……」

「そんなこと言ったっけ」


 言った。絶対言った。そんなに時間が経ってないんだから忘れないでほしい。

 そう主張したいけれど「それは君の命がなくなったときって意味だよ」とか言われそうな気がするので、頷いておくだけにとどめた。


「それ、好みじゃない? 他の絵柄は……何かあるかな」

「他のものも出さなくて結構です!」


 青年もといヴィルレリクさまがポケットをガサゴソし始めたので、私は思わず声を上げてしまった。


「好みとかそういうことでなくて、魔力画は価値が高くて貴重なものですし」

「別に貴重な絵ではないよ。小さいし、価値もそんなにないし」


 そういう問題じゃないからー!!

 侯爵家ではそうかもしれないけど、うちはそんな溢れるほどお金があるわけじゃないからー!!


 襟元を掴んで揺さぶりながらそう主張したい気持ちを抑えるのが大変だった。

 なんだろうこの人、隠れラスボスみたいな見た目なのになんか会話がズレている。


「とにかくお返しします」

「うーん……わかった」


 ただこの魔力画を受け取ってほしい。

 その気持ちで差し出し続けている私の手に、ヴィルレリクさまの手が近付いた。

 小さな額縁に入った魔力画が彼の手に渡る。


「じゃあ、はい」


 そして違う魔力画が私の手に渡ってきた。

 今度は楕円形の額縁。大きさもさらに小さく、ちょうど私の手の幅に収まるものだ。

 中央には枝に乗った青い鳥が描かれていて、鮮やかなその羽をくちばしで手入れしている。


「……あの、違う魔力画もいらないです……」

「うん、また今度返してくれたらいいよ」

「そういう意味じゃなくて」


 マナーをかなぐり捨てて、今手渡された魔力画をヴィルレリクさまのポケットにグリグリと押し込み返したい気持ちが私の心に溢れてきた。

 物静かな雰囲気なのに押しが強すぎる。

 いらないオーラをかなり出していると思うのに、全く気にしていないのもすごい。社交界では空気を読むことが大事だと教えられるのに、こんな空気読めなさで大丈夫なのだろうか。


「先生からマドセリア家の招待状、もらった?」

「え」

「魔力画の展示会の」

「あ、あの、マドセリアさまご本人から頂きました」

「本人から?」

「はい。さきほど少し話をして」


 琥珀色の目が、すっと細められる。

 わずかに険しくなった表情は、それまでの柔和で掴みどころのない雰囲気が消え去り、怖いほどに鋭くなったように感じた。何かを考えるように虚空に投げていた視線がこちらを向くと、言葉が胸の奥に引っ込んでしまう。


「参加するの?」

「えと、そのつもりです。父に相談してからですけど」

「そう」

「あの、行ってはいけないのでしょうか?」

「いや」


 リュミロフ先生もおすすめしていた会なのに、なぜそんな険しい顔をするのだろう。

 じっと見ていても、伏せた琥珀の目からは何も読み取ることができない。


「おそらく人が多いから、一人で行動してはいけないよ」

「はい。おそらく家族と行くので、離れないように気をつけます」

「うん。それと当日は必ずこれを持ってきて」


 これ、と指されたのは、さきほど渡された楕円形の魔力画である。

 ブローチのように小さなものなので邪魔にはならないし、魔力画の展示会だから持っていっても場違いではないだろうけれど。


「これを持っていくのですか?」

「うん。できるなら当日以外も持ち歩いてほしいけど」

「汚れそうです」

「気になるなら、紙や布を巻いておけばいい。ハンカチも貸そうか」

「いえ、あります。貸していただかなくても持ってますから」


 胸ポケットに手をやったヴィルレリクさまから一歩離れ、私は自分のハンカチを素早く取り出して見せた。そして言われるがままに、小さな魔力画をそれで包んでいく。


「うん、これならポケットに入れていても気にならないよね」

「はい」

「じゃあまた、展示会で」


 手を振りながら歩いていくヴィルレリクさまに頭を下げようとしてハッと気が付いた。

 いつの間にか魔力画を預かる方向で話が進められてしまっている。


「あの、ヴィルレリクさま!」

「ウィルでいいよ」


 そうじゃない。

 そういう意味で呼んだんじゃない。


 追いかけて返そうと思ったけれど、ヴィルレリクさまは意外と足が早かった。

 彼に魔力画を返すという当初の目標は達成できたものの、手元には別の魔力画が残ってしまった。

 若干の脱力を感じつつ、私は教室へ戻ることにした。






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― 新着の感想 ―
[一言] 柳のようにするりするりと抜けていく印象なのに、ラスボス系先輩、押しが、押しが強い……! でも青い鳥の小さな魔力画はかわいいですねえ。 ペンダントかブローチにしたら、カメオの様に楽しめそうだ…
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