お兄さま、大事件13
一度カフェに立ち寄ってお気に入りのサンドイッチを包んでもらったあと、私とヴィルレリクさまは鉱石の展示会をしている会場へとやってきた。王都のはずれにある会場は、庭園とダンスホールを合わせた社交のためのお屋敷で、ダンスホールに鉱石の展示、庭園には休憩スペースを作ってあるらしい。
チケットを見せて中へと入り、ホールでは立ち止まらずにまず庭園へと向かう。意外に人は多かったけれど男性の割合が多いため、女性がいると比較的目立ってしまいそうだった。ヴィルレリクさまの腕を借り、周囲を見回しながら進む。
「お兄さまとミュエルに見つからないかしら」
「見つかってもいいと思うけど、気付かれたくないならむしろ堂々としていた方がいいよ。女性は髪と帽子で印象が変わるから、普段と変えたらバレにくい」
ヴィルレリクさま、普段お仕事でどんなことをなさってるのだろう。
ちょっと心配になりつつも、ハーフアップで後ろに流していた髪を右肩に寄せて前に出し、帽子の角度もいつもと変えてみた。顔が隠せるように前側で傾けて被ってみる。
「どうですか?」
「可愛いよ」
「……ありがとうございます」
そういう意味じゃなかったのに、不覚にも喜んでしまった。ヴィルレリクさまは罪作りだ。
庭園の端、木の影になる位置のテーブルに案内してもらい、私は会場にやや背を向ける形で座り、ヴィルレリクさまはその向かいのやや会場を見渡しやすい位置に座った。ヴィルレリクさまがお茶を頼むのと同時にショールを貸してもらえるよう頼み、私はそれを肩に掛けた。
「こういうところは大体ショールか膝掛けを用意してあるから、それを借りると普段の持ち物と色合いが違って知り合いに気付かれにくい。男の方が多いから、僕が会場の様子を見ておくよ」
「ウィルさま、慣れていますね……」
「仕事で人を追ったりするからね」
そういえば、ヴィルレリクさまは神出鬼没なこともできるんだった。本格的に仕事を始めたのは卒業してからだけれど、それまでにも訓練を積んでいたのだろうか、それとも天性のものなのだろうか。
「あの、ウィルさまは他の男性と比べても素敵だし、髪色も珍しいので人目を集めてしまうと思いますけど、どうやって溶け込んでいるのですか?」
「髪は染めたりもするけど、目立つ行動をしなければ意外と気付かれないよ」
「髪色を変えるのですか? いつか見てみたいです!」
「そんなに期待されるようなものじゃないけど」
長期間の調査などの際は、ペースト状に練ったもので髪に色を移すらしいけれど、急に印象を変えたいときには粉状のものを使って色を乗せるように変えたりもするそうだ。粉のものはいつも持ち歩いているらしいので見せてもらった。
「黒いのですね。黒髪に染めることが多いのですか?」
「あ、触ると色がつくよ。実際に塗ると茶色かな。素の色が薄いから、色が乗りにくいんだ。これはちょうどリュエットの髪と同じくらいの色になるよ」
「お揃いの色になれるのですね!」
ミュエルみたいに綺麗な金髪の髪と比べると自分の髪は地味だなと思うときもあるけれど、ミルクティー色の髪をしたヴィルレリクさまはきっと素敵だろう。何かの際に見せてもらえるようおねだりしてみよう。ヴィルレリクさまがお仕事しているとき、私とお揃いの髪色になっていると思うとちょっと嬉しい。
染め粉や魔力画の画材についての話をしながら、私たちは少し遅めの昼食を食べた。具を挟んでパンを焼いて押したサンドイッチは保温がきちんとされていたおかげで温かく、鉱石と同じ外国から持ち込まれたお茶も美味しい。のんびりと食後のお茶を楽しんでいると、ヴィルレリクさまがそっと私の手を取って、やや小声で呟いた。
「ミュエル嬢が来た。青いドレスに黄色の帽子飾り」
「え」
「手鏡ある?」
バッグから出した鏡で教えてもらった方向を見ると、ミュエルが誰かを探すように庭園を見回していた。私たちがいる方向にも顔を向けたけれど、気付かれなかったようだ。なんだかスパイみたいでドキドキする。
「お、お兄さまはいないのでしょうか」
「そろそろ来るはずだけど、まだミュエル嬢とは会ってないみたいだね」
バレないように気を付けながら、鏡越しにミュエルの様子を窺う。いつも通り綺麗でドレスもすごく似合っているけれど、心なしか元気がないように見えた。見回した先に目当ての人物がいなかったからか、軽くため息を吐いている。
「あっ、ウィルさま、誰かがミュエルに声を掛けてます。大丈夫かしら」
「派手な会ではないから、困るようなことにはならないと思うけど」
「お兄さまはどこにいるんでしょう」
夜に開かれるような正式な社交界とは違って、この展示会では一人で来ている人も珍しくはない。誰かと話さずに鉱石を眺めている人も多そうだったけれど、そんな中でもミュエルは目立つ。最初に話しかけた人はすぐに離れていったけれど、機会を窺うようにミュエルを見つめる男性は何人かいる。それを避けるように、ミュエルは庭園へと降りて歩き出した。
気付かれないか、ミュエルに強引な男性が近付かないか、ハラハラしながらその姿を見守る。私は不自然なほど鏡でミュエルを追ってしまうのに対して、ヴィルレリクさまは落ち着いた態度でお茶を飲んでいた。視線が時々庭園の方へと動くのでミュエルのことも見ているようだけれど、ゆったりと見回しているように見るので特定の誰かを追っているようには見えない。ミュエルを気にしながらヴィルレリクさまも見ていると、ふ、と笑われる。
「リュエットは隠れて人を追うのに向いていなさそうだね」
「私もそう思いました……髪を変えたらバレないでしょうか?」
「髪とドレスを変えても僕はわかると思うよ。人はそれぞれ歩き方や姿勢に癖があるから」
私には少なくとも潜入捜査の才能はなさそうだとがっかりすべきか、ヴィルレリクさまに細かなところまで覚えていてもらっていて喜ぶべきか迷うところだった。
ヴィルレリクさまが指で私の手をとんとんと叩いて、視線を庭園に送る。慌てて見てみると、ミュエルの進路を阻むように話しかけている男性がいた。未婚の女性に対する常識的な距離よりも踏み込んだ位置にいる。
「あ、あの人! 私たちの一学年上で、ミュエルに何度も声を掛けている人なんです」
「誰かに離してもらおうか」
「そうしましょう」
ヴィルレリクさまが男性の給仕人を呼び、ミュエルの方を指差して何かを告げる。彼がミュエルの方へと歩いていくのを見守っていると、その姿よりも早くミュエルに近付いていく人影があった。