お兄さま、大事件12
マドセリア家の事件があった頃、魔力画の展覧会は一時的に数を減らしていた。魔力画を燃やされるというのは魔術的にも衝撃だったし、愛好家も失われた魔力画を思って心を痛めていたのだ。しかし最近では以前と同じように開催されるようになって、魔力画界隈は前の賑わいを取り戻している。といっても、音楽のように派手なものではないので、地味な賑わいだったけれど。
「わあー……これが舶来ものの魔力画……色使いも不思議ですけど、この動き、なんだか変わってますね、ウィルさま」
「大陸で主流のものとは違うね。多分、繋ぎ方がカギじゃないかな。かなり初期の魔術からの応用みたい。この辺では中期魔力画派が出てからもう使われてないけど、外国で改良して使われてたんだね」
「初期の魔術が遠くの国で受け継がれているなんて素敵ですね……この色、何が使われてるんでしょう。かなり目立つ色ですね」
沢山飾られた魔力画は眺めているだけでも幸せだし、ヴィルレリクさまがいるとすごく楽しい。魔力画に詳しいヴィルレリクさまの視点から教えてもらえることも多いので、色々話しながら観ることができるのだ。ヴィルレリクさまは絵の好みをあまり口に出さないけれど、眺めている時間が少し長くなるので、それに気付くとなんだか嬉しくなる。
会場では、ヴィルレリクさまに挨拶をしに来る人も多かった。魔力画に関する事件も多く担当する黒き杖は、愛好家にとって心強い存在でもあるし、社交界にデビューしたヴィルレリクさまは最近ますます素敵になっているので目立つのだろう。
卒なく挨拶をこなすヴィルレリクさまを見ているとときめくけれど、「婚約者です」と紹介されると私は照れてしまってちゃんと挨拶ができているか心配になる。
「可愛らしいお嬢さんですな。ご結婚はいつごろを?」
「彼女が卒業してからと考えています」
「まあ、そのときはぜひお知らせくださいましね。お茶会にもお誘いしますわ」
「ありがとうございます、マラデニャ伯爵夫人」
こういった場所で見かけるご夫婦は、若くても随分と落ち着いて貴族らしい対応をしている人ばかりに見える。自分も結婚したらあんなふうにきちんとできるだろうか。
結婚すると、ヴィルレリクさまの仕事関係での集まりなどにも顔を出すことになるのだ。失敗をすればヴィルレリクさまの評判まで落ちかねない。まだまだ先生やお母さまに教えられることも多いので、その点においてはまだ結婚の許しが出ていないことがありがたいような気もする。
ヴィルレリクさまが特別落ち着いた人だというのはわかっているけれど、もう少し、隣にいて似合うと言われるような女性になりたい。
「リュエット、疲れた? 少し休憩しようか」
「ええ、そうですね。人も多くなってきましたし」
人が途切れたところで、ヴィルレリクさまがそっと私を覗き込んだ。
私が疲れて口数が減ったと思ったらしい。立ちっぱなしだったこともあって、私たちは空いたソファに案内してもらい、温かいお茶を飲んだ。お昼に近くなったため、人が増えてきたようだ。愛好家たちの集まりも増えたようで、会場に話し声が満ちている。
沢山の人と、それを囲む魔力画をぼんやり見ていると、ヴィルレリクさまが私の手をそっと握った。
「考え事してる」
「え? そうでしょうか」
「うん」
ソファに隣り合って座りながら、ヴィルレリクさまはじっと私を見た。心配してくれているようだ。確かにちょっと色々考えていたかもしれない。ヴィルレリクさまにも、貴重な魔力画たちにも申し訳なかった。
「すみません。あれこれ考えていて……これからのこととか、もう少し頑張らないといけないなって」
「そんなに思い詰めて頑張らなくてもいいと思うよ。魔力画に熱中してたり、ぼんやり眠そうな顔でお茶飲んでるリュエットも好きだから」
既にヴィルレリクさまには私が気を抜いているところを見られまくっているというのは知っているけれど、改めて見られていると思うと恥ずかしい。好きといってもらえるのは嬉しいけれど、お茶を飲むときはもうちょっとしっかりしようと思った。
「そ、そうですか。でも胸を張ってヴィルレリクさまに相応しいと思いたいので、もうちょっと頑張ります」
「今でも相応しいと思っててほしいけど、頑張るなら辛くない程度にしてね。リュエットが元気でいてくれる方が嬉しい」
「ウィルさま……」
「頑張りすぎたらあげた魔力画を持って帰るから」
「全力で頑張りすぎないようにします」
はっきり返事をして、ヴィルレリクさまと笑い合う。
ヴィルレリクさまに心配を掛けないように頑張ろう。魔力画のためにも。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい、一度昼食を食べにどこかへ出ますか?」
「うん、それもいいけど、これ」
ヴィルレリクさまが取り出したのは、2枚のチケット。鉱石の絵が描かれている。
「そのチケット、お兄さまたちの?」
「リュエットが気になるなら見に行ってみようかと思って。今日の目玉の国外作品は大体観たし、あとはまた観る機会があると思うよ」
「……ウィルさまの用意周到なところ、好きです」
「それはよかった」
微笑んで差し出された手を、私はしっかり握った。