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お兄さま、大事件11

 翌朝、やっぱり私が言うことじゃなかったかな、と少し悩みながら食堂へ向かうと、お父さまとお母さまが2人揃っておののいていた。おろおろするお母さまの肩を抱いて、お父さまが深刻そうな顔で私に言う。


「……ティスランが急に真面目になってしまった……」


 お兄さまは、私が来る前にすでに家を出てしまったらしい。家令が慌てるほど早く起き、家のあれこれについてお父さまの代わりに判断を下し、それから領地の問題についてもいくつか解決策を提案したのちに仕事へと向かったそうだ。その姿は今までの上の空かつ狼狽えた感じはないどころか、むしろ日常だった長く特に意味のない話をすることすらなく、真面目にハキハキ仕事をこなしていたらしい。

 残された私たち家族3人は、今までとは逆の意味でちょっと心配するレベルである。


 その朝だけではない。私の上手でない励ましがお兄さまの心に響いたのか、もしくはライバルがいる事実が突き動かしたのか。なんとお兄さまは、その日を境に真面目に仕事をバリバリこなす人間になってしまったのだった。



「ウィルさま!」


 ソワソワと開けた窓から正面の通りを眺めていた私は、馬車の音に立ち上がって玄関を開けた。

 今日は久しぶりにヴィルレリクさまと会える日。

 チケットの入った手紙を貰ってからというもの、ヴィルレリクさまの仕事がさらに忙しくなってしまい、ほぼ1ヶ月ほど会えない期間が続いてしまった。手紙は送ってくれたものの、やはり忙しさのためかしばらく届かないこともあって、疲れから体調を崩したりしていないか心配していたのだ。


 御者が馬を止め、家令が馬車のドアを開ける。降りてきたヴィルレリクさまに近寄ると、ヴィルレリクさまも大股でこちらに歩いてきてぎゅっと抱きしめられた。玄関の方から、まぁ〜というお母さまの声が小さく聞こえる。


「リュエット。会いたかった」

「はい、私もウィルさまに会いたかった。お疲れではありませんか?」

「うん、ちょっと疲れた」


 私もぎゅーっと抱きつくと、ヴィルレリクさまがほんのり付けている香水で胸がいっぱいになった。力を緩めて顔を覗き込むと、琥珀色の目がじっと私を見て優しく微笑んでいる。疲れが少し出ているような表情だけれど、なんだか物憂げなようにも見えてドキドキするほどかっこいい。そっと片手で頬に触れると、ヴィルレリクさまの手が私の手を捕まえて、頬擦りするように目を瞑る。


「ウィルさま、お疲れなら今日のおでかけはやめにしてお部屋でゆっくりしましょうか」

「大丈夫」


 目を開けたヴィルレリクさまが、ふう、と息を吐いてから微笑む。


「リュエットに会えなくて辛かっただけだから」

「……ウィルさま」

「キスしたいけど、伯爵が見てる」


 振り向くと、お父さまとお母さまが玄関の扉から半分顔を出してこちらを覗いていた。ちょっと恥ずかしかった。

 ヴィルレリクさまが2人に挨拶をして外出の許しをもらうと、一緒に馬車に乗る。

 今日は魔力画の展覧会があり、そして鉱石の展示会もある日。待ちに待った1日だった。


「ティスランの姿が見えなかったけど」

「それが……お兄さま、なんとお仕事に行ってしまったみたいなんです」


 仕事一直線になってしまったお兄さまがチケットの存在を忘れないよう、私はリマインダーとなってときどきお兄さまに声を掛けていた。再来週ですよ、来週ですよ、3日後ですよと声を掛けるたびに「わかった」としっかりした返事をしていたというのに、今日、支度をすませて私が下りてみると、すでにお兄さまの姿はなかったのである。


「まだ早い時間ですけれど、お兄さまはここのところ毎日遅くまで仕事をしているので、ちゃんと行ってくれるのか……ミュエルは行くと言っていたのですけれど、遅くなるとすれ違って会えないかもしれません」


 あれからミュエルは手紙のこともお兄さまのことも話題に出さないままだったので、私もそれには触れないようにして過ごしてきた。けれど、展示会だけは行ってみてほしいとお願いしたのだ。いきなり家に訪問するよりは、集まりの中で顔を合わせる方がハードルは低い。

 お兄さまが勇気を出して会いに行くなら、ミュエルにも行ってあげてほしかった。頷いていたのできっと行くだろうけれど、お兄さまが行かないのなら意味がなくなってしまう。何より待ちぼうけになってしまったらミュエルだって悲しいだろうし、もしお兄さまが行かないなら早めに教えてあげたい。


「リュエット」

「はい」


 動き出した馬車の中で悩んでいると、ヴィルレリクさまが私の手を取りながら名前を呼んだ。私の指の間に指を入れ、しっかりと手を握られる。それからじっと私の顔を見てヴィルレリクさまは言った。


「せっかく会ったんだから、他のことは考えないで」

「……ご、ごめんなさい」


 目が真剣だった。

 いくらお兄さまの様子が心配だからとはいえ、久しぶりに会えた恋人の前で悩みすぎていたかもしれない。ドキドキしながらも反省していると、ヴィルレリクさまが少し笑った。


「冗談だけど」

「冗談なのですか?!」

「ちょっとだけね」


 ちょっとだけ冗談だったらしい。つまりは大体本気だったということだろうか。私はどう反応したらいいか困っていると、ヴィルレリクさまが私を軽く抱きしめてから言った。


「ティスランは行くと思うよ。でもリュエットが心配なら、王城に連絡してみようか」


 自分も仕事で疲れているはずなのに、ヴィルレリクさまは私を気遣うことも忘れないでいてくれる。それをありがたく思いながらも、私はちょっと申し訳なくなった。

 ヴィルレリクさまの言った冗談は、彼の持っている我が儘がちょっとだけ出たものなような気がして。


「お願いします。……ウィルさま、今日は2人でゆっくり楽しみましょうね」


 恋人なのだから、ヴィルレリクさまの気持ちもちゃんとわかってあげたい。今までひとりで沢山のことを乗り越えてきた人なのだから、これからは私がいるのだと安心してほしい。

 そう気持ちを込めて言うと、ヴィルレリクさまがうんと頷いた。






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