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お兄さま、大事件8

「……ということがあったんです!! もう私、どうしたらいいのか、いえ私が何かするようなことじゃないのは重々わかっているのですが……!」


 週末の前日、仕事を終えたヴィルレリクさまがうちに訪ねてきてくれるなり、私は胸の内には秘めきれない物語を洗いざらい喋った。じっと黙って聞いていたヴィルレリクさまが、心なしか呆れたような目になっている気がして姿勢を正す。


「すみませんウィルさま、人の恋路で出しゃばるのはよくないとはわかっているのですが、2人とも私の大事な人なだけになんだかいてもたってもいられないような気持ちに」

「それは別にいいけど」


 おいで、と腕を広げられたので、私はソファを少し移動してそこに飛び込む。興奮している私を宥めるようにヴィルレリクさまが背中を撫でてくれた。


「できるだけ早く会いたいなんて書いてあったから、そんなに僕が恋しいのかと思って来てみたら」

「え?! す、すみません……でも、ウィルさまに会いたかった気持ちもいっぱいありますから」

「いっぱい?」

「いっぱいです」

「ならいいけど」


 髪を梳かれて額に口付けを落とされ、お兄さまとミュエルのこと一色だった私の頭がヴィルレリクさまのことに覆い尽くされていってしまった。このやりようもなく期待してしまう気持ちを抑えられなかった私を一瞬で鎮火させてしまうあたり、ヴィルレリクさまはやっぱりすごい。


「それでどうしたの?」

「はい、経緯は置いておいて、お互いの気持ちを確かめた方がいいのではないかと思って。まずはその鉱石の展覧会に誘ってみてはとミュエルに提案してみたのですが……」


 ミュエルは首を振った。空の手紙に空の手紙じゃない返事を出すと、お断りという意味になってしまうという暗黙の了解があるらしい。だから出したくないと。

 それはもはや空の手紙なら返してもいいと思っているのでは、というかつまりそれはつまり……と私は内心興奮していて、冷静さを保つのが大変だった。


「それならうちにお茶に来てお兄さまに直接お誘いしてみたら、とも言ったのですが、恥ずかしいし返事を返してないままでどう顔を合わせればいいかわからないとミュエルは言っていて」

「面倒臭いし放っておけば?」

「ウィルさま!」


 私が声を上げると、ヴィルレリクさまはしれっとした顔で私をもう一度抱きしめる。

 確かにヴィルレリクさまであれば、こんな状況になってもまず会って確認してくれると思うし、なんならその時に自分の気持ちまでも伝えてしまいそうだ。確固たる意思と平静さを持ち合わせるそんなヴィルレリクさまも素敵だけれど、そこまで思い切りが良くなれないという人もいっぱいいる。特に、好きな人が相手であれば臆病にもなるだろう。


「同じ気持ちかわからない人に対して、気持ちを確認するのはとても勇気がいることだと思います。ミュエルもお兄さまも私の大事な人たちですから、ほんの少しでも何かお手伝いできることがあるならやってあげたいんです」


 お節介はよくないことも多いけれど。

 私の大好きな人たちが幸せになってくれるきっかけを作れるのなら、何かしてあげたい。ミュエルは私とヴィルレリクさまの関係も応援してくれたり、悩みを聞いてくれたり励ましてくれたりした。だから私もミュエルのために何かしてあげたい。


 そう言うと、じっと私を見ていた琥珀色の目が伏せられて「わかった」と返事が返ってきた。


「リュエットがそう思うなら、やってあげたらいいんじゃない? 手伝いが入ろうが邪魔が入ろうが、好きならくっつくだろうしダメならダメだろうしね」

「できるだけダメになってほしくないです。もちろん2人の気持ち次第ですけど」

「とりあえず、リュエットはティスランを展示会に誘ってみたらいいんじゃないかな。ミュエル嬢がチケット持ってるから一緒に行けないか頼めって言ってもいいし、それができないようだったらチケットはうちでも手に入るから、ミュエル嬢はミュエル嬢で行けばいいし」

「そうですね。とりあえず、2人が会ってお話ができるようにならないと」


 ヴィルレリクさまも付き合いの関係でそういったチケットを手に入れやすいらしい。これでミュエルがお兄さまにチケットを渡せなくても展覧会に行けるし、同じ会場に入ってしまえば顔を合わせることもできるだろう。


 お兄さまとヴィルレリクさまが卒業してから、ミュエルとお兄さまが顔を合わせる機会はかなり減った。ミュエルがうちにお茶に来ないのであれば、その頻度はゼロになってしまう。すぐにどうにかするのは難しくても、展覧会は来月だからその頃には2人とも落ち着いて話せるようになっているかもしれない。


「ウィルさま、ありがとうございます」

「うん」


 私がお礼を言うとヴィルレリクさまは少し目を細めて頷いた。

 ヴィルレリクさまは、こうして私がやりたいことをさりげなく手助けしてくれるのが上手い。ひとりでいることに寂しさを感じたことはなかったけれど、この嬉しさを知ってしまうと、誰かと一緒にいられる時間というのも素敵だなと思う。


「ウィルさま、私はウィルさまと一緒にいられてすごく幸せです」

「僕もリュエットが一緒にいてくれて嬉しい」


 ふふ、と笑い合って、私たちはそっと抱きしめ合った。

 ドアの隙間から覗いていたお父さまと目が合って少し気まずくなった。






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