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お兄さま、大事件4

 その夜。食事をすませると、私はお兄さまの部屋へと向かった。お兄さまは夕食を食べてきたとかなんとか、よくわからない説明をして帰宅後すぐに部屋にこもってしまったのだ。普段はみんなで食事をしたあと家族で話をするのが普通なので、お父さまもお母さまも心配していた。


「お兄さま?」


 ノックしながら声を掛けてみるけれど、返事がない。耳をすませてみると歩き回る音や何かを呟いている音が聞こえるのでお兄さまは部屋にいるようだけれど、気付いていないのか入れる気がないのか、もう一度声を掛けても返事が返ってこなかった。

 ちょっと考えてから、もう一度ノックする。


「お兄さまー、ピンク色のお手紙、いらないのですか?」


 ドアの向こうで何かが倒れた音がした。ドタドタと足音がして、それからドアが開く。


「て、て、てがみが」

「お兄さま、少しお話ししませんか?」


 狼狽えているお兄さまの隣を抜けて、私は久しぶりにお兄さまの部屋へとお邪魔した。私の部屋よりも広いお兄さまの私室には、本棚が壁を覆いぎっしりと本が詰まっている。お兄さまは整理整頓が好きなので自分の決めた秩序に従って本を並べていたはずだけれど、今はあちこちに読みかけの本が置かれていたり、机の上に重ねられたまま放置されていたりしていた。書類なども乱雑に置かれている。メイドの気遣いなのか、飾られた花瓶は小さい木製のものに変えられていたけれど、それも床に落ちてしまっていた。先程の音はこれらしい。

 お兄さまにヴィルレリクさまから預かった封筒を渡し、それからソファに座る。


「リュ、リュエット、これはいつ誰が送ってきたものなのか知っているのか」

「お兄さま、それ、ウィルさまがお兄さまの職場で拾ってらしたものですよ。お話ししたのでしょう?」


 封筒を眺めながら狼狽えていたお兄さまは、ハッと気が付いて裏を見る。封蝋が切ってあるのを見て、新しく送られたものではないとようやくわかったようだ。


「そ、そうか、うむ、それはその、そうだったな。ヴィルレリクにもそうだと言ってくれ」

「どうなのかわかりませんが、お兄さま、そのお手紙のことで悩んでらしたのですか?」

「いやその、そういうわけではないかもしれないというか、悩んでいるという言葉についての定義がまだなされていない」


 辞書を見れば定義がされていると思う。

 ツッコミを入れるべきか迷ったものの、話を進めるためにスルーすることにした。


「あの、お兄さま、差出人が誰だかわからないから悩んでいたのですか? もしそうなら、差し出がましいようですが」

「違う。そういうことで悩んでいたのではない」

「え?」


 その紙について気付いたときから、脅迫などの危険なことではなく手紙の送り主がわからずに悩んでいたのではないかと思っていたのだけれど、お兄さまはそれをキッパリと否定した。


「悩むべきところはそこではないのだ。わかるかリュエット」

「ではお兄さまは何を悩んでいるのですか?」

「それは言うことができない。ラーンズデール海洋学博士という人を知っているか、リュエットよ」

「知りません」

「ならば我が苦悩を推し量ることはできないだろう。この……我が……苦悩を」


 言い換える言葉が見つからないほどの苦悩らしい。それが海洋学博士とどういう関係があるのだろうか。そして手紙とどう結びつくというのだろうか。まったく理解できなくなってきた。そもそも、私が予想していたことは見当違いだったのだろうか。


「海洋学についてのお手紙だったのですか?」

「手紙はない」

「え?」

「この封筒に手紙は入っていなかった。一枚も」

「一枚も?」


 お兄さまが真剣な顔で頷く。


「では、その封筒は空のまま送られてきたのですか? それなら……何を悩んでいるのですか?」

「空だったからこそ、これほど苦悩しているのだ」


 特徴ある封筒が送られてきてお兄さまは苦悩しているけれど、記名されていない差出人は問題ではなく、手紙が入っていないことが問題で、海洋学博士が関係している?

 ますますよくわからなくなってきた。


「あの、それは、お兄さまや我が家に危険が迫っているといった良くないことを意味しているのですか?」

「そういうことではないのだ、リュエットよ。ラーンズデールを知らないならばわからぬだろうが」

「その博士はどんな関係があるのですか? もしかして、その封筒は博士から送られてきたものなのですか?」

「ラーンズデール博士は没後10年ほどは経っている。手紙が来たら色々と恐怖だ」


 話の内容が理解できなさすぎて、お兄さまがまた意味不明なことを言っているのかと思ったけれど、そうではないようだ。つまり、お兄さまにとってはそれらは関連した出来事に見えているらしい。


「……身の危険は感じていないのですね?」

「もちろんだ」

「私に何かできることはありますか?」

「いや、それはない。リュエットが何が何でもこのお兄ちゃまを助けたいという気持ちは痛いほどわかるが、これは誰かに言うべきものではないのだ」

「別にそんなに助けたいわけでもないです」


 主に家財を壊すのをやめてほしいだけです。と言ったのにスルーされた。


「すまない。これは私とこの……そういうわけだ。わかるねリュエット」

「わかりませんが、お兄さまはこの苦悩をどうにかできそうなのですか?」

「さあもう夜も更けた。明日寝坊してしまわないために寝るがいい」


 まだ遅い時間ではないけれど、お兄さまは話を切り上げたいようだ。私は立ち上がっておやすみの挨拶をしてから部屋を出る。


 無記名の封筒、海洋学博士、そして入っていなかった手紙。


 謎の情報しか手に入らなかったけれど、お兄さまからそれ以上の話は聞けなさそうだ。私は大人しく部屋に戻って、違う手を考えてみることにした。






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