沼はどこにでもあるようです10
「いない」
白い青年が見つからない。
最初に出会った幾何学模様の魔力画のところでも、それと対になっていると教えてくれた魔力画の前でも遭遇することはなかった。毎週恒例の全校集会があるので見渡してみたけれど、そこでも似た人すら見つけられなかった。
あんな白い人、めちゃくちゃ目立ちそうなのに。
本を借りにいくついでに図書館でも探して見たけれど、いない。
もしかして本当に幽霊の類だったのだろうか。カフェで見たのは出張版なのだろうか。
乙女ゲーキャラでは幽霊キャラとかいなかったはずだけども。
自力で探すことはもう諦めて、先生に頼ることにする。
まずはリュミロフ先生だ。魔力画繋がりで何かご存知かもしれない。
「あっ」
「すまない」
先生の部屋へと急いでいたせいか、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。借りた本が落ちたので慌てて拾う。それを手伝う手が向かいから伸びて、私は顔を上げた。
「不注意だった。怪我はないだろうか?」
「……、は、はい」
曲がり角からイケメンが飛び出してくる学園だということを忘れていた。
濃いグリーンの髪に彫りの深い顔。焦げ茶の瞳は意思が強そうだ。ハリウッド映画に出てきそうな青年がこちらに本を差し出してくれている。
濃ゆいイケメンだ。眩しい。私はお礼ついでにさっと顔を伏せた。タイの色がグリーンなので、ラルフさまと同じ一番上の学年だ。
「すみません、拾ってくださってありがとうございます」
「魔力画の本ばかりだが、好きなのか?」
「はい」
低く響く声は張りがあって、ちょっと恐ろしく感じるほどだった。白い青年の喋り方は、人に威圧感を全く与えなかったなと思考が逸れる。
「あなたも魔力画の蒐集を?」
「いえ、我が家には魔力画は飾っていないので、学園のものを見たり、お店にいったりしているだけです」
「なら丁度いい。お詫び代わりといってはなんだが」
そう言って俯いた視界に差し出されたのは、美しい飾り文字が綴られた招待状だった。カードの文字を縁取るモチーフには、上部中央に紋章が入っている。どこのものかはわからないけれど、伯爵家のものだった。
「あの、これは?」
「週末に我が家で魔力画の展示を行うことになっている。級友でも誘えと言われたが、興味のないものには退屈だからな。もしよければ来てもらいたい」
色んな魔力画を見たいと思っている私に対して急に都合の良い展開である。罠だろうか。
疑わしい顔をしていたからか、青年は肩を竦めてほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「失礼した。私はマドセリア伯爵家次男、サイアン・マドセリアだ」
青年がサッと礼をする。
マドセリア家といえば、王家に仕える将軍を多く輩出している伯爵家だ。体格も良いので、体術の成績もいいのかもしれない。
私は緊張しながらも背を伸ばし、本を抱えたままお辞儀をする。
「わ、私は、リュエット・カスタノシュです」
「どうぞよろしく。うちは代々魔力画の蒐集に凝っている家でね。定期的にこうして披露している」
「そうなんですか」
「その招待状で3名まで入れるから、心配ならばご両親を連れてくるといい」
もし都合が合わなければ好きそうな人間にあげてくれと言い残して、サイアンさまは歩いていってしまった。きびきび歩く姿は騎士のようだ。
それを見送ってから、手元に残された招待状を見る。二つ折りのカードを開くと、魔力画の展覧会であるということと、日時と場所が書かれていた。場所は王都にあるマドセリア伯爵家。お茶会の時間に合わせて開催されるようだ。
いきなり知らない人から招待状をもらってしまった。
とはいえ、公共の場所にある魔力画ならまだしも、個人宅のものを見る機会はそうないだろう。ミュエルのように仲良くなって招待してくれることはあるだろうけれど、知らない人であれば尚更貴重な機会だ。
そう考えると行きたい気持ちに傾いてくる。
「おや、リュエットさん」
「リュミロフ先生」
迷っていると、ちょうどドアからリュミロフ先生が出てきた。
招待状をもらったことを話すと、先生が微笑んで頷く。
「サイアン君もよく私の元へ通ってくれている生徒でね。卒業した兄君も魔力画について熱心に学んでいたんだ。素晴らしい魔力画を見れる機会だよ」
サイアンさまは、ちょうど私が来る前にリュミロフ先生の部屋にお邪魔していたそうだ。魔力画に興味のある生徒へ招待状を渡して欲しいと何枚か置いていったらしい。
ちょうど君にあげようと思っていたけれど先を越されたね、と微笑む姿を見て安心した。リュミロフ先生が勧めるのだから、いい魔力画が見られるのだろう。
「ぜひ行ってみたいと思います」
「うん、そうするといい。こういった集まりは魔力画好きが集まるから、興味深い話も聞けるだろう」
俄然楽しみになってきた。今日帰ったらお父さまとお母さまに行きたいとおねだりしよう。
それから魔力画の話をしばらくして、ハッと気が付く。
そうだ、招待状の話をしにきたんじゃなかった。
「あの、先生。私、人を探しているのですが、ご存知でしょうか。髪が白くて背が高くて、たぶん魔力画に興味がある人で……、ここの生徒だと思うのですが」
「髪が白い……ああ、知っていますよ」
もちろんと言いたげに頷いた先生に、私の気持ちはさらに明るくなった。