08 花子さんの招待
跡部先輩曰く、現在この学校にはなぜか七不思議が八つある。
その鏡を見たものを、鏡の世界に引きずり込むという『鏡に映る少女霊』。
毎夜ひとりでに動き出し、グラウンドを全力疾走する『走る校長像』。
誰もいない音楽室で無人演奏を始め、その音色を聞いたものを冥界に連れていく『音楽室の幽霊ピアノ』。
普段は十二段しかないのに夜の間だけ十三段になっており、その十三段目を踏んだ人間は首を吊って死んでしまうという『呪いの十三階段』。
夜のうちに動き出し、校舎内を踊りながら練り歩くという『踊る人体模型』。
人知れず生徒たちを捕食し、その血を吸って真っ赤に咲き乱れるという『人食い桜』。
泳ぐ生徒たちの手足に長い髪を絡ませ、溺れさせようとする『プールの濡れ女』。
そして最後が……、
「……いつまで、そこに突っ立っているつもり? さっさと中に入りなさいな」
この数分、僕が扉の前で立ち竦んでいたことに気付いていたのか、部屋の中から聞き覚えのある少女の声がかけられる。
その声の主こそが、三階の女子トイレに出没するという『トイレの花子さん』。僕を呼び出した張本人だった。
「いや、入れって言われても……」
いくら今が夜で、中に生徒がいないと分かっていても、女子トイレの中に入っていくのは気が引けるんだが……。
「……なぁ、話をするのはいいんだけど、どこか別の場所じゃ駄目なのか?」
「駄目よ。大事な話だから、私の落ち着ける場所で話したいし」
「僕が落ち着かないんだが」
「それに私の領域内なら、昨夜みたいに突然他の七不思議に襲われることもないだろうし」
「いや、だから僕が落ち着かないんだって」
「……あなた、人の話を聞いているの?」
「そっちこそ、僕の話を聞いているのか?」
「……ふぅ」
頑なに譲らない僕の態度に業を煮やしたのか、花子さんは軽くため息をつく。
次の瞬間、四方八方から現れたトイレットペーパーが僕の全身に巻き付き、さながらミイラ男のようになった僕は目の前の女子トイレに引きずり込まれていた。
「最初からこうすればよかった」
昨夜と同じ白ワイシャツに赤スカートの花子さんが、女子トイレの床に転がる僕を見下して満足気に微笑む。
「お前なっ、昼のときも思ったが、何でもかんでも力で思い通りにできるなんて思うなよ!?」
「実際、力で全てを思い通りにされている男に言われてもね」
確かに。
返す言葉がない僕は仕方がなく、周囲を見回す。
別に初めて入った女子トイレの内装が気になったわけではない。
周囲の鏡に未来の姿を探したのだ。
「……未来は、来ていないのか?」
「まぁ、後々あの子にも話すつもりだけど、最初にあなた側の了解を取っておこうと思って」
「?」
「……今日は、あなたにお願いがあって呼んだの」
なんとかミイラ男状態のまま身体を起き上がらせた僕に、花子さんは言った。
これが、これから人に何かお願いしようっていう奴のすることか。
トイレットペーパーを掴んでそう言ってやろうとした僕だったが、花子さんの表情が思いのほか真剣だったのでやめておく。
彼女はしばらくの間、次の言葉を口にすることを躊躇していた。
だが、やがて何かを決意するかのように頷くと、こう続ける。
「あなたには、春里未来と一緒に戦ってほしいの。命を含めた、あなたの全てをかけて」




