06 戻る日常
「……安堂! 安堂! ……出席番号一番、安堂忠人!」
口うるさく自分を呼ぶ声に顔を上げると、僕のすぐ目の前に見覚えのある坊主頭にジャージの男性が立っていた。
武藤平太。筋肉質で強面といういかにも体育教師っぽい風貌とは裏腹に数学を担当している、僕のクラスの担任教師だ。
理由は知らないが何かに怒っているようで、苛立たしげな視線を僕の方へと向けている。
「……はい、何ですか?」
「何ですかってお前……、お前が何なんだ。授業中に寝ぼけてんのか?」。
「……授業中?」
その言葉に周囲を見回すと、そこには僕の方へと集中するクラスメイトたちの視線があった。いつも通りの見慣れた教室に、見慣れた顔ぶれ。昨日と変わらない普通の光景。
そう、僕はまた昨日までと同じ日常の中に戻ってきていた。
いつものように登校し、いつものように退屈な授業を聞き流し、いつものように居眠りする。そんな日常を過ごしていると、まるで昨夜の出来事は夢だったのではないかと錯覚してしまいそうになる。
しかし、今もまだ全身に残る鈍い痛みと青痣が、昨夜僕の身に降りかかった暴力が現実であることを教えてくれていた。
間違いなく僕は昨夜、この学校で動く校長像や踊る人体模型や花子さんなどの化け物に遭遇し、その果てに奴らと同じように幽霊になってしまった未来と再会した。
そうだ。あれは夢なんかではなかった。
この一年、ずっと探し続けていたあの未来が、なんだかよくわからないうちに死んでいて、なんだかよくわからない七不思議の悪霊になっていた。
こんな荒唐無稽で最低な話、夢であった方がどれだけよかったか……。
彼女の両親はまだ、未来を探し続けている。現に今も、東北で似た外見の少女が目撃されたといって一週間ほど家を留守にしていた。
いなくなってから一年。もう駄目かもしれないという思いが大きくなるのを感じながら、それでも諦めきれずに探し続けていたのに。
思わず深いため息をついてしまう僕。
そんな僕をまじまじと見ていた武藤が、訝しげに眉を顰める。
「……なんでお前は、教師に説教されてる最中だっちゅうのに、アンニュイにため息なんぞ吐いとるんだ」
「あ、そうでした。すみません」
「そうでしたじゃないだろうが! まったくお前は……」
苛立たしげに何か言葉を続けようとした武藤は一瞬言葉に迷って、ガシガシと坊主頭を掻きまわす。
「あぁ、まぁ、いい。ぼけっとしとらんで、眠いなら顔でも洗って来い」
「そ、そうします……」
言われるがままに席を立ち、授業中の教室から廊下へと移動する。
さざ波のように広がるクラスメイトたちの笑い声も気にならなかった。というより、気にするだけの心の余裕がなくなっていた。もはや全てがどうでもいい。
考えなきゃならないことや、やらなければならないことがたくさんあるような気がするのだが、いっこうに考えがまとまらない。
事態が既に僕の脳のキャパシティを軽く超えているうえに、昨夜の寝不足が祟っているのだろう。 先生に言われた通り、本当に顔でも洗ってリフレッシュした方が良いかもしれない。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、不意にポケットの中のスマホが振動し、メッセージの着信を知らせてきた。
差出人を確認し、眉を顰める。
跡部マリ。
それは現状、最も厄介な人物からの呼び出しだった。




