05 七不思議の仕組み
自分がどうやって死んだのか、未来はその記憶を持っていないらしかった。
覚えているのは一年前のあの日、放課後の空き教室で僕と会話した後に別れたところまで。その後に何があったかは分からないが、気がつくと彼女は「この場所」に一人でいたのだという。
自分以外誰もいない、左右反転した異常な世界。
「なんか身体は透けてるし、助けを求めようにも誰もいないし、電話もネットも通じないし、外に出たくても見えない壁みたいなのに阻まれて学校の敷地からでれないの。本当に私、どうすればいいかわからなかった」
当時のことを思い出したのか、俯きながら未来は言う。
そこが鏡の中だということには、早い段階で気づけたらしい。というのも、この世界にある鏡を覗くと、そこには現実世界にある同じ場所の光景が映るらしいのだ。
「私はひとりぼっちなのに、鏡に映る世界ではみんながいつもどおりの日常を送っているの。私はみんなに気づいて欲しくて呼びかけたり鏡を叩いたりするんだけど、向こうからはこっち側の世界が見えていなくて、誰も私に気づいてくれない。私は一人で、この鏡に映る光景をただ見ていることしかできないの」
そう続ける彼女の声は微かに震えていた。
「あ、あんちゃんのことも見てたよ。私のことで色々悩んだりしてくれてたのは、申し訳ないと思いつつも、ちょっと嬉しかったな」
「それは……」
なんと反応すればいいのだろうか。僕が気の利いた台詞一つ出せないでいるうちに、未来はころっと表情を変え、笑顔を浮かべる。
「そんなとき、花ちゃんと会ったの」
「この子ったら、私の部屋……というか、女子トイレに引きこもって一日中べそかいてたの。どこのいじめられっこが逃げ込んできたのかと思ったら、声は鏡の中からしてくるし、その正体はお仲間だしで、驚いたわ」
「花ちゃんはね、この学校にいる七不思議たちの中でも最古参のオバケさんなの。それで私は自分が死んで七不思議の一つになっちゃってたことを教えてもらって、それからは立派な七不思議になるため修行に明け暮れていたってわけ。それで最近やっと、力が強まる夜の間だけなら、ちょっとだけ元の世界に干渉できるようになって……。すごいでしょ! 今日なんて絶好調! この短時間で、あんちゃんと花ちゃんの二人もこっち側につれてこれるなんて」
「うん……、うん?」
これまでは一応筋を追えていた話が、急によく分からない方向に逸れだした。
「その、七不思議になるっていうのは?」
「え? えっとね、説明が難しいんだけど。これはここに学校ができる前からある呪いの話で……。私たちはそのせいで成仏できなくて。それとは別に学校内での噂話で性質が変化しちゃって、えっと、何て言えばいいのかな。よく漫画とかであるでしょ? 信仰の力っていうか、他者の思いに影響されるっていうか……」
なるほど、分からない。
しどろもどろになりながらも何かを説明しようとする未来から花子さんの方へ視線を移すと、彼女は軽くため息をついた。
「この夢ヶ淵学園……というか、学園の敷地である夢ヶ淵一帯には、ある呪いがかけられているの。この敷地内で不慮の死を迎えた人間の魂を捕まえて、強制的に土地に縛り付けてしまうっていう厄介な呪いがね」
「つまり、成仏できなくなったうえにムリヤリ土縛霊にさせられちゃうってこと」
なんだそりゃ。未来の補足に眉をしかめた僕を見て、花子さんが苦笑する。
「今更、呪いなんて非科学的なもの信じられない、なんて言わないでよ? さっきあなたに襲い掛かってきた奴らは何で、そこから華麗に助け出してあげた私たちは何者だと思っているの?」
「う……」
確かに、そうかもしれないが……。
「始まりはこの場所に大昔、七人ミサキとかいう妖怪が封じ込められていたことに起因するらしいけど、本当のところは分からない。確かなことは、この土地が呪いの力によって常に最大七人の魂を拘束し続けているってこと。私もこの子も、あなたがさっき遭遇した銅像やら人体模型やらも、その哀れな被害者にすぎないってことね」
さきほどの連中やこの花子さんが、未来と同じ呪いの被害者?
だが、あれはどう見ても……。
「どうみても、よくある怪談に登場するような化け物にしか見えなかったって?」
またも僕の表情を読んだのか、花子さんが薄く微笑む。
「私たち幽霊は肉体を持たないむき出しの魂。それ故に外部からの思念に影響されやすくなる。簡単に言うと、周囲の人間からそう強く思われることによって、思われた通りの存在に変わっていってしまうの」
吊りスカートの裾を持ち上げながら、彼女は続ける。
「これだって、そう。私はただ、たまたまトイレで死んだってだけだったのに。トイレの女幽霊=花子さんのイメージが強すぎるせいで、こんな格好になっちゃったのね。もう昔すぎて思い出せないけど、姿形だって元はこんなんじゃなかったはずなのよ。まったく、はた迷惑な話だと思わない?」
そう同意を求めてくる彼女だが、僕はなんと答えていいかわからない。
「他の連中も多かれ少なかれ同じような境遇ね。つまり、貴方たちの噂話が私たちを化け物に変えたってこと。まぁ、この姿……霊体を手に入れたことで格でも上がったのか、イメージされた怪談由来の妖術が使えるようにもなったから、半分感謝もしてるんだけど」
そう言って彼女は、自分の周囲に浮かんでいたトイレットペーパーを軽く撫でる。
「これなんかもその一つ。本来は赤紙白紙って花子さんとは関係ない怪談なんだけど、トイレのエピソードとして他の怪談話と一緒くたに語られているうちに人々のイメージが混ざり合ったのね。いつの間にか、式紙のように使役できるようになっていた」
「そんないい加減な……」
とは思ったものの、人々のイメージなんて案外そんなものなのかもしれない。
もしかしたら、今も全国各地で語り継がれている妖怪変化の怪談噺も、同じような仕組みなのでは……。と、そこまで考えたところで、ふと気がついた。
「つまり、未来がこんな世界に閉じこめられているのも、どこかの誰かが鏡に映った……なんて怪談を広めたせいってことか」
「そういうことね。まぁ、どうせ最初は単なる見間違いがきっかけなんでしょうけど。まったく……、この子がもっと強い力を持った悪霊の噂として語られてくれてれば、もっとやりようがあったのに。鏡の中に閉じこもるだけの力じゃ、この戦いで勝ち残るには……」
「……ん?」
この戦い?
またよく分からない設定がでてきたと、花子さんに聞き返そうとしたそのとき、
「うわあああああっ!?」
と、叫びながら未来が突然、僕たちの間に割って入ってきた。そして、目を白黒させながらこんなことを言い始める。
「た、たた大変大変! もうすぐ七時十六分になっちゃう! 今の私の力じゃ、この機会を逃したら次の四時四十四分に近づくまでみんなを現実世界に返せなくなっちゃうよ!」
「げっ、まじか」
慌てて腕時計を確認する僕。どうやら思っていたよりも長い時間、気絶してしまっていたらしい。
「ほらほら! 早く、こっちきて! あ、あと鏡を通る時は素早くね。ちょうど潜ってる最中に私の集中が乱れたら、空間が断絶されて身体が真っ二つになっちゃうかも」
「え、なにそれ怖っ。ってそうじゃなくて、僕は」
せっかく会えて、話もできるのだ。半日かそこら帰れなくなったところで……、
そんな僕の考えをよそに、未来は無理やり僕を鏡の方へと押しやりながら捲し立てる。
「きょ、今日はありがとう! 会いに来てくれて嬉しかった! でも、もう来ちゃ駄目だからね! 特に夜の学校は今、すっごい危ないんだから! 私は私で元気でやってくから、あんちゃんはあんちゃんで幸せに生きてね! 達者でね!」
「な、ちょ、お前、いきなり何を……」
「……じゃあ、さよなら!」
そんな未来の叫びと共に僕は鏡の中へと押し込まれ、そして……。




