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19 初戦終了

「は、花ちゃん……?」


 呆然とその名を呼ぶ未来に答えるようにして、トイレットペーパーが素早く動いた。

 校長像に絡みついて固定していた紙を伸ばし、地面の上でのた打ち回っていた久瀬の首に巻き付く。そして、即座に絞め落とした。


「こういう時は先に憑りつき先の人間の方を気絶させるの。そうすれば、とりあえず負の感情の供給は止まるから」


 子供に勉強を教えるような口調で久瀬を落とした声の主は、蜘蛛の巣状の紙に絡まった校長像に問いかける。


「さて……、赤い紙と白い紙、どっちがいい?」


 その言葉にぴくりと反応する校長像。

 別に問いかけの答えに悩んでいるわけではないようだった。

 ガタガタと小刻みに震えだす上半身。

 その肉体から目には見えない何か……、先ほど久瀬を握り潰して得た活力のようなものが失われていく。

 全身に巻き付いたトイレットペーパー……赤紙白紙に、吸い取られているのだ。


「まぁ、どちらを選んだとしても、貴方はもう終わるのだけれど」


 これは後から聞いた話だが、それこそが赤紙白紙に備わった真の特殊能力らしい。

 捕まえた相手に赤紙と白紙の二択を迫り、赤紙を選んだ相手は血染めにして殺し、白紙を選んだ相手からは血を吸って殺す。

 そんな、赤紙白紙の怪談話から生まれたこのトイレットペーパーには、標的を切り裂く切断能力と、吸血……つまりエナジードレインのような能力が備わっているのだという。

 彼女が普段使用している触手のような使い方は、あくまでも副産物に過ぎないのだ。


「……じゃあ、さようなら。次の試験で会いましょう?」


 その言葉を最後に校長像の銅の身体は、動きを止める。

 そして、まるで泥でできた人形のように崩れ、ボロボロと地面に落ちていった。

 張りつめていた空気が緩み、夜の校舎に静寂が戻ってくる。


 それから十数秒が経過して、ようやく僕の頭は戦いが終わったことを理解し始めていた。


「ふぅ、やれやれね」


 軽くため息をつく、トイレの花子さん。

 その声を合図に蜘蛛の巣になっていたトイレットペーパーが解け、巻き尺の如く巻き戻り、通常のロール状へと収まった。

 まるで無重力化にあるかのように、ふわふわと宙を漂うトイレットペーパー。

 しかし、肝心の彼女の姿はいまだどこにも現れない。


「……花ちゃん? 花ちゃんなの?」


 我に返った未来が鏡の向こうから呼びかけてくる。

 そんな彼女の言葉に答えるようにトイレットペーパーがふわりと動き、鏡を通って未来の元へと吸い込まれていった。


「まったく、世話のかかる幽霊だこと」

「えっ? 花ちゃん、どこにいるの?」

「どこって……」


 戸惑い、周囲を見渡す未来。

 浮かんでいたトイレットペーパーは、そんな彼女の両手の上にぽんと収まり、そして、


「ここだけど」

 

 そんなことを言い出した。


「は?」「え?」


 互いに間抜けな声を上げる僕と未来。

 そんな僕たちに、ため息交じりで彼女は続ける。


「いや、だから。ここにいるのが私だって言っているの」


 聞き分けの悪い子供に言い聞かせるよう、ゆっくりとした口調で答えるトイレットペーパー。

 その意味が脳に浸透するまで、かなりの時間が必要だった。


「えぇぇえええええええ?!」


 素っ頓狂な声を上げ、手に持っていたそれを放り投げる未来。


「まったく、煩いわね」


 再び空中に制止した彼女は、その肉体(?)をくしゃくしゃに丸め、紙粘土のように捏ね繰りまわし、見慣れた少女の形に変化していく。


「この格好なら納得する?」


 呆れた口調でそう聞いてくる彼女は、おかっぱ頭と濁ったネコ目が特徴的な吊りスカートの少女の姿をしていた。

 だがその体積はトイレットペーパー時から変わっていないため、かなり小さい。

 そしてその風貌もSⅮ化というかなんというか……、なんだか二頭身になっていた。


「……なんかカワイイ」

「可愛くないっ!」


 ぽそりと呟く未来の額を、ミニマム花子さんが蹴り飛ばす。


「えーと……、なんでまた、そんな恰好に?」


 恐る恐る問いかけると、花子さんは憮然とした面持ちで教えてくれた。


「本体の霊体があいつに壊されそうだったから、咄嗟の判断で魂を式神である赤紙白紙の方に移したの」

「そんなことできるのかよ」


 もはや何でもありだな。そう呟く僕に、花子さんは言う。


「普通はできないわよ。私が並外れた能力を持つ優れた霊だからなのと、この学校内では花子さんと赤紙白紙が混同されて認識されていたからできた芸当ね。正直、ギリギリの賭けだったわ」


 得意げに前髪をかき上げる花子さん。


「それでも魂の損傷が激しくて戦えそうになかったから、貴方がこの身体を掴んだ時に憑りついて、また動けるよう回復するまで貴方の中に潜んでいたってわけ」


 なるほど、屋上前の踊り場で久瀬をこけさせて階段下に落とした時か。

 ……って、さりげなくコイツ、とんでもないことを言わなかったか?


「憑りついた? 僕に?」

「気付いてなかったの? 鈍い男……」

「こいつ……っ」


 っていうか、一人の人間に二体以上の幽霊がとりつけるのかよ。そこのところ、ルール的にはどうなってるんだ。


「ルールも何も、基本的に貴方たちは単なる負の感情を蓄えた電池でしかないんだから。二体憑いても三体憑いても変わりはしない。単に心の占有率が二分三分されるだけでしょ」

「…………」


 殴りたいその笑顔。


「でもまぁ、さっきの最後の瞬間に放ったあの絶望は良かったわ。とても、とても良かった……」

「……なんかエッチ」

「エッチじゃない!」


 再び未来の額にキックを入れて、花子さんは続ける。


「やっぱり私の見込み通り、貴方は傑物だったわね。……あの絶望のおかげで私はちんまいながらも動けるようになり、こうして敵を撃退できるまでの力を取り戻せた。だから」


 そこまで言った彼女は少しだけ、言葉に詰まる。


「ありが……いえ、……礼を言うわ」


 ツンデレだ、と小声で呟く未来を花子さんがギロリと睨む。

 そんな彼女の視線に、額を抑えて逃げる未来。

 そんな彼女たちの平和なやり取りをぼんやりと見つめていた僕は、ゆっくりと視線を巡らせた。

 足元で気絶している久瀬の身体を眺め、それから地面に崩れ落ちた校長像の成れの果てへと視線を落とす。


「…………」


 さすがにこれ以上の復活劇はないようだった。

 つまり、どういうことかというと……。


「……勝ったのか」


 そんな僕の呟きが聞こえたのか、ミニマム花子さんと未来が立ち止まってこっちに振り返る。


「そうね、おめでとう」

「あんちゃん……、ありがとう!」


 そんな二人の言葉に、僕は、


「……あれ?」


 全身から力が抜け、僕は廊下に仰向けに倒れ込んでしまう。


「あ、あんちゃんっ?!」


 慌てて駆け寄ろうとする未来に軽く手を振って無事を伝え、僕は瞼を閉じる。

 ギリギリだったけど。最後の最後は、花子さんに助けられたけど。

 それでも、


「なんとか、なったか……」


 こうして、僕と未来の長く……、長く続く卒業試験。

 その最初の戦いの幕が下りた。


とりあえず、一章終了と共に書き溜め分が尽きました。


読んでくださっていた方には申し訳ないのですが、

評価とかPVとかのえげつない低さに実力不足を思い知りましたので、

新たな書き溜めを続けつつも、いったん他の話を書いたりして修行を積んでいこうと思います。


とりあえず、毎日の更新はストップします。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

帰ってこれるよう頑張ります。

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