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18 復活

 そこにいたのは、校長像の取り憑き先の教師……久瀬だった。

 そういえば、校長像との追いかけっこに必死でその存在をすっかり忘れていた。

 確か階段から転げ落ちる姿を見たのが最後だ。


「嘘だろ相棒! 俺たちはまだっ……!」


 額から血をにじませ、乱れた服装のままで校長像の上半身に駆け寄る久瀬。


「諦めるな! こんなところで終わる俺たちじゃないだろ!」


 銅像を抱き上げようとして、その重量につんのめる。


「くそっ、まだだ! まだ終わりじゃない!」


 彼は咄嗟のことに立ち尽くす僕から、校長像をかばうようにして叫ぶ。


「そうだろ、相棒! そうだと言ってくれ!」


 顔面を引きつらせ、呼びかける久瀬。

 そんな彼に反応するように、動かぬ銅像と化していた校長像が微かに動いた。


「何だと!?」

「おぉ……、相棒っ!!」


 関節部分からギシギシと軋みをあげ、校長像は身体を起き上がらせようとする。


「嘘だろ……、これだけやって、まだ倒せないっていうのかよ……」


 まるで化け物。いや、まさに化け物といったところか。

 だが、それでも敵はもう死に体だった。

 真っ二つにされたその身体からは活力みたいなものも感じない。

 どうする……?

 今、攻めてトドメを刺せるか?

 それともここは退いた方が……。


 校長像は現在、そばに控える久瀬に縋りつくように銅の腕を伸ばしていた。

 そんな彼の手を取り、久瀬は言う。


「そうさ相棒! まだ終わりじゃない! 俺の心の力を使って回復にあてれば……!」


 久瀬の言葉に、驚愕した表情のまま固まっていた校長像の顔が動き、邪悪な笑みを作る。先ほどよりも滑らかな動き。久瀬の言う通り、校長像の回復が始まっていた。

 くそっ、そんなことまでできるのかよ!


「ははは、いける! いけるぜ相棒! まだ俺たちは……っ!」


 先ほどまで心の中に満ちていた勇気や希望が、恐れや不安に変わっていく。

 僕は咄嗟に歯を食いしばり、心を奮い立たせた。


「……やらせるか!」


 久瀬たちを止めるため、駆け寄ろうとする僕。

 その時、鏡の中からこちらの様子を見ていた未来がいきなり声を上げた。


「駄目! そこから離れてっ!」


 その言葉は、僕ではなく久瀬に向けられている。


「はは……、なにを」


 必死な様子の未来に、へらりと笑いかける久瀬。



 その瞬間、めしゃりという音がエントランスに小さく木霊した。



「………は?」


 久瀬の表情が歓喜から疑問に、疑問から驚愕に移り変わる。

 今、目の前で起きた出来事が理解できないといった顔。

 きっと僕も、似たような間抜け面を晒しているに違いない。

 それもそのはず。

 たった今この校長像は、縋るように掴んでいた久瀬の両手を、その握力で握り潰したのだ。


「…………あ。……あぁぁああああああああああッ!!」


 遅れてきた激痛に絶叫を上げる久瀬。

 回復が進んだのか、更に動きが素早くなった校長像が今度は久瀬の手首を掴んだ。

 そしてそのまま、ノータイムで握り潰す。


「がっ?! 相棒!? やめっ……!!」


 今度は動くようになったもう片方の手で前腕を。


「ぎぃっ!? やっ」


 連続して肘関節を。


「やがっ?! 相棒!? 相棒っ!!」


 今度は二の腕を。


「ぎゃあっ!」


 久瀬を痛めつければつけるほど、満身創痍だった校長像の身体に力が満ちていく。


「な、なんだこれ……、いったい何が?」

「は、花ちゃんが言ってた。強力な負の感情を、手っ取り早く憑りつき先から得られる一番の方法……」


 その光景のあまりの壮絶さに後退る僕に、鏡の中から未来が答える。


「憑りつき先の人間を限界まで呪い、甚振る。極限状態の苦痛、そしてなにより死の恐怖は、強く濃く、美味しい負の感情となって、悪霊の力になるからって……」

「そっ……」


 そんな恐ろしいことを。

 息をのみ、言葉を失う僕。

 そうこうしている間に、久瀬の両腕を針金のようにぐにゃぐにゃにした校長像が起き上がろうとしている。

 上半身しかない身体を両腕で器用に起き上がらせ、こちらを睨みつけてくる校長像。


「逃げて、あんちゃん!」


 未来の悲鳴。しかし、僕は蛇に睨まれた蛙のように、身体を動かすことができないでいる。


「くそっ……」


 もう、やれることは全部やった。

 逆転の一手も思いつかない。

 これで万事休すなのか。

 やっぱり、負け犬でただの人である僕に化け物退治なんてできるはずがなかったのか。

 いや、駄目だ。

 さっき誓ったばかりじゃないか。

 僕は自分の命を諦めない。生き延びるために最善を尽くすって。

 こんなすぐに約束を違えるのは嫌だ。

 ここで終わるのは嫌だ。

 こんな状況で未来一人を取り残して先にいなくなるなんて、絶対に。

 絶対に嫌なのに……。

 

 なのに僕は、こうしてまた負けてしまう。

 涙で滲んだ視界に映る敵の姿。

 校長像が地面を叩いた反動で飛び上がり、こちらにむかって迫ってくる。

 両手を組んでハンマー状にし、一撃で僕を叩きつぶさんとする校長像。

 あれが当たれば僕の身体などひとたまりもない。

 落としたトマトのようにグチャグチャになって、間違いなく命を落とす。

 恨むぞ神様、

 恨むぞ世界、

 恨むぞ自分。


「だめぇえええええーーーーっ!!」


 エントランスに轟く未来の悲鳴。

 脳が明確な死を察知したのか、スローモーションとなった視界に迫る死の恐怖。

 そんな中、小さな囁きが聞こえた気がした。



「――とびっきりの絶望。ご馳走様」



 直後、自分の全身から言語化できない「何か」がごっそりと抜き取られるような感覚が、僕を襲った。それが何なのか理解する前に、事態は動く。


「……まったく、お互い往生際が悪いわね」


 どこからともなく聞こえてくる、聞き覚えのある声。

 どこからともなく現れ、蜘蛛の巣状に展開して校長像の攻撃を防ぐトイレットペーパー。


「……え?」

「まぁ、それはこの学校にいる私たち、みんながそうなのかしら。なにせ幽霊なんてしてるわけだし」


 その声は、先ほど校長像に叩きつぶされ、消えたはずの人物のものだった。


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