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17 ⅤS 走る校長像

「え、えーと……、取り憑いてみたんだけど、どう?」


 恐る恐るといった口調で未来が聞いてくる。


「うーん……? あんまり実感はないような?」


 確かに胸がざわつくような、肩が重くなったような気がしないでもないが。

 未来の方はどうだろうか、そう思い顔をあげると興奮気味に瞳を輝かす彼女の視線とかち合った。


「す、すごいよ! あんちゃん!」


 フンフンと鼻をならしながら彼女は続ける。


「花ちゃんから聞いてたけど、これほどなんて! なんか、すっごい……、力が漲るっていうか、元気百倍っていうか!」

「そ、そうなのか……?」


 そんな彼女の反応に、少しほっとする。

 よかった。僕が優良物件っていう話は本当だったらしい。

 これで、あの校長像に対抗できるようになったのか。念のために聞いてみる。


「それで……その、能力的な意味ではどうだ?」

「うん! すっごくパワーアップしてる!」

「そ、そうか。よかった」

「今なら何度だって鏡の世界の扉を開いたり閉じたりできそう! これまで開けるのに結構ふんばらなきゃいけなかったのに、今はもうすいすい! ほら、見て見て」


 興奮気味に鏡の扉を開いたり閉じたりしていた未来に、僕は言った。


「ほほう、それはよかった。……で、それ以外は?」

「それ以外?」


 未来の動きがぴたりと止まる。


「それ以外って?」

「…………だから、その、鏡の世界を開く以外の、何かというか」

「えっと……」


 未来の瞳が左右に泳いだ。


「そういうアレは……、特に、ない、です」

「…………」

「……………………」


 両者の間に、気まずい沈黙が訪れる。


「な、なんか無いのか? 新しい力に覚醒したりとか、攻撃魔法を覚えたりとか」

「そ、そんなゲームじゃないんだから。前に花ちゃんも言ってたでしょ、私たちは基本的に学内で噂された通りのことしかできないって。いくらあんちゃんが超強力でも、上がるのはMPみたいなステータスだけなんだし」


 ゲームじゃないといいつつ、ゲーム的表現で現状を説明する未来。


「……つまり、とりあえず僕らは終始一貫して鏡世界の開け閉めしかできないってことだな」


 なるほど……。まぁ、アニメ的漫画的に新能力に目覚める展開を期待していなかったといえば嘘になるが……。


「や、ややややっぱりこれじゃ無理だよね。どどどどうしよう」


 小刻みに震えながら縋ってくる未来。僕はそんな彼女に言葉を返そうとして……、そこで気づいた。

 そこそこ近く、暗がりで見えない廊下の向こうから例の足音が聞こえてきたことに。


「…………!」

「あ、あああああんちゃん。あんちゃん!」


 とうとう追いついてきた。


「お、おおおおちけつ未来」

「あんちゃんも落ち着いてない!」

「いや、僕は落ち着いている。今、これ以上ないほどにクールだ。そうだ、クールになれ、安堂忠人……」

「それ、クールになれてない人の台詞だけど!」


 未来と雑な言葉を応酬しながら、僕は額に浮かんだ汗を拭う。

 作戦がないわけじゃない。

 ならばもう、あとはぶっつけ本番でやるだけだ。





 普段、生徒たちは近寄らない外部客向けの正面玄関。

 歴代の生徒たちが獲得したトロフィーや賞状などが展示され、開校50周年記念だかで寄贈された壁一面の大鏡が設置されているその場所まで、未来は追い詰められていた。


 肩で息をしながら、大鏡を背にして佇む鏡女こと未来。

 その姿を確認し、顔面に喜色を浮かべた校長像はしかし、すぐにその表情を引き締める。

 彼女は一人……、一緒に逃げたはずの男が消えていることに気がついたのだ。


 罠の匂いしかしないこの状況。しかし、相手は力を持たない弱小女幽霊と貧弱な中学生。圧倒的な優位は揺らいでいない。校長像は周囲を警戒するそぶりをとりながらも、ゆっくりと未来の方へと歩み寄る。


「いやっ、来ないで!」


 そんな彼の姿に怯え、距離をとるため鏡から離れる未来。

 その挙動に嗜虐心をそそられたのか、校長像は少しだけ表情を緩めその後を追おうとする。



 僕から見たその背中は隙だらけだった。


 

 くらえっ!

 僕は全力の助走をつけて、鏡の中から飛びかかる。

 いくら周囲からの奇襲を警戒していた校長像だって、未来の力で鏡を通り、現実世界の方に潜んでいた僕の存在には気付けなかったに違いない。

 彼は背後からの攻撃に、未だに反応できないでいた。


 そんな校長像の後頭部に、僕は両手で抱えた鈍器……廊下に設置されていた消火器を渾身の力で叩き込む。

 ガイイイィィーンという、気持ちのよい衝突音がエントランスに轟いた。

 そして、なぜか僕の方が後方へと吹っ飛ばされる。


「あんちゃん!?」

「いったぁ……」


 鏡面世界の床に尻餅をついた僕は思わず自分の両手を見つめて呻く。

 強烈な痺れで指がうまく動かない。まるで、鉄の塊でも殴ったかのようだった。

 まぁ、相手は銅像なんだから、然もありなんって感じなのだが。

 もちろん校長像の方はノーダメージ。凹みすらしなかったその禿頭を巡らせ、ゆっくりと僕の姿を視認する。尻餅をついたまま、後ずさる僕。


「や、やっぱ駄目か」


 そんな僕の呟きに答えるよう校長像が口元をつり上げる。

 だが、物理攻撃が通用しないのは想定内だった。

 校長像が反撃を試みようと足を踏み出すのを確認し、僕は、


「未来っ!」


 校長像の背後、未来に向かって呼びかける。

 タイミングは完璧だった。


「く、くらえええーーいっ!」


 彼女は後ろ手に隠していたガラス瓶を取り出し、がら空きだった校長像の背中に投げつける。そこには鏡面世界の理科室から拝借してきた硝酸がたっぷりと注がれていた。

 硝酸には硫酸や塩酸と同じく、強い酸性が備わっている。

 咄嗟に反応し振り払おうとする校長像だったが、その勢いでガラス瓶が割れ、中の硝酸を浴びてしまった。


「やった!」


 未来が歓声を上げる。


「化学の時間に習わなかったか?! 銅は硝酸で溶けるんだ!」

「あんちゃん天才!」

「勉強だけならまかせろ!」


 駆け寄ってきた未来とハイタッチする僕。

 しかし、すぐに異常に気づき首をひねる。


 校長像は、怯みも藻掻きもしていなかった。

 硝酸を浴びた部分からなんか変なガスが出ているし、緑に変色しているし、反応がないわけではない。

 だが、別にそれで溶け落ちるような感じでもなく、弱点を突かれて大ダメージを受けているといった様子も見られなかった。


「あ、あれ……? あんちゃん、なんか思ってた感じにならないんだけど……」


 確かに。僕もこの一撃で、聖水をぶっかけたゾンビみたいになって浄化完了!っていう展開を期待していたのだが。


「ま、まぁ、全長2メートルある銅像を溶かすには量が少ないかなとは思ったけど……。でも、もっとこう、痛がったりくらいはしてもいいんじゃ……?」

「今更だけど、あんちゃん。銅像って痛覚あるの?」

「え、ないって可能性あるのか?」

「…………」

「…………」


 そんな僕らのコントに聞き飽きたのか、校長像が苛立たしげな表情で再びこちらへ振り返る。その巨体から放たれる敵意と殺意に全身の鳥肌が立った。


「……っ、作戦B!」


 咄嗟に床に落ちた消火器を手に取る。素早くピンを引き抜き、ノズルを校長像へと向けた。


「B!? 何それ!?」

「そんなものはない! とりあえず逃げろ!」


 僕はそう叫びながら、校長像に向かって消火剤を発射する。

 一瞬で白く煙るエントランス。

 真っ白な視界の中、僕はいったん現実世界へ退避しようと大鏡をくぐり抜ける。


 だが、そんな僕の動きは校長像に読まれていた。

 現実世界に戻り、一瞬油断した瞬間。

 煙幕を物ともせずに伸ばされた校長像の右手が、僕を捉えたのだ。


「がっ?!」


 脇腹を力強く掴まれ、思わず悲鳴をあげる僕。

 肋骨が軋みを上げる。あと少し力を込められたら、肺ごと握りつぶされそうな握力。


「あんちゃん!」


 鏡越しに白煙の中、こちらに駆け寄ろうとする未来と目が合う。


「来るな、未来!」


 僕はそう叫び、視線をもっと手前……僕を捕まえて放さない化け物の方へと戻した。

 周囲をちょろちょろと飛び回る羽虫をようやく捕らえ、ご満悦な様子の校長像。

 現実世界に逃げた僕を捕らえるため、奴は身を乗り出して大鏡にその身体を突っ込んでいた。

 上半身だけ鏡から生やしたような格好で嗜虐的な笑みを浮かべる奴の姿に、僕は呻く。


「こ、ここまで……」


 その台詞に勝利を確信したのか、校長像が口元を吊り上げる。

 だがそれは、もはやここまで、という諦めの言葉などではなかった。



 ここまでが、作戦の内だったのだ。



「今だ!」


 その呼びかけを合図に、未来が能力を行使する。

 鏡女の唯一、そして無二の力。

 鏡を使って鏡面世界への扉を開き、閉じる能力。

 刹那。僕の脳裏に先日、未来と交わされた会話が蘇っていた。


 ――あ、あと鏡を通る時は素早くね。ちょうど潜ってる最中に私の集中が乱れたら、空間が断絶されて身体が真っ二つになっちゃうかも。


 空間の断絶。

 相手が銅製だろうが、幽霊だろうが関係ない。

 それは無慈悲に、ギロチンの如く、

 狭間にいる対象を、世界ごと二つに切り離す。


「閉じろ!」


 未来は、鏡世界の開け閉めしかできない雑魚幽霊なんかじゃない。

 防御不能の必殺技を持つ、歴とした七不思議の一体なのだ。


「――!!?」


 僕らの意図に気づいた校長像が驚愕に顔を歪め、大口を開けて何事かを叫ぼうとする。


 しかし、その時にはもう全てが終わっていた。


 鏡が閉ざされ、繋がっていた現実世界と鏡面世界が分かたれる。

 音もなく、衝撃もなかった。

 空間ごと切断された校長像の上半身が、ごとりと現実世界の床に落ちる。

 ぴくりとも動かないその身体。

 僕は掴まれていた銅像の手からなんとか抜けだし、起き上がる。


「…………やったか?」


 思わずそう呟いてから、その台詞はやってないフラグなのではないかと肝を冷やす。

 しかし、しばらく観察していたが、校長像が再び動き出す様子は見られなかった。

 先ほどまであった息づかいもなく、ただの壊れた銅像のようになっている。

 物音がしたので鏡を見ると、鏡面世界の未来が切り離された校長像の下半身を、消火器でガンガン殴っていた。

 だが、彼女がいくら叩いても銅像に反応は見られない。

 僕の視線に気づいた未来が、消火器をぱっと手放した。


「…………」

「…………」


 互いに無言。

 未来は、まだ現状が理解できないといった表情でこちらを見つめている。

 そんな彼女を安心させるため、僕は笑いかけようとして……、


「嘘だッ!」


 僕と未来しか残されていなかったはずのエントランスに、第三者の声が轟いた。


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