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14 花子さんの願い

 肩が痛い、足が痛い、腰が痛い。というか、全身くまなく激しく痛い。

 一体全体何が起きているのか。現実に理解が追いつかず、ただとりあえず痛む身体を起き上がらせようとしたところで、うまく身体が動かせない事に思い当たる。


「おっ、やっとお目覚めか」


 楽しげにそう呼びかけてくる久瀬の方へと顔を向けると、その姿は上下逆。

 どうやら僕は校長像の左手に両足をつかまれ、逆さまの宙ぶらりん状態で拘束されているようだった。


 周囲の景色を見回し、ここがすでに保健室でないことを理解する。

 薄暗い上に上下反転しているので見えづらかったが、ここは恐らく階段の踊り場。そう、僕が昨夜校長像を初めて目撃した、ある意味この騒動の発端でもある場所だった。

 それは同時に、七不思議の怪談で語られる鏡女……春里未来の出現地点でもある。

 ということは…………、ということは?


「よかったな安堂、クライマックスには間に合ったみたいだぞ?」

「……くそっ」


 朦朧としていた意識が一瞬で覚醒する。

 僕が気絶している間に、事態はすでに最悪の一歩手前まで進んでいるようだった。



 そこそこ広めのスペースがある踊り場には、すでに全ての登場人物が出そろっていた。


「ごめんなさい、ごめんなさいっ、私のっ、私のせいでっ……」


 踊り場に設置された大鏡には鏡女・未来の姿が写り込んでいる。

 彼女は、ぽろぽろと大粒の涙を流しながら僕と、鏡の前に立つもう一人の人物に向かって謝罪の言葉を繰り返し続けていた。


「ごめん、あんちゃん……、ごめん、花ちゃん……、ごめんっ、私、私っ……」

「謝る必要なんて……ないわ、貴女には、これっぽっちの、責任も、ないのだから……」


 そんな未来を慰めるもう一人の七不思議・トイレの花子さんも、これまで見せていたクールで余裕のある佇まいとはかけ離れた姿になっていた。


 一言で言うなら満身創痍。

 髪は乱れ、息も絶え絶えで、特徴的だった白いシャツや赤い吊りスカートも破れて襤褸切れみたいになっている。

 それでも彼女はしっかりと二本の足で立ち、校長像から大鏡を守るように、両手を広げて立ち塞がっていた。


「な、なん……」


 なんなんだ、この状況は。どうして未来が泣いている。

 花子さんもなんで、そんなやられっぱなしになってるんだ。

 お前、最強格の七不思議だったんじゃないのかよ、なのに何を……。 

 そう言いかけそうになった僕は、無理矢理歯を食いしばることでその続きを飲み込んだ。何を馬鹿なことを言おうとしているんだ、僕は。


 何が起きてる? 何をやってる? そんなの、もう分かりきっているじゃないか。

 僕だ。

 僕が人質になっているんだ。

 花子さんとの会合の際、未来の奴が言っていた。

 自分は真面目にこの戦いに参加するつもりなんてないのだと。戦う力はないけれど、鏡の世界に引きこもってさえいれば誰からも手出しされないので安全だと。


 確かに未来の言うとおりだ。

 ゲームのルール上、自分以外の七不思議を全員倒さなければならない他の参加者たちは、鏡の世界という最強の砦に籠もった彼女をどう攻略するのか頭を悩ませていたに違いない。

 そんなとき、生前の彼女と仲のよかった僕という存在が現れた。しかも、その馬鹿はおあつらえ向きに危険な夜の校舎にのこのこやってきて……。


 あとはもう簡単だ。僕を捉え、未来の前にぶら下げてやるだけでいい。そうすれば心優しい未来は僕を見捨てられず、鏡の世界に自ら敵を招き入れざるを得なくなる。

 そして花子さんもまた僕がいるせいで攻撃の手段を封じられ、一方的な攻撃に身を晒して未来を守ることしかできないでいるのだ。


 つまり全部、僕が悪いということである。

 なんだ、この状況は。

 僕の力で未来を救う?

 全然だめじゃないか。全くの真逆じゃないか。なにやってるんだ僕は。

 僕って奴は、どうしてこうも最低なんだ。


「しかし、正直ちょっとショックだよ。せっかく寄り添って相談にのってやったのに、裏切られるなんてさ」

「久瀬ぇっ……!」

「センセイをつけろよ、問題児ぃ!」


 ちょうど蹴りやすい位置にあるせいか、僕の顔面を足蹴にしてくる久瀬。圧倒的優位な立場にいるわりには沸点が低い。この表情は引きつり、額には汗が浮かんでいた。瞳孔も開き気味で、まるで怪しい薬でもやっているかのよう。


「危うくだまされるところだったが、残念だったな。俺の相棒は見ての通り無口だが、そのかわりにテレパシーでいろんなことを教えてくれるのさ」


 そう言って、久瀬は校長像の肩を叩く。

 それに答えるように、その顔面を歪ませ笑みを作る校長像。


「完全に油断していたわ。まさか私たち以外にも、人間に協力関係をとりつけようとする七不思議が出てくるなんて……」

「自分たちだけが特別だと思うなんて若いねぇ。思考回路が見た目通り、中学生のガキじゃあないか。トイレの花子さんってのは最長老の七不思議なんじゃなかったのか?」


 ボロボロの花子さんを見下ろしながら、久瀬が笑う。


「やっぱり幽霊って奴は、死んだときから成長できないものなのか? ……おっと、相棒。気を悪くしないでくれ。そういう意味で言ったんじゃないんだ。お前は特別さ。そうとも、俺たちはこいつらとは違う」


 テレパシーとやらで校長像に何か言われたのか、慌てて言いつくろう久瀬。


「そうさ、相棒は悪に屈しそうになっていた俺に正義を貫くことの尊さを教えてくれた。見て見ぬフリをすることなく全ての理不尽にぶつかっていく強さを、お前が俺にくれたんだ。だから……!」


 彼の瞳に怪しい光が宿る。


「だから、俺は相棒を……、この走る校長像を学園最強の七不思議にして、このゲームを制してみせる。そして相棒と一緒に、どんな悪意にも脅かされない健やかで平和な学び舎を」

「……何を言うかと思えば」


 花子さんが不敵な笑みを浮かべ、久瀬の台詞を遮った。


「……取り憑く幽霊と、取り憑かれる人間の関係を何か勘違いしてるんじゃない? それは、貴方が思っているような健全なしろものじゃない」

「うるさい、教師に口答えするな!」


 そんな久瀬の叫びに合わせ、校長像が動いた。

 僕をぶら下げたまま全身をぐるりと回転させ、その勢いを利用した回し蹴りで花子さんを壁へとたたき込む。


「花ちゃんっ!」

「さっきから偉そうなんだよなぁ! 殴られても蹴られても、私は強いから大丈夫ですって顔してさ。そういう余裕がさぁ、ムカつくんだよ!」

「……そういうあなたには、あまり余裕がないようね。人質とって優位に立って、そこまでしてるのに何がそんなに不安なの?」


 その言葉を遮るように、彼女に蹴りや拳を叩き込む校長像。

 その衝撃は壁を割り、砕き、壊していく。


「教えてあげましょうか? それはね、この校長像があなたの心に干渉して、そう感じるようしむけているからなの。今、あなたが感じているその怒りも、苛立ちも、不安も。全部全部こいつに操作され、増幅されたしろものなのよ」

「うるさい!」

「なぜそうするのかって? そうした方が、より強い負の感情を吸い取れるからに決まってるでしょ。あなたはこいつの相棒なんかじゃない。ただの便利な電池でしかない」

「うるさいっていってんだろぉ!」


 一発一発が大砲のような音を轟かせるその連打を、花子さんは防御することもできず、ただなすがままに受け続ける。


「そう、それが私たちとあなたたちの関係」

「子供のくせに! 教師を見下すなぁ!」


 まるで磔にされるように、壊れた壁に埋め込まれていく彼女の身体。

 まずい。

 こんな攻撃食らい続けたら、いくら花子さんでも……。


「でも」


 その瞬間。ずっと久瀬を挑発していた花子さんが、僕の方へと目を向けた。


「それでも、あなたにお願いしたい。安堂忠人……」


 おそらく、彼女が僕の名前を呼んだのは、これが初めてだった。


「どうか、この子を――」


 何かを言いかけた花子さんの顔面に、校長像の鉄拳が突き刺さる。

 壁に埋まりかかっていた花子さんの身体は、びくんと一回痙攣してから、そのまま力を失い、床へと落ちた。


「は、花ちゃ……」


 崩れ落ちた彼女の身体は、未来の呼びかけにも反応しなかった。

 彼女の纏っていた存在感が煙のように霞み、その輪郭がぼやけていく。


「う、嘘だろ……」


 次に僕が瞬きした時、彼女の姿はなくなっていた。




 そこにはもう、何もなかった。


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