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10 ネガティブが力になる

「私たち七不思議の怪談にとって、強さの指標は三つあるの」


 三本の指をたてながら、花子さんは説明を開始する。


「一つ目は、基本にして基盤……私たち本人の霊としての力ね。たいだいは生前抱えてた怨念とかで強弱が決まるけど、そもそも基盤となる魂のスペックによっても左右されると聞くわ」


 おいおい、魂にも性能差があるのかよ。人類皆平等っていうのはやっぱり嘘だったんだな。

 そんな僕の納得をよそに、花子さんは話を続ける。


「二つ目は七不思議の怪談としての知名度。私たちは周囲の人間の思念によって、姿かたちやその性質が変容する。より多くの人間に強く恐れられれば、その分だけ存在感を強くし、力を増すことができる。これに関してなら私、この学園最強を自負しているわ」


 そう言って得意げに笑う彼女。

 確かにトイレの花子さんといえば、学園七不思議の代名詞みたいな存在だ。

 昨夜の人体模型との戦いでも、終始彼女が圧倒していたことを思い出す。


「最後に三つめ。私たちは怪談として噂される心霊現象を操ることができるわけなのだけれど、その際に人間の持つ恐怖や絶望、怒りや妬み、悲しみや恨みといった『負の感情』をエネルギー源としているの。その感情が大きければ大きいだけ、深ければ深いだけ、私たちはより強い力を振るうことができるようになる」


 なんだか子供向けアニメの悪役みたいなことを言い出した。

 一瞬、そう思ったが口に出すのはやめておく。


「私くらいの大物になれば、学園全体に蔓延する負の感情を吸収するだけでも十分に力を発揮することができるけど、普通の悪霊は誰か特定の、強い負の感情を内包した人間にとり憑くのが一般的ね。そうすればダイレクトに負の感情を摂取できるし、そのうえでとり憑いた相手に霊障……つまり祟りを起こすことで、もともとあった負の感情を更に増幅させ、より効率的にエネルギーを得ることもできる」


 なるほど、よく聞く怖い話の悪霊が、とり憑いた人間の前に現れて「うらめしやー」なんて言って恐怖を煽るのもそういうことか。

 そう考えると、世に出回る怖い話のあれこれが急に俗っぽいものになったような気がするが。

 そう勝手に納得して頷いていた僕に、花子さんは突然指を突き付けてきた。


「そこで、あなたなの」

「へ?」


 理解が追い付かず間抜けな返事をする僕に、彼女はとんでもないことを聞いてくる。


「ずばり聞くけど、あなた……、生きていて楽しくないでしょ?」

「なっ」

「夢とか、希望とか、持ったことない?」

「……」

「自分が嫌いで、他人が嫌いで、世界が嫌い。常に誰かを憎み、妬み、そしてそんな誰かに決して敵わない自分という人間に深く絶望しているでしょ?」


 歌うように、僕の心を傷つけていく花子さん。


「その上、趣味もないからその感情を別の何かに昇華することもできず、馬鹿真面目な性格が災いして衝動的に発散させることも逃避することもできず、ただただ湧き出てくる絶望を心の沼に深く厚く沈殿させることしかできないでいる。そんなところじゃない?」

「そ、そんなこと……」

「わかるわ。だって感じるもの。絶望し、停滞し、どす黒く濁る濃厚な負の感情が今もあなたの魂から溢れ出している。その量も密度も、常人の比ではないわ」


 その言葉を聞いて昨夜、人体模型が僕を見て言っていたことを思い出す。

 汚れた魂の匂い。

 深い憎しみと、激しい嫉妬と、重い後悔と、暗い絶望の混ざり合った醜い心が放つ芳醇な香り。

 そうだ。奴は、僕をみて「美味そう」で、「欲しい」と言っていた。

 その意味が、そして花子さんが今夜僕を呼び出した理由が、ようやくわかってきた。


「そんなあなたにとり憑くことができれば、私たちは強力な力を得ることができる。つまりね、今やあなたは、この戦い……卒業試験参加者全員にマークされている超優良物件の一人なのよ」

「そ……」


 それは光栄だな、と軽口を叩こうと思ったが、口の中がカラカラでうまく言葉を紡げなかった。

 確かに彼女の言う通りだ。

 躓いてばかりの人生で、いつの間にか夢や目標もなくなって、周囲からは見放され、

 僕はそんな自分の人生をゴミだと思っているし、実際、何でもないような理由で死のうとしたこともある。

 じゃあ何で生き恥を晒しているのかといえば、それは単に一年前、未来に自殺を止められたからに過ぎないし、あの時、僕を止めた未来だって僕よりも先に死んでしまっていた。

 そんな僕が、そんな僕だからこそ力になれる……?


「だから、もう一度言うわ」


 黙り込んでしまった僕に、彼女はその言葉を繰り返す。


「春里未来と一緒に戦って。あなたの絶望で、あの子を呪いから救い出して」


 その言葉に、悪霊からの誘いに僕は……、


「駄目っ!」


 頷こうとしていた僕を止めたのは、この場にいなかったはずの第三者……、そして一連の話の中心である人物の声だった。


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