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09 七人ミサキと卒業試験

「昨夜はどこまで話したかしら。この学園は、土地にかけられた呪いで七名の死者の魂を拘束し続けるってとこまでは言った?」


 そう言いながらトイレの花子さんがパチンと指を鳴らす。

 すると、先ほどまで僕を縛り付けていたトイレットペーパーがするりと解け、そのまま空中で折り重なって椅子の形に変形した。

 なんていうか本当に便利な能力。

 内心そう思いながらも、花子さんの視線に促されるままその椅子に座り、答える。


「あぁ、七人ミサキとかいう妖怪の呪いって話だろ?」


 僕は日中、調べておいたその妖怪の情報を思い出す。

 七人ミサキ……、それは四国地方や中国地方に伝わる伝承で、もともとは海で溺死した七人組の幽霊とされている。


 彼らは川や海などの水場に現れては、出遭った人間に呪いをかけて取り殺す。

 一人祟り殺すごとに七人ミサキのうちの一人が成仏することができ、取り殺された人間は抜けたメンバーの替わりに新たな七人ミサキの内の一体となる。そして新たなメンバーを加えた彼らは再び獲物の前に現れる。

 はた迷惑で恐ろしい呪いの新陳代謝。それが、七人ミサキの正体だ。


「調べたのなら話は早い。だからね、そういうことなの」

「そういうことって?」

「察しが悪いのね。つまり、元々この学校には私こと『トイレの花子さん』をはじめ、『走る校長像』『幽霊ピアノ』『呪いの十三階段』『踊る人体模型』『人食い桜』『プールの濡れ女』……合計で七体の魂が土地に囚われていたのだけれど、そこに一年前、新たにあの子の魂が一体加わった」

「……!」

「そしてこの一年で、あの子は『鏡に映る少女霊』として噂されるようになり、夢ヶ淵学園七不思議の八番目の怪談となってしまった。それってどういうことだと思う?」


 七つの牢に、八つの魂。

 彼女が説明した呪いのルール、そして七人ミサキの習性から考えると答えは明白だった。


「そう、今なら一体だけ、この土地の呪縛から解放されることができるのよ」


 やはり、そういうことか。

 だが、それなら……。


「一体だけって、いったいどいつが……」

「それを今、決めている最中なの。総勢八体の怪談による、自由を賭けた死に物狂いのデスゲーム……通称『卒業試験』でね」





「ルールは単純明快。この学園を舞台に八体の怪談でバトルロイヤルを繰り広げ、最後まで生き残った……いや、死に残ったといった方が正しいかしら? その勝利者はこの土地の呪縛から解放され、晴れて成仏することを許される。また、成仏したくなくとも面倒な土地の軛から解き放たれ、自由に外の世界へと羽ばたくことができるようになる。まぁ、その果てに名だたる大妖怪になるか、そこらへんのお坊さんに退治されて終わるかはその人次第だけど」


 ふわふわと空中を漂いながら、花子さんは話を続ける。


「逆に、戦いに敗れた者はその霊体と七不思議の怪談としての力を失い、もとの魂だけの存在へと戻る。土地の呪いによって成仏することも消滅することも許されないその魂は、いずれ再び生者たちの噂に影響され、七不思議の怪談として再生されることになる。……ここ、夢ヶ淵学園ではね、大昔からそんなしょうもない争いが定期的に催されているのよ」

「な……」


 矢継ぎ早に繰り出される情報に、頭がちかちかしてきた。

 そんな僕の脳裏に、昨夜見た一連の光景……、花子さんと人体模型の攻防や、未来のいる鏡に延々と頭突きを繰り返していた校長像の姿が蘇る。


「その戦いに、あの子……春里未来は巻き込まれてしまった。まずはそれを理解しなさい」

「……っ!」


 目を見張る僕に、花子さんは更に畳みかけてくる。


「そして、ここからがあなたにとって重要な話となってくるのだけれど。この戦いに敗北して霊体を失った幽霊はその際、たいてい元々持っていた人間性を大きく失ってしまうの。具体的に言うと、生前の記憶が欠落したり、生前とは違った……より七不思議の悪霊らしい容姿や人格になってしまったりね。……私たちは負ければ負けるほど歪な、人からかけ離れた化け物に成り下がっていく」


 そう、こんな風に。そう言って、花子さんは空中でくるりと回転して見せた。

 その姿はどこか寂しげで、その顔には初めて見せる表情を浮かべている。

 そういえば昨夜遭遇した校長像や人体模型も、元人間と言うわりにはその言動が化け物じみていた。未来も、その戦いとやらに敗北すればああなってしまうということなのか。


「正直、私はもう生前の記憶なんてほとんど持ってないし、『トイレの花子さん』である自分にすっかり馴染んでしまった。……今更、この戦いに勝ってどうこうしようなんて考えていないの」

「そんな……」


 口を開く僕を遮るように花子さんは続ける。


「でも、あの子は違う。あの子はまだ、春里未来のままでいられている。だから私は、あの子があの子である今のうちに、こんな呪われた学校から『卒業』して欲しいのよ」


 そのために、あなたの協力が必要なの。

 彼女は、僕の目をまっすぐに見つめながら、そんなことを言ってきた。

 あいかわらず光の無いどす黒い瞳。しかし、そこから少なからぬ真摯さが伝わってくる。


 僕は頭の中を駆け巡る情報の数々に翻弄されながらも、なんとか状況の整理を試みていた。

 この学校では八つの怪談による、たった一つの成仏権をかけたバトルロイヤルが繰り広げられており、未来も参加者の中にいる。

 未来が未来でいられるうちに成仏させるには、今回の戦いで優勝させるしかない。

 そして未来の友人であり、同じ参加者の一人でもあるトイレの花子さんが自分の勝利を捨てて、未来を手伝ってくれると言っている。


 その話の真偽は正直微妙なラインだが、僕は信じてもいいと思っていた。

 少なくとも昨夜、彼女が未来に向けていた親愛に嘘はないように思えたのだ。

 そこまではいい。話はだいたい分かった。

 だが……、


「そこで、僕の協力が必要になるっていうのが良くわからないな」


 自分で言うのも何だが、僕はゴミだ。

 頭の回転が早いわけでも運動神経がいいわけでもないし、知恵も勇気もない。

 趣味や特技があるわけでもないし、なんなら性格も悪いから友達もいない。

 それに、


――あなたにはなにもないの。

「僕には何もないし」

――だからあなたはなにもしなくていいの。

「だから、何もしないし」

――どうせあなたはなにもできないんだから。

「どうせ、何もできない」


「……何? それ」


 怪訝そうな顔をする花子さんに、僕は首を振って答える。


「もっと言うと、僕はこれまで生きてきて、ここぞという大一番で勝利したことが一度もない。実力不足も原因だけど、それ以上に勝負運って奴が絶望的に欠落してるんだ」


 自分の中で少しでも「勝ちたい」と思ってしまったら、それが最後。それまで当たり前のようにできていたことが、できなくなってしまう。

 勉強だけが取り柄だったので成績は良かったが、テスト前にうっかり「次のテストでは○○に勝ちたい」「○位以内に入りたい」なんて思ってしまった日には絶望だ。とんでもないケアレスミスを連発し、目も当てられないような通知表が返ってくることになる。


「本当に自慢じゃないけど、じゃんけんですらまともに勝った記憶がない」


 それ故僕は小学生の頃、名前の安堂忠人アンドウタダヒトをもじって「アンダードック・ただの人」と揶揄され、いじめられていた。それは、「誰からも好かれ、なんでもできる優秀な弟」と比べられることの相乗効果で、僕のコンプレックスの一つとなっている。


「なかなか面白い半生を過ごしてきたようね」


 そんな僕の弱音を聞いた花子さんは、呆れ顔でそう言って、


「……でも、だからこそ良いのかもしれない」


 と、そんなことを言ってきた。


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