第八話
集落に着いて、悟史と別れ哲は、この辺りに伝わる伝説や言い伝えのようなものについて聞き込みを開始し、話しかける誰も彼もにまともに話しを聞く前に逃げられて、自分の愛想の無さを呪った。別れる前、悟史にその無愛想で聞き込みとか大丈夫か?とからかわれたのを思い出してイライラする。悟史なら無駄に笑顔を振りまいて気軽に話しかけて簡単に聞き取りとか出来そうだよなと思うと、更にイライラがつのってくる。あいつみたいに人に愛想振り撒けば話が聞き出しやすいのはわかるけど、誰があいつみたいなことできるか、とか思う。じーちゃんはフィールドワークの時どう話しかけてたっけ、なんて考えて、フィールドワークに付いて行った時の事を思い出してみる。じーちゃんも愛想がいい方じゃなかったと思うのに、じーちゃんはちゃんと人から話を聞けていたはずだ。そんな事を考えて哲は、俺とじーちゃんは違うかと少し気が塞いだ。
同じ無愛想でも、生真面目で口数が少なかっただけのじーちゃんと、人が怖くて人を避けている自分では違う。俺は、人に触れるのが怖いからビクついて、必要以上に噛み付いて。そんなことを考えて、昔、悟史に野良猫みたいだとからかわれたのを思い出して、哲はまたイラついた。あいつは俺がいつまでも懐かないから面白がって離れないのか?だから意地になって離れないのか?そうだったとしても、誰が懐いてやるものか。そんな事を考えて苦しくなる。
何度目かの挑戦で、ようやくまともに人と話す事が出来て、哲は少しホッとした。前に同じようなこと調べてたじーさんがいたななんて言われて、それか祖父であることを伝えると急に親近感を持たれて、警戒心が解かれ親しげに話されて、哲はたじろいだ。この距離は苦手だ。こっちが聞いていないことまでベラベラうるさいし、人のことまで詮索しないで欲しい。気軽に肩を叩かれたり、手を引かれるのも嫌だ。勝手に他の人間との間に立って、人のことをあれこれベラベラ勝手にしゃべるのも勘弁して欲しい。そう思うが、そのおかげで情報収集がスムーズにできるのも確かなので、哲は不快感をグッと堪えた。これも、あの幽霊を成仏させて一人静かな生活を手に入れるためだと自分自身に言い聞かせて耐える。
詳しい話を聞くならお寺に行くといい。おじいさんも住職に話しを聞きに行ってた筈だ。自分にとってはどうでもいい長話しに付き合ってうんざりしていたところにそんな情報を手に入れて、哲は早速それを口実にその場を逃げ出し、お寺に向かった。
お寺は集落の中心と思われる所にあった。哲はその前に立ち、寺とか神社とかそういうものって、こんなとこにあるものか?と思った。大衆に開かれた大きな寺院ならそういうこともあるかもしれない。でも、ここは小さな集落で、寺自体もこじんまりとした質素なものだ。日本の小さな集落にある寺の類は、一般的に神道の影響が強い。穢れを生きた人間から遠ざけるため、人里から外れた所に建てるのが普通だと思う。だけどここはこんな集落のど真ん中に建てられて、つまりここに建てなければならなかった何か理由があるのか?そんな事を考えながら、哲はお寺の敷地内に入った。
「なにか用事かい?」
そう声を掛けられて声の方を向くと、作務衣姿の自分とさほど年が変わらないような若い男が立っていて、哲は怪訝そうに眉根を寄せた。話しだと寺には住職一人だけだと聞いていたが、住職にしては随分若い。こんな若いのが住職なのか?それをもろに顔に出して作務衣の男に苦笑される。
「自分だって余所者のくせに人を胡散臭いものを見るような目で品定めして、随分失礼な青年だな。」
そう言われて、とりあえずすみませんと謝っておく。
「ここの住職ももう年だからね。後継者もいないし、俺が他所から手伝いに来てるんだ。まぁ、準住職みたいなものか?今、住職はいないけど、大抵のことなら代わりが出来るし上がってくか?」
軽い調子でそう言われ、哲は、準住職ってなんだよ、それは副住職だろ、しかもみたいなものって、こいつ本当に寺の関係者か?と作務衣の男に感じる胡散臭さを増加させながらも、促されるままに本堂に足を踏み入れた。
お茶を出され、用件を伝えると、思いの外真面目に話しを聞いてくれて変な感じがする。そして、それにこたえこの自称副住職が語った物語もまた、集落の人々から聞いた話と大差ないものだった。
曰く。昔、ここにあった村には子供の時分神隠しにあい不思議な力を宿して戻ってきた女がいて、その力をもって人々の願いを叶え続け人々から崇められていたとのこと。女には将来を約束しあった恋人がいたが、彼女の与える祝福が一人の男に独占される事をよく思わなかった村人達の手で恋人は殺され、女は村外れに建てられた屋敷の座敷牢に幽閉させられてしまった。そして生きることに絶望した女は、その力をもって村を呪って、恋人を殺し自分から自由を奪った全ての者を祟り殺したという。
「・・・で、旅の僧が、怨霊と化した女を退治てその魂を弔った訳だけど。その僧が、祟り殺された村人達の弔いのために建てたのがこの寺で、この集落は、全部が終わった後、外の人間が移り住んできてこの寺を中心に復興した訳。まぁ、そんな感じ?なんか他にききたいことある?」
途中まで真面目な様子で話していたのに、それに飽きたのかまた軽い調子に戻った自称副住職に哲は少しうんざりした気分になった。
「じゃあ聞くけど、僧侶が弔ったのに、なんで屋敷にあるのは神棚なんだ?」
「日本の仏教は神道を取り込む形で広がった。だから、旅の僧も日本の慣わしに倣っただけだろ。どっかの学問の神様然り、大きな禍をもたらした怨霊は、神として崇め、ご機嫌とりして気をおさめさせて、禍を起こさず逆に福をもたらしてくれるようにその地に縛り封じ込めるのがこの国のやり方だろ?」
「にしては、神棚はほったらかしで、ちゃんと世話されてないんだな。そもそもそこが個人宅なままなのも意味がわからない。それこそ、あっちに寺なり神社なり建てて、祟り殺された奴らより、祟り殺したそいつの方を弔うべきじゃないのか?そんなんで、神にさせられた奴の逆鱗にふれるとか思わないのか?そいつを宥める役目がこの寺の後継者にはあるんじゃないのか?」
「若いのに、随分と信心深いんだな。神棚を蔑ろにして、それで祟りが起こるなんて、今の若いのがそんな事を信じてるのか?」
「あんたは坊さんのくせに信じてないのかよ。」
そう返すと自称副住職に大笑いされて哲は不機嫌に顔をしかめた。
「あんなのただの飾りだ。意味なんてない。信心深い兄さんに、面白い事を教えてやろう。」
そう言って不敵に笑うと、自称副住職は語り出した。
「この地に最悪の厄災を引き起こした神にさせられた女は、五体バラバラに分断され、それは六つに分けられ別々の場所に封じられたんだ。もし、本当にそいつがまだこの世にいて、そこに居座ってたとしても、神棚を蔑ろにしたところで、人を祟るなんてできやしない。この寺は厄災にみまわれ祟り殺された村人を弔う役目はあるが、神様を慰める役目なんてない。むしろ、厄災が起こせないように封じておくのが役目だ。」
そう言う自称副住職に真っ直ぐ視線を向けられて、哲は意味もなく身が竦んだ。
「神は仏とは違う。仏は、修行を積み、徳を重ね、自ら望んでそれになる。けどな、神は、勝手に神にさせられたか、神にならざるを得なかったものがなる。自ら望んでなる様なものじゃない。なれるようなものでもない。だから、仏と違って神は人を呪うし人を祟る。人に禍福をもたらし、人を翻弄する。神は人を救ったりしない。気まぐれに人の前に現れ、気まぐれに人と戯れ、気まぐれに人の願いを叶えることはある。しかし、神は恐ろしいものだ。気安く人が関わっていいものじゃない。侮ればその報いを必ず受けることになる。かつて厄災をもたらした神ならなおのこと、一時の情で手を出していいものじゃない。永遠に慰める事ができないのなら、捨て置いて忘れてしまうのが一番だ。」
そう真面目な調子で語って、自称副住職が、でも俺は信心深くないからなと表情を元の緩いものに変えた。
「俺は、神だの仏だの、そんなものは信じちゃいない。だから、祟りなんざ怖くない。信心深い兄さんはどうだ?もし、そんな女が実在したとして、そいつは本当に沢山の人を祟り殺したと思うか?祀られて神になったと思うのか?バラバラにされた遺体を集めたら封印が解けて、何か厄災が本当に起こると思うか?恋人を殺されて、自分は幽閉されて、最後は身体をバラバラにされて別々の場所に分けられて。本当にそんな女がいて、そいつをちゃんと弔うって言うなら、神棚なんかを世話するより、バラバラにされた身体を一つに集めて、好いた男の傍にでも埋めてやる方がよっぽどいいんじゃないかとか、俺は思っちまうけどね。」
そんな自称副住職の話しを聞いて、哲はあいつがこの世に居座ってるのはそういう理由なのか?と思った。バラバラになった身体を集めて、ちゃんと弔ってやればあいつは成仏するんだろうか。そう考えてみて、でもそんな単純な事ではないと思った。あいつは誰かに首を絞められ殺された。それに、あいつは子供だ。いくら昔の話とはいえ、将来を誓い合うような恋人がいるような年じゃない。じゃあ、この話しの女とあいつは関係ないのか?いや、ならじーちゃんが遺言に残した相手が分からなくなる。それに、関係ないなら、あいつがじーちゃんの研究資料を俺に見せないようにする意味も分からない。じーちゃんの言う神様は絶対あいつのはずだ。なら、あいつとこの話には絶対繋がりがあるはずだ。だから、この昔話しにはまだ他にも裏があるはずだ。隠された真実があるはずだ。そう思う。
「あんたのじー様は、村人の死を疫病の仕業だと推測してた。昔の時代、人にはどうにもできない何かがあると、人は神や妖のせいにした。だから、疫病が流行り始めた時、この村で神として崇められてた女がその厄災の責任を負わされて、厄を払う為に幽閉されて殺されたんじゃないかってな。そして、それを止めようとした恋人も一緒に殺された。でも、原因が疫病なら、人を殺めたところでおさまるわけがない。もしかすると、その猛威はそれ以前より加速して村の者達を襲ったのかもしれない。それが人の目には死んだ女が村を祟っているように見えて、更なる祟りを怖れた者が、女の遺体をバラバラにして封印することにした。なんてな。そんな仮説をじー様は立ててたが、どこまで調べがついてたんだか。孫のあんたは何かしらないのか?」
そう問われ、哲は分からないと答えるしかなかった。実際分からない。じーちゃんが研究していた資料やレポートが入っているであろう棚は鍵がかかっていて開かない。壊そうにもあの家に居座ってる幽霊に邪魔されて壊せない。
「それなら実際のとこどうだったのか、兄さんが調べてみるか?流石に墓の下を掘り起こして村人の死体を調べる訳にはいかないが、埋葬されてない奴の死体なら持ち出しても大丈夫だろ。この寺にその女の胴体がある。兄さんの住んでる屋敷に頭がある。手足はここにあった村の東西南北の境界だ。古い地図が手に入れば場所も分かるだろ。住職なら管理のために場所を把握してるだろうけど、俺と違って仕事熱心だから、遺体集めて調べたいからおさめられてる場所を教えてくれなんて言っても、教えちゃくれないだろうしな。とりあえず、住職の留守をいいことに、今、胴体持ってきてやるから、他も勝手に集めてどっか研究施設にでも持ってけばなんか分かるんじゃないか?」
そういたずらっぽく笑って自称副住職が立ち上がって、哲は慌てて、それはマズイだろと彼を止めた。
「何だ?信心深い兄ちゃんは、祟りが怖くて手が出せないか?」
「んなわけないだろ。」
「じゃあ遠慮するなよ。住職にバレたら、ちゃんと俺が許可出して渡したって言って、兄さんには迷惑かからないようにしてやるから。あとついでに、ダメ元で、四肢の場所も適当に理由つけてきいてみてやるよ。それで分かったら、自分で調べるより楽だろ?いい加減、俺もな、この話しにケリをつけたいわけよ。いつまでもそんな昔の話しに縛られ続けるのもバカバカしいと思わないか?」
そう言われたら何も反論できなくて、哲はおとなしく引き下がった。そして実際、胴体の入った箱を渡されて、寺を出されて、哲はこんなもの押し付けられてどうしろと?と思った。本当に全部集めて研究施設に持ってくのか?俺が?そう思うとうんざりした気分になる。でも、引き戻ってもあの自称副住職が受け取ってくれるとも思えなくて、哲は重たい溜息を吐いて、諦めてそれを持ち帰ることにした。




