第七話
目が覚めて、悠太は、あれ?俺生きてる?と思った。起き上がって、そこに無表情で自分をじっと見つめている凛の姿を確認して、もしかして心配で付き添ってくれてた?なんて思って、笑いがこみ上げてくる。
「殺されかけて笑うとか変。頭おかしいの?」
そう冷めた口調で言われて、なんかそれも変な感じがして、悠太は更に笑った。
「あ、やっぱ、俺殺されかけてたの?そんな気はしたんだけど。マジでこれは死んだと思ったんだけど。俺よく無事だったね。」
「この状況でバカ笑いとか、本当に頭おかしいの?悠太はわたしが怖くないの?殺されかけたのに。その前はあんなに怖がってたのに。」
「うん。なんて言うかさ。凛ちゃんって何考えてるか分からないから怖かったけど、凛ちゃんも普通だなってわかったから。嫌なことされたら嫌だし。普通に怒って、人に怒りぶつけて。いや、そのぶつけ方は半端じゃなかったから、怒らせちゃマズイなっていうのは理解したけど。でもさ。怖くないよ。もう。」
そう言って、悠太は真面目な顔で真剣な目で凛を見つめた。
「ごめんね。もう凛ちゃんが嫌がることしないから。約束する。だから、仲直りして、改めて仲良くしよ。」
そう告げて笑いかけると、凛があまり表情を変えず、でも困っているのが分かって、悠太は目を細めた。本当に凛ちゃんは哲に似てると思う。哲なら黙り込むんじゃなくて睨んで悪態ついてくるんだけど。でも、自分が望んでた反応と違うことされて困るとこは一緒。
「俺、何も言わないから。兄ちゃん達には何も言わない。凛ちゃんが知られたくないことは誰にも喋らないから。」
「悠太の事、殺しかけたこと、別に隠さなくてもいい。知られて困ることなんてない。」
「えー。俺が困る。無神経で女の子泣かせちゃったとか最悪じゃん。俺が最低男だなんてわざわざ主張したくない。」
そう笑いながら言って、凛に余計困惑し困ったような顔をさせて、悠太は声を立てて笑った。今はこれでいい。今はまだ笑ってもらえなくても、感情を揺らして引き出して、凛ちゃんの表情を少しでも多く引き出せれば、それで。そういうのの積み重ねで少しずつ気を許してくれるようになるって思うから。気を許したからって、自分を曝け出してくれるようになるわけじゃないっていうのも分かってる。でも、頑なになって自分の殻に独りで引きこもってるよりずっと良いと思うから。
「わたし、泣いてない。」
「うん。そうだね。俺が勝手に泣いてるみたいって思っただけだった。無神経なこと言って、怒らせちゃったんだよね。それで殺されかけて。でも、凛ちゃん助けてくれたんでしょ?俺のこと助けないって言ってたのに。」
「これは警告。だから治してあげただけ。ほっとけば悠太はぐしゃぐしゃの死体になって転がってた。他の二人への警告にはそれでも良いかと思ったけど、でもそれじゃ何でわたしを怒らせたのか伝わらないから。だから、一回だけ、貴方の傷を癒してあげた。でも次はない。次は治さない。だから余計な詮索をしないで。」
「うん。気をつける。約束は守るよ。凛ちゃんが嫌がることはもうしない。俺、女の子には優しいから、ちゃんと凛ちゃんにも優しくするよ。」
そう言うと、凛が俯いてダメと呟いて、悠太はその深刻な様子に変な感じがした。凛ちゃんは哲に似てる。でも、凛ちゃんの拒絶は哲のそれとはちょっと違う気がする。
「わたしに近づきすぎれば殺される。祟り殺されたくないなら、二人にわたしに殺されかけたことを伝えて、悠太はさっさとここから立ち去って。悠太はいらない。悠太はジャマだから。」
そう完全に元通りの無表情で凛に冷たい視線を向けられて、悠太はまた引きこもらせちゃったなと思った。でも、まぁそういうものだよね。哲なんて、家族になって十年以上経つのにいまだにあんなだし。そう簡単に懐柔できるなんて思ってない。
「俺はいらないって言うけどさ。兄ちゃんにはいて欲しいんでしょ?凛ちゃん、兄ちゃんの事好きなの?ああいうのがタイプ?兄ちゃんはやめといた方がいいよ。ああ見えて兄ちゃん、何気にクズ気味だから。兄ちゃん見た目は爽やか好青年じゃん?人当たり良いし、一見優しいし、モテんだよ、メチャクチャ。で、その時フリーならくるもの拒まずで誰とでも簡単に付き合うの。それで、金がないからって彼女に奢らすし、彼女の家に入り浸って生活費出させたりするし。その分、家事したりとか、感謝の気持ちをちゃんと言葉で伝えて労うことは怠らないらしいけど。ちゃんと稼げる仕事に就けとか、彼女との将来の事とか、そういう都合の悪いこと言われるとすぐ面倒くさくなって、じゃあもういいやって超簡単にフルんだよ。そうなったら彼女にどんなに縋られても、もういらないで取りつく島なしだからね。マジ酷い。そんな事してても女に困らないくらい、兄ちゃん普通にモテるからさ。超理不尽。俺なんて全然モテないのに、何で兄ちゃんみたいなのがモテて俺はダメなの?絶対、俺の方が女の子を幸せにできるし。なのに俺なんて兄ちゃんと逆で、フラれるばっかでフったことなんてないからね。いつも俺の方が彼女に別れないでって泣きつく方だよ。マジでやってらんない。凛ちゃんも俺のことはいらないって言って、兄ちゃんに行くんだもんな。兄ちゃんばっかモテてズルい。さすがにくるもの拒まずの兄ちゃんでも、凛ちゃんみたいな幼女には手出さないと思うけどさ。凛ちゃん、大人になったら凄い美人になりそうだし、大きくなったらわからないよね。でも兄ちゃんはやめときなよ。」
そうヘラヘラ笑いながら軽口を言って、悠太は凛の様子を見た。
「そんなんじゃない。別に悟史のことは好きじゃない。タイプなんかじゃない。悟史も用が済んだらいらない。出てけばいい。」
そう淡々と答える凛を見て、話題に食いついたと思って話しを振ってみる。
「じゃあさ、凛ちゃんのタイプってどんな人?」
そうきいて、答えないかなと思っていたのに、少し間を空けてから、優しくて一途な人と返事が返ってきて、悠太は少し驚いた。
「じゃあ、俺ピッタリじゃん。大きくなったら、俺の彼女になる?」
「ならない。悠太もタイプじゃない。」
「なんだ、残念。でも、俺も凛ちゃんタイプじゃないから、ま、いいか。俺は凛ちゃんみたいな美人系より、かわいい系のこが好き。整った綺麗な顔してなくてもいいから、愛嬌があるって言うの?見た目より雰囲気がかわいい感じのさ。笑った顔が超かわいいこがいいな。一緒にいて楽しくて、ずっと仲良くいられたらいいよね。俺、結構、じーちゃんばーちゃんになってもラブラブで手とか繋いで散歩してる夫婦とか憧れちゃうタイプ。俺もいつか、超かわいい彼女作って結婚して、年取ってもずっとそんな風にラブラブでいたいな。」
「歳を取ってもずっと仲睦まじく。相思相愛で一生を共にして・・・。想い合った相手と本当にそうやって生涯を共にできたら、手を取り合って生きていく事ができたなら、それはとても幸せなことだとわたしも思う。でも、そんな相手と別れる時は、見送らなきゃいけない方は、残していかなきゃいけない方は、どんな気持ちで離れるんだろう。」
自分の軽口をそう真面目に受け取って、憂うる様な顔をして自分の首にそっと手を当てる凛を見て、悠太は凛ちゃんって本当はいくつなんだろう?と思った。薄々分かってたけど、絶対見た目通りの幼女じゃないよね。神様だから、年とか関係ないし見た目とか意味ないのかもしれないけど。でも、神様にしては人間臭い。目の前にいる時の凛ちゃんは本当に実体があって、そこにいる熱も感じられて、普通の人に見えるからそう感じるのかもしれないけど。でも、それにしても、そこに表れる感情が妙に生々しくて、人間臭い。
「俺にはまだわかんないけどさ。俺なら、一緒にいられて楽しかったねって。残す方でも残される方でも、どっちになっても笑ってたいかな。離れるのは辛いだろうし、悲しいだろうけど、いつかは仕方がないことじゃん。永遠にずっと一緒なんてありえないし。だから、沢山一緒に楽しい思い出を作って、最後は幸せな思い出に浸って、一緒にいられて幸せだったって、一緒にいてくれてありがとうって、そんな気持ちで見送りたいし、見送られたいな。残された時は泣くだろうけどさ。残していって泣かれるのも辛いだろうけどさ。でも、離れるのが辛いのはそれだけ大切だったってことでしょ?だから、辛かったら辛い分だけ、それもまた幸せなんだと思う。最後までこんなに想い合えて幸せだなって、そう思って逝けたら最高じゃない?」
そう返してみて、黙り込む凛を見て、悠太はこれ以上深刻にならないように話を逸らした。ゲームする?なんて聞いて、色々ゲームを勧めてみる。やり方を教えて、黙々とゲームをする凛を眺めて、なんだか遣る瀬無いような気持ちになってくる。
「凛ちゃん、うちの妹になる?」
「ならない。」
「だよね。きいてみただけ。」
そんなやりとりをして、少し沈黙が走る。
「悠太。一つ教えておいてあげる。神様はなんでも知ってるわけじゃない。でも、なんでも知る事ができる。考えてる事はお見通し。本当に迷惑。あまりしつこいと、貴方が望まないことを地味に沢山実現させて嫌がらせするから。神様はなんだってできる。だから、わたしもなんだってできる。ただの脅しじゃないよ。」
そうゲーム機から顔を上げた凛に真っ直ぐ視線で射抜かれて、悠太は思わず、それでも自分の願いを叶えられないの?と口にしていた。しまったとは思うがもう遅い。それに気づいて、とりあえず、ごめんと口にする。
「神様は神様であることをやめられない。神様になってしまったら、もう二度と人の理の中では生きられない。わたしもかつては人間だったんだ。でも、もう人には戻れない。どんなに願っても、わたしはもう人ではありえない。神様になんて、なりたくなかった。」
そう悲しそうな顔で言う凛は本音を語っているように思えた。だから悠太はそれが凛ちゃんの願い事なの?ときいて、何も語らず悲しそうな顔のまま静かに笑う凛を見て胸が締め付けられた。
「叶えられないと分ったなら。そっとしておいて。さっき言った通り、わたしは今のままが幸せなの。今のまま変わりたくない。だから、悟史の願いが叶ったら、皆ここから出てけばいい。」
「それでも哲はたぶん帰らないよ。」
「今は、ね。悟史の願いが叶ったら、哲も変わる。そうしたら哲を連れて帰ることもできるはず。願いを叶えてあげるから、叶ったら、哲を説得して連れて帰って欲しかった。だから願いが叶うまで、悟史にはここにいてもらいたかった。わたしがここで静かに暮らし続けるには、悟史の願いを叶えるのが一番だと思ったから、願いを叶えてあげると言った。全部自分のため。自分のためにしてるんだよ。」
そう言う凛の言葉は嘘ではない気がした。でも、完全に本当の事を言っていない気もして、悠太はモヤついた。
「わたしの嫌がることはしないって約束。これ以上は詮索しないで。これ以上は何も知られたくない。二人にも何も言わないで。」
そう言われてしまうともう何も言う事が出来なくて、悠太はモヤモヤしたまま黙り込んだ。