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神様の願い事  作者: さき太
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第二話

相続した家に着き。家がでかいだの、造りが凄いだの言ってはしゃぐ煩い二人をスルーして、てつは、ここがじーちゃんが仕事場にしてた場所かと思って、少し感傷に浸った。

哲は亡くなった祖父の事は好きだった。自分に何も求めないから。子供の頃哲は、自分に構ってくる従兄弟達から逃げるため、よく祖父の部屋に入り浸っていた。民俗学者をしていた祖父の部屋には沢山の本があって、その重々しい雰囲気に威圧され、二人がそこには近寄らないのを知っていたから。祖父が読みたいなら好きに読んでいていいと言うから、いつもそこにある本を読んでいた。本当は難し過ぎて理解できなくて、読んでいるふりをしているだけだった。読めないと知られるのが悔しい気がして。

だから哲は、祖父がいない時、辞書を持ち込んでは必死になってそれらを読み解いていた。そんな哲の努力を祖父は見て見ぬ振りをして、何も言わないでいてくれた。ただそこにいる事を許してくれた。それが、哲にとってとても楽だった。

そこにある本が本当に読めるようになり、理解できるようになると、哲は祖父と話すようになった。きけば何でもこたえてくれる。でもこちらが何も話さなければ、余計な事は何も言わないでいてくれる。そんな祖父との時間が居心地が良かった。だから、機械が苦手な祖父の代わりにレポートを打ち込むことも、祖父のフィールドワークについて行って仕事を手伝うのも嫌じゃなかった。むしろそれは、哲の唯一の趣味であると言ってもいいようなものになっていた。

だから晩年寝たきりになった祖父が、まだ纏めていないレポートか残っていると言っていたのが、実は気になっていた。もしもそれがどんなものか分かったら、自分が引き継いで、代わりにレポートを完成させたい。そういう思いも持っていた。だから、祖父からこの家を遺されたと知った時、少しだけ哲は、祖父も自分にそうして貰いたいと思っていたんじゃないかと思った。ここに祖父がやり残した仕事がある。それを自分にやり遂げて欲しいと思っている。そう思うと少しだけ、気力のようなものが湧いてくる気がした。

「なんか封筒が届いてるぞ。」

そんな悟史さとしの声がする。

「これ。じーちゃんから、哲宛だ。じーちゃん、死ぬ前に手紙なんか出してたんだな。哲が相続放棄してたらどうするつもりだったんだろ?」

そんな事を言いながら悟史が封筒を渡してきて、哲はその中身を確認し、中に入っていた手紙を広げた。

なに、なに、なんて書いてあるの?なんて手紙を覗き込んでくる悠太ゆうたをあしらって、内容を確認する。そして、

「なんだコレ。」

思わずそんな言葉が哲の口から漏れた。

それは哲に宛た祖父の遺言だった。生前自分ができなかった事を代わりにやって欲しい。そういう内容の。それは、いい。最初からそのつもりはあったし。でも・・・。

「神様の願い事を叶えてあげて欲しいってなんだろうね。なんかの暗号?」

「このままじゃ全く意味がわからないな。」

そんな悠太と悟史の呟きに、心の中で哲も酷く同意した。そう。祖父が哲に頼んだ、生前やり残した事。それは神様の願い事を叶えることだった。意味がわからない。神様ってなんだよ。なんかの比喩か?それに神様の願い事を叶えるって、普通逆じゃないのか?神様に願い事を叶えてもらうんじゃなくて、神様の願い事を叶えてやるって、どうやって神様なんかの願いを人間が叶えるんだよ。本当、意味がわかんねー。そんな事を考えて哲は、でも、じーちゃんの事だから、きっとなんか意味はあるんだろうなと思った。じーちゃんは、冗談や遊びでこういうことを言う人じゃなかった。どちらかと言うとそういうのが苦手で、実直な人だったから。そんな事を考えながら哲は、悟史に促されるまま、家に入った。

「哲、本当にこんなとこに一人で住むの?広すぎだし、所々改装してあるっぽいけど、めちゃくちゃボロいじゃん。半分お化け屋敷だよ、もう。神様じゃなくて、座敷童子とか出てきそうだよ。普通に幽霊とか出てきそうだよ。怖くない?」

家にに足を踏み入れた悠太が、うわぁと引き気味の声を出しそんな事を言う。

「はい、はい。とりあえず、家中の戸を開けて空気の入れ替え。荷物運び込む前に掃除するぞ。」

「めちゃくちゃ蜘蛛の巣張ってるし。幽霊出てこなくても、なんか見たこともない巨大な虫とか出てきそうなんだけど・・・。」

「ほら、口じゃなくて手を動かす。そんなにここが嫌なら、荷物置いたらお前一人で山下りるか?車乗ってっていいぞ。」

「兄ちゃん、俺がまだ免許持ってないの知ってるくせに、酷い。兄ちゃん一緒じゃなきゃ、俺帰れないから。二人と違って、俺まだ学生だからね。そこまで金も持ってないからね。タクシーとか呼んだって、払える金がねーよ、俺には。」

「じゃあ、文句言ってないで働け。綺麗になれば印象も変わるだろ。」

そんな事を言い合いながら掃除を始める二人を横目に哲は、本当煩いと思った。二人から離れて違う場所の掃除に取り掛かったのに、わー、きゃー声を上げながら掃除する悠太の声が家中に響いて聞こえてきて、あいつは少しは静かにしてられないのかと思う。その声が煩わしくて、更に家の奥に行って、哲は息を飲んだ。

家の一番奥。その部屋には、立派な神棚が設置されていた。でも、そんな神聖なものが置いてあるには似つかわしくない作りの部屋。元々物置だったのか、外に面した壁の高いところに小さな格子のついた窓が一つ。横の壁には扉が付いていた跡があって、気になってまわってみると、その扉の先には今は使われていない古い厠の跡があった。

倉庫に繋がる厠?そんな疑問が哲の頭をよぎった。そして神棚の部屋に戻って、その中に入って、哲はぞわりと寒気を覚えた。違う。ここは倉庫なんかじゃない。ここは座敷牢の跡だ。今は内側へ続く扉は、ただの襖になっている。でも昔は、きっとここには格子が嵌められていて、中に入れられた者が出てこれないようにされていた。そんな考えに思いいたって、哲はここに神棚がある意味を考えた。

いったいここに祀られているのはなんなんだろうな。祖父に倣って民俗学を嗜んだ哲はそんな事を考えずにはいられなかった。かつてここに閉じ込められていた者は、そして今祀られているモノはどんなものだったのか。祖父の、神様の願い事を叶えてあげて欲しいと言う遺言は、これに関係しているのだろうか。そんな事を考えながら、哲はその場所を掃除し、仕方がないから水を入れ替えて供えた。別に信心深いわけじゃないが、そこにあるものを蔑ろにするのもおかしいと思ったから。だからとりあえず、今日からここに住むからよろしくなとだけ、心の中で挨拶をした。

遠くでギャーっと悠太の叫び声が聞こえる。

「出た、出た、出た。本当に出た。幽霊。もしかしたら座敷さんかもしれないけど。マジで出た。俺、見ちゃった。小さい女の子が歩いてるの見ちゃったんだけど。哲。ここ、マジでなんかいるって。帰ろ。哲なんか、なんかすぐ取り憑かれそうだし。ヤバイって。帰って、お祓いしてもらおう。マジで。こんなとこ住むの本当、ヤバイって。」

血相を変えて走ってきた悠太に肩を掴まれてそんな事をまくし立てられて、哲は渋い顔をした。

「本当煩い。そんなわけないだろ。それに神棚の前でそんな事言うとか、お前が見たのが神様だったら、お前めちゃくちゃ失礼。ってかもう、怒らせたんじゃない?」

そう言うと悠太の顔が更にサッと青くなって、哲の肩から手を離すと、神棚向かって土下座して、ごめんなさい、許して下さいとひたすら謝りまくっているのを目にして、哲は呆れたように溜め息を吐いた。

「何、悠太。幽霊とか神様とか本気で信じてる訳?」

「別に、信じてる訳でもないけどさ。でも、なんか本当にありそうじゃない?俺さっき、マジで見ちゃったし。バチとかあたったらマジ怖い。」

「なんかの見間違いだろ。馬鹿らしい。」

そんなやりとりをして、青白くなっている悠太を置いて、哲はさっさとその場を立ち去った。置いてかないでよと情けない声を上げながら追いかけてくる悠太の存在が煩わしく感じる。悟史と合流して、悠太を押し付けて。悠太の話しを聞いて、笑って慰めている悟史の存在も煩わしいと思う。

『羨ましい?そこに貴方も入りたい?』

誰かの声がして、哲は、そんな訳ないだろと答えた。その声に反応し、自分を振り返る二人の顔を見てハッとする。今、自分は何を言ったんだろう。誰の声が聞こえたっていうんだ。これじゃ、悠太のことあまり言えないな。そんな事を考えて、哲は苦い思いがした。

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