第二十話
身体集めを終えて、神棚に全てを揃え、哲は凛の姿絵が貼られた掛け軸を壁に掛けた。実際にそれを見たことがなかった二人がそれを目にして息を飲む。
「なんていうか、凄い作品だな。これ。カメラもそうだけど、こういうのって作者の想いとか人柄が明け透けに映り込むから。なんていうか、これを描いた人の凛ちゃんへの想いがストレート過ぎるくらい伝わってきて、自分までそれに呑まれそうで落ち着かない。凛ちゃんもこれ描いた人のこと・・・。それが解るくらい、ここに描かれてる凛ちゃん、生々しくて、綺麗すぎて。俺は正直寒気がする。この作品は生気があり過ぎて怖い。俺にはこんな作品生み出せる気がしない。どんな作家ならこんなものが描けるんだ。」
そう畏怖を交えた様子で語り凛の姿絵に見入る悟史に、姿を現した凛が、それを描いたのは人間じゃないからねと声を掛けた。
「うわっ、凛ちゃん!?すげー大人なんだけど。いきなり俺と同い年くらいになってんだけど。やべー。凛ちゃんまじ美人。想像以上に綺麗に成長しすぎなんだけど。神様だから?やっぱ女神だからそんなに美人なの?神様って本当、半端ない。」
そう大人の姿の凛にムダにテンションをあげる悠太に一瞥をくれ、凛が、だから身体を集めたら大人の姿になるって言ったでしょと冷たい声を返した。
「神様関係ない。わたしは人の時からこの姿。死んだのは二十歳の時だから、悠太と同い年なのは正解だけど。」
そうどうでも良さそうに言って、凛は掛け軸に近づいた。
「これはあの人の手を介して人ならざるものが描いた、あの人の心に映るわたしの姿。あの人が思い描く、あの人の心の中に住み着いているわたしの姿。だから、わたしの代わりをさせるのに、これ以上のものはない。」
そう言って目を伏せると、凛はそっと自分の首に手を触れて、そこにある恋人の手を自分の姿絵の首に移した。姿絵にさっきまでなかった首を絞める手の跡がつく。それにそっと触れて、凛が別れを惜しむ様に儚げな様子でそれを見つめた。
「家を出て、集落へ向かう道の途中。脇に入る、山の中に続く細い道がある。そこに入ってまっすぐ行けば、あの人が眠る場所に辿り着く。そこまでこれを運んで。そしてそこにこれを置いてきて。後は、これに移したわたしの意思が彼を連れて逝ってくれる。わたしは一緒にいけない。わたしがいってしまえば、これが偽物だとバレてしまうから。これを持ってこの家を出たら、絶対に喋ってはいけない。声を出せばわたしの加護が消えて、あの人に貴方達の存在が分かってしまうから。そうなれば、わたしをあの人から引き離そうとしていると思われて、貴方達はあの人に殺されてしまう。悠太とか、黙ってられる自信がなかったら残ってたら?」
掛け軸を壁から外しそれを巻いて哲に手渡しながら、凛がそう言って悠太に冷たい視線を向ける。
「そうだな。お前は残ってた方がいいんじゃないか?絶対、喋らないとか無理だろ、お前。」
「いや。俺だって黙ってようと思えば黙ってられるよ。ここまできたら最後まで付き合わせてよ。超気になるじゃん。凛ちゃんの彼氏がどんなんかとか、ちゃんと成仏できたのかとかさ。ちゃんと俺にも見届けさせて。置いてかれても、俺気になって追いかけちゃうからね。じっとしてられないからね。」
そんな緊張感のない悠太の様子に、その場にいた面々から溜息や冷笑が漏れる。
「何があってもわたしは知らない。悠太を連れて行くも置いて行くも好きにして。それが終わったら、そこには長居しないで真っ直ぐここに帰ってきて。たとえ何も起きなかったとしても、怨霊になる程の強い念を持った魂と対峙すれば、生きた人間は相当消耗する。だから出来るだけその場にはとどまらず、速やかに離れ、ゆっくり休むべきだ。それに本人の魂が成仏しても、その場に留まり続けていた影響がなにかあるかもしれない。だから、朝になるまで家から出ないで。ここは安全。ここにいれば大丈夫だから。だから絶対。帰ってきたら、朝になるまで家から出ないで。まぁ、横なれば疲れに襲われて、朝まで起きてこれないだろうけど。」
そう言って凛は三人に、早く行くように声を掛けた。早く。日が沈む前に戻って来れるように。そうやって自分達の背中を押して早く向かわそうとする凛が、早く一人にさせてくれと、自分の意思が変わらないように早く行ってくれと言っているようで、哲はほら行くぞと二人を促して、彼女には目をくれず背中を向けて少し早足でズンズンとその場を立ち去った。掛ける言葉なんてない。何も。何を言っても凛を傷つけるだけな気がして、哲は無性に悔しくなった。ただ黙って自分に着いてくる二人を感じて、きっと二人も同じ気持ちでいるんだろうなと思って、自分より器用な二人でさえ凛に掛けるべき言葉が思いつかないなんてと、哲は遣る瀬無い気持ちになって胸が締め付けられた。




