第一話
「うわー。マジで田舎。更にこっから奥に行かなきゃとか、もう人いないでしょ。どんだけ辺境の地に行くの?本当にこんなとこに家あるの?道間違えてんじゃないの?」
そんな悠太のボヤきに、心底うんざりした様子で哲は、うるさいと苛ついた声を出した。
「まぁまぁ。道のりが長いからって、二人共イラつかない、イラつかない。ちゃんと電波も届いてるし、辺境の地ってほど辺境の地ってわけでもないだろ。人里からほどほどに離れてて、電波繋がるなら、哲にとって最高の環境なんじゃないの?まぁ、宅配便がちゃんと届くかが、問題な気がするけど。通販したものが届かないと、哲生きていけないもんな。」
呑気な声で間に入ってそんなことを言う悟史に、また哲が、お前もうるさいと更に苛々を募らせた様子で噛み付いた。
「そう怒るなよ。まったく哲は、いつまでたってもお子様なんだからな。荷物少ないとはいえ、一人で引越し作業なんて無茶なのに、何も言わずに一人で荷造りしてるしさ。いくら自分の持ち家だからって、こんな遠くに何も言わないで行こうとするし。お前、めんどくさくて食事しないとか平気でするし、なんかあってもヘルプよこさなそうだし。気づいたら孤独死してそうで怖いから。お前がちゃんと生きていけそうな環境かどうか、俺がちゃんとチェックしてやるからな。じゃないとお兄ちゃん、安心してお前を一人置いてけない。」
「うざい。誰も頼んでない。それにお前の弟は悠太だろ。俺はお前の弟になった覚えはない。」
「はいはい。でも、従兄弟だし。子供の頃から一緒に暮らしてるんだし、哲も俺たちの兄弟みたいなもんだろ。田舎道に飽きた悠太のボヤき聞くのと、俺の小言聞くのと。BGMはどっちがいい?」
「どっちも嫌だ。お前ら二人共、荷物置いたらさっさと帰れ。」
そんな哲の悪態に、二人が揃って嫌だと答え、二人で勝手に笑い出して、哲は苛々が増して不機嫌に黙り込んだ。
「だってさ。気になるじゃん。じーちゃんが哲に遺した家がどんなんなのか。ちょっとは探検したくない?一日、二日くらいは泊まってくつもりだから。なんなら、夏休み返上して居座り続けるから、飽きるまで。」
「じーちゃんも動けなくなってから来てなかったんだし、どうせ掃除もしなきゃだろ。最初に色々しといてやらないと、絶対、哲一人じゃやらないんだからさ。掃除だろうが、環境整備だろうが、色々俺たちがやってやるよ。本当、ぼっちのくせに一人で何もできないんだからな。来る前に俺がしてやらなきゃ、必要な手続きすらやらなかっただろ。少しは世話焼いてくれる従兄弟の存在に感謝しろ。俺たちいなきゃ、絶対、お前生きてけないから。本当、手の届かないとこで一人暮らしさせるとか心配なんだけど。不安しかないんだけど。」
「ね。まったく。人の親切をもっと素直に受け取ればいいのに。哲って本当かわいくない。俺たちいなきゃ、お前なんて、友達すら皆無の社会不適合者だぞ。俺はともかく、兄ちゃんにはもっと感謝しろ。」
「じーちゃんもじーちゃんだよな。人里から離れた家なんて哲に与えたら、余計人に関わらなくなるだろうに。哲の為になんないだろ。なんで、じーちゃんもそんなもんを哲に遺したのかね。一番こいつに与えちゃいけないものでしょ、絶対。」
「じーちゃん、哲に甘かったからな。哲もじーちゃん子だったし。人嫌いなくせにさ。哲、じーちゃんにだけは懐いてたよね。俺たちとは全然遊ばなかったくせに、じーちゃんいる時はいつもじーちゃんに付いて回ってさ。」
「そういや、哲。家族旅行とかには行かなかったくせに、じーちゃんのフィールドワークにはついて行ってたよな。今から行く家も、晩年じーちゃんがフィールドワークに活用してたみたいだから、もしかしたらそこに、何か哲に見せたいものでも遺してあるのかもな。」
「なにそれ。メチャクチャ気になる。」
「な。どうする?家着いたらじーちゃんからの宝探し的ななんか遺言みたいなのが置いてあったら。」
「うわっ。それ、マジ楽しそう。そんなんあったら、俺、絶対挑戦するわ。」
そんな話しで盛り上がり笑い声をあげる従兄弟二人が煩くて、哲はヘッドホンを取り出し装着すると、別に何か聴きたかったわけでもなかったが、適当に音楽を流し、音量をガンガンにあげた。煩い。でも、二人の声が耳に入ってくるよりはマシ。そんな事を考えて目を閉じる。
誰も構ってくれなんて頼んでない。別に、一人でのたれ死んだって構わない。だからほっとけばいいのに、俺なんて。勝手に構ってきて、勝手に世話焼いて、そのくせ本当恩着せがましい。本当、煩い。本当うざい。お前らなんか大嫌いだ。子供の頃から。本当に大っ嫌いだ。
八歳の時に母が亡くなって、母子家庭で父親もいなかった哲は、伯父一家の住む祖父の家に引き取られた。悟史と悠太は伯父の子供で、だからずっと一緒に暮らしてきたし、一緒に育ってもきた。でも、伯父の養子にはなってないから、義理でも兄弟じゃない。そして哲は、自分はただの居候だから、一緒に暮らしていても家族なんかじゃないと思っていた。二人と家族になった覚えはない。なのにこいつらは・・・。
悟史は子供の頃からお人好しでお節介だった。哲が独りぼっちにならないように、構って、構って、世話を焼いて。悟史があまりに哲ばかり構うからヤキモチを焼いた悠太が、哲に意地悪をして、悟史に怒られて喧嘩になって。そんなことの繰り返し。そんな風に昔から、勝手に自分を巻き込んで、勝手に自分の周りで大騒ぎする二人がうざかった。要らぬお節介を焼いてくる悟史もうざかったし、無駄にちょっかい出してくる悠太もうざかった。そんな二人が嫌で嫌で仕方がなかった。一緒にいたくなんてないのに、離れてくれない。そんな二人がうざかった。迷惑だった。
だから哲は、さっさと独り立ちしたかった。人と関わり合いたくなかったから、独学でプログラミングを学び、技術を磨いて、ついでに他にも色々役に立ちそうな技術を身につけて。高校を卒業する頃には人と関わらなくてもWeb上で仕事ができるようになっていた。大学には進学しなかった。そのかわり仕事をして、独り立ちに必要な資金をコツコツ貯めていた。Web上の知り合いに勧められて株の勉強をし、個人投資を始め、その収入が安定するようになると、収入源はもっぱら株になった。だから生活していくのに何も不安なく、成人を機に家も出て、アパートを借りて一人暮らしも始めたが、部屋を借りるにも保証人が必要で、勝手に保証人になった悟史に契約時に合鍵を一本奪われて。悟史はしょっちゅう様子を見に立ち寄るし、何故か悠太も人の部屋にゲームを持ち込んで、家じゃ自由にできないからとか言いながら勝手に居座って絡んでくるしで、結局、家に居る頃と変わらないような生活を送ることになった。それがとても嫌だった。
だから祖父が亡くなって、本当は母が相続するはずだった分の遺産を手に入れて。祖父がフィールドワークの拠点として購入していた田舎の家が自分に渡るように遺言でのこしていたことを知って、哲は、さっそくそこに引越すことを決めた。誰にも告げず、こっそり移り住もうと思っていたのに、結局は二人に見つかって。でも、この煩わしさももう少しの我慢。祖父から受け継いだ家は、悟史達の家から遠い。今迄みたいに気軽にくることは出来ない。電話やメールは無視すれば良いし。年に一度くらいは押しかけてくるかもしれないけど、それくらいの我慢なら。だから、この引越しが終われば、漸く今迄の煩わしさから解放される。漸く、一人で静かに過ごせる。やっと、独りになれる。そう哲は思っていた。そんな事を考えながら、賑やかな二人の声が自分の耳に入ってこないように栓をして、ただただ黙って車に揺られていた。