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神様の願い事  作者: さき太
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第十八話

「わたしが神様になったのは七歳の時だった。神の世に棲む童達に攫われて、神の世に連れていかれて。そこで暫くの間過ごした結果、わたしの魂はすっかり人のそれとは違うものになっていた。わたしは人の理から外れた存在になってしまった。それでも器はまだ人の世のものだから、器が朽ちるまでは人の世で生きなくてはいけないと、わたしを見つけた神様に人の世に返された。神様はわたしに忠告してくれたけど、幼かったわたしにはそれを理解することが出来なかった。自分がもうとうてい人と呼べる存在ではなくなってしまっていたことなんて、理解することも、受け入れる事も出来なかった。だからわたしは人として生きようとしてしまった。何も考えずただ普通の人として、ただの娘として、ただの一人の女として生きていたいと思ってしまった。わたしがちゃんと、自分が神様になってしまっていたことに自覚を持っていたならば。自分が人に何をもたらすのか理解していたならば。きっとあんな事は起こらなかった。あんなことにはならなかった。あんな事になる前に、わたしはもっと早く自分の器を捨てるべきだったんだ。器なんかにしがみつかず、自分を手招くもの達の言葉の通りに、早く完全な神様になってしまうべきだった。どんなに後悔しても、もう遅いけど。」

そう独白するりんの言葉を、てつは黙って聞いていた。

凛にまつわる昔噺のその真相。あの男の姿を見てしまった今、哲にはそれがどういうものなのかわかる気がしていた。そして自称副住職の男が自分に向けた言葉が彼女にそのまま当てはまる気がして、少しだけ彼女の苦しみがわかる気もした。多分、自分のそれよりずっと凛のそれは深くて苦しいものなんだろうけど。そう思うからこそ哲は、凛の口から真実が聞きたかった。全てを終わらせる前に、彼女がその胸に溜め込んできた全てを吐き出させてやりたかった。だから哲は、彼女に自分の想像する真実を話して、彼女に答え合わせを求めた。そうする事で気負わず話せるように。多分、彼女が自分の昔噺の真実を見つけて、自分の願いが何か言い当てろと言ったのは、そういう事だったのだろうと思うから。

「神隠しにあって神様になってしまったわたしの生活は、それ以前とすっかり変わってしまった。村の人達に変な目で見られて、自分と同じ年頃の子供達には虐められて。両親にも疎まれるようになってしまった。でも、あの人だけは変わらなかった。相変わらず意地悪で、意地っ張りで、凄く優しい。正義感が強い人だったから、虐められてたわたしのことを見過ごせなかったんだと思う。いつも助けてくれて、いつも守ってくれて。変わらず傍にいてくれることが嬉しくて嬉しくて。あの人が唯一の生きる糧だった。あの人だけが心の拠り所だった。わたしにはあの人しかいなかった。だから、あの人から嫁に来いって、大人になったら迎えに行くから待ってろって言われて、わたし、凄く幸せだった。その時をいつだって心待ちにしていた。でも、実際大人になると、自分がどれだけあの人に釣り合わない人間なのか嫌というほど理解できてしまって、わたしは身を引くことにした。沢山助けてもらったから、沢山支えてもらったから、もう充分だと思ってた。あの人はあの人に釣り合った別の誰かと幸せになって欲しいなんて、どれだけあの人がわたしを想ってくれていたのか、わたしを欲してくれていたのか考えもせず、自分勝手にそんな事を願ってた。一生誰のものにもならず、ただ人に福をもたらす神として、生涯を拝み屋として過ごすことがあの頃のわたしの望みだった。その裏で、あの人がどんな思いでいたかなんて、わたしを諦めなかったせいであの人がどんな目にあっていたかなんて、想像すらしなかった。あの人のことは忘れようと、考えないようにしようとしてたから、わたしは何も気がつかなかった。だからあの人は死んだの。わたしを諦めなかったことが、わたしが与える幸福を独り占めしようとしてると思われて、殺された。わたしが最後にあの人と共に果てる事を望んでしまったから。最後の最後で、あの人が迎えにきてくれるのを願ってしまったから。だからあの人は怨霊になって、わたしを連れて逝こうとして、それを邪魔する全ての者を祟り殺した。わたしは神様だから、神様になってしまったから、もう絶対にあの人と一緒に逝けないのに。あの人と同じところには逝けないのに。今もまだあの人はわたしを連れて逝こうとしてる。叶わないと分かっていても、わたしもそれを望んでしまうのをやめられなくて、あの人に首を絞められは、このまま本当にあの人と一緒に逝けたらなんて思ってしまう。首を絞められて、そこにあの人のわたしを想う気持ちを感じて幸せだと思ってしまう。あの人にとってそれが地獄のように辛い想いに苛まされ続けていることだと分かっているのに。だけど、わたしは、最後に掴んだあの人の手を今も離せないでいるの。あの人を失いたくない。ずっと傍にいて欲しい。その想いを断ち切ることが出来なくて。一人じゃ動く事が出来ない。手を差し伸べられても拒絶して、振り払って。でも本当はずっと誰かに、あの人を助けてもらいたかった。自分にはできないから、代わりに助けてあげて欲しかった。わたしから。もうあの人を楽にしてあげて欲しい。わたしは、たった一人大切な人を不幸にしか出来ない。大切なのに、誰よりも一番大切で、愛しい人なのに。そんなかけがえのない人を苦しめることしか出来ないなんて。神様なんかになりたくなかった。わたしが神様なんかじゃなければ、こんな風にあの人をこの世に縛り付けておくなんて出来なかったのに。わたしが手を離さなくても、あの人はちゃんとあの世に逝けたのに。わたしが神様なんかだから・・・。」

そう言って立ち上がると、凛は哲に向き直った。

「今のあの人はわたしを連れて逝くことしか考えられない。あの人の中でわたしは、虐げられてあの座敷牢に幽閉されたまま、あの人が連れ出してくれるのを待っている。あの人はただ、わたしを助けたいだけなの。わたしを幸せにしたかっただけだったの。本当は意味もなく人を害するような人じゃない。でも、今のあの人には、わたし以外の全ては敵にしか見えてないから。わたしの側に居る、それだけであの人にはわたしを害している人に見える。あの人の祟りの対象になる。哲はあの人に認識された。ここを離れても、あの人は必ず貴方を祟り殺す。子供の姿でいる事で、あの人の意識をあの時から逸らし、あの人が誰も祟らずにすむようにしてきたけれど。こうなってしまってはそんな誤魔化し、もう長くは持たない。」

そう言う凛に小さな鍵を差し出されて、哲はそれを受け取った。

「あの人がわたしを連れにきたのは、人が寝静まった真夜中のこと。あの日に囚われてるあの人は、昼間のうちはよほどの何かが起きなければ祟ることはない。だから日中、日が沈む前に全てを完遂させなくてはいけない。わたしの姿絵はそこにある。あとは、わたしの身体を全部集めて。姿絵とそれを全部神棚に持ってきて。そうしたらわたしが、その姿絵を使ってわたしの身代わりを作る。それをあの人のもとに届けて欲しい。そうすれば全てが終わる。絶対、これは一日のうちに終わらせなければいけない。わたしの身体を集めれば、わたしの姿はより大人に近づく。わたしの姿が大人に近づけば、あの人の呪いも強くなる。完全に元の姿に戻ってしまえば、もうあの人を抑えられない。そうすれば、貴方だけじゃない。悟史さとし悠太ゆうたが巻き込まれるだけで済む話でもない。この辺一帯の人達がまた、関係もないのにあの人に全員祟り殺される。そうならないためにも、絶対。絶対に一日のうちに全てを終わらせないとダメだよ。三人で話し合って、数日中には決行日を設定して。じゃないと、貴方が祟り殺される。貴方が認識されたということは、他の二人も殺されてしまうかもしれない。だから、早く。早くしないといけないよ。お願い。わたしにそんな場面を見せないで。ちゃんと自分達の身は自分達で守って。わたしには助けられない。きっと、助けられないから。」

そう辛そうな申し訳なさそうな顔で告げて、凛はその姿を消した。それを眺め、哲は自分の手の中の鍵に視線を落とした。きっとこれは、自分が自室にしているじーちゃんの書斎にあるあの棚の鍵。以前、彼女がまだ中を見せたくないと言っていた棚の鍵。きっと、姿絵以外にも色々入っている。それを、色々語った今ならもう見てもいいということだろうか。本当はまだ見せたくはないけれど、背に腹はかえられないから仕方がないということだろうか。そんなことを考えて、哲は二人に話す前にあの棚の中を自分一人で確認しようと思った。

そして自室に向かって、哲は早速その棚を開けた。以前抉じ開けようとした時のような衝撃はなく、普通にただの扉のようにすんなり鍵が差し込めて、回せばガチャリと開く音がした。中にある物を確認し、これが例の姿絵か?と巻物を取って広げてみる。そしてそこに描かれていた年頃の凛の姿に一瞬目が釘付けになって、哲は頭を振って咳払いをした。開いた瞬間、目があったかと思った。改めて見ればただの絵なのに、開いた瞬間そこに生きた凛がいるように感じて、今と違う大人びた姿の彼女に見惚れてしまった。その事が妙に恥ずかしく感じて、哲はとりあえず中身は確認したしこれで間違いないからなんて誰に聞かせるわけでもない独り言を言ってそれを巻き直した。

そして改めて棚の中身を確認する。沢山の資料に紛れそこに祖父の日記を見つけ、哲はそれを手に取った。パラパラとそれに目を通し、そこに綴られた祖父の過去に、懐かしいような寂しいような、どことなく悲しくてでも暖かいよく分からない感情が湧いてきて、変な気分になった。そして、祖父と凛の出会いを、二人のやりとりを知って何故か胸が締め付けられた。じーちゃんには結構すんなり打ち明けてたんじゃねーか。じーちゃんの前ではあいつちゃんと泣いてたんじゃんか。俺の前じゃ、凄く泣きそうになってても結局涙なんか見せなかったくせに。そう思うと苛ついて、哲は、これは関係ないと日記を棚に戻すと、姿絵だけ持って、二人に話をするため部屋を後にした。

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