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神様の願い事  作者: さき太
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第十七話

真っ赤に熟れた大きなトマトを二つ乗せたお盆を持って縁側に向かう悠太ゆうたを見て、てつはそんなん持って何してんだと疑問に思って声をかけた。

「わざわざ縁側に持ってって食うのか、それ。ってか、お前、生野菜基本好きじゃないくせに、二個も食うの?そんなデカイの。」

「俺のじゃないよ。りんちゃんの。」

そう言われてなるほどと思う。

「前に、トマトを二つ縁側に置いといてって頼まれたことがあってさ。別に今回は頼まれた訳じゃないけど、凛ちゃんが好きそうなよく熟れたトマトもらったし、縁側で食べるの好きなのかなって思って。それで、前回と同じように二つ置いといてあげようかなって思ってさ。」

そう言って縁側にお盆を置いて、神棚に行って凛ちゃんにトマト置いといたよって声掛けてくると言って去っていく悠太の背中に、哲は、凛は今神棚には居ないだろと心の中で突っ込んだ。まぁ、凛は人間じゃないから、どこに居ても自分に向けて言われた事がわかるかもしれないけどなんて思って、庭に視線を向ける。

そこに一人佇みどこか遠くを見つめている凛の姿を眺め哲は、こんな近くにいたのに悠太には見えてなかったのかなと思って、不思議な気持ちがした。何を考えているのか、じっと同じ方向を見つめている凛はとこか切なそうで、何か思いつめているようで。多分あの様子じゃ俺と悠太が話してたのも聞こえてないだろうし、ここにトマト置いてあるの気付いてないよなと思って、哲は凛に声を掛けようとして固まった。

顔を伏せて凛が自分の首に手を当てる。彼女がそうする時いつも見える首を絞める手の跡が、今日はいつもよりハッキリと形を持って見えた。そして気付く。アレは跡じゃない。あそこには本当に誰かの手が添えられている。今、凛は本当に誰かに首を絞められている。そう認識して、哲はゾワリと怖気が走った。そうすると今まで見えていなかったモノがハッキリ見えて、佇む凛に覆いかぶさるように黒い塊が、大きな男の姿が見えて。瞬間その男と目が合った気がして、哲は恐怖に身が縮こまった。

ハッとした顔で凛が振り向く。そして焦ったように男の裾を掴む。そうすると男の意識が自分から凛に移ったのが分かって、哲は一気に脱力してその場にへたり込んだ。

「わたしをよく見て。まだ、子供なの。まだわたしは大人になってない。大人になってないよ。大人になったら迎えに来てくれるって、そういう約束でしょ?わたし、待ってるから。ずっと、待ってるから。だから、まだ、わたしが大人になるまで待ってて。今はまだ、貴方のものにはなれない。」

そう言って、凛が男の頬を愛おしそうに撫でる。辛そうに、苦しそうに、泣きそうな顔をしながら。そうすると男が凛を抱きしめて、そして何かを言ったのが分かった。姿は見えても男の声を聞くことは哲にはできなかった。でも、それを聞いた凛が泣きそうな声でそれに応えているのは聞こえて、哲は何故か胸が締め付けられた。

男の姿が消えて、凛が困ったような顔を哲に向ける。

「もう、悠長なことは言っていられなくなっちゃったね。早くしないと、貴方が死んでしまう。だから・・・。」

そこまで言って、涙を堪えるように俯く凛を見て、哲は、別に急がなくていいと言っていた。

「元々俺は死にたがりだったんだ。自分で死ぬ勇気はないくせに、事故かなんかに巻き込まれて死んでしまえれば楽になれるのになんて思ってずっと過ごしてきた。だから別に死ぬのなんて怖くない。それに、悟史さとしや悠太とも和解できたし、今まで無気力に生きてきた分、まだ全然やりたいこととか、未来への展望とかも見えてなくて、正直この世に執着もない。ここで死んだら死んだで結構満足っていうか、これから生きて苦労しなくてすんで、嫌なもの何もないまま、とりあえず今までの人生で一番幸せな気分で逝けて、俺的にはハッピーエンドかもよ。だから、俺のことなんか気にするな。お前が決断できなくて死んだからって、お前のこと恨んだりしねーよ。だから、まだ気持ちができてないなら無理にしようとしなくていい。」

そう言って哲は、悠太がお前にトマト差し入れだって、食べるか?と凛を縁側に呼んだ。

黙ったままやって来て縁側にちょこんと座る凛の隣りにお盆を挟んで座って、哲はお盆をそっと彼女の方へ押した。黙って一つトマトを手にした凛が少しの間それを見つめてから小さく口に含む。その様子を見て哲は、縁側で食べるのが好きだからここに置いとけって言ったわけじゃないんだろうなと思った。凛が悠太に用意しろと言ったトマトは二つ。縁側で誰かと並んでそれを一つづつ口にする。そんな思い出に浸りたかっただけ。きっと、思い出をたどって心の整理をつけようとしていた。その時にはもう。そう考えると哲は、いったいいつから凛はその覚悟を決めようとしていたんだろうと疑問に思った。いつからそんなできない覚悟を決めようとして、一人苦しんでいたんだろう。そう思うと切なくなって、哲は彼女から視線を逸らした。

「哲が優しいと変な感じ。」

ポツリと凛が言う。

「うるさい。黙ってそれ食ってろ。」

そう返して、言われた通り黙々とトマトを食べる凛を横に感じて、込み上げてきたなんとも言えない感情に哲は空を見上げた。

「一個あげる。」

そう言って凛がお盆を押し返してくる。少しだけ考えて、そこに残っていたトマトを手に取って、哲は何も言わずにそれを口にした。

「ありがとう、哲。でも、わたしは貴方に死んで欲しくない。わたしのせいで誰かが死ぬのを。あの人が誰かを殺すのを、わたしはもう見たくない。だからね。だから、わたしの願い事、叶えてくれるかな?」

そう言って凛が俯く。

「わたしは神様だから。神様なんだから。本当は誰の力を借りなくてもわたし一人でできるの。わたしがあの人の手を離して、今世で辛い思いを沢山した分、来世では沢山、沢山、幸せになれますようにって願って送り出してあげれば、それだけでいいのに。わたしにはそれができない。できないから。お願い。わたしの代わりにあの人を楽にしてあげて欲しい。わたしからあの人を解放して。あの人をちゃんとあの世に逝かせてあげて。それがわたしの願い事だよ。」

今にも泣き出しそうな声でそう言う凛に、哲はどう言葉をかけるべきなのか分からなかった。彼女にとってそれがもの凄く辛い決断である事は痛いほど伝わってくるのに、慰める言葉も励ます言葉もなにも、気の利いた言葉は何一つ思いつかなくて。哲はただ、わかったからどうしたらいいか教えろとだけ言っていた。それが哲にできる精一杯のことだった。

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