表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の願い事  作者: さき太
17/24

第十六話

「君は、呪いや祟りといったものが完全な迷信で、全く存在しないと思ってるのかい?」

そう自称副住職の男に問われててつは、あんたは信心深くないくせにそういうもの信じてんのかよと返した。

りんから出された課題の一つ、ある人物が描いた凛の姿絵を手に入れること。それをかなえる為に哲は集落にある寺を訪れていた。多分、凛の姿絵を描いたある人物とは彼女の恋人のことで、きっとそれを持っていたのもそいつなんだと思う。村の人間を全て祟り殺したと言われている凛の、しかもその殺された者達の手で仲を引き裂かれた恋人が保管していた姿絵。そんな物が見つかったら、世には出回らず、供養の為にここに保管されているのではないかと思って来たのだが、今日も住職は留守で寺には胡散臭い自称副住職の男しかおらず、哲は本堂にあげられて何故かこの男と茶を飲みながら話すはめになっていた。

「信心深くなくても、俺は、人の念みたいなものは信じてるよ。だから大切に扱われた物には魂が宿り幸を運ぶ事もあれば、強い怨念に晒された物は触れた者の心を侵し厄災を呼ぶこともある。人の念の強さは時には物に、時には他者に影響を及ぼすものだ。だから、呪いや祟りなんてものの存在は俺は否定しないよ。こういう商売してると、そういうものに出くわす機会もままあるしな。」

そう茶化すように笑いながら話す自称副住職の男を見て、哲は、寺の仕事を商売とか言うなよと呟いた。

「たとえばそうだな。君の首に締められた跡があるとする。その跡は本当にただの跡なのか?そこには死んだ母親の手がまだ添えられていないか?母親はまだ君を一緒にあの世に連れて行こうと君の首を締めているんじゃないか?だから母親は夢に出て、君を呪っているんじゃないか?」

そう言いながら真っ直ぐ視線を向けられて、哲は背筋が寒くなって思わず自分の首に手を当てていた。

何でこいつがそれを知っている。こいつに母親が死んでいる事も、死んだ母に無理心中をはかられて首を締められたことも話していないのに。そう思うと、目の前にいる男には本当に何かが見えているような気がしてきて、自分の首にはまだ死んだ母の手が添えられていて首を絞めている気がしてきて、哲は血の気が引いた。

「冗談だ。」

そう言って、自称副住職の男がいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「君の首には何もないよ。君の母親は、ちゃんと成仏してあの世に逝っている。君がずっと夢にうなされていたのは、生前母親から与えられた恐怖の残像でしかない。君の母親は君を連れていこうなんてしてないし、君を呪ったりもしていない。君がちゃんと祖父に引き取られて愛情深く育てられてホッとしてるんじゃないかな。だから君がずっと苦しんでいたのは、君自身が君をずっと呪っていたせいだ。でも、そんな風に君をしてしまったのは母親だ。そうやって人は人を呪う。影響を与え、人の心を蝕む。本人がいなくなった後も。本人がいなくなってしまったからこそ影響が強くなってしまうこともある。つまり、呪われたり祟られたりというのは、それを受けた本人の気持ちの問題でもあるんだ。呪う方にそのつもりがなくても、呪われた方がそれを強く信じてしまえはそれは起こる。どちらか片方だけでも、どちらも両方でも、人の強い念がそれを起こす。だから、君が母に呪われていたのは、一人残された君が母の面影を求めて、母からつけられた傷を手放せなかったからという可能性もあると思わないか?そうやって、母がまだ自分の傍にいると、母が死んでしまった事実から、もう母に触れることはできないという現実から、君は目を背けていたのかもしれないと思わないか?苦しくても、辛くても、母が恋しくて君もそれを手放せなかった。だから、周りから与えられる愛情を素直に受け取る事が出来なかった。それが母を裏切ることになる気がして。」

そう言われて、そうじゃないと返そうとして、でも、目の前の男から発せられるよく分からない重圧に言葉が出てこなくて哲は、何故か、そうだったのかもしれないとふいに思った。そういう側面もあったのかもしれない。だからずっと皆が差し伸べてくれてた手を払って、見ないふりして、傷つけてきた。目の前にある大切な者をちゃんと大切にしないで、過去に囚われてきた。でも、今は・・・。そう考えて、失いたくない大切なものが何かわかったなら、顔も思い出せない人の事なんて忘れて前を見るべきだと自分に言った凛の姿が思い出されて、哲は切ないような気持ちになった。大丈夫。俺はもう。起きてしまった事実は変わらない。でも、変えられない過去ばかりを思って今を見ないのは、今を生きようとしないのはもうやめた。今はちゃんと、今ここにある大切なものを失くさないように大切にできる自分に生まれ変わったんだ。少しずつ、変わっていくんだ。その決心を自分の中に感じて、哲は胸の中を何かに満たされたような気がした。

なんてな、と自称副住職の男が言って、可笑しそうに笑う。

「信心深い兄さんは騙されやすいな、本当。今、俺がなんか見えてんのかもとか本気で思ってただろ。もっと疑えよ。見かけによらず純粋だな。あー、可笑しい。お前とはそんな付き合いなくても、お前のじーさんとはそれなりに付き合いがあったんだから、じーさんから話聞いてんに決まってるだろ。あの人、お前のこと本当に気にかけてたからな。自分が娘の勘当を解いてやってればあんな事にはならなかったのになんて、ここの住職に漏らしてるのも聞いてたしな。」

さらっとそう言われて、騙されたと思って哲は、恥ずかしいやら苛立たしいやらで顔に血が上って、俯いて黙り込んだ。

「いやー。こんなに見事に引っかかってくれると清々しいまでに面白いな。こういう小さい集落の寺の坊主なんて、人の愚痴聞いたり、知恵かしたり、それっぽいこと言って憑き物落としてやるのが日常なんだから。うまかったろ?俺の演技。ちゃんとした霊験あらたかな坊さんっぽく見えただろ。こうやってうまいこと人を丸め込むのが俺の仕事。よかったな、俺が詐欺師じゃなくて坊さんで。詐欺師だったら、あんた、無駄に高い壺とか買わされてたぞ、絶対。詐欺に引っかからないように気をつけろよ。」

そうクスクス笑いながら続けられて、哲は心の中でこの生臭坊主がと悪態を吐いた。坊主が、うまいこと人を丸め込むのが仕事とか言ってんじゃねーよ。いくら驚いてなんか霊感あるのかもとか思っても、無駄に高い壺とか摑まされねーよ。そこまでバカじゃねーよ。そんな事が頭の中をグルグルして苛々してくる。

「そういえば、今日の用件はなんだっけ?まだ住職帰ってこないみたいだし、今回も俺が聞くよ。俺で対応できない事ならちゃんと伝えとくし。伝言くらい真面目にやるぞ、俺。流石に住職の前じゃふざけらんないしな。そういうことはちゃんとしないと後が怖い。」

そうふざけた調子で言われて、どこまで本気なんだかと思うが、哲はどうでもよくなって、自称副住職の男に今日寺に来た用件を伝えた。そうすると、ここにはそんな物ないけどなと返ってきてガックリくる。

「でも、確かにお前の言うような姿絵は存在したと思うぞ。なんだったかな。この寺ひらいた坊さんが供養したんだったとは思うが。お前ん家にある神棚に御神体として祀られてるか、その女の身体と一緒にどっかに封じられてるかのどっちかじゃないか?」

そう言われて、それが事実なら厄介だなと哲は思った。神棚に祀られてるなら凛が在処を知らない筈がない。なのにそれを手に入れろと言うのは、自分達に入手させるつもりがないという意思表示にも思えるし。もし凛の身体と一緒に封じられているのなら、それを手に入れる為には封印をあけなくてはいけないわけで。そうするとそれは、これ以上身体を集めるなという課題に抵触する可能性があるわけで。何をもって身体を集めたとみなされるのかが解らないけど、封印をあけたら集めようとしてると捉えかねない気がする。それに、死にたくなければと言う条件付は、それをしたら凛が怒って自分達を殺す言うより、それをすると命に関わる事になる何かが起きると捉えた方がいい気がする。だから、慎重にならないと。下手にこの事を伝えれば、悠太ゆうたなんかは何も考えないで家探ししたり、凛の身体探ししはじめそうだし、二人には黙ってよう。そう考えて哲は、姿絵の事は凛が何を望んでいるのか見当がついてから本人に聞いてみようと思った。まだ心の準備ができていないだけで、凛も先に進もうとしている。心の整理がつけば、きっと無理に聞き出さなくても彼女から話してくれる。だから待とう。別に急いで解決しなきゃいけない事じゃない。これは凛の願い事を叶えるためのことなんだから、本人が望まないようなことはするべきじゃない。そう考えて哲は、悟史さとしと悠太のお節介が暴走して凛を追い詰めないように、自分が防波堤になろうと思った。幼い頃、祖父が自分にしてくれたように、凛が自分のペースで自分の心と向き合えるように、居心地の良い居場所を提供してやろうと思った。

「そういえば、住職から残り四つの身体の在処聞き出しておいてやったぞ。必要なら持っていけ。」

そう言って自称副住職の男に印のつけられた地図を差し出されて、哲は思わず受け取っていた。

用も終わり、話すこともなくなって、これ以上居座ってまた遊ばれるのも癪だしなんて考えて、哲はお礼を言ってその場を後にした。

寺を出て、渡された地図を眺める。これどうするかな、なんて考えて、もしかすると必要になるかもしれないしなんて思って、哲はそれを小さくたたんでズボンのポケットに突っ込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ