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神様の願い事  作者: さき太
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第十三話

「はじめまして。俺は悟史さとし。今日から君もうちの家族だから。俺のことは本当の兄ちゃんだと思っていいから。よろしくな。」

そう言って悟史が笑う。初めて会った時、大人になった今も変わらない柔和でどこか懐っこい笑顔で、悟史はてつに話しかけ、手を差し伸べた。それを哲は素直に受け取る事ができなかった。悟史のその態度が胡散臭く思えて、彼の存在が少し怖かった。

「お前、返事くらいできないのかよ。喋んないし、暗いし、気持ち悪いな。兄ちゃんはあぁ言うけど、俺はお前なんか家族だなんて思ってないから。兄弟なんて認めないから。」

そう言って悠太ゆうたがあからさまな敵対心を剥き出しにしてくる。初めて会った時、悠太は今と違って全くお人好しでも懐っこくもなかった。悠太はあからさまな悪意を持って、哲に嫌がらせを繰り返した。そんな悠太の方が悟史よりかは何を考えているのかは分かりやすくて、哲にとって安心できる相手だった。

でも、二人共、哲にとってウザいだけの相手だった。優しくされるのも、悪意を持たれるのも、ウザいだけだった。家族だなんて思ってない。兄弟になりたいなんて思わない。だから、その輪に入れようとするのも、その輪から外そうとするのもやめてくれ。ほっといてくれ。引き取らせてすぐの頃、哲はそんなことばかり思っていた。それが今は・・・。


りんに二人のどちらかを自分に差し出せと決断を迫られて、哲は固まっていた。それに抗議して自分を選べと凛に迫る二人は最早ただの背景とBGMと化していた。それほどにまで二人の存在に目をくれる事なく、二人の言葉に反応を示す事もなく、凛は真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ哲だけを見ていた。

凛の視線に射抜かれて、哲の頭の中に二人と過ごしてきた時間が走馬灯の様に駆け巡る。最初はただウザいだけだった。最初はただ迷惑で、意味もなく怖くて、近寄りたくない存在だった。二人共。

悟史が本当に自分を気にかけてくれているのを知っている。今までずっと本当に気にかけて、世話を焼いてくれていたのを知っている。ただ悟史の優しさを受け入れるのが怖くて、悟史が勝手にやっているんだと、そんなていをつくりながらずっと彼に甘えてきた。そこにいてくれる安心感を失いたくなくて、自分で出来ることさえさやらずに悟史がいないと自分はダメなんだと、口では何も言わずにただ強迫的に思わせて、ずっと自分に縛り付けていた。

悠太が自分にずっと罪悪感を持っていたのを知っている。悠太が自分に酷いことをしていたのは小さい頃の話しで、それはただ、それまで自分が一心に受けていた皆の注意や愛情を俺にとられてしまう事へのヤキモチと八つ当たりだったと解ってる。酷いことといってもそれは悠太が思っているほど大したことじゃなかった。悠太のやることなんてただうざかっただけで、全然気にすらしていなかった。なのに、悠太がどんなに謝ってきても、気にしてないの一言も、もういいの一言も言ってやらなかった。悠太が自分に構ってくるのが罪悪感からだと分かっていたからそれが無くなるのが嫌で、罪悪感を持たせたままでいてずっと自分に縛り付けていた。

ずっと前から二人共掛け替えのない存在になっていた。でも、まともに向き合うことはせず、ただずっと自分の傍に縛り付けてきた。失うのが怖いから、後ろめたいことをしてでも繋ぎ止めておきたかった。それが二人にとって負担になっていると分かっていながら、ただただ自分のワガママで二人を一方的に縛り付けてきた。自分が離れようとすれば二人が追ってきてくれると知っていて、二人を突き放しては二人が予想通りの行動をしてくれることに安心していた。それをやめることができなかった。自分が可哀想な子供ではなくなった時、二人が自分に対してどうなるのか、それを考えるとただ怖くて。ずっと怖くて。本当は、こんなことやめなくてはいけないと分かっていたのに。やめなければいつか、自分が二人を潰してしまうと分かっていたのに。でもずっと、ただ独りになりたくなくて、自分の傍から去られるくらいならこのまま二人を潰してしまいたいなんて思ってしまう自分もいた。

それなのに、自分から逃げたいという悠太の言葉に傷ついて。それだけのことをしてきたんだから、そんな資格なんてないのに、自分から逃げて楽になりたいと言う悠太をいかせたくなくて。そんな悠太の代わりに自分を連れてけと言う悟史を止める資格もないと分かってるのに。悟史にとって悠太は大切な弟で、掛け替えのない存在で。こんな俺に対してもずっとそうなんだから、まして本物の血の繋がった弟相手なら、何を置いても守りたいと思うのは当然だと思うのに。でも、そんな事して欲しくないと思ってしまう。二人とも置いていかないでくれ。俺を蚊帳の外にして、勝手にいなくなることを決めないでくれ。二人がいなくなることを、俺には関係ないなんて、そんなこと言わないでほしい。でも、選べと言われても選べない。選べるわけがない。俺にとって二人は。二人は・・・。

二人が俺に選ばさせるなと言うのが、どちらも自分を想ってくれてるからだとわかる。選ばせて、選んだ事を俺に背負わせたくないと思ってるってわかる。でも、それが自分の情けなさを浮き彫りにさせて、自分がただ二人に守られて甘えていただけの弱い存在だと突きつけられたようで、哲は涙が流れた。

いくな。いかないでくれ。お願いだから、二人を連れていかないでくれ。俺にとって二人は、二人だけが、掛け替えのない家族なんだ。二人は俺の大切な兄弟なんだ。どちらが欠けても俺は耐えられない。残った方に俺は、どう向き合えばいいか分からない。今までだって向き合ってこなかった。なのにそんなことになったら、俺はもう残った方の傍にもいられない。きっと二人共、俺は悪くないって、気にするなって言うに決まってるから。俺に気を使って、一緒に悲しませてもくれないから。大切な家族があの世に連れていかれるのを見送るのも、残された方が苦しむ姿を見るのも俺は耐えられない。耐えられないから。

「俺が悪かった。全部、俺が悪いから。悠太、俺は全然気にしてない。お前にされたことなんて全然気にしてない。許すも何も、お前の事、最初から悪いなんて思ってない。ごめん。ずっと。本当、ごめん。お前に罪悪感持たせるようなことばっかして。ただ怖かったんだ。お前が離れてくのが。俺に対する罪悪感がなくなれば、お前はもう俺を構わなくなるんじゃないかって思って。お前がいなくなったら、俺の相手してくれるような友達なんて俺にはいないから。だから、いくな。あの世に逃げたいなんて言うな。もう俺から離れていいから。別に俺に罪悪感なんて持たなくていいから。だからいくなよ。悟史も、悠太の代わりにいくとか言うな。お前には夢があるだろ。なりたいものがあるだろ。弟を助けるために今までの努力をふいにして、なりたかった夢を諦めて、あの世にいくとか言うな。表に出さなくたって、あの世なんかにいったら、お前、絶対後悔するだろ。未練が残りまくりだろ。だから二人共いかないでくれ。俺は二人がいなくなったら耐えられない。二人は俺の家族だよ。お前達だけが、俺の失いたくない家族なんだ。だからいくな。いかないでくれ。お願いだから、俺を置いていかないでくれ。」

そう声に出して、気持ちが抑えきれなくなって、哲は二人の腕を掴んで縋り付いて泣いた。自分が泣いたところでどうともならない。決めるのは凛で、こんなこと、逆に奴の気分を害するかもしれなくて。でも、そうは思っても、哲に二人のどちらかを選ぶ事は出来なかった。選べなくて、どちらにもいってほしくなくて、ただただ哲は二人にいかないでくれと泣きつくしか出来なかった。

哲に掴まれた二人が戸惑う。泣きつかれて狼狽える。そして、悟史が掴まれてない方の腕で哲を抱き寄せて、悠太がガシガシ哲の頭を撫でた。

「わかったから泣くな。お前の気持ちはわかったから。」

「本当、素直じゃないな。罪悪感がなくなったからって俺がお前の事全く構わなくなるわけないだろ。哲だって、俺の兄ちゃんなんだからさ。兄貴のくせに本当手がかかるけど、お前だって俺の家族だよ。俺だってそう思ってるよ。だから一緒に居たんだろ。だから今まで逃げずに一緒に居たんだからな。」

二人にそう言われて哲は顔を上げた。そこにいつも通りの二人の笑顔があって、それに凄くホッとして。

「これでもう心残りもないや。いや、やりたい事とかないわけじゃないけど。哲のこんな泣き顔見れて、俺、結構満足。」

「自分が居なくなったらどうなるか心配だったけど、これなら大丈夫そうだな。俺が居なくても二人で支え合っていけるだろ。」

二人のそんな言葉を聞いて哲は心が騒ついた。二人とも決意が揺らがない。凛の気をおさめるために、自分が彼女と共にいこうとしてる。改めてそんな二人の決意を目の当たりにして、哲は胸が締め付けられた。

「嫌だ。やめてくれ。俺じゃ二人の代わりにならないのは解ってる。俺は二人に比べて本当くだらない人間だし。情けなくて、甘ったれで。お前にいらないって言われても仕方がないような奴だけど。でも、俺に差し出せるものならなんでも差し出すから。俺にできることならなんでもするから。だから、二人を連れていかないでくれ。お願いだ。この通りだから。今までの事、お前に対する態度も全部謝る。すまなかった。本当に。悟史と悠太だけは。お願いします。お願いします。」

何をどうすればいいかわからなくて、ただひたすらに哲は凛に願っていた。膝をついて、頭を下げて、ただひたすらに二人を助けてくれと頼み続けた。それを見て悠太が可笑しそうに笑う。悟史が、お前じゃダメって言われたなら諦めろよと諭してくる。そして二人が凛に、どちらを連れていくか選べと迫り、凛がしれっと二人共いらないと呟いて、哲は自分の耳を疑った。

「だって二人共、哲のことばっか。そんな人達に嫌々一緒に来られてもわたし嬉しくない。それに皆信じてないけど、わたしは神様なんだよ。幽霊じゃない。だから成仏なんかしないし、あの世になんかいかない。もしいきたいと思ったとしても、わたしはそこにいくことはできない。わたしはそういう人の理から外れたところにいるんだから。」

そう目を伏せて自分の首にそっと手を当てながら言って、凛は悟史に視線を向けた。

「今日の朝ご飯。わたしのこと嫌いでも、わたしに怒ってても、ちゃんとわたしの分も作ってくれてるから許してあげる。だから皆でご飯にしよう。」

そんな凛の言葉に誰ということなく思わず何で?と声が漏れる。

「こんなのただの気まぐれで嫌がらせだよ。哲は態度悪いし偉そうだし。悠太はわたしに嫌なことするし。悟史は人にお願いしてきときながら二人の味方ばっかして、わたしにおやき作ってくれなかったし、楽しみにしてたのに。でも、ちゃんと願いは叶ったでしょ?」

そう言われて、悟史が言葉を詰まらせる。

「兄ちゃん、願い事かなったの?」

そう言って悠太が首を傾げる。

「ねぇ、兄ちゃんの願い事って結局なんだったの?」

その問いに凛が、家内円満と答えた。

「何をもって叶ったと言うのか、悟史の願いは曖昧で叶えにくいものだった。でも、長年の蟠りが解けて、皆スッキリしたでしょ?皆肩の荷が下りて楽になったでしょ?これで兄弟三人、これからは対等にちゃんと向き合って、支え合って生きていける。とりあえず、この家の中は家内円満。めでたし、めでたし。」

凛が無表情に感情の読み取れない声でそう言って、哲に近づく。

「本当に失いたくない大切なものが何かわかったなら。もう顔も思い出せない人の事なんて忘れて前を見るべきだよ。でも、幼い頃につけられた傷はなかなか癒えるものでもないから、特別に少しだけ力を貸してあげる。あなたがこれからをちゃんと生きていけるように少しだけ、あなたの呪縛を緩める手助けをしてあげる。」

そう言う凛に優しく頭に触れられて、哲は遠い過去に意識が飛んだ。自分の知らない光景が頭の中に流れ込む。そこに映し出されたのは、自分が母に望まれて生まれてきたという事実。そして、生まれてきたことを喜ばれ、愛されていた真実。

「与えられた言葉に惑わされてはいけないよ。もしあなたを授かったことを疎んだのならば、義男よしおの反対を押し切って、絶縁を受け入れてまであなたを生んだりしなかった。あなたが本当に憎かったなら、貧困に耐え、身をすり減らして働いてあなたを育てたりしなかった。心が弱りあなたに暴言を吐いてしまっても、いつでもちゃんと食事を用意し、あなたの身の回りに必要なものはちゃんと揃えて、自分に必要なものは後回しにしていた。それがどういうことなのか、今のあなたにはわかるでしょ?あなたが憎くて殺そうとしたんじゃない。どうにもならない状況にもう死ぬしかないと思った時、あなたを一人置いていくことが不安で一緒に連れていこうとしただけ。あなたはその時の事を悪い風に記憶を書き換えてるけど、本当は、あなたのお母さんは、泣きながら何度もあなたに謝って、謝って、謝りながら首を絞めて、でも、結局、あなたを殺すことはできなかった。気を失ったあなたにとどめを刺すことはできなかった。だから、義男にあなたの事を頼む遺書を書いて、一人でいくことにした。」

そう言う凛にそっと頭を抱き寄せられて、哲は拒否感から身がこわばって、でもそれになんとも言えない安心感のようなものを感じて胸が締め付けられた。

「怖がらなくて大丈夫。触れられることは怖くない。思い出して。こうして抱きしめられた時、あなたは確かに感じていたはず。自分が愛されていると、あなたは感じていた。これはそういう行為だよ。だからもう怖くない。これからは少しづつ良くなっていく。少しづつ慣れて、少しづつ大丈夫になって、いつかはあなたも誰かに寄り添えるようになる。想い合える誰かに触れて、ちゃんと・・・。今はまだ身体がそれを拒んでも、いつかはきっとそういう時がくる。あなたがそれを望むなら。」

そんな凛の静かな声が心に染みて、哲は涙を流した。何がどうというわけじゃない。苦しいわけでも、悲しいわけでも、嬉しいとかそんなわけでもない。でも、何かが胸の奥から溢れてきて、それが今まで蟠っていたものを溶かし押し流して自分の中から出ていっているように感じて、哲はそっと目を閉じて、凛が与えてくれる温もりに身をまかせることにした。そしてその心地よさに、自分はもう大丈夫だと思った。

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