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神様の願い事  作者: さき太
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第十一話

「もう耐えられない。あんたさえ生まれてこなければ、こんな事にはならなかったのに。」

そう言った母がどんな顔をしていたかもう覚えていない。ただ痛くて苦しくて、自分の首を絞める母の手を掴んでひたすらもがいていた。


ハッと目が覚めて、てつは嫌な夢を見たと思った。じんわりと全身を湿らす冷や汗が気持ち悪い。

ふと視線を感じそちらに目を向けると、自分の枕元に座るりんと目があって、哲は彼女を睨んでお前のせいかと呟いた。

「なんでもかんでも人のせいにして欲しくない。」

悠太ゆうたを懐柔してなんのつもりだ?あいつをどうするつもりなんだ。」

「貴方には関係ない。それに、貴方は分かってるはず。二人がここを離れないのは貴方のせい。貴方がいるから、二人もここを離れない。だから、二人に何かあったら貴方のせい。」

そう淡々と凛に返されて、哲はぐっと黙り込んだ。

「貴方がここに残るのは、自分はどうなってもいいと思ってるから。自分で死ぬ勇気もないくせに、死を望んで、誰かが自分の生を終わらせてくれることを求めてる。それは人でも災害でもなんでもいい。死が近づけばただ抵抗せずに受け入れて、自分に生を求める誰かも巻き添いにする。だから、貴方は人に不幸をもたらす。貴方は自分で人を不幸に導いている。貴方の大切な人達が不幸になるのは貴方のせい。全部本当に貴方のせい。」

「うるさい。」

「人を不幸にしてまで、自分に死をもたらしたいの?人を巻き添えにしなければ一人で死ぬこともできないの?そんなに母親に連れて逝って欲しかった?一緒に逝ってしまいたいほど、貴方は母親のことが好きだった?」

そう言いながら凛が自分の首に手を伸ばしてきて、哲はそれを振り払って起き上がった。

「うるさい。黙れ。お前だって、誰かに首を絞められたくせに。人に憎まれ恨まれて、縊り殺されたんだろう、お前は。」

そう凛を睨みつけて、彼女に怒りに沈む冷たい視線で睨み返されて、哲は背筋が寒くなった。

「わたしのコレを貴方と一緒にしないで。わたしの苦しみを貴方と一緒にしないで。わたしは一緒に逝きたかった。逝けるなら、一緒に逝きたかった。確かに、わたしも母に首を絞められた事がある。恨まれて、憎まれて、心底死を望まれて。でも、わたしはあのまま母に殺されていればなんて思った事はない。母の手で死にたかったなんて思ったことはない。わたしのこの首を絞める手は、母のものじゃない。ここにあるこの手は、わたしの愛しい人の手なんだ。大人になったら結婚しようと約束した。二人で手を取り合って生きて行こうと誓い合った。二人で築く幸せな未来を夢見てた。でも、わたし達にはそんな未来は訪れなかった。だから、一緒になれないなら、一緒に逝こうと願ったんだ。」

「嘘だ。お前の相手は村人たちに殺されたって・・・。」

「そうだよ。わたし達の心中はうまくいかなかった。わたしは生き延びて、あの人はわたしを置いて逝ってしまった。だからこれは、わたしの未練の証。あの人は迎えに行くから待ってろって言ってた。大人になったら迎えに来るって。わたしを幸せにする準備が出来たら迎えに来るって。少しでもわたしにあの人への気持ちが残ってるなら、諦めないでいてくれるって。絶対に連れ出して、幸せにしてくれるって。でも、もう絶対にわたしはあの人と一緒にいけない。一緒にもなれないし、一緒にあの世にいくこともできない。」

そう言いながら凛は、自分の首にある締められた手の跡を愛おしそうに撫でて、物憂げに目を伏せた。

「絶望に打ちひしがれて、わたしは村を呪ったの。村を呪って、わたしはわたしに絶望を与えた全ての命を奪った。そして旅の僧に封じられた。わたしの悲しみが深すぎて、僧はわたしを成仏させることが出来なかったから。だからわたしは、身体をバラバラにされて封じられた。わたしの魂が子供の姿であるように。まだ子供だからあの人は迎えに来ない。まだ子供だから・・・。そうやってわたしが思っていられるように。大人の姿に戻ってしまえば、また現実に打ちひしがれて、きっとわたしはこの世を呪ってしまうから。だから、わたしはずっとこの姿でいないといけないの。この姿でいて、この首につけられたあの人の跡に想いを馳せて、ずっとここで来ることはないあの人を待ってる。絶対に叶わないと分かっているのに、あの人と一緒になる事を願って、ずっとあの人を待ってるの。」

そう語って、凛は暗く沈んだ瞳で哲を見た。

「でも、そろそろ来ない人を待つのはやめようかと思う。独りじゃ寂しくてずっといけなかったけど、もういいかもしれないって。だって悠太ゆうたがね。わたしが望むならなんでもしてくれるって。わたしに殺されてもかまないって。わたしの気が晴れるなら、何をされてもかまわないって。だからね。あの人の代わりに、悠太についてきてもらうのもいいかもしれないなって思ったの。」

「やめろ。悠太を連れてくな。連れてくなら俺にしろ。」

「ヤダよ、死にたがりの人なんて。自分が死にたいからついてきたいなんて人、わたしは連れていきたくない。連れていくなら、ちゃんとわたしを想ってくれる人がいい。同情でも、わたしを想って、わたしと一緒にいてくれる人がいい。だから、悠太じゃなくて悟史さとしでもいいの。悟史なら、弟の代わりに自分を差し出すなんて簡単に出来るでしょ?そして代わりになったからには、わたしが納得していけるように、偽りでもちゃんとわたしを愛してくれる。だから、連れていくなら二人のどちらか。貴方は絶対連れてかない。それに貴方は女に触れられるのが怖いでしょ?そんな貴方じゃわたしのツレは務まらない。」

そう言う凛に抱きつくように首の後ろに手を回されて、哲は怖気が走って彼女を思わず突き飛ばした。ゼイゼイ荒く息をする哲を見て、凛がホラと不敵に笑う。

「こんな幼い姿のわたしでさえ、まともに抱きしめることすらできないくせに。そんなんでよく自分にしろなんて言えたね。本当に自分が悠太の代わりになれるなんて思ったの?本当に貴方でわたしが満足すると思ったの?貴方って本当に自分勝手。貴方の自分勝手さがいつも周りを不幸にする。ただ死を望むのではなく、本当に貴方にわたしと共にいく覚悟があったなら、貴方を選んであげても良かったのにね。貴方に何も覚悟がないから、二人のうちどちらかが死ぬ。貴方のせいだよ。悠太も悟史も優しい。でも、二人の優しさを貴方はずっと受け取らなかった。蔑ろにして、差し出してくれた手をとらなかった。だから、わたしが代わりにもらってもいいよね。貴方はいらないんだから、わたしがもらっていってもいいよね。これは全部、貴方のせいだよ。全部、貴方がずっと逃げてきたから。何とも向き合わず、ただひたすらに目を逸らして逃げてきたから。ねぇ、本当にお母さんと逝きたかった?本当にあの時死んでいた方が良かった?人生に絶望するくらい、貴方は不幸せだった?本当はただ寂しかっただけのくせに。捨てられるのが怖くて手を取れなかっただけのくせに。ただずっと二人に甘え続けて、二人を自分に縛り付けてただけのくせに。貴方みたいな人大嫌い。だから、本当に不幸になればいい。掛け替えのない人を失って、わたしみたいに絶望すればいい。」

そう言って笑いながら消えていく凛を眺め、哲はこれは俺のせいなのかと思った。俺があいつを怒らせたから。だからあいつは俺への報復の為に、二人のどちらかを道連れにしようとしてるのか。俺のせいで、悟史か悠太が殺される。そう考えると哲は絶望感に苛まされて、頭を抱え蹲り、声にならない声を出して嗚咽した。

二人との思い出が走馬灯のように駆け巡る。子供の頃からずっと側にいた。いつも側に二人の明るい笑い声が響いていた。二人に挟まれて、いつも、いつも俺は・・・。救われていたんだ。ずっと。家族の暖かさを感じていたんだ。本当は、ずっと、二人がいてくれることに安心していたんだ。それを認めてしまったら、二人が自分から離れていってしまう気がして怖かった。自分はもう大丈夫だと安心されてしまったら、もう二人は自分に興味がなくなってしまう気がして。失うのが怖くて触れられなかった。だからいつも邪険にしてしまった。そしたら、そのせいで・・・。そう考えて、哲は込み上げてくるものの大きさに耐えきれず、それを全部声として吐き出した。

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