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神様の願い事  作者: さき太
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第十話

「ねえ、りんちゃん。聞いてくれないかもしれないけど、聞いて。お願いだから、兄ちゃんのこともてつのことも許して。代わりに、俺、なんでもするから。本当に、凛ちゃんが望むことならなんだってする。だから、二人には何もしないで。二人を許してくれるなら、俺はどうなったっていいから。凛ちゃんの気の済むようにしてくれていいから。」

神棚の前に正座して、両方の手で拳を握り膝に起き、悠太ゆうたは神妙な面持ちで俯いて、凛に届いているかも分からないまま、彼女に向けて話し続けた。

「ごめんね。本当に。俺。凛ちゃんに酷いことばっかして。凛ちゃんの気持ちなんか考えないで自分達のことばっか。そりゃさ、仕方ないじゃん。凛ちゃんとは会ったばっかだし。凛ちゃんより、兄ちゃんや哲の方が大切なんて当たり前じゃない?だから、兄ちゃんが哲を庇うのも当たり前で。悪気があるわけじゃなくて。悪気がないからって、傷つけていいわけじゃないってわかってる。でも、兄ちゃんの事は許して。哲も、あんなんだけど、悪い奴じゃないんだ。俺にとったらあいつだって、大事な家族で。だから、お願い。全部、全部、俺が被るから。俺は、悪いことしたってわかってるから。本当に、凛ちゃんにごめんって思ってるから。ちゃんと、凛ちゃんに何されてもいいって覚悟も決めてきたから。殺されたって、何されたってかまわないから。だから、お願い。俺はだけにして。二人は助けて下さい。お願いします。」

そう言って土下座して、悠太はぎゅっと目を瞑った。

「どうしてそこまでするの?自分の命より、あの二人が大事?わたしに一度殺されて、わたしが本当に恐いくせに。自分はどうなってもいから二人を助けたいなんて、本当ワガママ。悠太を好きにしただけで、わたしの気がおさまるなんて思ってるの?」

人が現れた気配がして、頭上から静かな凛の声が降ってくる。

「ごめん。でも、俺、こんなことしか思いつかなくて。」

「悠太なんて嫌い。」

「ごめん。でも。絶対引けないから。だから。凛ちゃんが許してくれるまで、俺、死んでもここにいる。これで凛ちゃんを怒らせても。朝よりもっと酷い目にあっても。ずっと、絶対、ここにいる。そのせいで、俺もろとも皆死ぬことになっても。厄災が振りまかれる事になっても。俺はここから離れない。凛ちゃんが許してくれるまで、絶対、絶対に離れないから。」

「自分も周りも関係のない人までもが厄災にみまわれたとしても、それが哲のせいだと思われるより、自分のせいだって事にしたい。そんな自己満足の自己犠牲になんの意味があるの?悠太のそういうところが大嫌い。凄く目障りで、凄く迷惑。そんなものに巻き込まれた人は災難としかいいようがない。」

「うん。分かってる。それに、俺、凛ちゃんに凄く酷いことしてるって分かってて、今こうしてる。でも・・・。」

「誰を傷つけても哲を守りたい。人の攻撃対象を哲からそらしたい。本人が自分を責めたとしても、周りからは責めらなくてすむように。本人が自分自身を呪い続けても、周りが慰めてくれるように。悠太も優しい。本当は、人が傷付くと分かっていることを出来るような人じゃない。見知らぬ誰かを厄災に巻き込めるような人じゃない。なのに、哲のためにそれをする。哲のために、貴方と一緒にわたしに悪者になれって。それが嫌なら矛をおさめろって、悠太はわたしを脅してる。」

「ごめん。本当に。凛ちゃんに凄く酷いことしてるって自覚はあるんだ。脅してる自覚もある。こんな事が脅しになるくらい、凛ちゃんは本当は優しくて傷つきやすい人だって分ってる。分かっちゃったんだ。でも俺は。だから俺は。」

そう言って、悠太は涙をポロポロこぼしながら、ごめんねと繰り返した。

「それでも俺は。これ以上、自分のせいで人が不幸になるなんて、哲に思わせたくないんだ。自分がいるのが悪いなんて。自分なんて生きていない方がいいなんて、哲に思わせたくない。ごめんね。凛ちゃん。ごめん。本当。凛ちゃんを悪者にさせてごめん。凛ちゃんに罪をかぶせてごめん。兄ちゃんが哲を庇った時、凛ちゃんの味方になってあげなくてごめん。辛い思いさせてごめん。凛ちゃんが望まないことばっかして、本当にごめんなさい。だから、俺のことは許してくれなくていい。許してくれなくていいから。ごめんね。ごめん。ワガママで。どうしようもなくて。どうやって詫びたらいいか全然わからなくて。凛ちゃんにごめんって思ってるのに、でも、凛ちゃんに大切な人達が傷つけられるのが嫌で。それは許せなくて。でも、嫌なことされて怒るのなんて当たり前で、凛ちゃんはそんなに悪くないって分かってるのに。本当は哲が悪いって分かってるのに。哲を悪者にしたくないなんてさ。そんなワガママで凛ちゃんを悪者にして。酷いことして怒らせときながら、自分の大切なものを傷つけられるのが許せないなんて、凄く理不尽だって分かってる。分かってるけど。ごめん。ごめんね。」

そう泣き続ける悠太を見下ろして、凛は、悠太なんて本当に大っ嫌いと呟いた。

「わたしの封印を解かなければ、そうそう厄災が起こる事はない。だから、これ以上わたしの身体をあつめなければ何も起きない。物理的に殺す事は可能だけど、別に、そこまで言われてそれでも殺すなんて寝覚めの悪いことわざわざしたくないからしない。でも、悠太は嫌いだから、悠太に地味に嫌がらせはする。ソシャゲでガチャ回しても全部ドブとか。ゲームのセーブがうまくいかなくて、プレイ時間を無駄にするとか。箪笥の角に小指ぶつけるとか。外出ると鳥に落し物されるとか。シャワー出したらお湯が出てこないとか。靴を片方だけ狸にもっていかれるとか。」

「うわっ、それ本当に地味に嫌。そして結構堪えるんだけど。」

「新鮮なトマトをお供えしてくれたら、少しだけ機嫌なおしてあげでもいい。この村で採れた。大きくて真っ赤に熟れたやつ。二つ。ここじゃなくて、縁側に置いといて。」

「わかった。探してくる。」

そんなやりとりをして、悠太は涙を拭いて笑った。

「凛ちゃん、ありがとう。」

そう伝えると、凛はそれには何も答えずに、悠太の隣にちょこんと座った。

悟史さとしの願いが叶ったら、皆出て行って。二度とここには戻ってこないで。」

「まだ、兄ちゃんの願い叶えてくれるつもりだったの?」

「じゃないと哲が出ていかない。」

「あー、うん。今も兄ちゃんと大喧嘩中。二人して、帰れ、帰るぞの応酬してる。二人とも、凛ちゃんが本当に怖くなって、凛ちゃんがいるここにお互いをいさせたくないの。でも、哲は帰りたくないからさ。いや、帰りたくないというか、凛ちゃんに祟り殺されるなら、その方がいいと思ってるんじゃない、あいつ。」

そう言って、悠太は視線を落とした。

「どうせ凛ちゃんは分かってるんだよね。哲のこと。哲が何を抱えてるか。」

「母親に首を絞められて殺されかけた。生まれてきたことを呪われて。そして母親が亡くなった今も自分で自分を呪い続けてる。」

「うん。そう。哲は自分の母親に産まなきゃ良かったって、哲なんかできたから不幸になったんだって言われ続けて育って、最後は殺されかけたんだ。無理心中はかったみたいだけど、結局、哲は生き延びて、母親だけ死んじゃったんだって。哲の母さんは俺の父さんの妹だけど、俺は一回も会ったことない。それどころか、哲がうちに引き取られるまで、俺は叔母さんがいることも、従兄弟がいることも知らなかった。叔母さんは学生のうちに哲を身籠って、じーちゃんに勘当されてて。だから、うちではずっといないもの扱いで。そんな事情、じーちゃんが哲を引き取ることにしたのに文句タラタラだったうちの両親が、夜中にそのことで喧嘩してるのたまたま聞いて知ったんだぜ、俺。そこで、哲のこと疫病神だって、哲なんていなくなればいいって親が言ってるの聞いて、当時の俺は、うちの親が喧嘩してるのも家の中がギクシャクしてんのも全部哲のせいだって、哲のせいにして。哲に酷いことばっか言って、哲に酷いことばっかやって、哲のこと虐めてた。言い訳にしかならないけど、哲がうちに来た時、俺小一でさ。まだ小さくて。俺、全然何も分かってなくて。ただ、急に家にやってきた哲が気にくわなくて。兄ちゃんもばーちゃんも哲ばっか構うし、じーちゃんまで哲にはなんか優しくてさ。凄くイラついて。皆に優しくされてかまってもらってるくせに、ろくに返事もしない根暗で無愛想な哲が大っ嫌いだった。今でこそ悪態返してくるようになったけど、子供の頃の哲はさ、悪態すら返してこなかったの。ただじとっとこっち見てきて、それがまた気味悪くて、本当嫌いで。兄ちゃんにどんだけ叱られても、俺は頑として哲の事家族だなんて認めなかったし、本当、ずっと虐めてた。今思うと、俺、本当サイテー。俺さ、言っちゃったんだ、哲に。キャンプ行って、俺が哲に嫌がらせしたせいで、俺と哲が川に流される事になって。俺たち助けた兄ちゃんが足取られて川に流されて、頭打って意識不明で病院に運ばれてさ。兄ちゃんがこのまま死んだらどうしようって、そんなことばっか考えて、怖くて。自分のせいだって思ってたのに、大泣きしてる俺の横でいつも通り表情変えずに静かにしてるあいつ見たらさ、カッとなって当たっちゃって。俺、哲に、お前のせいだって言っちゃたんだ。父さん達も哲のこと疫病神だって言ってたって、哲がうちに来たから悪いんだって、哲がうちに来なければこんな事にはならなかったって。本当は俺が全部悪かったのに、そうやって哲のこと責めて追い詰めて。そしたら初めて哲が泣いたんだ。自分のせいだって。俺にずっとごめんって謝り続けて、自分が死ねば良かったって、母親に殺されかけた時、生き延びないでそのまま死んでればよかったって、自分なんかが生きてるから悪いんだって。殺してくれって縋り付かれて。スゲー怖かった。それで、自分がしたこと、メチャクチャ後悔した。後悔したけど遅かったんだ。俺があいつにしちゃったことはもう取り返しがつかなくて。頑張ったよ、この十年間。当時十歳だった俺がもう二十歳だからね。哲も二十二。兄ちゃんなんてもう、二十六だから。子供だった俺たちも、もう皆大人になった。でも、子供から大人になったのに、まだずっと引きずったまま。その間俺は、自分がしたこと取り返そうと必死だったよ。最初は謝って、謝って。こっちがこんだけ謝ってんだから許せよとか思ったりもしたけど、そういう事じゃないって分かって。あいつがいるからって不幸になんかならないって、あいつが一緒でも楽しいって主張したくて、ひたすらあいつに構って、ひっついて回ったりして。逃げたら追いかけて、独りにさせないようにしようって。訳わかんねーよ。どうしたらいいかなんてさ。でも、少しづつでもちゃんと心開いてくれてんのが分かるから。これ続けてればそのうちなんて思ってたのに、哲のやつ、スゲー遠くに逃げて独りになろうとしてさ。フザケンナよって、ここについてきて。別に哲がいるからって誰も不幸になんかならないから、哲も勝手に不幸にならないで欲しい。だから、前は俺が哲のせいにしたから、今度は俺が哲のしたこと被りたかった。俺なりに助けたかった。ごめんね、凛ちゃん。俺の贖罪に巻き込もうとして。ちょっとだけ、哲のトラウマ凛ちゃんに刺激されて腹たったのもあってさ。兄ちゃんも、それでカッとなったんだと思う。バレてたかもしれないけど。」

そんなことを語って、悠太は色々なものを誤魔化すように笑った。凛はそれに何もこたえず、考えの読み取れない顔でじっと黙り込んでいた。

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