第九話
家に戻ると、居間で悠太が凛とゲームをしていて。無表情で黙々とゲームをする凛に、悠太が一方的に楽しそうにちょっかいを出してる姿を見て、哲は顔を顰めた。
「あ、お帰り。ねぇ、聞いてよ。凛ちゃんマジやばいから。パズルゲー超強くてさ。決まったパターンで崩してくるから攻略法はすぐわかったんだけど、組むの早すぎで全然勝てないんだけど。これで、今日、生まれて初めてゲームしたんだからね。上手くなるの早すぎじゃない?本当、スゲー。」
二人の帰宅に気がついた悠太が顔を上げ、楽しそうに笑いながらそんなことを言ってきて、哲は、留守番してる間に何そいつと親睦深めてんだよと思って不機嫌になった。悟史といい、悠太といい、危機感なさ過ぎだろ。生きてない奴相手に気を許してんじゃねーよ、そいつがいつ牙を剥くかわかんないだろ、なんて思う。
「今から夕飯作るけど、凛ちゃん食べたいものとかある?」
悟史の言葉に凛が反応して顔を上げ、なんでもいいと答える。
「じゃあ、参考までに教えて欲しいんだけど。凛ちゃんって何が好き?」
そうきかれてトマトと呟く凛に、悠太がそれはただの食材じゃんと突っ込む。
「普通そこは料理名答えるとこじゃない?他には?」
「別にこれといって。食事はただの嗜好品。気まぐれで久しぶりに食べたくなったから作ってって言ってるだけで、何がいいとかない。嫌いなものはないから、作ってくれるなら何でもいい。」
「そうなんだ。でも、兄ちゃんにメニュー任せると、年寄り臭いものしか出てこないけどいいの?うち、両親共働きで、小さい頃はずっとばーちゃんが俺たちの面倒見てくれててさ。兄ちゃん、俺と違ってガチのばーちゃん子で、料理全般ばーちゃん仕込みだから。味覚も、ばーちゃんがいつも作ってたじーちゃん好みの和食が兄ちゃんも好きだからさ、普通に洋食も作れるくせに基本作らないからね、この人。兄ちゃんって、おやつにおやきとか作るような奴だからね。何も言わないと、渋いのしか出てこないよ、本当。」
「悠太。聞いてりゃ、お前、何人のことディスってんだよ。喧嘩売ってんのか?人の作るもんにケチつけるなら、お前のお菜、ピーマンのおかか和えオンリーにするぞ。でも、それだけだとタンパクがないからな、苦瓜の卵とじでもつけてやろうか?汁物は茗荷の味噌汁でいいよな。あと、豆ご飯も炊いてやってもいいぞ。」
「うわっ、兄ちゃんひでー。それもう俺の食えるもんないじゃん。ねぇ、凛ちゃん、ひどいと思わない?ちょっと自分の悪口言われてると思ったらこれだよ?人の嫌いなものオンリーで食卓埋めようとしてくんだよ?兄ちゃん、優しいのは見た目だけだから。騙されちゃだめだからね。」
「お前な・・・。」
「騙されないよ。わたしは神様だから。人の本質なんて見れば分かる。悟史は優しいよ。文句言われてもちゃんとご飯を作ってくれる。健康も考えてくれる。嫌がらせや腹いせで作るとしても、そこにちゃんと愛情はある。本当に食べられないようなものは出してこない。でしょ?悠太は悟史といつも小さなことで他愛もない喧嘩をして、本当はそのやり取りを楽しんでるだけ。いつもは哲を巻き込むところに今日はわたしを混ぜてみただけ。でも、それ、凄く迷惑。わたしが嫌がることしないって言ったのに、悠太の嘘つき。嫌な気持ちになったから、宣言通り地味に嫌がらせすることにする。これから暫く、小さな不幸の連続に悩まされればいい。」
感情の読み取れない表情と声音で淡々と凛にそう言われ、悠太はそんなーと情けない声をあげた。
「凛ちゃん、それはどうかご容赦を・・・。」
「ヤダ。もう決めた。悠太にどんな嫌がらせするか考えに行く。今日は皆とご飯食べない。悟史、わたしおやきが食べたい。中身は甘いのじゃなくてしょっぱいの。夕飯はいらない。後で神棚に供えておいて。」
そう言って立ち上がる凛を目で追って、悠太があれ?と小首を傾げる。
「凛ちゃん、なんか大きくなってない?全然気づかなかったけど、こう見ると顔つきも少し幼さが抜けたような気が。なんか、いつのまにか成長してるよね?小学校低学年くらいだったのが、高学年くらいになってるよね?」
そんな悠太の疑問に対し、凛は彼ではなく哲を威圧するように見据え口を開いた。
「哲がわたしの胴体を持ってきたから、わたしの封印が少し解けたんだよ。わたしという存在を目の前にしておきながら、呪いや祟りを軽んじて。それをここに持ち帰って何も起きないとでも思った?」
そう問われて哲は顔が少し強張ったが、でもそれに対し喧嘩腰に返した。
「俺を祟りたけりゃ祟ればいい。バラバラにされてるとはいえ、安置されてたものを持ち帰ってきたんだ。それに腹立てて俺を許せないって言うならさっさとそうしろよ。」
そう言われて凛が、別にこれ以上集めないならどうでもいいと素っ気なく言って哲から視線を逸らす。その態度が妙に癇に障って、哲は反射的に悪態を吐いていた。
「そんなに集められたくないって、集められると不都合なことでもあるのか?結局お前は、人に恐れられるような厄災を引き起こしたから封じられて、神様としてこの地に縛り付けられてるだけなんだろ。神棚もほっとかれて、信仰して拝むような奴もいなくて、それで何が神様だよ。お前なんか神様じゃなくてただの地縛霊だろ。お前が成仏できないのが封じられてるせいなら、そんなものから解放されてさっさとあの世にいった方がマシなんじゃないのか?」
哲のその言葉に、凛がカッとしたように再び彼を見据える。
「そうやってわたしを侮って、人の言葉に唆されて、何故それがなされたか深く考えもせずそれに手を出して。厄災が貴方だけに降りかかると思うな。ここにいるこの二人が死んだら、哲、貴方のせい。貴方の存在が二人を巻き込んで、二人を死に至らしめる。貴方のせいで厄災が引き起こされる。自分のせいで二人が死ぬのを、自分のせいで再びこの地がわたしに呪われるのを、貴方はその目で見るがいい。」
先ほどまでと比べものにならない程の怒気を含んだ、底冷えのする酷く冷たい声で凛にそう告げられて、哲の顔からさっと血の気が引いた。そして恐怖に細かく震え視線を落とす哲の肩を抱いて、悟史が信じるなと力強く声をかける。
「何が起きてもお前のせいじゃない。お前のせいで厄災が起きるんじゃない。起こすのはこいつだ。お前じゃない。」
そう言う悟史に睨みつけられて、凛は不敵に笑った。
「そうだよ。厄災を起こすのはわたしだ。だけど、わたしの機嫌を損ね、そのきっかけを作った哲には何も罪がないの?厄災の原因が哲には何もないと本気で思うの?」
そう言って姿が消えそうな雰囲気を醸し出した凛に、悠太が青ざめた顔で、震える声で、ごめんと呟いた。
「悠太、言ったよね。全部お見通しなんだよ。悠太は二人がわたしを怒らせて、二人が自分みたいにわたしに殺されるのを恐れてる。だから、なんとかわたしを宥めて二人を助けたいって?二人を助けるために、悠太はわたしに何を差し出せるの?自分は大して犠牲を払わず都合よく自分の願いだけ叶えてもらおうだなんて、人間ってつくづく自分勝手でどうしようもないものだね。自分達に都合の悪いものは全て悪。だから、結局は悪いのは全部わたしなんでしょ?」
そう静かに凛に指摘され、悠太はハッとして、苦しそうに顔をしかめギュッと拳を握りしめて、絞り出すようにまた、ごめんと言った。
「完全に忘れてるみたいだから思い出させてあげる。ついでに二人にも見せてあげる。今日、悠太に何が起こったか。悠太はわたしに殺されかけたんじゃないよ。本当は一回、わたしに殺された。悠太の魂があの世に逝ってしまうその前に、わたしは悠太の身体を元に戻して、その身体に魂をつなぎ直した。一回だけ。これは警告。次はない。次、そういうことがあれば、今度は全員まとめてそのままあの世に逝ってしまえ。わたしはもう助けない。」
凛のそんな言葉と共に、悠太の頭に激しい痛みが走った。そして意識が、今朝のあの出来事の時に戻る。
凛の起こした突風に悠太は吹き飛ばされた。そして追撃するように放たれた突風に乗り、舞い上がった石が、枝が、礫となって倒れた悠太に激しく襲いかかり身体中を痛みが走る。それでもなおもおさまらない激しい突風に、今度は大きな石も飛ばされ、太い木の枝さえも折れて飛ばされ。それらに襲われた悠太は、顔は潰れ、腹は貫かれ、全身見るも耐えない惨たらしい姿となって転がっていた。
その時の痛みが記憶と共に思い出されて、悠太は耐えきれず声にならない叫びをあげた。悠太の悲惨な最期をみた二人は、あまりにも衝撃的すぎるその光景に身動きが取れなくなり、ただ呆然と悠太の叫ぶのをききながら、凛が静かに消えていくのを眺めていた。