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神様の願い事  作者: さき太
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布団の中で微睡む自分の横に誰かが座る気配がして、てつは口を開いた。

りんか。」

返事はない。でも、独り身で面倒を見るものもいない年寄りの枕元に来るような奴なんて、それくらいしか思いつかなかった。

「俺はもう逝くのか?」

そう呟くと、そうだねと返事が聞こえて、哲は笑った。

「お前が迎えにきてくれたのか?」

「そんな訳ないでしょ。わたしはそういうものじゃない。」

「そうだったな。」

そう。彼女はそういうものじゃない。彼女はこの家にずっと居座っているただの神様だ。死神ではないから、人の魂を死後の世界に導いたりしないし、手を引いて連れていきたいと思ったとしてもそんなことできはしない。だから、彼女がお迎えであるなんてありえない。それはわかっているが、少しは人の冗談に乗ってきてもいいものを。まったく、冗談の通じない奴だ。そんな事を考えて哲は、じゃあ俺を見送りにでも来たのかときいた。

「哲が見送って欲しいなら、そうしてあげてもいいよ。」

凛が言う。

「哲は案外長生きだったから、悟史さとし悠太ゆうたももういないしね。ずっと独り身だったから、奥さんも子供もいないしね。家に篭りきりでろくに人と関わらないで。買い物ももっぱらネット。仕事も基本ネット経由。おかげで気にかけてくれる人が全然いない。看取ってくれる人は誰もいない。寂しくないの?」

「別に。俺は元々人嫌いの女嫌いなんだ。悟史も悠太も勝手に俺に構ってただけで。誰も気にかけてくれなんて頼んじゃいないのに、いつも勝手に押しかけてきて、勝手に人を連れ出して。迷惑だった。所帯を持ちたいなんて思った事もない。俺は独りでいいんだ。独りが良かったんだ。」

「嘘つき。」

「あぁ、嘘だよ。本当はそうやって過ごすのが楽しかった。昔から。ただ怖かったんだ。若かった頃の俺はずっと。誰かと一緒にいることが。誰かと心を通じ合わせることが。だから独りでいたかった。でも、いつだって独りにさせてはくれなかったな。爺ちゃんも、悟史も、悠太も。あいつらが居なくなったって、お前がずっと傍にいた。だから寂しくなんてなかったよ。俺は、寂しくなんてなかった。」

「哲は幸せだった?」

「幸せだったよ。お前はどうだ?お前の願いは見つかったのか?その願いはちゃんと叶ったのか?」

「叶ったよ。貴方が叶えてくれたから。」

「そうか。なら良かった。」

「後は哲だけだよ。願い事を叶えてないのは。悟史も悠太も願いを叶えたの。わたしももう十分。だからね。今度こそ哲の願い事を教えて。わたしがちゃんと叶えてあげるから。」

そんな凛の言葉を聞いて、哲はそっと目を閉じた。

凛は神様だ。叶えようと思えばなんだって叶えられる、正真正銘の神様だ。だからといって願えば何でも叶えてくれる訳でもない。気まぐれに人の前に姿を現し、気まぐれに人と戯れて、気まぐれに人の願いを叶えることもある。彼女はそんな存在。怒らすと恐い。そんな普通の神様。神様の普通なんて、彼女以外に神と言う存在を知らないからわからないが。彼女が神とはそういうものだと言っていたから、きっとそうなのだろう。彼女が神であるということも含め全部彼女の自称。だけど、確実に人ではない事だけは確かな、でも妙に人間臭い、自称神様、それが彼女。そんな彼女が願いを叶えてくれると言う。願えばきっと、本当に何でも叶えてくれるだろう。悟史も悠太も本当に叶えてもらった。でも、俺は・・・。

「悟史は仕事で成功して有名になる事で。悠太はメチャクチャ可愛い彼女ができて、そんな彼女と一生ラブラブで過ごすとかなんとか、そんなんだったっけな。」

そう口にして、哲は自分より先に旅立った懐かしい従兄弟たちの顔を思い浮かべた。二人とも願いを叶えてもらって、二人とも幸せに一生を過ごしたように思う。

元はと言えば、神様の願い事を叶えてやって欲しいという、祖父の荒唐無稽な遺言が始まりだった。そして祖父から相続したこの家で凛と出会った。出会ったばかりの頃の凛は頑なに自分の願いを教えなかった。でもそれを俺たちに打ち明けて・・・。凛に願いを叶えてもらうというのは、凛の願いを叶えてやったことへの報酬だった。たから、自分と一緒に彼女の願いを叶える為に頑張った二人は、それぞれ願いを叶えてもらった。後は俺だけ。それはわかってる。

「律儀な奴だな。俺の願いだけ叶えてないから、ずっと俺の傍にいたのか?こんな死にかけの年寄りに願いをきいてどうするんだよ。叶えてもらったところでもう先は長くないだろ。お前に願う事なんて何もないよ。」

「別に哲の願いだけ叶えてないからここにいるわけじゃないよ。知ってるくせに。むしろ、哲がずっとわたしの傍にいてくれたんでしょ。出て行こうと思えばいつだって哲はこの家を出て行けた。哲が出て行っていても別に、わたしは貴方を追って行ったりはしなかった。貴方がいなくなっても、わたしはずっとここにいた。本当に願いが何もないなら別にそれでもいいけど。でも、本当は、一つくらい何か叶えて欲しいことがあるんじゃないの?」

そう言われて哲は困ったような顔をした。

「ねぇ、哲。本当に誰とも添わなくて良かったの?誰とも恋仲にならず、ずっと一人で、こんなとこに引き篭もりきりで。別に誰かとそうはならなくても。悟史や悠太と一緒に街に戻って、人の中で過ごさなくても良かったの?だって、哲はもう、人がダメじゃなくなっていたでしょ。人と触れ合う事がダメじゃなくなっていたでしょ。なのに、なんでずっとここにいたの?なんでここに居続けていたの?」

「お前の為に居たんじゃない。全部、自分の為だ。俺がここに居たかった。お前の傍に居たかった。居心地が良かったんだ。本当に。俺が仕事してるとお前が覗きにきたりして。縁側に腰を下ろして花を見て、月を見て、そうしてると時々ふらっとお前が横にいたりして。たまに、食べようと思ってた団子をお前にとられたりもして。仕事の手が進まなくて庭に目をやると、そこに立って切なそうに何処か遠くを見ているお前が見える時があって。誰のこと考えてんだろうなって思うと俺まで切なくなってきて。時々、人の書いたものを楽しそうに読んでるお前がいて。お前の好きなもの置いとけば出てくるかな、なんて思ってると、いつのまにか物だけ取られてて。姿が見えなくても鼻歌が聞こえてくる時があって。なんか楽しそうにしてるなって。そんなこと考えて過ごすのが、案外楽しかった。元々人が苦手だし、沢山人がいるところで過ごすより、こういう生活の方が性に合ってたんだ。俺は本当に幸せだったよ。お前が居てくれて、幸せだった。他には別にいらなかったんだ。結局、お前の本当の願いを聞き出せなかったし、それを俺が叶えてやったと言われても実感は湧かないが。でも、ちゃんと叶えてやれたなら俺は満足だ。本当にもう、俺が願う事なんてなにもないよ。」

そう。俺が願う事なんて何もない。強いて言うならば、このまま凛に看取られて最後を迎えたい。最後だけ、その姿をずっと現したままで俺に寄り添っていて欲しい。でもそれは、きっと言わなくても叶えてくれると信じてる。

「哲。わたし嘘をついたよ。本当は、悟史と悠太の願いをわたしは叶えてあげてない。悟史と悠太が本当にわたしに願ったのはね、哲が思ってるような事じゃないんだよ。二人共、最初わたしに同じことを願ったの。でもね、哲が人のための願いなんて本当の願いじゃないって言うから。自分の為の願い事じゃなきゃ、願いを叶えてやった事にならないって言うから。だからね。わたし、二人にそれ以外に何かないかきいたの。それが哲が、二人がわたしに叶えてもらったと思ってる願いだよ。それにその二つ目の願い事だって、わたしはちょっと運が向くように力をかしただけで、何もないところから丸々叶えてあげたんじゃない。だから、二人の願いが叶って二人が幸せな人生を送ったなら、それは本人達の努力の賜物なんだ。だからわたしは、二人の願い事を叶えてあげてないの。二人が本当にわたしに願ったのはね。哲。貴方の幸せ。そして、貴方がずっと独りぼっちにならない事だったんだよ。」

それを聞いて哲は胸が詰まって、今はいない従兄弟たちを偲んだ。

「哲。本当に何もない?本当に一点の悔いもなく充実した幸せな人生だった?わたしはちゃんと悟史や悠太の願いを叶えてあげられたの?」

そうきかれて哲はすぐに答えられなかった。今でも十分幸せだった。俺だって十分幸せな人生を送った。でも、一点の悔いもないかと言われたら、ないとは言えなかった。叶えばいいと思う事がないわけじゃない。でもそれは絶対に叶わない願いだから、口には出したくないと思う。

「ねぇ。もしあるのなら、叶わないと思っても口に出して。哲。哲はずっとわたしに何も願わなかった。ただ傍にいて、傍にいることを許してくれた。哲がわたしの心を助けてくれた。わたしの痛みを癒してくれた。皆がわたしの願いを叶えてくれたあの時、わたしは貴方の優しさを酷く拒絶してしまったのに・・・。」

「なぁ、凛。贖罪ならいらない。俺だって、初めは随分とお前に酷い態度をとっていた。お互い様だ。お互い様だから、気にするな。分かってる。」

「違うの哲。ずっと貴方の傍にいて。楽しかったのはわたしの方。貴方の傍が居心地が良くて、幸せだったのはわたしの方なの。貴方といられて幸せだった。わたしは貴方の事が好きだった。好きになってた。だから一つくらい、貴方が逝く前に一つくらい願いを叶えてあげたいの。わたしができることなんてそれくらいしかないんだから。」

そんな切実な凛の声を聞いて、哲は笑った。

なんだ。叶わないと思ってた願いは、もうとっくに叶ってたんだな。俺が手を伸ばせばもう届くところにあったんだな。そう思うと哲は笑うしかなかった。

「なら凛。俺が死んだら、俺をずっとお前の傍に置いておいてくれないか?」

凛が驚いたのが気配でわかる。

「俺もお前が好きなんだ。たから、な。」

絶対に叶わないと思っていた。自分のこんな想いなど、彼女に届くはずがないと思っていた。昔、彼女に酷く拒絶され、彼女は人と深く関わる気はないのだと思っていたから。いや、なかったから今まで彼女も口にしなかったのだろう。いつから自分を想ってくれていたのか分からない。自分はずっとそういう想いで彼女の姿を求め、ずっと見つめていたというのに。彼女が自分に気があるなんて、そんな素振りを一度も感じたことはなかった。でも、それもお互い様か。自分がそんな想いでいると知ったら二度と彼女は姿を現してくれない、そう思って、自分もずっと隠してきた。彼女に何も願わず、何も求めず、ただずっと傍にいた。出会った始めの頃に彼女が、哲はわたしに何も願わないから哲の傍が一番居心地がいいと言っていたから。だからずっと彼女にとって居心地良い場所であり続けることだけを考えてきた。ただそこに彼女がいてくれることをだけを望んで。

「じゃあもう暫く、わたしは人の世に留まることになるね。」

凛が呟く。

「哲が死んだら。貴方の魂をわたしの傍に置いてあげる。でも、神の世には連れて行かない。神の世に連れて行けば、哲もまた、わたしと同じように人の理から外れた存在になっちゃうから。ずっと傍に置くなんて約束しない。貴方といることに飽きたら、わたしは貴方の手を放す。だからその時は、哲はちゃんと人の理に沿って輪廻の流れに乗って、全てを忘れて新しい命として誕生すれば良い。新しい生で、沢山、沢山、幸せになれば良い。」

それを聞いて哲は、飽きられないように努力するよと言って笑った。

わかってる。凛の言うそれは俺のためなんだろ。永遠という時に俺が耐えられなくなった時、俺が逃げれるように逃げ道を作ってくれてるんだろ。まったく、素直じゃない。でも、こんな素直じゃないお人好しの神様が俺は愛しいと思ってる。だから、この先はずっと・・・。

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