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瀬戸秀人シリーズ  作者: n
3/3

瀬戸秀人と親友の望月君

本編の主人公、鋳鶴と未登場のキャラクターの絡みが主な部分となっています!

まだ本編でも出てないキャラクターが独り歩きしてしまった結果。こんなことに……。

今回はその独り歩きした結果、瀬戸先生のライバルキャラの様な存在も出てきます!今回も約40000字のボリュームでお送りします!

 僕のことを知っていようが知らなかろうが関係ないが、僕の名前は瀬戸(せと)秀人(ひでひと)、身長一八六センチ、体重六八キロ、二十一歳の漫画家兼小説家だ。

 好きなものは正直な人間と甘すぎない食べ物、嫌いなものは僕が面倒だと思ってしまうような人間とこっぴどく苦い食べ物だ。

 特技は勿論、絵を描くこととそれなりな文章を考えること。

 普通の人に話せない秘密があるとすれば、僕は魔法のペンという魔法の武器を所持している。

 空間そのものに描けば、それが立体化して僕の代理に戦闘を行わせることや人命救助をする事も出来る。加えて物体に描けば、物体の物質を基盤として生物を創造することが出来る。

 コンクリートの塊に虎を描けば、コンクリート状の虎となり、人語で会話したり、描いたものによって性格が変わるなどがある。まだ全てを使いこさせないため、性格に難がある動物を描いてしまうことがある。

 現代では、そういった魔法という物が世界に跋扈していて僕の扱える魔法以外にも善し悪し様々だが、世界情勢に限らず、経済や環境などを支えている物の一つだろう。

 魔法に負けじと、科学や機械などの技術も進んでいる。かつて魔法側と科学、機械側に分裂し、世界大戦にまで発展したこともあったが、今は両者手を取り合い、世界平和を約束している。

 そんな僕は週刊少年ジャンヌという雑誌で連載を抱えている作品、サーフィスの話があると言われ、仕事場からわざわざ電車に乗って東京に訪れていた。


◇◇◇


 私は、殺人をする。

だが、血に飢えている。という訳ではない。

 人を殺害し、私の趣向に沿ったある行いをする事により、脳内麻薬を分泌し、多幸感を得る。私は人を殺害するという非人道的且つ、非道徳的な行為を周期的にしなければ、床に伏してしまう病にでも侵されているのか、私自身には到底理解出来ない。

 何故、殺人というまるっきり意味のない行動を起こすのか、と問われたら、私はただ、殺人という全くもって無益な行動が、私の趣味に繋がり、殺人とその趣味が、私にとっての至上の喜びを得る瞬間であり、快楽を得る瞬間であり、自分がこの世に生を受け、人生を謳歌している。という事を理解出来るからだ。

 私にとってはそれが殺人なだけであり、それ以外は他者と人間という点では相違が無い。

 こうして自分の言葉を連ねておくと、私は自分という存在が何者なのかを見失わずに済むので、これから私の殺人記録を日記として書き留める事にしよう。


                               黒田(くろだ) (よし)(たか)


◇◇◇


「それで、僕を呼びだしてどうしたんですか? 編集長」

 日本の首都、東京。その中心部付近に聳えたつ、褐色の円柱型ビル。刊少年ジャンヌなど様々な漫画雑誌の編集者にして日本一のシェアを誇る会社、集講(しゅうこう)小社(しょうしゃ)の三十六階の一室にて僕は、普段着用しているブランド物の服装で三人掛けのソファに腰掛け、檜で作られた華美な長机の向こうで社長椅子に腰かけたある人からの返答を待っていた。

 その人は少々気難しい性格をしていて、僕自身、あまり相手をするのが得意な人間ではない。が、連載を持たせてもらっている会社の編集長の下に窺うのだ。流石にこの僕、瀬戸秀人といえ、周囲から変と言われてしまう私服ではなくスーツぐらいは拵える。

「よく来てくれた」

 日本一の漫画雑誌シェアを誇る集講小社編集長、長谷川(はせがわ)()(あや)。年齢は非公開、既婚か否かも非公開、勇逸開示されている情報と言えば、性別が女性というところぐらいだ。

彼女は売れている作家にはとことん厳しく、売れていない作家には激励の言葉や鼓舞するために自らの懐から大枚をはたき食事に連れて行く程、懐が深い人間である。

売れている作家にはむしろそれは必要ないという考えなのだと僕は思う。

 かくいう僕も作家として大成した今だからこそ彼女と食事に行く機会などは減少したが、年末年始には必ず彼女の元へ顔を出す。年末年始以外の彼女で僕は私服というものを目にしない。誰よりも早く出勤し、誰よりも遅く退勤する彼女にプライベートの時間などほぼほぼ無い。

「それで真綾さん。僕を呼びだすとはどうかしたのか? それに作品について直接意見するのなら此処ではなく、僕の自宅に来てほしいものだが」

「君は本当に変わらないな。変貌しないというか、なんというか」

「それは、僕を貶していると受け取っても?」

「ふふっ、そうじゃないさ。君はいつもそうだから、たまには私の前で明るい君も見せてほしいと思ってね」

 あまり笑顔を見せない人ではないが、鮮やかな微笑を見せられては僕の思考が働いてしまう。誰かが僕の情報か何かを彼女に通達しているなと。

 大方、検討はついているというか、それしかないというか。

鹿取(かとり)君ですか」

「当たり前じゃないか、鹿取からいつも君の話は聞いているよ。まるで彼氏の話を意気揚々と語る初々しい乙女のようだ」

「あまりよろしい表現とは言えませんよ」

「言えるさ。君が数少ない友達に会う時にそうなるんだろう? 名は、望月鋳鶴君。だったかな」

「そこまで知られているとは……」

「私は編集長だからな。自社の人間の交友関係ぐらいは既知しておかねばね」

「それで、僕を呼びだした理由は?」

 彼女は顎に手を当て、僕を見つめる。

含みのある視線と言うか、相変わらず何を考えているか分からないと言うか。

「君を呼び出した理由は他でもない。多忙極まる君を此処まで呼びつけたのにはちゃんとした理由があってね」

「ですからそれを早く……」

「ちーっす、まやさん、俺に何用だ?」

「よく来てくれたな。獅子(しし)(じょう)

 僕と編集長の眼前に現れたのは、獅子(しし)(じょう)()()と呼ばれる男。ペンネームではなく、彼の本名である。勿論、僕は彼の事を知っている。知りたくもないのに名を覚えたという矛盾を抱えてはいるが。

「げぇっ! 秀人!」

「久々に顔を合わせた相手にいきなりげぇっ! と言われるとは心外だな」

「うるせぇ! まやさん! どうして秀人が居るって言ってくれなかったんだよ!」

「私が君に秀人が来ると言えば、君は来なかっただろう?」

「確かにそうですけど! でもこんなのはあんまりだ!」

 獅子城が我儘を言う子どもの様に吠え散らかす。まさにその名の通り、獅子の様な雄叫びだ。

「あんまりなどとはなんだ。好き勝手に言うがいい。私は君らを雇っている会社側の人間だ。それにいつも君らの自由は保障しているだろう? 監禁して漫画や絵本を制作させているわけじゃあるまいし」

「確かにそうですけど、秀人と協力して何かを達成しろなんて俺に無理ですよ! まやさんだって知ってますよね!?」

「知っているさ。でも意外といいコンビになると思うんだがなぁ。天才漫画家兼小説家と天才童話作家のコンビだぞ? 素晴らしいじゃないか」

「でも両方とも性格に難ありですよ」

「よく言った獅子城、僕も概ね同意だ」

 獅子城と同意してしまうとは僕もいよいよ作家として才能が枯れ朽ちてしまったのだと思うと背筋が凍る。

しかし、僕と獅子城の性格は一癖も二癖もある。勿論、僕は獅子城なんかより人間としては出来ていると思うが。

獅子城は六人兄弟の長男で両親が居ない。

彼の両親は僕と獅子城が中学生の時に起きた世界の大戦で亡くなっている。内容は実にくだらない戦争だったが、今はそれを思い出している場合じゃない。真綾さんの話に耳を傾けよう。

「君らの本職と全然接点の無い依頼なんだがな」

「そんな事を僕らにどうして依頼するんです? 依頼に合わせた専門家に任せればいいでしょうに」

 真綾さんは、溜息を吐いて額に手を当て、僕と獅子城を見つめる。

「秀人はともかく、俺はそんなに賢くないんでまやさんの持ってくる様な依頼は向かないと思いますよ?」

「いや、君は私が持ってきた依頼の肉体面で働いてもらいたい。肉体面に関して秀人は犬よりも弱いからね」

 全く持ってその通り、とは言いたくないが、真綾さんの言い文は概ね正しい。

僕は運動神経が乏しく、生まれてこの方、学校成績の体育で一以上を取得したことがない小学校の成績でも体育は全ての項目で三角を習得する徹底ぶりだ。

 その点、獅子城は童話作家という職業ながら、見た目は青髪に両耳合わせてピアスが六つ、どう見ても不良と呼称される人間の風貌に、童話作家たる彼には似使わない鍛え上げられた肉体。

 僕も身長は彼とそこまで変わらないのだが、彼の方が肩幅も筋肉量もある。

 彼の童話作家が好きな子どもたちに彼の姿を見せたらどうなるのだろうと考えてしまうことがある。

 とても女性的な作品と言ってしまえば偏見だと思うが、彼の童話にはお菓子や可愛らしい動物が良く出て、男児向けというか女児向けと言われる方が正しい。

「二人とも、私の頼みを聞いてくれるかな?」

「俺たちでしか出来ないならそうするしかないでしょ」

「他ならぬ真綾さんの頼みだ。僕も協力させていただこう」

 その後も話は続き、僕は依頼内容で驚愕の真実を知ることになる。


◇◇◇


不思議な男に出会った。

何ものか分からない生物の頭蓋を無理矢理にでも嵌め込んだのか、不格好な兜を装着し、全身の服装は黒一色。腰には、月明かりに照らすと月明かりを反射してしまう程、水に濡れているかの様に美しい太刀を携え、その剣は一度、魅入ってしまったら吸い込まれてしまいそうなぐらい禍々しい雰囲気を放っていた。

その男と接しての感想は、人の形状を保っているだけの人形、そう言うのが正しいだろう。

何故なら「彼」を目の当たりにして私は人と会話をしている気には到底なりえなかった。

人語で会話はしている。何故なら彼は私に魔術というものを授けたからだ。その魔術は後日、此処に記すとして、私という殺人鬼に何故、それを授けたのかは理解できないが、私は新品の玩具を手にした子どもの様に、私の趣味に合う人間を一人、殺害した。

非常に腕の綺麗な女性だった。

                              黒田 義隆


◇◇◇


「まさかな……」

「お前の同級生なんだろ? まさか秀人の同級生とはな」

「そんなはずはない。そんなはずはないと思いたい」

 内容は僕のかつての同級生が殺人や人攫いを行っているとの内容だった。小学生だけが一緒で中学生から疎遠になっていったが、その彼はとても優秀な人材だった。僕の中では少なくとも殺人などをするような人ではない。

 名は黒田(くろだ)(よし)(たか)。成績はクラスでも真ん中ぐらいだったろう。スポーツも僕に比べればこなせていた。しかし、クラスで目立つこともなく、僕自身も一年おきに同じクラスだった程度の思い出しかもう残っていない。とはいえ、かつての同級生が狂人に成り果てたのなら僕は容赦なく彼を法で裁かなければ。

「でもどうして」

「人って奴は変わっちまうもんだから」

「いや、本当にそんな人じゃない。少なくとも小学生までは……」

「だから言ってるだろ。人は変わるんだ。遅かれ早かれ秀人、お前の友達が殺人鬼になったとしてそれを捕まえるのが俺たちの仕事だ」

 真綾さんは言っていた。

『君らにする依頼ではないと思うが、どうしてもと私も念を押されてね。日本の警察に頼んだところで、犯人はどうやら特殊な魔術を扱うらしい。どうも魔法は使用すれば痕跡が残る代物なのだがね。その痕跡を残さず人を殺すらしい』

 そう言って真綾さんは僕らに微笑みながら会社の玄関まで見送りをしてくれた。確かに、現代の技術なら魔術を使用した場合、そこに魔力の痕跡が残る。

 人が物を手で触れればそこに指紋が付着するように、一般人には見る事は不可能だとしても魔術を用いた刑事事件を担当する世界魔術機構だが、そんな名前の組織が魔術の痕跡から犯人を特定して逮捕する。

 それがその組織の連中なのだが、真綾さんの話によれば組織に魔術を行使した殺人が確証出来ないとなればそれは大問題であり、国際的、または国家の問題にまで陥ることもあるそうだ。

 良い例として挙げたくはないのだが、この世に未だ現存する魔族という種族だけは、人間の魔術と違い、痕跡を残さぬままそれを行使することを可能としている。

 加えて扱う魔術が多様、尚且つ、人間が十年修行を積めば会得できるだろう大魔術と呼ばれる魔術を人間でいう青年ぐらいの年齢で完璧に扱うことが可能。

それだけでも末恐ろしい存在なのだが、どうも人間に相容れない種族なため度々、戦争が勃発してしまう。

 そして魔族の中にも人間のように将や戦術家というのも確認されており、その中でもこの世を騒がす大罪人、正確に言えば人ではないのかもしれないが、「ノーフェイス」と呼ばれる大罪人がこの世に存在し、昼夜問わず人間を殺害しているという噂がある。

 数百年前から彼の存在は世界に認知され、世界中の誰もが知る大罪魔族として教科書にも載る。

 僕自身、確証は無いが、かつて彼に酷似した者と対峙した事があった。

 あれは中学生の頃、高校への進学ではなく、漫画家の道を志望していた僕は、作品を出版社に持ち込み、編集の人に酷評された。

 そんな憂鬱な日の帰り道、僕は彼に出会ったのだ。


◇◇◇


 実家は田舎にあった。

 その日は、休日なのにも関わらず、全国的に冬将軍が現れたと気象予報士が発する程に厳寒な日だった。

朝、家から一歩外に踏み出せば、凍えてしまいそうに成る程の厳寒。

そんな日に、僕はとある漫画雑誌の出版社に赴き、自分が作成した作品の内容を酷評され、暗鬱な気持ちで自宅への帰路を辿っていた。

「今日も……、どうして駄目だったんだ」

 当時の僕は、漫画家になる素養が不足していた。

画力が、ではなく、物語を構成するにあたり、その時代の雰囲気に合った作品作りをしない。

 それが当時の瀬戸秀人の作風だった。

 少年誌を出版する会社に、この作品を掲載してください。と意気揚々と持ち込むにはあまりにも内容が辺鄙で薄暗い物しか書かない。

 会社に求めた人材の内容に該当する人間ならば、即採用だろう。これは漫画だけではなく、様々な会社でも当然の事である。しかし、求めた内容にも該当せず、社風を搔き乱す様な内容を漫画として描く漫画家を会社は雇用契約をするわけがない。

 そして僕は慌てていた。自分は中学三年生という義務教育最後の年、ある意味最後の機会だった。

 田舎の自宅ではバス停から家までの距離は徒歩二十分程、冬将軍のせいにするのも悪いが、僕の体は冷え切っている。

 中学生の僕には友達と呼べるような存在が何処にも居ない。小学生の頃には友達と呼べる様な人物は居たのだが、その子とは疎遠になってしまい、自然と連絡することなども無くなっていた。

「やっぱり明るい物語を書かなきゃ駄目か」

 今となっては反骨心の塊とか呼称される僕だが、この頃は多感な時期という事もあってどうなるべきか考えていた。

 長い物には巻かれよ。という言葉も存在する。

長い物に巻かれて漫画を描くなんて真っ平御免。と、今なら言えるが、その頃の僕はただただ苦悩することしかできなかった。

 次の作品はどうすべきか。

 どうしたら漫画家になれるのだろうか。

 という考えを巡らせながらいつもの帰り道を辿るのだから、家に着くのはすぐだろうと今なら思える。

 自宅と駅の間には殆ど目立つ建物や商店もなく、家と駅の丁度真ん中程の距離に公園があるぐらいだった。

 田舎にはまだコンビニが出店するのも珍しい時代で、明かりも殆ど無い。

 それこそ、公園の街灯のみと言えるぐらいに道は真っ暗だ。

「ん?」

 家と駅の丁度、真ん中辺り、いつも横目に見える公園、ジャングルジムと滑り台と、三つに連結した鉄棒、幼児たちが跨いで入る砂場、いつもと何も変わりようの無い風景。

 僕にはそう映っていた。公園の表札を通り過ぎるまでは。

「こんな寒空の下、俯きながら何をぶつぶつと、言の葉を連ねる」

 僕は幻聴が耳に入ったのかと思い、聞こえた男の声を無視して取りすぎようとする。が、男の声は目の前に立ちはだかる。

「僕は急いで家に帰らなければならないので、用が無ければ道を開けてほしいのですが」

「私は、君を知っている」

「は、はぁ……」

 暗くて相手の姿見は分からない。そもそもこんな極寒の寒風が吹き荒ぶ日にどうして公園に居るのだろう。暗くて相手の姿が見えない理由はすぐに理解できた。相手は黒い被り物付きの法衣でも着用しているのだろう。ただ、暗くて殆ど相手の事は分からなくても一つ言えるのは、相手からは何故か生気を感じられなかった。

 魔族か、はたまた物の怪の類か、その頃の僕はまだ知識量も少なかったからそう思っていたのを覚えている。

「知っているからどうした? という顔をしている」

「いきなり知らない奴に声を掛けられて、私は君を知っているなんて言われても反応に困るだけですよね?」

「君は非常に好奇心旺盛な人間だから私の様な者を見かければすかさず所在などと聞くと思ったんだが、私の見当違いだったかね?」

「見当違いではないけれど、今の僕は虫の居所が悪いんですよ」

「そう言うな、君は私の事を知らないのか?」

「知るも何も、顔も見えない相手の事なんてわかるはずがない。ましてや声もテレビショーに出てくる犯罪者みたいな声色をしているんだ。知っている相手だとしても分かるはずがないだろう?」

「私を前に軽々しく言ってくれるな。流石は瀬戸秀人、と言った所か」

「まさか名前までちゃんと知っているとはな。どうやら嘘ではないようだ」

「嘘はつかんよ」

 先ほどまで月を覆っていた雲が彼の嬉々とした声色が発された瞬間と共に月から退いていく、そうしてようやく、彼の兜が見えた。

 何の生物か分からない頭蓋を鎧に嵌め込み、全身は黒というよりは漆黒の装い、腰に携えた太刀すら漆黒である。

 視認するだけでわかる。この世の金属で製造されていない、禍々しい気の様なものを放っている。

 誰かから聞いたことがあった。または、授業で習ったのかもしれない。

彼は恐らく、生ける者すべてを殺めんとする者、人類史上最大の敵の一体。

 その名を、ノーフェイスと言う。

 数百年前から人類の敵、魔族をまとめ上げる者の一角として戦場に赴き、数多の屍で出来た山を築き、人類を震え上がらせて来た魔族の一体。

 先ほどの太刀は彼の象徴的武装の一つ、あの太刀は一振りで山を割断し、海さえも引き裂くと言われている。

 加えて、魔族らしいと言えばそうなのだが、魔術の扱いにも長け、またこれにも彼の象徴たるものを使用している。

 太古の魔術の一つに数えられる複製魔法、あらゆる神器、武器、機械を複製し、それを自分の所有物として扱い、無限に製造できるというもの。

 ただし、生物や食べ物などは複製できず、悪魔で人工物というものが多い。

 そのため、彼と対峙し、唯一生き残って帰還した望月三十郎氏はこう言い残している。

『あいつの魔術は人間には到底扱えるものではない。現代人が到達するには寿命の全てを捧げたとして不可能だろう』

 と言い残している。

本名は誰も知らず、兜の下に隠れた顔を見た者も存在しない。

故に、別の名なのだろうけど人類は口を揃えて彼の様な見た目の者をノーフェイスと呼称し、忌み嫌うのだ。

「お前は……!」

「私の名を言うか」

「言ったら死ぬとか、周りの人が殺されるとか聞いたことはある」

 ノーフェイスの名は呪詛そのもという噂まであるほどだ。警戒して損はない。

「私にその気があったのなら、先ほどの会話が終わる前に君を殺してるさ。人を殺しはするが、嫌いではない」

「お前は大罪人だろ?」

「私は人ではない。生きてはいるがね」

「人型の魔族、ということか?」

「そういう事で構わない」

 僕は彼から距離を取っている事に気付く、特に気圧されることはなかったはずだ。変に殺気を感じたわけでも無い。

 人としての生存本能が僕の体を奴から遠ざけたのだ。

「そう(おのの)くな。私は君を殺すつもりはない。君を今、殺したとして私に何の利益があるというのかね」

「自分の趣味ってやつだろ? それで僕を殺すんじゃないのか」

「言っているだろう。殺さないと、何度言わせれば気が済む」

 そういって彼と僕は距離を離したまま、会話を続ける。

「どうして君は大罪人になったんだ」

「どうもこうも、私は魔族だ。魔族というだけで人類の敵、根絶やしにするべき種族だ。少なくとも人間たちは皆、私を殺しにくる。それも死に物狂いで」

「でもお前は、殺し続けた」

「あぁ、そうするしか私は生き残っていけなかった」

「他に何か方法はなかったのか?」

「無理だ」

 彼はきっぱりとそう言った。

「私自身、殺したくない人間。という者たちも居た。だが、殺すしかなかった。そうしなければ私が殺されてしまうだろう?」

「お前……」

「私が壊れていると思うか? 君の人生がどのような事までは私は知らない。しかし、君には分かるか? 殺したくない。と心の中でいくら思おうが、私のこれまでの過程が許容しない」

「今の僕は、君と戦う術はないし、そんな勇気もない」

 僕は一歩、勇気を出して歩を進める。

 殺されるかもしれない。彼の気分を害した途端にその結果が待ち受けているのは十分わかっている。

「僕は、漫画家になるという夢がある」

「ほう」

「ノーフェイス、お前は壊れてない。と言いたくないけれど、僕はお前を壊れてないと思う。確かに、それは間違った考えだ。間違った行いだ。けどそれが君の中の正義であり、君のすべきことなんだろう?」

「今の私には人を殺す。という事柄でしか、自分の存在意義を見いだせない。そんな私を君は壊れていないと言うか、人間という存在の観点で、私をそう評価する人間を見るのは二人目だ」

「二人? 僕以外にもいるのか」

「居た。厳密に言えば、居る。今も私と凌ぎを削る老剣士だ」

 老剣士、彼の言うそれは、恐らく僕でも知っている望月三十郎という剣士だろう。

人類史上最強と謳われる剣の腕、鈍ら刀でも魔族を容易く切り裂き、剣でなくともあらゆる武具を使いこなす達人、五十年前から一線で魔族と人類が衝突した人魔大戦と呼ばれる世界大戦で、彼は颯爽と戦場に現れ、猛々しく魔族を片っ端から殺していくという。

「望月三十郎さんか?」

「あぁ、あの御仁は私の剣に恐れず、嬉々として戦う。まるで戦闘狂の様な男だった。性格に言えば狂戦士と呼称されてもおかしくないだろう。そう思わせるほど、我々の同胞を殺害、いや、殺戮か」

「あの人が……? だが、彼は殺すだけの剣は嫌った筈」

「君は知らないと思うが、あの御仁は私を打倒するために全てを擲った。人生、命、財産、何もかもを捨て私と同等に並び立った。しかしだ。御仁は私を倒すには至らなかった」

「あの剣神とまで謳われる三十郎さんでさえ、お前を倒せなかったと……?」

 人類最強、誰も到達した事のない剣神と呼称される剣士の三十郎さんでさえ、ノーフェイスは倒せない。

「彼は剣神だ。それは私も認めるよ。認めるという上から目線ではなく、彼と直接衝突してみて感じた。狂戦士か、と思わせておいて、精密な剣戟を繰り出してくる。全てを擲って私と戦ったが、彼は私との戦いの後、全てを手にした。と、同時に私との再戦を何時でも待ち望んでいる」

 剣神望月三十郎を長とする望月家は、人類最強の家系とも言われている。

三十郎さんという名前だけで世界からの視線が集中するというのにも関わらず、望月家には娘に望月(もちづき)(みやび)という女性と、彼女の夫、藤谷(ふじたに)(きり)()という男性が居る。

 その二人も三十郎さんに引けを取らない有名人だ。

 彼らも人魔大戦を駆け抜け、現在も尚、英雄視される二人。

 二人が結婚して、儲けた子どもは八人、男の子が一人。女の子が七人。二年に一度子どもを出産するというおしどり夫婦っぷりは、メディアでも有名である。

「でも、三十郎さんも君も生きている」

「それはそうだ。私はまだ死ぬ時ではない事を理解しているし、何よりも三十郎とは本気で剣は交えない」

「何故だ?」

「君は質問が多いな、好奇心が旺盛なのは賞賛すべきだがね。君の質問に対する答えは、私たちが本気で渡り合う事はもうないだろう。あの御仁と言えど年齢には勝てない。私は魔族故に年を取ることはないが、あの御仁は悪魔で人間だからな」

ノーフェイスの言葉に僕は、悲哀と称賛の感情を感じる。

三十郎さんの話をしている時の彼はまるで級友の事を紹介する様な語り草、魔族ではなく、人間に近い嬉々とした感情まで読み取れた。

「ところでノーフェイス、ずっと気になっていたんだが」

「私が何故、此処に居る? という質問か?」

「最初から分かっているなら早く言ってくれよ。僕は家に帰りたいんだ」

 僕の言い分を聞くと、ノーフェイスは笑った。笑みは見えないが、声が嬉々として笑っている。

「私と初対面で私に悪態をつく人間は初めて見たよ。やはり、瀬戸秀人は面白い人間だ。君にそこまでの度胸がなければ、私はとっくに君の首を刎ねていた」

「え、まっ……待て! つまり僕はいつお前に殺されてもおかしくなかったってことか!?」

「私は魔族の中核を担う魔族だぞ? 人間とこうして会話する事ですら、魔族の世界でも人間界でも不味い行いだと言うのに、君はそんな事も既知していなかったのか? それだから詰めの甘い妥協の残る漫画を描くんだ」

「おい! 僕は自分が漫画家だなんて一言も言ってないぞ! 趣味としてやっているだけだ」

 ノーフェイスは僕に接近して右手を両腕で掴んだ。

「この手は趣味で漫画を描く人間の手ではないと私は推察するが? 長く人間界にも居ると人間の手だけでその人間が何をしているか理解できるようになってしまってね」

 僕は急いで彼から手を振りほどく。

「一瞬、この右手をお前に取られたと僕は思ったぞ!」

「その反応だと、自分の首よりも右手が大事に聞こえるぞ」

「当たり前だ! 僕の右手を見て、熱心に漫画を描く人間だって理解したんだろ? だったら首よりも商売道具になり得る利き手の方が丁重に扱うのは当たり前じゃあないか!」

「首が無ければ、漫画も描けないと思うのだがな」

 ノーフェイスは呆れ加減にそう言った。

 どうとでも言うが良い、僕は漫画家になりたい人間なんだ。首が無くなればその時、人はこれまでの生という役目を終えて床に着くことが出来る。

 けれど、利き手を喪失した場合、首とは違って生きながら自分の誇りを喪失した気分になるのだ。

 それが残りの生、全てで影響するのなら僕は死んだ方がマシだ。

「右手は僕にとって命より大切なものだ。女性の髪という表現は悪いかもしれないが、それに等しいものだ」

「私は、君の事を知っている。君の過去も、これからも、その結果を既知している私は君を助けに来た」

「さっき、僕を殺そうとしてただろ!?」

「勿論、君が私に助けられるべき人間か考えていた。私自身、どちらでも構わなかったからな」

「損得感情で人を殺す様な者には見えないけどな」

 彼は不敵に笑みを浮かべている様な気配を感じた。勿論、彼の表情そのものは確認できない。直感的に思っただけだが、恐らくそうだろう。

「私はただの人殺しだ。人殺しがどんな善行をしようと人殺しである事に変わりはない」

「そうは言っているが、僕をなんだかんだ言って殺さないし、何より、君は三十郎さんの様な剣聖と渡り合える魔族なのだから、その気になればいくらでも人間を殺せるはずだ。何故、殺さない」

「結局、かくいう私も命令でもない限りは、人は殺せない。人間であれ、一種の生物を絶滅させる事など滅多にないだろう? 我々としても人間が一度に絶滅してしまうのは非常に困る。だから制限が設けられ、我々が人間を抹殺し切るという事故を無くしている。勿論、人間側の反抗もあるがね」

 魔族にも大まかな規則というものがあるのだろう。人間にも無闇やたらに生物を殺戮、乱獲を行っては行けない法律、規則がある。

 まるで人間と変わらない。と僕は思った。

 魔族だろうと人間だろうと、この世界で生きている一種の生物に変わりはない。僕は、少なくともそう思う。

「魔族の掟か……」

「これ以上の長居は不味いな。私の勘がそう言っている。これを受け取って欲しい」

 ノーフェイスが僕に掌を見せる。その掌には一本の真っ白なペンが彼の篭手とは正反対で存在感を放つそれを彼は無言で差し出し、押し付けるように僕の掌に渡した。

「このペンは?」

 何もない訳ではない。微弱だが、このペンから魔力を感じる。

「それは魔法のペンという代物だ。私が魔王から授かった物でね。用途に困っていた。君なら上手に扱ってくれるだろう。」

「どうやって使うんだ?」

 僕の発言にノーフェイスは肩を竦めた。魔族ではなく、人間らしい動作。まるで私は人間ですと体現している様だ。

「どうもなにも、この魔法のペンで描いた絵は実体化する。例えば」

 ノーフェイスが僕からペンを取り上げ、何もない空中にペンを走らせる。

 彼は簡易的だが、犬を描いてみせた。魔法のペンから抽出された線は微弱に発光し、その場で立体化する。

 立体化された犬の絵は、地に足をつけ、元気に僕の周りを走り始めた。

 僕は驚愕のあまり声を出すことが出来ない。魔法を見たことはある。が、この魔法は極めて異質で、見た事も無かった。

「お前、これって」

「複製魔法に近いものだ。このペンで描いた物質は実体化し、描いた物体が自在に行動し、私の意のままに操作することが出来る」

 複製魔法、教科書で見たことがある。

 太古、とまでは言わないが、複製魔法とは魔族によって失われた魔術の一つである。現在は禁忌魔法と呼ばれる使用する事すら禁じられた魔法に近い存在で会得し、平均的魔術師、魔法使いが扱える一般魔法の領域から大きく逸脱した存在の魔法である。

その中でも複製魔法は、生物以外の人工物等をこの世に現存させる魔術だ。使い手の魔力量の範囲内であれば、あらゆる武具、機械などを創造出来る。

例えば、一般人が複製魔法を使用出来たとしても、一般人の魔力量では鈍らな切れ味の剣程度しか複製することは出来ない。

しかし、魔法使い、魔術師となれば話は別。その中でも最大級の存在の魔法使いや魔術師か使用すれば、今も世界の伝承や物語などで語り継がれる存在していない武器でさえ複製できるのだ。

現在、その技術は人間で扱う事の出来る者はなく、魔族でもノーフェイスのみしか使用出来ない。人間界に存在した複製魔術に関する記述が載せられた書物は余すことなく焼き払われ、会得した人間たちは全て殺害されたという。

複製品なのだから勿論、どれだけ魔力が込められた物だろうと、本物には劣る。しかし、それが伝説の武器を複製した物であれば、例え鈍らであれ、錆びていたとしても十分な威力を発揮する。

それが戦争などであれば、一回の複製で戦局を覆す大器を扱うことが出来るのだ。

人類であれ、魔族であれその魔術は非常手段などでも必要不可欠なのである。

「そんな物を、僕に寄越したところで……」

「まぁ……なんだ。有無を言わず、受け取って欲しい」

「それは構わないが」

「君の未来に役立つものだ。そのペンを是非ともこれからに活かしてくれ」

 僕の将来、今の夢は漫画家。それになった時、このペンは使うのだろうか、生きている内に役に立てば良いかなという事を思いながら僕は、そのペンを上着のポケットに掛けた。

「お前の言うそれが真実というか、僕の勝手な勘違いじゃないといいけど」

「勘違いではない。私は勘違いで人に物を渡さん。私が待ち望む男のために振るってほしい」

 ノーフェイスはそう言い残し、僕の目の前から音も残さず消失した。

ただ、彼が去った時だろう。僕の頬を冷たく、乾ききった風が通り過ぎて行くのを感じた。

僕は今日の出来事を両親に話すことは無く、学校でも話すことは無いだろう。

そしてそのペンを僕は今も携帯している。


◇◇◇


 私は、毎朝六時半に決まって起床する。朝七時には殆どの準備を完了して朝食を頂く、外の天気、季節に関係なく、僕はほとんど同じものを摂取する。

 豆から厳選し、焙煎したコーヒーに、一斤五百円もするパン。それに一箱数千円はくだらないマーガリンを塗りたくり、これまた一瓶数千円はくだらない苺のジャムを塗りたくる。

 ただ、気分を変えたい日にはジャムをブルーベリーの物にしたり、時には安物ではあるが、チョコレート味でチューブ型のクリームを塗る。

 全て食べ終わる頃には七時半、私が仕事場に出社するべき時間は九時半だ。同棲している彼女に僕はお決まりのキスをして自宅を後にする。

 再び三十分程かけて私は自宅付近のバス停に到着する。八時八分、バスは多少の遅れはあるものの最低でも五分以内にバス停に到着、そこから二十七分。

私の会社付近のバス停に到着する。

そこから十五分、徒歩で会社に向かう。出社するのは勤務開始時間二十分前、私の机は入社時から前から縦五列、横六列で構成された机の行列、三列目右から二番目の席だ。

 窓際が良いと入社当初は考えたものだが、窓際は近年目立つ存在にありつつある。私は目立つことが嫌いであまり前に出ない。

 会社の飲み会や忘年会などにも出席することはない。大切なのは周囲との和ではなく、自分の時間だからだ。

 人間は勿論、一人で生きていく事は不可能。しかし、極力一人で生きていく事は可能である。

 適度な交流こそが、私の人生をより良い方向に導いてくれると考えている。

 深入りせず、一方であまり消極的にならず、必要最低限の仕事の話。加えて当たり障りのない世間話。

 それだけで私の人生が満たされるのなら安いものであるし、何よりも余計な気を使うことなどもない。

 私の人生の目標として掲げるのは、無理なく、幸福でも不幸でもなく、ただ、生きていたいという目標だ。

そういう人生を送りたいのにも関わらず、私の両手は毎日の様に鮮血で染まり、人の体を搔き集め、それを積み木の様に組み立てていくのだろう。

私が幸福も不幸も求めぬ現実に、唯一、求めるのは理想の体を持つ女性なのだから。

                               黒田 義隆


◇◇◇


 僕と獅子城は二人で僕が現在拠点を置く、陽明(ようめい)町の隣町、()()(きり)町に訪れた。この町に黒田義隆が潜伏しているとの話だ。

 町のバス停に到着したのは良いものの、僕と獅子城は携帯端末を開いたまま現地の情報を収集している。

「お前の住所の隣町じゃねぇか」

「奇妙だな。僕もあいつも地元から離れてこんな近くに住んでいたなんて」

「そんなこともあるだろ」

「まぁ、僕の意見として彼が生きている事すら知らなかったからな。同窓会の誘いとかも親しい友人も居なかったわけだし」

「寂しい人生じゃねぇか」

 そう。彼の人生は寂しいものなのだ。僕は漫画家兼小説家、同級生からしてみれば友人でなかったとしても同級生と呼びたくなってしまうものだ。それに、有名人になったとあれば、成人式や同窓会に招待して悪いことなど一切無い。

 参加の有無を問わず、有ならば全力で歓迎し、身に覚えのない思い出話や俺たち友達だったよなと厚かましい歓迎を受けるのは避けられない。だが、無だとしても彼らは僕の事を同窓会で話すだろう。僕と言う話題で盛り上がり、僕の居ない場だからこそ言うこともあるだろう。行ってみたいと思っても行けないのが関の山。

日々原稿に追われる僕にとって時間の有無が死活問題そのものであり、飲み会などに行って時間を奪われることなど言語道断。編集の鹿取君も顔を真っ赤にして激昂するぐらいの蛮行だろう。

「此処まで来たのはいいがどう彼を捕まえるんだ?」

「どう捕まえると言われても、犯罪として立件できない魔術を使うんだ。その場を取り押さえるしかない」

「そんな器用な事、俺に出来るわけないだろ?」

 獅子城には悪いが、恐らく彼に、真綾さんは器用な事を任せたのではない。器用な面は僕が担当し、大胆な面は獅子城の務めと言った所だろう。

 ただ、犯罪として立件できない魔術とは実に興味深い、そう思ってはいけないと心の中で理解できていても世にも奇妙な魔術の一種として参考資料程度に見物していたものだ。

「先ずは、黒田義隆を探す所からだな。特徴とかはあるのか?」

「それに関しては、真綾さんから資料を貰っている」

 僕は真綾さんから預かっていた彼の写真を期待で獅子城に見せると同時に僕自身も今一度確認する。

 写真で分かることは、人相はそこまで良くなく、目つきに若干の鋭さがある。しかし、彼の目は生気をあまり帯びてない様にも見える。スーツや身に着けている時計も安物でなければ、高価でもない。程ほどの人生を謳歌しているものと見える。けれど普通のサラリーマンにしか見えない彼がこの写真を撮影されたのは会社付近だ。定時上がりが出来る会社なのだろう。まだ夕日も出ていなくてかなり早くの退社になっているのだろう。此処から彼は重役でなく、平社員でもかなり良い立場の人間と察することができる。

「何処のバス停までかは分からないか……」

「無理だろうな。秀人の魔術でなんとかなんねぇの?」

「あるにはあるが……」

 はったりではなく、勿論、根拠あっての受け答えだ。けれど、黒田義隆は使用した魔術の痕跡を残さない男。魔力や魔術そのものに敏感な男に違いない。魔術師の家系ではないはずの彼だ。が、その予想も覆されるのだろうか、魔術を使用したとなれば魔術を以前から会得していたか、別の何かに授けられた。受け継がれたのではないかと僕は考える。

「あいつは魔術や魔力そのものに敏感になっているはず、僕の力はそれを消費して、召喚した者を使役する。きっと、察しの良い彼には僕らの動向がばれてしまうかもしれないというリスクがね」

「ばれたら不味いよなぁ」

 獅子城が溜息をつきながら、腕を組んで考え込む。僕らの動向が相手に知られるのは、僕らにも死というリスクが伴うという事だ。相手はかつての友人と言えど、殺人鬼と化しているのだから僕も殺害の対象になることだろう。

「そういえば、真綾さんに聞いたんだけど。あいつが殺害した人間は何人か把握できていないらしい。どうしてかは分からないけど相当数殺しているはずだぜ」

「把握できない理由に、魔術の痕跡が残らないっていうのは確実だが、それだけじゃないんだろう?」

「あぁ、殺されたというよりは、行方不明に近いものとして取り扱われてもいるらしい。それに関して同級生のお前が分かる事はあるのか?」

「いや、特にそんな趣味の話はしたことがないからな。それに、したとしても記憶していないだろう」

「薄情なのは昔からか」

「友達がそもそも居ないと薄情にもなるさ。僕は、今の友人たちに感謝しているよ。僕も道を間違えば、義隆みたいな人間になっていたかもしれないからね」

 それだけは、間違いない。僕が、もし、望月君に出会わなかったら僕を愛してくれるファンたちを裏切る事に繋がったからだ。

 彼の慈愛が、今の僕を作り上げたと言っても過言ではない。

 彼に出会う前の僕は、漫画家兼小説家でもあったが、それと同時に、猟奇的な人間でもあった。あらゆる生物を現実的に描きたいが故に、あらゆる生物を資料作成という大義名分を掲げて解体していた。勿論、その生物を実際に調理して食していた事もある。

 彼と出会った頃、僕はついに近所の人間たちにまで手を伸ばしていた。ただの出来心。作家、漫画家としての技術を向上させるためとはいえ、魔法のペンであらゆる悪事を働いてきた。

 学校で生徒会長か、先生に望月君は、僕の話を聞いて彼は僕の下にやってきたのだ。僕は彼を殺す気でかかっていたのかもしれない。悪魔でも最後まで彼は、僕の事を信じて思いっ切り右頬を殴打してくれた。

 言い方はおかしいかもしれないが、その一撃が僕を真人間とまでは言い難いが、僕の異常性を取り除いてくれたのだと思う。

 彼が、義隆の事を知ったらどうするだろうか、殺人鬼と化した人間でさえ、望月君なら真人間の道に戻してくれるのだろうか、そうできるなら、彼に頼んでそうしたいところだ。

「なぁ、獅子城。僕はあいつの同級生だ。もし、僕の事を覚えていなくても僕の名前を前面に出して会話できれば、多少の時間稼ぎにはなるだろう」

「その間、俺はどうすればいい?」

「義隆の家は分かるだろう? 義隆の家に潜入して行方不明者の捜索をしてほしい」

「あぁ、分かった」

「何があるか分からないから、それだけは気を付けてくれ」

 僕は獅子城にそう言って義隆の自宅の地図を手渡した。そして一人でバス停付近に残り、義隆を待つことにした。


◇◇◇


「なぁ義隆、お前の夢ってなんだ?」

「僕の夢か……。僕に夢は無いさ」

 自分に夢は無い。夢があって何になるというのだ。と物心ついた時から感じるようになっていた。

 僕には人並み程の才能しかない。それに、夢がない。高い理想も無ければ、誇れるものとしたら親から授かったものしかない。そんな僕が、小学生から天才としての頭角を現していた瀬戸秀人という男と気が合うのだろうといつも考えていた。小学校低学年で出会い。教室の隅で本を読んでいるだけの僕に彼は声をかけて来た。

「なんで君は、いつも本を読んでいるんだ?」

「僕が、いつも本を読んでいて何か、君に不都合でもあるのか?」

「無いけれど」

「なら放っておいてくれないか? 本が特別好き、というわけではないけど、ただの暇つぶしさ。国が指定したくだらない教科書よりは、遥かに教養になる」

 今、思えば異常な人間だっただろう。小学生時代なんて夢や希望で溢れる時期なのだから、担任の前では、良い顔をしていたが、秀人の前では何故か、普段の僕が現れてしまっていた。

 その時だけ、僕はある意味、人間だったのかもしれない。彼の前だけでは、本音を曝け出してしまう。彼もはぐれ者だったせいかもしれない。

 秀人も結局は、はぐれ者で彼はよく、外にも行かずに教室で篭り、絵を描いていた。僕と会話するようになって彼は、僕に描いた作品を僕に見せるようになる。現代的な絵から、漫画、水彩、油、極めつけは版画まで彼の絵は、今でも脳裏に焼き付く程、鮮明でこれまでに見た事の無い絵柄ばかりだった。

 独特でもあり、人を選ぶ絵柄だとも思った。小学生の連中と言ってはなんだが、クラスの人間たちには気味悪がられてた。先生は、偏見も無く評価してくれていたが、僕以外の同級生が受け入れる事は小学校卒業まで一度もない。

 彼とは小学生を最後に一度も会う事はなかった。それから彼は、高校生で漫画家兼小説家としてデビューし、世間からも認知され作品は掲載される雑誌の看板に瞬く間に輝き、今では日本が誇る世界の日本人とかいう本にも彼の名前が掲載されているらしい。

 そんな同級生を持って、誇ればいいのか、憎めば位いいのか、羨望の眼差しで眺めていればいいのか、自分の頭の中で思考を巡らせている。あの日からずっと、僕の胸中は変容することはない。成長出来ていないと言えばそうだが、何十年という時が経とうと、僕の感情は変容することは無い。

 こうして、過去の事を思い出しながら、ベンチで日記を書いていると一人の男性が僕の隣に腰掛けた。

                               黒田 義隆


◇◇◇


「あの、すいません」

 ベンチに腰かけている男に僕は話しかける。

「はい。なんでしょう?」

 記憶の殆ど残っていない相手だ。勿論、面影なんぞで義隆か、どうか思い出せる訳がない。真綾さんには悪いが、写真を確実に信用しているわけではない。

「黒田義隆、という人をご存知ですか?」

 いきなり、お前は黒田義隆か、と尋ねるのもどうかと思ったので、当たり障りのない様に聞いてみる。

 どう見てもただのサラリーマンだ。写真通りの男に話しかけた。どうやら日記を書いていたらしい。今時、と言ってしまってはなんだが、稀有な人だと思う。

「はい。そうですが」

「僕だ。僕、覚えているか? 瀬戸だ。瀬戸秀人だ」

「あぁ、秀人。小学生の頃、同級生だった秀人か、勿論、覚えているとも」

「なら良かった。もしかしたら人違いかと思って話しかけるか、迷っていたんだ」

「こんな所で話しもなんだし、喫茶店でも行くかい? 行きつけの喫茶店があるんだ」

 僕は義隆にそう言われるまま、彼の背中について行き、喫茶店に向かった。そこで僕はエスプレッソとショートケーキ、義隆はブラックコーヒーとビスケットを注文して店内ではなく、外の景色が一望できるテラス席に腰掛ける。

「どうしたんだ? こんな急に」

「どうしたもなにも、たまたま近くで漫画の取材を受けていてね。今は、隣町の陽明町に住んでいるからバスで帰ろうと思ったら、たまたま義隆を見つけて話しかけてみたんだ」

「良くわかったな。僕はかなり、見た目が変容していると自負しているが、秀人が覚えていてくれて嬉しいよ」

 確かに変わっている。小学生の時は黒髪で髪だった。今は金髪にオールバックになっている。背も高く、スーツも立派なブランド物だ。腕時計もその類のものだろう。どこかで見たようなデザインをしている。

 僕の服から被っているベレー帽まで同じブランドで統一してある。会う人会う人に不評を頂くファッションセンスだが。

「本当に久しいな。君の作品が出てくる週刊少年ジャンヌはよく講読させていただいていてね」

「本当か? 今作も僕は力を入れていてね。編集部の人から休暇を貰えるぐらいさ。まぁ休む日があるのは僕の執筆速度が速いからなんだけどね」

「仕事が早い事は、良い事だと思う。昔から君は、読書感想文とかを書くのが得意だったからね。まさに転職とはこのことか、小説家もやってるそうだが、そちらも読ませてもらっているよ」

 そう言うと、義隆は僕に鞄に入っていた小説を見せた。二冊ほど、この前出版したばかりの本も揃えている。一人の青年が蜃気楼の迷路に迷い込むという話。一週間で五十万部を突破し、発売から一か月たった今でも重版出来されている作品だ。

「お前、本当に読んでくれてるんだな。ありがたいことだ」

「君の作品が好きだからね。僕としても瀬戸秀人の作品だけは一目置いているし、何より、同級生として尊敬しているよ」

 ふと、僕は思い出す。ここまで流暢に話すことの出来る人間が、日常的に殺人や人攫いを繰り返し、その犯罪をもみ消しているんだろう。と、こんな当たり障りのない会話をして、突然、我に返る僕もおかしいのかもしれないが、相手は情報だけしか見ていないが殺人鬼だ。常識はあっても裏の顔というものもある。

「所で秀人、本当の目的はなんだ?」

「本当の目的……?」

「今、僕から目を反らしただろう? 君は昔から嘘をつくときにそういう顔をしていたんだ。僕は知っている。癖も当時のままで助かるよ」

 僕は今、本当に目を反らしたのか? 嘘をついていることは確かだが、僕の癖をこの年になるまで、ましてや久々にあった人間の癖をこうも細やかに義隆は覚えているんだ。

「君は、今、とても動揺している。何故、嘘がバレたのかと。冷汗が出ているのも見ていて分かる。何故、そんな事を覚えているかって、僕に聞きたそうな心境名なのも僕には分かる」

 秀人は満面の笑みを浮かべながらクッキーを齧る。最初の一齧りであまりの勢いにクッキーの欠片が机の上に飛び散っている。そしてコーヒーを口に含んで一息つくと、胸元に入っていたハンカチを取り出して、スーツに付着したクッキーの欠片を落とす。

「大方、検討はついているさ。虫の知らせと言ってはなんだが、僕にもこの年で友人が増えてね。名を口にする事は出来ないが、彼のお陰で僕は日常的にそういうことが出来るようになったんだ。もう僕が、そういう事をしているのも知っているんだろう? 秀人、君は察しが良すぎる。だから友達が僕の様な人間しか、出来なかったんだ」

「最初から、それを理解していて、僕と会話をしていたのか?」

「あぁ、僕の存在なんて欠片も覚えていないと思ったし、誰かに教えてもらったんだろう? 君の現住所の隣町に殺人鬼が潜んでいるという事を」

 図星だった。これも全て義隆の言う、友人のせいなのだろうか。察しが良すぎるのも程がある。

「お前、本当にそうなのか……?」

「君にだけは、知っていてもらいたくてね。ここ数年、同級生から飲み会の招待状とかは来たかい?」

「僕には、君しか友達が居なんだぞ。来るわけないだろう」

「実は、来ていたとしたらどうする? 配達員がそもそも配達できていないとしたら、僕やさっき言った友人にそれを指示していたとしたら」

「そんな事、有り得ない。いくらできるにしても限度がある」

「出来るさ。僕には、常人では察する事の出来ない魔術があるのだから、勿論、君にも分からない」

 人間では察知できない魔術。まさかとは思いたいが、彼の言う友人とはあいつな気がしてきた。真実を突き止めることは、僕にとって嬉々とするべきことだが、仮に僕の言うあいつがその友人だとしたら忽ち、それは身の毛もよだつ恐怖に早変わりだ。

「君のペンの事も知っているさ。僕の能力よりもかなり優しく、美しく、扱いやすく、何よりも用途一つで人を喜ばせることが出来る。何故、君は僕のような殺人鬼にならなかったのか、理解に苦しんでいるからね。その力があれば、僕の魔術よりもより楽に、簡略化した殺人を行うことができるというのに」

「僕は、漫画家兼小説家だ。殺人鬼じゃない。僕は人を喜ばせるような作品を描くために生きている。もう無闇に人で実験なんてしたりしない。僕は人になったんだ。君と同じにするな」

「同じさ。君も外道に変わりはない。人を如何に喜ばせようとも、君の行いは、二度と消えることは無い。被害者ももう忘れることはない傷を負っている。過去の行いは、償えないのだ。殺人よりむごいこととは思わないか? 君は、今、その償いのために僕を掴まえようとしているならやめた方がいい。僕の殺人には君の人体実験とは違ってこの国の未来を支えるものなのだからね」

「殺人が日本の未来を支えるだと? そんな事ありはしない。あってはいけない」

 義隆は立ち上がって僕の前でスーツを整えた。冷たい表情を見せるとレシートを持って会計に向かう。

 すぐに会計を終わらせて彼は無言のまま、僕に顎で自分についてくるように示唆した。

「君の作品は素晴らしいが、僕は作者としての君が好きなようだ。もう人間の君とはそりが合わない」

「それは結構だ。あと、自白してくれて嬉しかったよ。君に躊躇いなく危害を加えることができる」

 僕が啖呵を切った途端、義隆は僕の方に振り返り、先ほど手にしたレシートを破り裂いて目つきを鋭くする。明らかな敵意を僕に向け、破り裂いたレシートの破片を握りしめた。

「そうか、僕自身、闘争というものは嫌いだ。何故なら、僕は安全に、安心に、安寧を求める人生を送りたいだけなんだ。ただ、そこに殺人と世間一般から逸脱した僕の趣味がそれを邪魔するだけなんだ」

「僕も闘争は嫌いだ。だけど、僕も目の前の悪を見過ごしておけるほど、人間を辞めてはいなからね」

 僕もペンを取り出し、彼の何らかの攻撃に対策を取る。まだ、魔術を見てもいないが、取り敢えず、自分の頭の中で壁を描き、相手の攻撃に備える。次に義隆が妙な動きをしたら、僕は壁を描く算段だ。

「どうやら、僕の家に何者かが侵入しているらしい。君の友人かは分からないが、獅子城嘉良か、児童書の作家だったかな。彼の作品も素晴らしい。子どもたちを笑顔にするとても素晴らしい人間じゃあないか」

 義隆は嬉々として天を仰ぎながら、笑っている。あそこまで彼は、情緒不安定ではなかった。かつてはまだ常識があったはずだ。

「お前……!」

 僕は、壁ではなく、大型犬を瞬時に頭上に描いて彼の下に飛ばす。しかし、犬が彼のまき散らしたレシートが急激に発光した。犬がそれを踏んだ途端、犬の足をトラバサミが襲っていた。そしてトラバサミは犬の足を離さぬまま自爆し、僕の描いた犬を消し去る。

「それが君の魔術か、聞いていたものと同じで対処が楽だった」

「義隆……。お前の魔術は……」

 僕のものと性質は違うが、彼も魔力を媒介として現実世界に何かを作り出す創造魔法といった種類のものだ。現実では、実在することのない生物や物質を生み出すことを可能とする。

「ネタ晴らし、というのはあまり、好まないが、君と同類の魔術さ。何かに特化したというわけではなく、持ち主の魔力量で扱える物が増える代物さ。君の方が創造性が高いといえばそうだが」

「今、何をしたんだ」

「今のは、ただの地雷さ。僕は、君の様に人を喜ばせる能力は持ち合わせていないが、威力だけは抜群でね。勿論、自在に調節も出来るし、何よりいくつでも創造することが出来る。まぁ僕は魔術師の家系ではないから、まだまだ修行などが必要だがね」

 ここまで聞くと、瓜二つの能力に近い。僕の力は他者の力、ノーフェイスから受け継いだものだけれど、これで彼に対する疑念が確信に変わった。彼も僕と一緒でノーフェイスに力を授けられたのだろう。

「僕と同じ、貰い物の力か?」

「あぁ、勿論」

「やっぱり、あいつから貰ったのか?」

「勿論」

「何か、言われてか?」

 義隆は腕を抱えて僕の事を見つめる。

「あぁ、言われたよ。僕に夢を与えてくれたのも彼さ。僕には何も無くてね。ただ、趣味というか、性的興奮という人間的趣向は残っていたんだ」

 そう言うと、義隆は自分の胸ポケットを弄り始めた。そこから一枚の写真を取り出して、僕に向かって投げる。それを受け取って、僕はその写真を覗くと、そこには腕だけを麻縄で縛れて、体が真っ白になった状態の髪の長い女性の写真だった。

「お前これ……!」

「非常に美しいと思わないか? この女性はとても腕が綺麗な人でね。少々、可哀想だけれど麻縄で縛って保存してあるんだ」

「殺したのか!?」

「当たり前だろう? 僕は生きている人間にはあまり興味なくてね。僕は人間の体のパーツが好なんだ。よくいるだろう? 腕は綺麗だけど、顔は醜い人。顔は綺麗だけど足は汚い人。僕はそういう人でも、その人自身の持つパーツが好きでね。それを集めるのが趣味なんだ。でも生きていたらそのパーツは手に入れないだろう? だから殺すんだ。殺してパーツだけを集めて、僕は完璧な人間標本を制作したいんだ」

 僕は呆気に取られて声を出すことも儘ならなかった。昔から不思議な奴だとは思っていたけれど、此処までとはかつての僕は思うまい。

 僕の目の前に居るのは、且つての級友ではない。

ただの殺人鬼だ。

「何人……、何人殺した?」

「実に、真人間の様な顔をしている。僕と別れてから随分とまともな道を歩いているらしい。彼から聞いて居るよ。確か、望月鋳鶴君だったかな。実に美しい顔と肉体をしている。しかし、残念だ。彼は男性だからね。僕にそっちの趣味は無くてね」

「そうか」

 僕の一言に義隆は僕の事を二度見した。親友の事を貶されたら僕が怒り狂うとでも思ったのか、とても予想外といった呆気にとられた顔をしている。

「聞いた情報によれば、望月君を貶せば、君が僕の胸倉に掴み掛って来るとおもったんだが、どうやら見当違いだったらしい」

「少し前の僕なら怒り狂っていたかもしれないが、今の僕は君に対して怒りを露わにしそうでね。望月君を貶す、貶さない以前に平然と殺人を行う目の前の男が許せないという気持ちの方が強い」

「理解しろ。などと言うつもりはないが、君ならまだ僕のこの気持ちを分かってくれると思ったのだが」

 義隆の心の篭らぬ発言に、僕は無意識にペンを力強く握っていた。折れる心配はないだろうが、普通のペンなら折れてしまいそうな程の強さで。

「僕は、ただの漫画家兼小説家だ。正義の味方に成る方ではなく、正義の味方を作り出すのが僕の仕事だ。僕の親友なら、君の様な人間を許すことはないと思う」

「僕の悲願を、妨害したい。という事かい?」

「お前の悲願? 度の過ぎた我儘も此処まで来ると僕の方が手を挙げて降参したくなってしまうな」

「だったら邪魔をしないでくれるか? 最後の級友を僕自身の手で殺めさせないでほしい」

 怒りのせいか、いつもより筆の進みが速いことに気付く、それとも単純に絵描きとしての能力が向上しているのか、義隆が罠を作成する前に僕は彼の下に、小型の狼の様な生物を数匹送っていた。

「そう来たか、実に面白い能力だ」

 義隆は僕の描く速度と同等、それ以上に早く、スーツの胸ポケットから名刺入れから名刺を数枚取り出し、僕の作り出した狼たちの前方に白濁色の塊を投げつけた。狼たちはその塊に一斉に飛び掛かり、その先端部分を嗅いで確かめる。すると鋭利な刃物が塊から勢いよく飛び出し、狼たちの顔や首を斬り裂いた。弱気な鳴き声をあげて消えていく、義隆はすかさず、僕に向かって道端に落ちていた空き缶を投げつける。

 空き缶を何に変えたのかは分からないが、僕は恐れることなく、義隆の下へ駆け寄ろうと走り始めようと、右足を出した。

その時だ。大きな破裂音と共に、空き缶から鉄製の破片が飛び出し、僕を襲った。破片は僕の右腿を直撃し、左頬を掠める。威力はそこまで高くないものの、僕に怪我を負わせるには十分の威力で、右腿からは鮮血が流れていた。

深手ではないが、歩くには多少の支障が出る痛みだ。右頬は少し程痙攣するぐらいで毒などは混入されていないらしい。

「痛みとは、日常的には不可欠なものだ。箪笥(たんす)の角に小指をぶつけること、より起こり得ることは腹痛などか。君はいつも漫画か小説を書いているようだから、その様な痛みは斬新だろう?」

「この程度の痛みは、斬新なんかじゃあない。何度もじぶんの体で傷が出来ない程度に痛めつけていたからな!」

「そう。それでこそ。君の描く作品には痛みというリアリティが生まれているんだ。漫画家兼小説家というものも難儀なものだ」

「やかましいっ!」

 今度は、細やかに鼠を描き、義隆を襲わせる。

「言ったはずだ。僕はあらゆる罠を作る。独創性溢れるものから、実在するものまで」

 鼠たちは先ほどの狼たちの様に、今度は鼠捕りに捕獲された。それがただの鼠捕りならまだよかったのだが、あいつが生み出したのは鼠捕りの金具が鋭利な突起物に変容したものだ。鼠たちはそれに貫かれてあっという間に消滅してしまう。

「瀬戸秀人。まだ数手だが、君は僕に敵わない事を理解したはずだ。これでもまだ。やるっていうのか?」

「あぁ!」

 僕は、付近の外壁に向かってペンを走らせ、出来るだけ大きな物体を描く、義隆もこれには早急に反応する事を強いられ、名刺入れの名刺を全て虎挟みに変容させて僕との距離を稼ぐために設置する。

「僕は、忙しいのでね。悪魔でただのサラリーマンなんだ。残業する程仕事もないし、残すこともないんだがね」

「そうか、それはよかった」

「何?」

 義隆が設置したすべての虎挟みは全て鉄製に近い物質で、僕の描いたコンクリートを元に制作した虎は、それらをいともたやすく、刃をひん曲げて彼の下に走る。

 虎はそのまま勢いを失わず、義隆に次の罠を制作する隙を与えず、勢いそのまま義隆目掛けて体当たりをした。

「よし!」

 遠目だが、義隆が虎に撥ねられる姿を確認した僕は急いで虎の元に向かう。

「今のは、少しだけ焦りを感じてしまった。焦りとは、日常的に感じる事を良しとしない感情なのにも関わらず、僕は君の虎に少しだけ焦りを感じてしまったようだ」

「馬鹿な……!」

 僕の虎は真っ二つに割れて、彼の前で動かなくなっていた。義隆は不敵な笑みを浮かべながら僕を見つめる。

「多少の焦りは、思わぬ発見を生む。という事を体験できたことに感謝したい。まさか、物体を部分的に爆発させることを可能とする爆弾が、一つの罠として完成するとは思わなくてね」

「だから、僕の虎は真っ二つになったとでも?」

「あぁ、感謝する」

 僕はふと、真っ二つになった虎に視線を向けた。虎の目はまだ死んでおらず、狼たちや鼠たちの様に消失することもなく、その場に残っている。 

 心の中で、虎に僕は命令した。動くとは限らないが、あの虎の目は、まだやれると僕に物言いたげに訴える目をしていたからだ。

「さて、これで終わりか? 存外、期待外れだったようだ」

 義隆が僕に背後を見せて、スーツに付着した埃をハンカチで落としている。僕は腕を振って虎に命令した。

 虎は上半身だけで動きだし、義隆に向かって襲い掛かる。

「ん……!?」

 猛々しい咆哮を上げ、虎は義隆の左腕に噛みつく、義隆には悪いが、これも僕の漫画や小説にも活かさせていただこう。

「クソっ!」

 義隆は必死の形相で虎に先ほど、僕に感謝を述べて制作出来るようになった爆弾を使い、楽々と虎の上半身を消失させてみせた。

 だが、時すでに遅し、義隆の左腕は纏っていたスーツは虎の牙で刻まれ、その腕には生々しい傷が浮かび上がり、かなり出血している。

「ふざけるな! こんな傷では、明日は出社できないじゃあないか! クソっ!クソっ!クソっ!」

「似合ってると思うぞ。殺人鬼、お前には血みどろの人生がお似合いだ」

「図に乗るなよ……秀人」

 義隆の視線に、もうこれまでの余裕はなかった。僕に対して圧倒的な殺意を向けているのが理解できる。その眼光だけで僕は殺されてしまいそうだ。

 あんな顔をした義隆は記憶にない。本当に無感情な人間で恐ろしささえあったからだろうか、それほどになるまで、体に傷を作るのが嫌と見える。

「闘争は、好まない。故に、体に傷を作ることも好まない。しかし、適度な健康を好み、医者に掛かるのでさえ嫌悪感がある。誰にも顔を覚えられたくないという一心で、僕の事を知る同級生たちを殺し、隠蔽してきたというのに……。この傷では、いくら勘の悪い連中でも気づいてしまうだろう……」

 義隆は虎の残骸に触れる。すると、破裂音と共に虎の上半身と下半身が消失した。

「これからも、僕は続けなくてはいけない。人殺し? いいや、違う。これは僕がこの世に居る事を許される。僕の夢、理想、まさに、生きる理由。それを秀人……。僕の思い出の片隅にいた君に邪魔されるわけにはいかないんでね」

 憤りを通り越して冷静になったのか、義隆の目は底のない海の様に暗い色をしている。僕は、彼の人生に何があったかは知らない。仮に知っていたとしても彼の思想と理想を理解できていただろうか。

 これだけは断言できる。少し前の僕なら理解し、彼と共感していただろう。と、一歩間違えば、僕も彼の様に大罪人になっていたのかもしれない。

 今や、此処まで彼の思想、理想を否定出来ているとしても一歩間違えば、僕は彼の隣に居た。そう考えるだけで、背筋が凍りそうな感覚に襲われる。

 あの日、僕は、ノーフェイスからペンを授かった。半ば強引ではあったが、僕は皮肉にも、世界から忌み、嫌われる男から力を授かった。それを悪用し、彼の様な猟奇的な人間にもなりかけた。

僕の描く作品にも様々な悪役が登場するが、それらは全て、僕の過去を投影して描かれたものなのかもしれない。

彼が、望月君が、あの時。僕を全力で殴らなかったら、誰が僕を真人間の道に戻してくれただろうか、今、目の前の義隆を見てそう思う。

彼は言っていた。


◇◇◇


 いつも僕は、彼の自宅に存在する。彼の為に作られた小料理屋風の建物によく、編集の鹿取君とお邪魔している。

 その日は、たまたま鹿取君が来られず。僕と望月君の二人きりで、こじゃれた食事会をしていた。

 そこで彼から、彼の夢を聞いた。

「大変、恥ずかしいんですけどね。僕の子どもの頃の夢って、正義の味方だったんですよ。ほら、日曜の朝にやってる特撮のバッタライダーシリーズのライダーみたいに勧善懲悪の正義の味方ですよ」

 本当に恥ずかしそうに、頭を掻きながら話していたのを僕は覚えている。ある意味、いつも見ている望月君とは違って斬新だった。

「だった? という事は諦めたってことか? 君ほどの人間が、君ならバッターライダー、いやそれ以上になれる」

「はい。やっぱり、誰かの味方になったり、正義の味方になるっていうのは、結局は誰かの敵や、誰かの悪になるっていう事って気付いたんですよ。だから正義の味方なんてもんは無理だなって、諦めました」

「確かに、それは難しいな」

「父が言ってたんですよ。昔、正義の味方になりたかったって」

「親父さんが?」

「親父が、なれない! 僕は諦めたって言ってたんで、僕がなってやろうと啖呵を切ってしまいまして、でもこの年齢になって気付いたんですよ。僕もなれないなって」

 望月君は、終始笑っていた。

何故かはわからない。

でもその笑顔には、若干の寂しさと、諦めの気持ちが含まれていたと思う。僕は彼のその在り様に感服した。

「だから、正義の味方とか、曖昧なものじゃなくて医者になろうと思ってるんです」

「医者!? それまたどうしてだい?」

「医者は誰の敵にもならないなぁっていう安直な考えですよ。小学生みたいこと言って申し訳ないです」

 もう一度、彼の表情は輝いた。

 先ほどの若干の寂しさ、諦めの気持ちは感じられない。生気に満ち溢れた高校生らしいと言ってはおかしいが、高校生らしい彼を僕は、初めて見た気がする。

「瀬戸先生みたいな。漫画家とか、絵本作家で子どもたちを楽しませる。とかいう夢にもしようと思ったんですけどね。やっぱり、瀬戸先生を筆頭に最近の作家方に、僕は足元にも及びませんからね」

「おい! 君が僕の畑を荒らしたら僕の仕事が無くなってしまうだろう!? それに、人間には向き不向きがあるんだ。君は医者で、僕は漫画家兼小説家でいいんだ。それに……」

「それに?」

「君には、僕の憧れで居てほしい。君の今の在り方こそが、僕にとっての正義の味方であり、望月鋳鶴という男なのだから」

「憧れ……。ですか、瀬戸先生の憧れなんてとてつもなく、恐れ多すぎて……、信者の方々とかに殺されたりしませんかね……?」

「誰が君を殺すもんか、それに君は単純な戦闘能力でもかなりの能力の持ち主だ。バッタライダーを既に凌駕してるよ」

「流石にそれはないですよ」

 望月君は、満面の笑みを見せて僕にその日のデザートを差し出した。その後は酒が回って覚えていないのか、僕はそこで寝てしまい。朝になったら顔を茹蛸の様に赤くして怒り狂った鹿取君に原稿の催促をされたのを今でも鮮明に覚えている。


◇◇◇


「何を考えている。こんな時に、僕を前にして考え事か?」

「あぁ、ほんの少しだけ、君の話を聞いて思い出してね。僕の思想や理想を、どうして漫画家兼小説家になったのかって」

 贅沢な話だが、僕は夢をかなえている。

 彼の様に、孤独な青春を過ごしてきたが、それでも夢を叶えることができた。世の中には漫画家や小説家に成れない人間が多いというのに、僕はその二つを叶えている。

「君の事を羨ましく思う時がある。それは、人に感動や笑いを与えて感謝される君を見る時だ。君は、どんな漫画家や作家よりも読者を大切にしている。故に人々から愛されて、僕の夢と違って、君の夢は金や人を呼び寄せる」

「僕が、そんなちんけな事の為に作品を制作していると? この瀬戸秀人が、金や人を呼び寄せたいがために人を喜ばせていると?」

「結果的にだ。結果的にそうなっているだけだろう? 意識していなくても君はそういう人間になってしまうんだろう? 羨ましい限りだ」

「僕は、誰かのために書いているんじゃない! 自分のために書いているんだ! ただ、僕は読者を楽しませて感動してもらいたいために漫画を描き、小説を書いている! 金や人にちやほやされるなんて僕にはどうでもいいことだ!」

 僕は、無数の剣を宙に描き、そのうちの一本に知能を足すように頭の中で念じる。一本だけ、不規則に剣は動き出し、僕の隣で浮く。

「ご主人、ようやく私を呼び出してくれたか」

「お前を作るのは魔力を消耗しすぎるからな。だから今まで温存していたんだ」

「剣が、人語を話すというのか、実に興味深い魔術だな」

 義隆は、僕の隣で浮く剣に目を奪われている。当たり前だろう。僕と彼の能力が同系統のものなら、制作した物体が自由に動き、意思を持つなど、ありえないのだから。

「君には、負けたくないんでね」

 右腿の傷は大分、良くなっている。顔の血も今は止まっていて気になる事はない。義隆の左腕は、今も血が滴っている。

「くっ……、僕は、秀人にだけは……!」

 傷口を右腕で抑えながら、僕の生み出した剣に抵抗を続ける義隆、片手が塞がった状態で罠を制作し続けている。確かに、彼はここで僕に敗北することがあれば、警察機関か、それ以上の場所で牢屋生活、または監禁生活だろう。

 でも彼の抵抗は、その未来を見据えて起こしているものではないと、僕は思う。

 僕に敗北できないという一心と、自分の夢への道程をかき消されないために、彼は、最後の抵抗を見せている。

「いや、これで止めだ」

「そんなことをしても……、いいのかな……?」

「どういうことだ」

 僕はもう一本剣を描こうとした途中でその手を止める。

「何が言いたい」

「僕の家に、もう一人の人間が行っていると言ったな? 仮に、僕の家に罠が仕掛けてあったらどうする? 僕の罠は制作して使用する類のものだ。しかし、一度、制作してしまえば、それは使用するまで持続する。という事は、だ。万が一、君のお友達が僕の家に潜り込んで証拠を探すとしよう。そこで、まだ使用していない僕の罠が、起動したらどうする? 人間の魔力は回復する。僕の魔力量が例え、平凡な魔力量でもその魔力量の限界で毎日、罠を練っていたとしたら、そこに入った彼はどうなる?」

 義隆は脂汗を額に滾らせながら、自信満々にそう言った。

 獅子城は身体こそ丈夫ではあるが、素直な馬鹿だ。彼の巧妙な罠にかからないわけがない。慎重すぎる男の張り巡らすような罠だ。僕が獅子城の役目をしていたとしても罠にかかると思う。

「それに関しては問題ないぜ」

「獅子城!」

 義隆の背後から久々に獅子城の顔を僕は見る。勿論、心配なんぞ万が一もしていなかったが、獅子城は僕の元へ駆け寄り、僕に紙を手渡す。

 何の変哲もない、四つ折りにされた再生紙だ。

「黒田の家についての間取りとかについてのメモだ。これさえあれば、全ての証拠を警察に突き付けることが出来る」

 躊躇いもなく、僕は獅子城から渡された手紙を手にし、その紙を開いて確認する。

「ふふっ…」

 僕の動きに合わせて、義隆は僕に向かって微笑んだ。

 先ほどまで、激怒していた彼がするには、あまりにも余裕ある表情。まさかとは、と思い。僕は獅子城に目を向ける。

 獅子城の目は、明らかに焦点が合っていない。僕ではない何かをじっと見つめている。

「人間というものは、勝利を確信した時に、最も油断をする生き物だ。目の前に転がる勝利は、もう腕を伸ばせば届く程に近くに転がるからだ。君は、今、獅子城を見た時に安堵し、彼から僕の家の間取りを手にした」

「何が……、言いたい!」

「何が言いたい? 獅子城を見た時に、君の頭の中で、何か過らなかったのか?」

 義隆の微笑みが、口を裂かんばかりに開き、出血する腕を抑えることも忘れ、笑い続ける。

「お前っ!」

 僕は、獅子城から距離を取る。彼に手渡された紙を握り締めたまま。

「違う。それじゃあないんだ」

 義隆の一言で、僕は右手で握り締めた紙を広げる。

 それは、ただの白紙。ただの何もない。皺くちゃの紙切れだ。しかし、僕がその紙を広げた時、高く、小さい音がその場で鳴り響く、気付いた時には、遅い。僕はそう思ったが、その紙を瞬時に投げ捨てようと手から離して交代する。

「僕の勝ちだ。秀人」

 義隆がそう言うと、僕の目の前が、閃光と爆音に包まれた。


◇◇◇


「ボロボロじゃあないか、秀人」

 突如、水を掛けられて僕は目覚めた。ここは、何処だろう。窓がなく、埃っぽい。恐らく、地下室か何かだろう。

周囲の観察をしているだけで、全身に激痛が走り、僕の体は悲鳴を上げる。声も出せない激痛とは、この事か今度、登場人物にそう思わせるリアリティを生むために丁度良い体験が出来た。そう思おう。

「まったく、油断をするからそうなるんだ。ようやく、止血も終わったところだし、僕としては、これから君を嬲り殺すのも僕の自由という事さ」

 右腕に包帯を巻いた義隆が、僕の目の前を腕を組んで右往左往する。

 まだ体は焦げ臭く、血生臭い。この前買ったばかりの服も至る所に鉄の破片が刺さっていたのか、破れてしまっている。

そして彼の制作した爆弾を、ほぼ零距離で受けた僕の体は、思った以上に重症らしい。

加えて、四肢が思う様に動かない。

「結局、君は駄目になってしまったんだ。そんな怪我じゃあ、完治するまで執筆活動も出来ないだろうし、まぁ僕の心には、君を生かそうという善良な心は皆無だがね。ここは、僕の自宅でね。特殊な結界を張っているから、外からは分からないんだ」

 義隆は、僕の顎を持ちながらそう話した。完全敗北とは、こういうことを言うんだろう。声も出せなくなってしまっては、彼に何か言う事も出来ない。

 声を出せた所で、その結界とやらに僕の声はかき消されてしまうだろうが。

 顎を持たれている時、僕の視線に地面に横たわっている獅子城が見えた。全身傷だらけで、いつ死ぬか分からない様な大怪我に見える。いくら丈夫な肉体をしているとはいえ、あの傷ではもう無理だろう。

「非常に残念だ。集講少社から二人も主力が消える事になるとは、とてもとても悲しい。そして僕は、最後の同級生を亡くしてしまうというのか、とても心苦しいよ」

「僕を……殺すのは、一向にかまわない……。でも、彼は……、生かしてやってくれ……!」

 軋む体を震わせて、僕は精一杯の伝言を絞り出す。義隆は、呆気にとられた顔をして、動きを止めた。

「自分が、大事じゃないのか? 獅子城よりも君の方が、作家としての価値は何倍もあるだろう」

「彼には……、幼い兄弟が、居るんだ……。だから、助けてくれ……、頼む……」

「涙ぐましい願いじゃあないか……、あの瀬戸秀人が、ただのサラリーマンに命乞いをするなど、誰が想像するだろうか」

 義隆は、スーツの胸ポケットからハンカチを取り出して、自分の顔を拭く仕草を見せた。

「でもだ。死というものは、全ての人間に平等に存在する。どんなに幸運な人間でも、どんなに肉体が強靭な人間でも、人間という存在にはその概念がつきものだ。僕は、人の立場で殺人を止めるということは無い。相手がどんな人間であろうと、僕の正体を探ろうとする人間は殺さなくてはならない。だから、君は殺す。獅子城も殺す」

 義隆の顔は、至極幸福に満ち溢れている。彼にとって殺人は快楽且つ、夢の実現に必要な事。僕の様な漫画家兼小説家が、自分の作品を講読してもらえる事と同じ、自分の人生における最大の喜び、それが彼にとっては、殺人なのだ。交渉は成功するとは思っていなかった。

 ただ、一縷の望みに、僕は託そうとした。それほどに追い込まれているという事だ。彼に良心があるという事に一瞬でも賭けた自分が恥ずかしい。

 獅子城だけでも、この場から救い出す事が出来たら、僕はそれでいい。

「君と獅子城を殺したら、次の標的はもう決まっていてね。君の友人を、僕は殺さなくちゃいけない。君の友人は、僕の事を記憶していてね。僕の事を知る人間は、全て殺さなくちゃあいけないから、必然なんだ」

「お前に……、望月君が殺されるわけが……、ないだろ」

「いいや、殺すさ。彼は殺さなくちゃあいけない。あんな偽善を気取ったガキは、殺さなくちゃあいけないんだ。それに、あんなクソッタレた小僧如きに、万全の準備が出来た僕を、倒せるわけがないんだよ。高校生という身の分際で、背中に傷を作り、体の至る所に刺青があるような人間が……」

「お前に! お前に彼の何が分かる! 何を理解した! 何を! 殺人鬼如きのお前が! 望月君の何を理解する!」

「彼を貶した途端、元気になるとは、分かりやすいなぁ秀人。だが、そのまま吠え続けたら、死ぬが、いいのか?」

 最後は、怒りに身を任せ、狂犬の様に吠えて死ぬ。か、短い人生だったが、充実していた人生だと思う。

 ただ、唯一、悔いがあるとしたら、最後に望月君に会いたかった。

 いよいよ、意識が朦朧としてきた。僕に背を向ける義隆の背が後光をさしている様に見える。いよいよ、僕にもお迎えが着た様だ。体も心なしか冷え切っている気がした。多量出血というやつだろう。最後が、こんな散り様とは、自分に対して嘲笑してしまう。

 漫画家兼小説家なのにも関わらず、大怪我で死ぬとは、最後は原稿の上で伏せたかったものだ。

「さて、秀人。もうすぐ死ぬ君に望月君へのメッセージを録画させてくれないか?」

「あぁ、でもその前に、僕の友人を解放させてもらおう」

「貴様っ! どこかっ……!」

 義隆が話終える前に、誰かの右腕が彼の右頬を捉えていた。義隆は数メートル後ろに吹き飛ばされ、地下室にも関わらず、辺りでは砂埃が舞っている。

 後光から現れたのは、毎日の様に見る後ろ姿。

「瀬戸先生、大丈夫ですか?」

 望月君だった。心配そうに僕の顔を覗き込んでくれている。いつもなら彼に応じることができるのだが、もう喉から声を発することが出来ない。

「はい。そうです。その場所で間違いないはずです。怪我人が二人ですね。僕は医者じゃないので治せません。はい。瀬戸先生の方でない方の状態が深刻ですね」

 望月君が、耳に手を当てて誰かと会話している。僕らを助けに来たのは一人ではないのだろう。

「小僧……。また私の前に、立ちはだかるというのか……!」

「立ちはだかる? 違いますよ。今回は、瀬戸先生たちの上司が僕に直接、二人を助けてくれという依頼があってね。場所を教えていただいたので、あとは二人を探すだけで済みました」

「僕の結界は完璧だった筈だ……! お前の様な小僧に、どうして見破られたというのだ!」

「見破ったのは、僕の力じゃありませんよ。瀬戸先生の魔力を辿ったら、この家の地下に続いてたんですよ。貴方の魔術では、痕跡は残らないが、僕は瀬戸先生の痕跡は理解できるんで」

「それでも! 結界を破るのには、それ相応の魔力を要するはずだ!」

 望月君は服の袖を捲り、義隆に例の刺青を見せた。

「これのお陰ですよ。隠そうと思っていてもこうして発光して存在を証明しようとする。黒田義隆、お前の殺人衝動と同じさ。僕の意思では、この刺青が現れる事を抑制することが出来ない」

 望月君は学校帰りなのだろうか、学校指定のカッターシャツを着ていた。真っ白のカッターシャツを刺青の発光は貫通して、僕や義隆に見える程度に、地下室に明かりをともす電球の様に発光している。

「この、化け物め……!」

「化け物はどちらか、僕は貴方に聞きたいですね。僕のこれは、呪いの類に近い。貴方の魔術もそれに近いでしょうが、それは貴方が望んで手に入れたものでしょう? 僕のこれは違う。物心ついた時から忌々しいものとして背中に現れていた」

「同情を誘っているのか? この僕が、君に対して同情するとでも?」

「同情? いや、違う。僕は貴方がそうやって立ち上がるのを待っていたんですよ」

 望月君が、立ち上がった義隆に向かって走る。義隆は、胸ポケットから名刺入れを取り出し、それを握り望月君に投げつけた。

 その一瞬であの名刺は罠と化し、義隆の好きな間合いで効力を発揮することが出来る。それが爆弾なのか、突然破裂し、鉄の刃を飛ばすのか。

 僕の心配を他所に、望月君はそのまま義隆に向かって行く、彼の投げた名刺が望月君の頭上に到達した時、義隆は指を鳴らして起爆の合図を送る。

「馬鹿め! 正義の味方面をしたこと、後悔するがいい!」

 しかし、義隆の合図で名刺は反応することはなかった。破裂音もなく、強力な閃光もない。

「後悔するのは、そっちですよ」

 義隆の顎を、望月君の的確な掌底が捉える。

 掌底で仰け反る義隆に対して、彼はさらに左腕で、義隆の左の頬を、固めた拳で殴打する。義隆は力なくよろけ、その場に伏せようとするが、望月君はそれを許さない。

 腰を曲げ、膝から崩れ落ちる動きを見せた義隆の腹部を、彼の容赦ない膝蹴りが襲う。

 これには、義隆も流石に堪えたのか、喀血してついに倒れる。いや、倒れるという表現ではない。彼は望月君に倒れる許可をもらったのだ。

 そう思えるほどに、義隆と望月君の力量差は圧倒的で、全てにおいて望月君が上に立っていた。

「僕の家族は、貴方よりも怖くてね。毎日の様に死にそうな日々を送ってるんです。それに呪いのせいか、僕には魔術があまり通用しないんですよね。という事で、自首しましょう」

 望月君は喀血して倒れた義隆の胸倉を掴んで無理矢理立たせる。

 明らかに、望月君の表情は憤っていた。見た事のない表情を彼が、義隆に向けている。

「えぇ、怒っていますよ。怒っていますとも、自分が傷つくのは構いませんし、仕方ないと思いますが、貴方は僕の友人を傷つけた。それもかなり激しく、駆けつけるのが遅かった僕の責任でもありますが」

 望月君は、動かなくなった義隆を投げ、空中で彼の顔面を今度は右腕で殴り、壁に背を激突させる。

「これが、あの男と同じ力か……。僕の魔術を打ち消すのも、あの男と同系統の力という事が理解できる」

「流石に丈夫ですね。ノーフェイスと一緒に居るだけありますよ」

「元からジムにも通っているのでね。体力には自信がある。が、君の攻撃は身体に響く、僕は悪魔でただの人間だ。おおよそ、君の筋力はその刺青によって強化されていて鋼鉄に近い程の強度か、僕も恐らく、多少の筋力強化は彼によってつけられているだろう。いくらジムで鍛えているといっても君の苛烈な攻撃を耐えうる強靭な肉体ではないからね」

「確かに、魔力による強化で僕の体はより頑丈になってますが、元から鍛えていますから、貴方へのダメージもかなり高いものと思いますよ」

 望月君は、依然として余裕の態度を見せている。義隆もいくつか罠をこの部屋に設置し、発動しようと試みる様子は見えるが、望月君の肉体に届く数センチ手前で魔術そのものがかき消されている。

「僕もノーフェイスを一度、殺そうとしたことがある。勿論、不意打ちだったが。彼には通用しなかった。君と同じ様な感じで僕の魔術はかき消されてしまった。君は、ノーフェイスの敵だと聞いたが、何故彼の味方にならない?」

「味方になるはずがない。僕は人間だ。あの男は魔族で、全人類の敵だ。僕は人間です。人間で沢山なんですよ」

「その力があれば、僕なら彼に力を貸して僕自身の夢と、彼自身の夢を叶える事が出来るんだ。何故、僕ではなく、偽善者の君にその力があるのか、疑問でならない」

「人間ならざる力は、修羅の道ですよ」

「それでも構わないさ。僕は、自分に夢という人生の在り方をを与えてくれた男に感謝しなくてはならないんだ」

 気付けば、僕と獅子城は全身に防弾チョッキの様な者を纏った人たちに担がれていた。望月君は、秀人の鳩尾を肘で殴り、見事気絶させた。そして彼を肩に担ぐと、彼を担いだまま外に出た。

「瀬戸先生、しっかりしてください」

 望月君は、担架の上で伏せる僕の元へ駆け寄り、手を翳した。すると、裂傷がみるみるうちに塞がっていき、殆ど元の状態に回復させる。

「望月君、僕はいいから……、獅子城を頼む」

「獅子城先生なら大丈夫ですよ。彼の方が肉体の裂傷が酷くて、専門の方に見てもらっています。僕の簡易治療でも気休めにはなるので瀬戸先生の元に僕が」

 望月君の掌から発せられている光は、暖かかった。そして優しく、先ほどの憤慨していた顔が嘘の様に慈愛の表情に満ち溢れている。

かつて、マザー・テレサに看取られていた人たちもこういう気持ちだったのだろう。

「長谷川真綾さんという方が、わざわざ学校に着て僕に教えてくれたんですよ。お金で頼まれそうだったんですけどね。どうせなら好きな作家さんのサインとかでっていうがめついお願いしちゃったんですよね」

「ん? 作家のサイン? それなら今すぐ書くよ」

「あ、瀬戸先生のじゃないんです。獅子城先生のサインなんですよ」

「何!?」

 あんまりだ。僕のサインならいつでも彼に渡せるというのに、よりにもよって獅子城のサインとは、あまりに心外だ。

「瀬戸先生、いきなり動くとお体に障りますよ」

「君に治してもらって、僕の体が動かないわけないだろう」

 望月君は、魔術でも治療が不十分に行き渡らない箇所に包帯を巻いてくれている。流石、医者の家の子だ。こういう事も教育の一環で習っていたのだろう。それに将来の夢も医者という事だからこういう事は出来て損はない。

「また、君に苦労をかけてしまったな」

「大丈夫ですよ。瀬戸先生には僕だけではなく、僕の友人たちも世話になっていますからね。これぐらいお安い御用ですよ」

 僕の右腕を包帯で巻き終わると、次は僕の足首にとりかかった。獅子城はもう救急車で搬送される所だったが、義隆は堅牢な牢屋をそのまま車に搭載しただけの様な車に乗せられ、運転手はどこかに連絡をとっているところだ。

「そうだな。君には至極、単純で造作もない事だろう」

 望月君の背後に奴が現れた。

「望月君! 後ろ!」

 僕が叫ぶ前に、望月君はその男と対峙していた。いつも変らぬ服装、辺りはその男の来訪で突如、気温が下がり、冷気が漂っている様に感じる。

「何しに来た?」

「私の部下を返却していただきたくてね」

「殺人鬼を? それはできない」

「と、言われても私は力ずくで彼を返却してもらうがね」

 ノーフェイスは腰に携えている太刀を引き抜き、望月君に突き立てる。しかし警察たちがノーフェイスを囲み、銃を構える。

「魔術の教養もない人間が、私を捕縛できるとでも思っているのかね。浅ましい思考は嫌いではないが、相手を間違えている事を忘れないでいただきたい」

「お前を捕まえれるだなんて思っちゃいないさ。ただ、目の前に居る殺人鬼を逃がすわけにはいかないって言ってるんだ」

「望月鋳鶴、この場に居る人間で私を相手に出来るのは君ぐらいしかいない。と、言っても君では戦力不足だがな」

 そう言って彼は太刀を振るう。彼を取り囲んでいた警官たちは、ドミノ倒しの様に倒れていく、望月君は辛うじて彼の太刀を寸での所で回避して、瞬時に攻撃へと転じる。

「手甲か、それがあれば、太刀を受け止めるには聊か弱いと思うがね」

「お前には、これだけの装備で充分だってことだよ!」

 望月君の手甲が、太刀と鍔ぜり合いを始める。

 望月君を援護しようと、ペンを取り出すがどうやら魔力を練る事が出来なくなっているらしい。

「君の友達が援護しようとしているが、どうやら魔力は尽きかけらしい。今すぐ殺してやるのもいいが、どうかね?」

 僕の頭上には歪な形をした剣が浮遊している。これがノーフェイスの魔術だろう。しかし、僕の様に絵を描かずとも、義隆の様に物質に触れずとも何かを制作することは不可能に近い。

 望月君は、何度かあいつと対峙しているため、見慣れているのか動揺することは無い。

「お前が剣を投擲する前に、僕が瀬戸先生を助ければ良い。ただ、それだけの事だ」

「いつもそれが出来たら苦労しないだろう? 私は敢えて手加減をしているというのに、その高慢ちきな態度は恥ずかしいと思わないのかね」

「高慢ちきで結構、お前を自由に行動させるわけにはいかないからね」

 望月君は僕の頭上にあった剣を自身の腕から火炎放射の様に青色に輝く炎を噴出する。一連の行動によって望月君の右腕の刺青がまるで心臓の様に鼓動している。

 火炎放射の様な攻撃方法だが、僕には一切直撃せず、綺麗に剣だけを焼き払ってそのまま消えて行った。

「呪いをコントロールする程度には成長しているのか、高校生にしては上出来のようだな」

「それはどうも」

 二人は以前、手甲で防御をしつつ、隙を伺って近接格闘術による攻撃を繰り出す望月君と、剣を無限に複製して作り出し、己の手はあまり下さず戦うノーフェイス。どう見ても有利なのはノーフェイスだった。二人の力量差は歴然で、何百年も前から生存していると言われている生物との差を埋めるのは難しい。

「望月鋳鶴、どうあっても今の君では、私に物理的に攻撃を加えることは不可能だ。それも、瀬戸秀人を守護しながら戦うとなると、君が一人で私に敵わない力量差なのだ。無理に決まっている。そして黒田義隆にも気を配らなくてはならず、君は私との闘いにそこまで集中する余裕はない」

 手甲で剣を防いできた望月君だったが、遂にノーフェイス自身が手を加え、攻撃の勢いはさらに増していく、手甲の間を縫って攻撃を繰り出す別の剣と、彼自身を狙った攻撃をノーフェイスが繰り出す。

「クソっ!」

「だから言ったはずだ。手加減をしている私にも敵う事もない君が、この悪条件の中、私の相手が出来ると思っていた事自体が腹立たしい。君の様な非凡な人間が、私に及ぼうとしていた時点で」

 彼は望月君の正面に、無数の武器を出現させる。剣、手斧、槍、戟、刀、鎌など武器図鑑の書物で見た武器をそのままそっくり、その場所に複製したかの如く、ありとあらゆる武器が望月君の方向を向いていた。

「複製魔法か」

「流石は、瀬戸秀人。私の魔術を理解しているとは」

「もう世界では、君だけしかその魔術を使う事は出来ない。そもそも、その魔術を扱える人間が居ないことと、複製魔法に関する記述の記載されている魔術書が一切残存していないということ、そして一般人には踏み入れない領域にその魔術があるという事だ」

「その通りだ。望月鋳鶴よりも詳細を理解しているとは思わなかったが、ただ知識として記憶しているだけなら、人間である限り、誰でも出来る事だ」

 彼は望月君に武器を一斉に射出した。

勿論、全てを回避しきれる筈もなく、僕に向けて射出された武器に気を取られてか、望月君の背中には大量の武器が刺さっている。

「望月君!」

「この程度なら……、慣れっこですよ」

 誰が見ても虫の息に見えてしまう程、望月君は致命傷を負っていた。その場で立てている理由としては、あの刺青による身体能力の向上が関係しているからだろう。

 慣れっこというのは彼の強がりで、僕を心配させまいと気を使っているのだ。

「君の一族は、確かに最強の一族かもしれないが、私と違って人間という種族は年齢というものを重ねる。私は常に全盛で存在することは可能だが、私の知る君の両親や祖父、彼らはもう私と対等に戦う事は不可能だ。故に、此処で君を殺せば、我々魔族に軍配が上がるというもの」

 ダメ押しだろう。無駄な魔力を消費しない様に、彼は一本だけ、剣を望月君の目の前に配置する。

 ノーフェイスは余裕の表情だが、何か悲し気な哀愁を感じさせる。望月君は悲鳴をあげようともしない。嘆かない。こんな絶望的な状況で何故、まだ目の輝きが鵜失われていないのか、もう誰も彼の窮地に駆け寄る人間は居ないはずだ。

「君を殺し、義隆を救出する事が、最大の戦果だからな。死に行け」

 望月君が、死んでしまう。

ノーフェイスは無慈悲に彼の頭部目掛けて一本の剣を飛ばす。

こういう時こそ、誰かが颯爽と駆けつけて彼を助けてくれるんじゃないのか。そういう正義の味方が居ても悪くないんじゃないか、彼が死んだらこの先、誰があの男を打倒する。

「貴様、とうに魔力は尽きたはずでは……?」

 体が、動いていた。

 自分で動かそうとして動かしたわけじゃない。自然と、体が望月君の前に立ち、壁の絵を描いていた。

 望月君を守ろうとする一心が、僕の体を突き動かし、絵を描かせたと言った方が正しいだろう。もう動かないと思っていたはずの体が、その一心で動くなら安いものだ。

 ノーフェイスはさらに武器を複製し、僕の制作した壁に向けて射出する。無数に作られた武器は、僕の壁を削っていく、ものの数秒で壁は僕の前から消失し、彼が僕の目の前に刀を振りかぶって現れる。

「そこを退け」

「退くものか……!」

「望月鋳鶴を擁護した所で、未来は変わらない」

「変わらなくても構わない。僕は、掛け替えのない友人を見捨てるぐらいなら死んだ方がましだ! ほら! 殺せよ!」

 ノーフェイスは構えを解いた。無数の剣は全て消滅し、ノーフェイスは僕に背を見せる。

「気が変わった」

「何でだ」

「理由を問うのか? ただの興覚めだ。その代わりと言ってはなんだが、義隆は連れて帰らせてもらう」

「それで構わない。その代わり、そのまま去れ」

「一つ忠告しておくが、望月鋳鶴は気絶している。早急に病院にでも搬送するんだな」

 そう言い残して、ノーフェイス義隆を抱えて消えた。彼が去ると同時に、駆けつけた警察の方々は各々目を覚まし、僕がその後の状況を説明する。

 そして望月君を病院に連れて行き、彼の親である雅さんに診察してもらった。

「鋳鶴君は、大丈夫でしょうか……」

「あの馬鹿はこの程度では死なんよ。私の息子だしな。それより、治療する必要のないお前は仕事もあるだろうし、帰れ」

「え、でも」

「あの馬鹿は、人に気を使いすぎる。お前みたいに心配する人間が近くにいるとより、無理をする。私自身、息子をそこまで大事に思ってはいないが、死んではもらいたくなんでね」

 雅さんはコーヒー片手にそう言った。

 確かにその通りだと思う。彼は他人に気を遣ってしまう。雅さんの言い方は非情な気はするけれど、僕なんかよりもよっぽど雅さんの方が、望月君の事を理解しているだろうし、僕は雅さんに一礼して病院を後にし、集講少社に戻り真綾さんに今回の一件について報告をしに行った。


◇◇◇


「君らが無事でよかった。獅子城も一週間程すれば、退院できるらしい。全く、望月君には頭があがらない」

 集講少社の社長室で僕は真綾さんとソファに腰掛け、対面で会話をしていた。目の前には緑茶とコーヒー、僕は緑茶で真綾さんはコーヒーだ。

「僕も同感です。真綾さんが望月君に頼み事をしていなかったら、僕と獅子城は死んでいました。ただ、僕の力量不足で彼に重傷を負わせてしまいましたし」

「私は、ただ頼み事をしたまでだ。君たちを失うわけにはいかなかったしな。会社的にも私個人からしても、貴重な二人の作家を失うのはこの会社にとって痛手だし、今度、菓子折りでも持って望月君の家に行くよ」

「でもノーフェイスは、僕を殺せました。望月君もです。でもいきなり興ざめしたと言って去っていきました」

「興ざめした理由があるんだろう。あの男なりの理由が」

 真綾さんの言い方に何か、違和感を覚えながら、僕は社長室を後にし、陽明町に帰るため駅に向かった。


◇◇◇


「何故、途中で考えを変えた?」

 秀人が去ってから数時間後、その男は社長室のソファで腰掛けていた。いつも腰に携えている太刀を部屋の隅にかけて。

「うちの会社の収益はあの二人が居なくなる事によって、多大な損害を受ける事が分かったのでね」

「そんなこと、初めから分かっていたことだろう? 君は了承したはずだ。それに瀬戸秀人を立ち上がらせたのも君だろう?」

「さて、何のことだか」

 ノーフェイスは仮面と兜を脱がずに、コーヒーに手を翳す。すると、カップからコーヒーが消失した。

「コーヒーが消えた?」

「君にも顔を見せるわけにはいかなくてね。君はまだ人間だろう?」

「私は人間だが、そろそろ信用してくれもいいと思うのだが?」

 ノーフェイスは無言で真綾にカップを手渡す、真綾はそれを受け取り、隣接している応接室の流し台にカップを置いた。

「まぁ私とて、あの二人をあそこで殺していたら後悔していただろう」

「何故?」

「何故? あの二人をあそこで殺すのは惜しい。私とて、殺す時ぐらい選ぶさ」

「育ててから殺す。と?」

「片割れは、私の復讐だからな。安心しろ。瀬戸秀人は殺さん」

 真綾は胸を撫で下ろし、ゆっくりと息を吐いた。真綾の様子を見て、ノーフェイスは微笑する。

「何故、そこまで彼に拘る?」

「拘る? 先ほども言っただろう? 私の復讐だからさ。その為に私は今、生きている。彼を殺すまでは私は死ぬことは許されず、退くことも許されない」

 真綾が再び、ソファに腰掛けようとした時にはノーフェイスは、音もなく社長室から去っていた。

真綾はコーヒーを啜ると、大きく息を吐き、深くソファに腰掛けた。


このシリーズは一応、手元にあるものだけで今作を含めた三作となってます!また気が向いたら書こうかと思っています!

その前に本編で瀬戸先生を出さなきゃいけないんですけどね……。

これからも本編とともによろしくお願いします!

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