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瀬戸秀人シリーズ  作者: n
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瀬戸秀人とストーカーの淑女

城屋誠もこの時にはキャラクターとしては固まっていました。秀人はまだ出ていませんが、どうかよろしくお願いします


 僕の名前は瀬戸(せと)秀人(ひでひと)、身長一八六センチ、体重六八キロ、二十一歳の漫画家兼小説家だ。

 最近、自慢ではないが、僕は日本の将来を担う漫画家兼小説家として、「世界が誇る現代に生きる人間」という本に、僕の名が日本人で前から三十番目程の頁に拡大して載せられるほどの地位を獲得した人間ではある。

 好きなものは正直な人間と甘すぎない食べ物、嫌いなものは僕が面倒だと思ってしまうような人間とこっぴどく苦い食べ物だ。

 特技は勿論、絵を描くこととそれなりな文章を考えること。

僕の書く作品は大体、僕の事を知っていようが知ってなかろうが、という謳い文句で始まるのだが、今書いているこの原稿は、早歩きしながら書いている。

そのため、僕の描く漫画や書く小説で担当編集をしている鹿取君という非常識でぶっきらぼうで嫌味な事を口からすぐに吐き出してしまう性質の彼にはかなり負担を掛けていると思う。が、僕にここまで悪口というか苦言を言わせる彼の事だ。文句を言いつつもやってくれるに違いない。

 その原因は単純な事ではあるのだが、それだけで片づけてはいけない気がする。

最近の僕は、日頃の行いも悪くないし、親友である望月君の様に人に優しく、自分に厳しくという座右の銘を掲げているのだが、何故か今、何者かに追われている様だ。

漫画家兼小説家にふさわしくないかもしれない突然の散歩をしたい、という衝動だけで外出してしまったせいだろう。神への信仰の深い人間が僕と同じ状況に陥ることがあれば神に対して嘆くか助けを乞う所だ。

 後を付けられていようと別にやましい事はない。

しかし、自分が既知していない人間とも分からない者に家を知られるのも不味い。

何よりも得体も知れない相手に追いかけられるということは、心地いいと言えるものではない。

 サインを求めるファン、仕事の交渉をしてくるような相手に後ろから声を上げて追いかけられるのは心地いいのだが、今は違う。何者か分からない。人か、はたまた人以外の何かかもわからない相手に何どうやったら心地よい気分になれるか考えているところだ。

 僕の足は決して遅いわけじゃない。相手が合わせているのか、僕と何者かの距離は一定を保たれている。

 そして先ほどから魔法による攻撃を行っているのにも関わらず、僕の攻撃が通用しない。更に相手は僕に向かって何も言うこともなく、そんな得体の知れない相手と面を向って戦う訳にはいかない。

 攻撃と言っても、殴る蹴る魔力の塊を対象に放出するといった単純な攻撃方法ではなく、僕の持つ魔法のペンと言われる道具で物体や空間そのものに絵を描いてそれを生み出すという能力での攻撃だ。

今の僕は、財布の中に入っていたレシートや目の前の空間に目にも止まらぬ速さでペンを走らせ、動物たちを描き、相手に向かわせ攻撃していた。

 それらの攻撃力、個体としての能力は僕がその絵に込める魔力によって変化する。

例えばネズミ程度なら、いともたやすく生み出せるが、個体としての弱さを補うためには膨大な魔力を要する。

かといって動物でいうゾウやサイといった大きな動物、虎やライオンといった攻撃的肉食獣なども今の僕には大変魔力を浪費して生み出す生物になっている。

「待って……待って」

 待って、だと? 僕が待って得することは何一つない。追われている以上、逃げるのが常道というものだ。

「お前が何者かは知らないが、僕はこのまま逃げさせてもらうぞ!」

 少しばかし、相手から追われていることに関して、気を付けていることがある。それは振り返らないこと、相手が何者であろうと相手は言語を話せていて、その上で僕を追いかけているんだ。

 ということは人間またはそれに近い生命体か何かで、言葉は分かるけれど、僕の事をまだ探っている状態である。

 僕は漫画家兼小説家、メディアに出ることは少なく、評価されるのは自分の作品だ。

読み手の多くはきっと作者のあとがきや前書きからではなく、読み物から作者を想像したりすると僕は思う。

 テレビに良く出る作者ならば、読者も顔を覚えることが出来るのだが、それはデメリットにもつながる場合があるからだ。

 例えば、筋骨隆々でスキンヘッドの男性が作家に居たとしよう。

彼の趣味はボディビルと体を鍛える事、そして勿論、職業は作家だ。

 こうして考えてみると、そんな体形で作家をやっていること自体がおかしい話になってくるが、そういう作家が居たのなら、読者や世間の人たちはその見た目に驚嘆の声を上げるに違いない。

 相手は僕の顔を見ようともしなければ、誰かの名前を聞こうとするわけでもなく、僕が早歩きれば早歩きをして、走れば、相手も走って付いてくる。

「すまないが、僕は今、すごく忙しいんでね。道を聞くなら他の人に聞いてくれ」

「他の人、いなくて……」

 耳を澄まして聞いてみたら、どうやら女性の声だ。しかし、人間かは分からないし、振り返るのにもリスクが伴いそうで恐ろしい。

 僕はその場で立ち止まり、辺りを見回してみる。

 僕の視力は1.5。見渡せる限り周囲を見回しても人通りはない。

どうして彼女は僕という男を付け回すのだろう。

 そして財布の中に入っていたレシートなどで作った犬たちをどうやって彼女は倒すか、手懐けて僕にずっとついているのだろうか、前者しか可能性がないのは僕の考えでは確かだ。後者の方法をとっていたのなら、犬たちの元気な声が聞こえてくるはず。

 僕が見回している間に、話かけたり、かなり近距離に居るにも関わらず僕に触れもしない。

明らかにおかしことは重々承知している。

 やはり、僕が何者か分かってから犬たちと同じように僕を何らかの方法で消し去ろうとでもしているのか、今度は犬ではなく、魔力消費は激しいが虎ぐらいの肉食動物を僕は少し大きめの画用紙を鞄から取り出して相手に投げつけた。

 これでしばらく時間は稼げるだろうし、僕は家まで相手を無視して走り続けられるだろう。

「あの……待って……」

「嘘だろう?」

 虎は確かに大きな咆哮を上げながら相手に向かった筈だ。

犬ならまだ普通の人間でも倒せる動物だろう。だが、虎は違う。

 犬と比べるのは悪いが、犬よりは遥かに格上の肉食獣に分類されるネコ科の動物、その虎をいともたやすく、死ぬとき上げる生物特有のうめき声なども上げることなく、どうやって倒されたのか、非常に興味深いところだ。

「貴方は……、瀬戸秀人先生ですか……?」

 はっきりした女性の声、そして僕に合わせて走っているのに息切れ一つしていない。

本当に何者なんだ。

彼女は、いや、まだ彼女と表現するには早すぎるかもしれない。

今までで一番はっきりとした人間の声で、僕の名前を彼女は呼んだんだ。

僕は思わず足を止めてしまった。そりゃあ人間、突拍子もないことが起きたら僕でさえも立ち止まってしまうのは道理というものだ。

身の毛がよだつ恐怖の瞬間や、何か大きな発想が生まれた時、人は誰だって止まるはず。

一瞬、どんな人間でもその時に思考や行動を止めて立ち止まり、息をすることも止める。

僕の好きな作家でも、かの有名な発明王エジソンでも大きな何かを開発した時は、この現象に出会っていたのだろう。彼は、発明のし過ぎでその感覚さえも麻痺していたかも知れないが、僕が今、エジソンを挙げたのは、僕が昨日、たまたま家に置いていたエジソンの本を読んでいたからだ。

「人違いだろう。君の顔はうかがえないが、僕は瀬戸秀人じゃあない。僕は明石という者だ。君の探している瀬戸秀人ではないよ」

「嘘よ」

 先ほどまで、自信などありそうにない、か細い声が鮮明になっていた。耳を澄まさなくても分かる女性の声、そして彼女が二足歩行だという事も、彼女は僕の後ろで立っている。

 ほんの数メートル後ろに、彼女の存在を確認することが出来る気配。僕は、彼女が背後に(そび)えていることに驚愕し、額から流れ出た冷汗が僕の頬に伝っているのが分かった。

 正体が分からない怪異的な存在に対峙すると此処まで、人は追い込まれるのだと察してしまう。周囲の人間から強情と言われることがある僕も、こればかりはどうも無理らしい。

「貴方は瀬戸秀人先生よね? 陽明町出身の天才漫画家、そして天才小説家でもある男性作家、違う?」

「僕が、僕が瀬戸秀人だとしたら、君はどうする?」

「先ずはサインを求める。そしてアドレス交換をして、家に招いてもらって食事をする。あわよくば付き合ってそれから結婚ね」

 振り返らなくても分かる。この女は脳味噌そのものがメルヘンで出来ている自己中心的女だ。

そして匂いがする。香水の匂いだ。僅かに香る鈴蘭の匂いが僕の鼻孔を刺激している。

 鈴蘭の香りを漂わせる自己中心的女、この世で最も奇怪な人間としての階級が高く、遭遇率が奇怪に対して比例している気もする生物。僕の親友、望月君並みの聖人でもないとしたならば、確実にナイフの一突きでもして相手を殺しにかかるタイプだろう。

 僕は、漫画や小説のネタにならないかと多種多様の偉人や英雄の本を読んできた。

 基本的に偉人や英雄たちの本というものは後世に出版されるものであり、本人が生きている間に作られるなんて基本的にはもっての外だろう。

 そういった人間たちについて書くとき、というのは何処か理にかなっていない事や変質的な所を指摘してしまいたくなるものだ。

 英雄たちの伝記本は、リアリティというよりもフィクションと思ってしまうものが多い。

例えば、主人公が神の生み出した大きな試練などに立ち向かいそれを打ち砕く、といった今の少年漫画と似たような王道展開をしている類だと僕は考えている。

 それに反して、偉人達の伝記本というものは後世にも影響を与えるものが多く、先ほども紹介したエジソンや、彼のライバルでもあったグラハム・ベルという電話を発明した人たちの本は、英雄たちの伝記本に比べればまだ信じられる要素はある。

 僕は見られない物は基本的に信じたくない。

今、必死に彼女から目を反らし、頑なに振り返らないのもそれだ。

 彼女が僕の前方に回り込んできたら、今度は後方に視線をやるだろう。

 英雄や偉人は可愛いものだ。

 こんなことを言うのは失礼だが、そういった人間たちは既に死去している。

英雄や偉人とは、その他の人間たちにそう言われる前に死去し、それが伝説や伝承、本になり、世に知れ渡ることが大半なのだ。死去してしまえば、彼らも基本的には人間、故に僕や彼女の様に平等の死が存在する。

死は平等であるが、彼女の様な女性は故人しか居ない英雄や偉人とは違う。

今の僕にとってはどんな英雄や偉人よりも今、この時に生存している彼女と同じ空間に居るというその眼前の現実が僕に圧迫感を与えてくる。こうして僕に冷汗をかかせる。

伝記本に載っている偉人たちの気が狂った様な話でも冷汗一つかかないというのに、名も顔も知らぬ彼女に僕は怯えている。

そして彼女だけではなく、世界に彼女の様な人間が居るのだから現代というものは恐ろしいものなのだ。

時代が時代なら彼女も英雄や偉人の一人として数に入れられてもおかしくはない人間をしていると僕は思うのだが、しかし、それだと現代には英雄や偉人ばかりが跋扈する世の中に成り果てるだろう。

「嘘をついてすまなかった。僕は編集の鹿取、瀬戸先生の担当編集です」

「本当に? その魔法のペンは瀬戸先生本人のものではなくて?」

「確かに、これは瀬戸先生が持つ魔法のペンというものです。しかし、なぜそれを?」

「なぜ? 私をただの瀬戸先生のファンだと思っているのかしら、魔法のペンの事も彼が気にいっている人間の名前も少しは知っているわ」

「どうしてそこまで、君は彼の事を気にかける」

 僕の頬を白魚の様な手が優しく触れた。

 女性らしい、望月君の手よりも彼の知り合いの女の子たちよりも圧倒的に純白で、冷たい手だ。良い意味では美しく、女性らしい手だが、悪い意味で言うと不健康的でまるで生気を感じ取ることの出来ない程か細く、今にも折れそうな手。

「編集さん? 瀬戸先生のご自宅まで案内してくださる?」

「こんなことして、ただで済むと思っているのか? 貴方は行き過ぎたファンの一人だ。その中でも悪質で根深い人間だ」

「編集の人に何を言われても構わないわ。瀬戸先生の所に案内しなさい」

 僕は彼女に言われるがまま、無言で頷いて出来るだけ誰かに出会うように時間稼ぎが出来るような遠回りすることを考えた。


◇◇◇


 俺の名前は、城屋(しろや)(まこと)

 身長百九十八センチ、体重百二キロ、今を生きる陽明学園普通科の高校三年生、おまけに好青年だ。

 今日は、めんどくせぇ学校を抜け出して、地元の喫茶店で茶を啜っている。

名前は喫茶ブロンドール、オープンカフェもしていて、冬季でなければ外で俺の住むこの町、陽明町の特産品である味噌ういろうを食べながら茶を啜ることも可能で、店内には土産用のケーキやジャム、紅茶や緑茶などのティーパックなどが販売されている。

この店の人気商品は小倉トーストと抹茶ムースとモーニングセットだ。

モーニングセットは朝六時から十時までの商品、たった五百円でパンとゆで卵が付き、パンに塗るバターかジャムを選ぶことが出来る。

一方、小倉トーストっていう食べ物は小豆がパンに塗りたくってあるものだ。ムースは良くわからねぇが、店員に勧められたからこの店自慢の商品なのだろう。

此処は茶が一杯四百円っつうのはただのぼったくりにしか思えないが、四百円で今の暇を潰せるなら上出来ってもんだ。

 しっかしまぁ、暇というものが俺は一番嫌いだ。暇が嫌いと言って好きな喧嘩をして問題を起こすのもめんどくせぇし、俺たちが通う学校の六科という名で分類された連中が仲良くなっちまった今、俺が好き勝手暴れるわけにはいかねぇ。

 同じ学科の仲間たちに迷惑をかける訳にはいかねぇしな。

 取り敢えず、スマホでも弄って時間つぶしでもするか。


◇◇◇


 取り敢えず、彼女を背後から剥離したいということで、行きつけの喫茶店に誘導しよう。

あそこの喫茶店のエスプレッソと言ったら日本で一番と断言出来るほどに旨いものだ。

「すまない。喉が渇いてしまった様だ。喫茶店にでも寄らせてもらえないだろうか?」

「構わないわ。あそこの喫茶店のエスプレッソは美味しいって瀬戸先生も作品の後書きに記していたし、私も試しに飲んでみたかったの」

 まさか、こんな所で僕の後書きが役立つとは、くだらない日記の様な後書きにただただ記しただけだった気がしたが、熱狂的なファンにはそれが嬉々とした情報らしい。

「すまないな。瀬戸先生がよく利用する喫茶店は編集の僕もよく利用させてもらっているんだ」

「いいわよ。編集の鹿取さん? 貴方の気苦労も分かるわ。よく前書きや後書きに記されていた編集Kとはあなたのことだったのね」

「そうです」

 まだ彼女は僕に顔を見せずに、付いてきている。

その距離は五メートルもなく、喫茶店の外に僕は席を確保し、腰掛けて抹茶ケーキと煎茶を注文した。彼女は僕の背後にある席に座り、ショートケーキーとコーヒーを注文している。

 ここならまだ作戦を考える暇もあるだろう。

そして店内には店員さんと、数人の婦人会の方々だろうか、それだけしかいない。

 外の席には僕と背後に居る彼女、そしてもう一人、学生服で金髪の学生が腕枕をしながら眠っている。

「金髪……? そして、あれは陽明学園の制服……?」

 陽明学園、この地域一でA県N市最大の高校だ。

 日本五大都市を代表する高校の一校で僕の親友、望月君が毎日通学している学校である。

望月君は僕と背が同じぐらいで、誰にでも分け隔てなく接する一言で言えば聖人。僕が唯一、親友と認める男子高校生だ。

その理由としてまずは僕の作品を全て読破している事。それに加え彼の家は八女一男というとてつもなく男女比の格差が激しい家系であるにも関わらず、家事全般を彼が行っているという事。

僕と彼が親友と呼べるまでになった経緯は、僕が常人を凌駕する作品を手掛ける内容の参考にしようと、一人の人間を魔術で攻撃した事から始まった。

 望月君の話は此処までにしておいて、陽明学園には六科と呼ばれる存在があり、普通科、魔法科、機械科、科学科、銃器科、魔王科の六科で構成されている学校だ。

 学園長はイギリスにある魔術協会と呼ばれる場所の幹部で、見た目は少女の様だが、実年齢は見た目らしからぬ年齢と聞いている。

 望月君はそこの普通科で勉学に励んでいて、彼の話によるとその学校の行事はかなり衝撃的なものらしい。

 僕の聞いた話では、普通科は至って普通の高校と同じで、その中でスポーツ、理系、文系、福祉系で分かれているそうだ。

 普通科に居る人間は極めて人間的に普通な人しか居ないそうで、まぁ、僕からしたら望月君とつるんでいる連中は普通科の人間だが、全員普通ならざる人間であると、言える。

 普通科は他の科と違い、学校内でも軽く見られている。学科ごとに格があり、魔王、魔法、科学、銃器、機械、普通のカースト順になっているのだ。学科のカースト順に従い優先的に学校内で使える備品などの優先度が段違いという事も聞いた。

 年に一度、行われるという体育大会でそのカースト順を変えるという事が出来るらしく、今年は望月君たちの普通科が優勝してカーストの頂点に立ったとかなんとか、体育大会と言っても普通の学校で行われるような行事ではなく、各学科に人数制限のある戦争の様なものらしい。

 彼からそう聞いていたため、普通科がどう優勝したかはずっと気になっている所だ。

 何故なら普通科はカーストでも最底辺なのは、自分たちに特殊な技能が無い人間たちの塊のような組織だからである。

 例えば、魔法科なら僕の様に魔法のペンを使って魔術を扱うことができ、ペンがなくとも魔法を扱える人間たちばかりが集まる様な場所だ。

 魔法科だけじゃあない。各々の学科がそれぞれの特性や自分たちが主としている技術を使って互いに戦争の様な戦いをするのだから、どうやって彼らが優勝したか真に気になっている。

 望月君は普通科の人間で魔法などが使えるタイプだが、それでも彼一人では優勝は確実に難しい。

 魔王科は謎、魔法科は魔法、科学科は超能力、銃器科は拳銃や兵器だろう。機械科はロボットや銃器科とは違った兵器を使って戦うのではないかと思う。

が、僕はそんな連中の中、彼らが優勝できた理由が知りたい。

 まぁ、普通科が優勝した際ののメンバーの通り名と言ったものはこの地域一帯に知れ渡っているらしいが、僕は彼らの全てを既知しているわけでもなく、望月君以外にはそこまで興味がないからそこまでしか知らないがね。

「どうかした?」

「いや、見たことある様な人が居ただけさ」

 待てよ。今、僕の目の前に見える金髪の彼は、着用している学生服の右肩に普通科の証が刺繍されている。

 そして自己主張の激しい尖った金髪の髪と、高校生にしては筋骨が発達しすぎている強靭な肉体。

「ふぁーあ……」

「おい! お前!」

「あぁ?」

 城屋誠だ。僕が最も苦手なタイプの人間で望月君の事を軽々しく()(づる)と呼び捨てにするいけ好かない野郎、通称鬼の誠。

「おぉ! せっ」

「その名前は口にするな!」

「はぁ? なんでだよ」

「なんでもどうしたもあるか! お前はまだ学生だろうに、学校はどうした!」

「あんな所、さぼってるに決まってんだろ? 俺もある意味、普通科に居る英雄様の一人なんだからちったぁいいだろうよ」

「お前なぁ、ほんとに望月君の友達なのか? 彼の友達がこれほど横暴だと、彼自身もそういう人間と疑いをかけられてしまうだろう?」

「瀬戸先生よぉ。アンタは少々考えすぎだぜ? 鋳鶴は誰にでも手を差し伸べる物好きで阿保だ。でもお前が考え過ぎる程あいつは軟じゃない。それよりもお前の彼女か分からんが、あの女はいいのか?」

 女、やはり女なのか、城屋誠にしては辺りを見回す程度の事は出来るようだ。だが、彼女は僕の後ろにずっと密着していたはず。

 城屋誠と僕が会話していれば、僕の後ろに密着し、此処での話を耳にして僕の正体を明白に理解することができたはずだ。

「しかし、ありゃあお前にはもったいないぐらい美人だと思うぜ?」

「実は、彼女にずっとストーカーされているみたいなんだ。君はしっかりした人間の彼女が居るだろう?」

「まぁ、居ないこともないが、なんでストーカーなんてされてんだ?」

「なんで? 僕には分からない。と言いたい所だが、彼女は瀬戸秀人に会いたいらしいんだ」

「目の前に居るじゃねぇか」

 城屋誠は子憎たらしい笑みを浮かべながら彼女の事を指さした。

彼女はずっと俯いて僕らの方向を見ないようにしている様だ。

 此処でようやく、僕は彼女の姿見を拝見する。

身長は僕より少し低いぐらいだろう。そして金髪で地に着いてしまいそうな長髪、着用している服は純白のワンピース。

 前髪は均等に整えられていて、金髪ながらも日本人の様な清楚さが残っているのが僕にも分かる。

 城屋誠の様に下品な金髪ではなく、上品かつ、麗しい輝きを放つ金髪だ。金髪の人間というものは日本人で似合う人間は少ない。

 そして僕自身の偏見であるが、金髪な奴は大体、不良だとか、世の中で必要不可欠とされる常識が足りないとか、自分を鏡で見たことあるのかって聞きたくなるような連中がする髪色である。

 老害みたいな意見かもしれないが、やっぱり日本人というものは黒髪が似合うと思う。

 城屋誠に限っては似合う癖して、本人に学が無いせいで彼のトレードマークの様な自己主張の激しい髪色がそういう人間性だと思わせてしまうのだ。

「取り敢えず、今の僕は香取君なんだ。瀬戸秀人としてではなく、編集の人間として彼女に接している。だから、君にも演技してほしい」

「演技!? お前、俺があまり嘘とかつくの上手いタイプじゃねぇって知ってんだろ?」

「そんなことは重々承知している。だが、人を他人扱いする程度の事なら君にだって出来るだろう? 無茶なお願いではないと思うのだが?」

「お前のお願いってなんか気持ち悪いな。いつもはいがみ合う仲みたいな感じなのによ。一人の女相手に必死すぎんだろ」

 彼の言葉に業を煮やし、これまでの経緯や彼女が僕に対して行ってきた行為などを彼に話した。そして何が出来るか、どうやって僕の作り出した獣たちが殺されたのか、珍しく彼に協力的な僕だったと思う。

 望月君が居れば僕らの仲を取り持って無理矢理にでも協力させるのだが、僕の話にこいつが耳を貸すとは全く思うはずがなかったから、非常に意外な事である。

「謎を調べりゃいいんだな? あんまり女に暴力を振るうのは俺としてどうとは思うが」

「お前、かつて魔法科の生徒を生身で半殺しにしまくってたって僕は聞いたぞ。そんなお前があんな華奢で麗しい女の子なんかに負けるわけがないだろう? 望月君の友達でもあるし、君には一目置いている」

「何か鼻につく言い方だな。まぁ、たまには協力してやるよ」

 城屋誠はゆっくり彼女に近づいて行く、一歩ずつゆっくりと、僕の作り出した動物たちが何らかの方法で殺されたのか彼も足りない頭で考えながら警戒しつつの行動なのだろう。

「おい。そこの彼女」

「は、はい……?」

「俺、瀬戸先生の友達みたいなもんなんだが、あんまり編集の人に迷惑かけるのはやめてやってくれねぇかな」

「それは申し訳ありません。ご迷惑なのは重々承知しております。ですが、私は思うのです。あそこに居られる編集の方が、もしや瀬戸先生ご本人なのでは、と」

「なんでそう思うんだ?」

「私は瀬戸先生のお書きになった小説、漫画で読んでない作品などございません。前書き、後書きまで隅々まで読ませていただいております。あの方の作品は私の人生を変えてくださいました。大げさだと思いますけれど、私、引きこもりでしたもので」

「その見た目で!? 俺にはあんたが全く引きこもりだった人間なんて思えねぇぞ」

 城屋誠の耳に装着されているピアス、右耳の物だけを僕が描いて作った盗聴器にさせてもらっている。

 勿論、僕の財布に入っていたレシートで作った物だ。これぐらいの物なら、僕の魔力消費も極限にまで抑えられる。

 人体に装着するには空間で描いたものよりも紙に描いた方がより精巧に丈夫な物が出来るからだ。

「髪は黒でなくとも綺麗ですから、それに問題は容姿より中身。私はそう思っております」

 そして彼女の顔が確認できた。

日本人にはあるまじき目鼻立ちの良い顔をしている。普通の男性諸君ならストーカーされることに快感を見出してしまう程美しい顔だろう。

 それは城屋誠の声色が緊張した時のものであるからだ。

彼自身もあんな身なりをしていながら女性に対してはあまり耐性がない。

「えぇ、金髪なのは地毛でしてよ? 貴方もおしゃれな方なのね」

「そっ、そうか? あんたの気持ちは分からんでもないが、あんたみたいなファンは瀬戸の野郎と会う事に我慢してるやつだっていると思うぜ? やっぱり、あいつの創作を邪魔したくないとか、あの野郎にもっと良作を書いてほしいから、会わないってのもあるはずだぜ? それに、あんたの髪と鞄、嫌な気配がするんでね」

髪と鞄に嫌な気配だと? 僕の作った動物たちが彼女のそれに打ち負かされたというのか、果たしてどの様な方法で彼女は攻撃していたのか、僕の脳裏に一つだけ考えが思いついた。

「城屋誠! 彼女から離れろっ!」

 咄嗟に僕は叫んで彼はこちらに振り向いた。

 城屋誠は振り向いたと同時に僕の方向に向かって跳んでいる。彼女の攻撃方法、それは髪の毛による捕縛と、生き物の様な牙のついた鞄のファスナー。それで彼の頭を食い尽くそうと言わんばかりに大きく口を開け、構えていのだ。

 先ほどの彼との会話中、彼女の瞳は澄んでいた。まるで少女の様な瞳の輝きが僕の心を少しだけ動かしていたというのに、今の彼女はまるで悪魔の様に目の色は豹変し、夕日の様に真っ赤に染まっている。

「あと少しだったのに、瀬戸先生」

「やっぱり、気付いていたか」

「えぇ、私が気付かないわけないじゃない」

「てめぇ! 一体何者だ!」

 着用していた純白のワンピースが漆黒に変貌している。彼女の美しかった金髪も黒髪に変化して、彼女は一種の魔術による豹変状態に成ったのだと僕は理解した。

 そして、先ほどまで大人しく、ストーカーではあったが、淑女の彼女を豹変させた原因は鞄だろう。

あの鞄から異様な気配が感じられる。

 僕の持つ魔法のペンと似たようなものだ。

いや、具体的に言うと違うかもしれないが、僕の魔法のペンは自称魔王の痛い男から頂戴したものであり、継承したものと言える。が、彼女の鞄は違う。

 あの鞄からは望月君が自分の感情を抑えきれなくなった時にでる禍々しい魔力と似たようなものを感じる。

「呪われてんなぁ。あの鞄、でも付喪神? って奴かもしれねぇ」

「なんだと!?」

「彼女は確実にお前の熱心なファンだ。勿論、行き過ぎてるとは思うが」

「そんな奴は何人も居るさ……。バレンタインの時に、僕が描いた漫画のキャラ充てにチョコレートを届ける人間も居るぐらいだからな。人気投票を開催すれば同じキャラクターに何千ものはがきが届いたりする。全て同じ名前でね」

 彼女の名前は、そこにあったのだろうか、呪われた鞄の彼女は、僕の作品を読んで己の人生が変貌した彼女の名前は、思い出せない。

 きっとそれで分かるはずなんだ。

彼女がそこまで熱心なファンだというのなら、そこに呪いを解く方法もあるはず。

そう僕は考えた。

「あぁいう熱心なファンはファンレターで自分語りをするはずだ! 城屋誠!」

「分かってるよ。お前は義理堅い人間だから、そういう物も捨てねぇ筈だよな。それが呪いを解く方法かはわからねぇけど、俺が相手しとくから探しに行きな。あんまり期待はしねぇけどよ」

「お前……」

「貸しだからな。学校よりは退屈じゃねぇだろうが、呪い持ちの女のファンなんざ抱てんじゃねぇぞ!」

「私は瀬戸先生に成りたいの。鞄の持ち主の彼女は貴方に憧れていたのよ? そして同時に、貴方に成りたかった。成れなくても構わないからあの人の傍へ、と今日、この陽明町を訪れた。そして出会った」

「それは、彼女の意思か? それとも鞄、お前の願いか?」

「私? 私の願いは彼女の意思を支配している間に、私が瀬戸秀人に成ることよ」

 鞄に意思があるとは非常に興味深い言葉を発するものだ。

付喪神の一種だろうか、それとも呪いを持つ鞄を手に入れて乗り移られてしまったのか、どちらにしろ今の僕に出来る事はあの得体が知れない鞄の正体を暴くこと。

「嘘をついてたことは許せないけれど、城屋誠と言ったわね。貴方が瀬戸先生と一緒に居ることも気に入らないの。彼女からしたらどうでもいい事かもしれないけれど、今叶えたい私の願いをかなえるためには邪魔なのよねぇ」

「鞄風情が、夢なんざ語ってんじゃねぇぜ。今まで、いろんな馬鹿野郎やクソッタレと戦ってきた。呪いか神か判別できねぇような奴との戦いは初めてだが、俺自身はもっと変なのと戦ってきちまったから、可愛いもんだぜ」

 城屋誠が自分の身の丈より高く、右手を上げ、右腕を曲げる。そして左腕を腰元で曲げて構えた。まるで釈迦如来の座禅の構えであるような後ろ姿からは彼の覇気というべきか、見た目よりも大きく頼もしく見える。

望月君が彼を信用し、友として認めているのもその後ろ姿から理解出来そうな気がする。

「頼んだぞ。城屋誠」

「任せろ」


◇◇◇


 任されたものの呪いとの戦闘は初めてというか、呪いと戦うなんざ、陰陽師や神父とかぐらいだろう。

 呪いならまだ優しいものだが、付喪神の可能性も無きにしも非ず、嬢ちゃんの体は心配だが、凶悪状態の様な神を相手にするのは俺以外の普通科メンバーでもさっぱりだろうし、鋳鶴への新しい自慢話にもなるだろう。

 恐らく、鞄に依り代とされているあの嬢ちゃんは、憑依状態と呼ばれる様なものだ。自分の意思に関係なく取り憑かれ、無意識に他人を負傷させること、近くの物を破壊することも十分有り得る。

無意識で取り憑かれている所悪いが、最大限の手加減をして相手しなくちゃあいけねぇ。

付喪神とはいえ、神様ってやつだ。手加減して勝利をもぎ取ることなんざぁ出来るんだろうか。

「どうしたの? 私が女の子だから攻撃できないって?」

「いや、お前は殴ってやりたいが、嬢ちゃんの体が心配でな。お前の事なんざ、全く考えてないから安心しろ」

「付喪神である私が、貴方みたいな高校生に負けると思って?」

 鞄にしては減らず口を叩くようだ。こういう時こそ、落ち着いて敵を観察するべきだって鋳鶴たちに耳にタコができるぐらい言われたっけな。

 間違いなく今の嬢ちゃんが本体になっているのは鞄、鞄の口を広げそれで相手に食らいつくといった攻撃方法が主だろう。

 不自然に髪の毛が蠢いているが、あれもまた付喪神の力だな。

どうみても髪の毛で攻撃してやろうという気概が丸見えだ。

「髪の毛か?」

「えぇ、この子の髪の毛は艶やかで美しいという稚拙な言葉ではなく、美麗という上品なお言葉で現したほうが良いわ。彼女と相反する美麗さだもの」

「自分の主人を不細工扱いたぁ偉いもんだなぁ。えぇ? 付喪神さんよ」

「見た目じゃないわ。本人の美しさと彼女自身の精神とを比較したのよ。引きこもりだった彼女は何よりも醜く美しさも麗しさにも程遠いものだった。そんな引きこもりだった彼女の希望が、瀬戸秀人だった。彼の作品があの子に外へ踏み出す勇気をくれたのよ」

「でもそれであの嬢ちゃんの願いが満たされるのか?」

「満たされるわ。あの子の願いは瀬戸秀人の近くに居ることだもの」

「お前の力を借りて……」

 全身の節々まで魔力を込める。

筋繊維や微細な骨に、血を満遍なく巡らせるように、徐々に体が赤く発光し、全身がまるで赤鬼の様に変貌していく、付喪神ほどの驚きはないとは思う。

 体中がまるで熱したての鉄のようにになった所で、俺はようやく構えを解いて、深呼吸をする。

「鬼が人界に居るのは知っていたけど、まさか貴方とはね」

「悪かったな。隠すつもりはなかったんだが、手加減はするが、力の入れ加減を間違えることがあるかもしれん。その時は、お前も嬢ちゃんも覚悟しておいてほしい。最もお前が主人思いなら今すぐに家にでも帰ればいいことなんだがな」

「鬼風情が、付喪神に敵うと思って?」

「憑依しかできん付喪神風情に鬼の相手は厳しいと思うがな」

 深呼吸し、ほんの一瞬だけ冷却された体を爆発させるように一気に全身から魔力を放出する。今の俺は機械類の動力源そのもの、全身にかかる負荷と、魔力の爆発が相手の瞬きも許さぬ速さを生み出し、付喪神の胸元に入り込む。

「人間にしては速い。魔力量も桁違い」

「俺は普通科高校に通っている。今は、だが、問題起こす前までは魔法科の高校に通ってたんだぜ? その普通科と魔法科は同じ学校だけどな」

 速度だけじゃない。攻撃力、耐久力、持久力、全てにおいて今の俺は人間を軽く凌駕する肉体を現在進行形で形成し続けている。

 魔力の消費は勿論、著しい。

全身から吐露するように放出される魔力を回収する術はない。

訓練を積めば、その消費を抑えられるはずなんだが、今、それを実践し、物にする暇はねぇ。

何より、めんどくせぇという俺自身の日頃から現れる怠惰がそれをさせない。

 相手の肉体が躍動する前に、俺は右拳を握り、付喪神の顔面を捉える。人間が反応できる限界の速度を目の当たりにして神はどういった手に出るのか、いくら憑依したと言えど、その依り代は人間でしかない。

 それに少し前まで引きこもりだった嬢ちゃんが、俺のこの動きに反応できるわけがねぇ。

 眼前でとらえることはできても問題はそれからだ。彼女の肉体にどれほどの負荷をかけずに行動するかにより、付喪神のこれからの行動が決定される。

「良い正拳突きじゃない、正直、受け止められるか分からなかったわ。あまりに猛々しいので人ではないのかと」

「一応、まだ人間なんでな。取り憑かれるだけの持ち主とは鍛え方が違うんだ。周りにも嫌というほど化け物が居やがるし、俺程度でもこれぐらい出来るのが当然っちゃあ当然なんだ」

「神をも恐れないというのね」

「恐れないってよりも神より恐い存在がいりゃあそういのって薄れるもんだろ?」

「彼女にとっての恐怖は、部屋から一歩を踏み出すことだった」

 戯言なんざ聞いてる暇はねぇ。が、俺の右拳はさっき垣間見えた髪に雁字搦めにされ、巻き取れていた。

「貴方みたいに野蛮で暴力的な人間と違ってこの子は繊細でガラス細工の様な人間なの」

 俺の反応速度よりも迅速に蠢かせた髪で俺の右拳を止めたというのだろうか、それにしては速すぎる。俺が殴りかかる前に動かしたというのならそれこそ人間を超えた高速で捕捉するしかない。

「彼女の髪は、美麗にて強靭、本人とは違って髪は正直だもの。私が操らなくても生き物みたいで成長してるの」

「操ったというよりは、俺が網にかかった魚という所だな。野生の勘みたいなもんがあれば避けられたかもしれねぇなぁ」

 焦りは禁物、幸いにもそこまで手痛い拘束ではなく、比較的抜け出しやすい優しい捕縛だ。

 それに右腕だけ、左腕と両足はまだ自在に動く、俺は右足に溜まった魔力を放出し、右腕を捻り、鞄の頭上まで全身を回転させほんの一瞬だけ浮遊させる。

 今度は、浮き上がった衝撃で鞄の頭上、俺の頭より高く上がった左足の魔力を放出、先ほどとは逆に俺は左足から放出された魔力により、浮き上がった時よりも遥かに回転力の増した右足を鞄の顔面目掛けて蹴り入れる。

 回転による遠心力と、魔力放出による衝撃で俺の蹴りはいつもの何割増しかは分からないが、かなり強力な踵落としとなって女の頭蓋目掛けて振り下ろす。

「嬉しいわ。思った通りの事をしてくれて」

 鞄の台詞と同時に、頭蓋を目掛け振り下ろされていた俺の右足は鞄の頭蓋でなく、髪がまるであいつを守護するかの様に高い壁になり、俺の蹴りから自分を守る。

その重厚さは髪じゃ絶対に有り得ねぇ強度を誇っていて、俺の右足は少しだけだが痺れを感じている

 衝撃は何処かに逃げちまったか、女だけでなく、髪の傷みすら見えない。

優しい防御且つ、確実性が高い防御。

 確実にめんどくせぇ奴を俺は相手に戦っていると心の中で思った。

「お前の持ち主の髪、滅茶苦茶いいじゃねぇか」

「勿論よ。引きこもりでも髪の手入れを怠らなかったあの子は素敵だと思う。まぁあの子は引きこもりだけど自分の髪に対しては几帳面で親によく欲しい整髪料とかをメモに書き、それを渡して手に入れていたし」

「引きこもっている癖に、そういう点では積極的だったんだな。しかし、そこまでしてくれる親が、どうして嬢ちゃんを部屋から引きずりだそうとしなかったんだ」

 鞄は口を噤み、空中で宙ぶらりんな俺を見つめた。

 憤怒に震えている両肩、震えているがちゃんと握られている両拳、神が見せる態度じゃねぇ。まるで自分の親友を侮辱されたかの如く、俺の事を視線だけで殺さんと、燃えている炎の様な目で睨み付けていた。


◇◇◇


「此処にあるはずなんだが」

 いつもファンレターやファンからの贈り物は僕の書斎にある。

四段になっている箪笥の引き出しの三段は頂き物で満杯だ。

 どれも上質なものや心の篭ったものばかりで、高価な時計や手作りの服も頂いたりする。が、全てを着用するにはいかず、時計なんて全て身に着けようものなら四肢では確実に足りない数だ。

「ファンレター……ファンレター……」

 ファンレターも月に数千通、多ければ週に数百通も貰う事がある。それだけ人気なのは非常に嬉々としたことなのだが、僕は全てのファンレターに返事を返している為、休み時間はまともに取れていない。

 休憩をするよりもファンからの貴重な意見や励ましの言葉の方が疲労を取り除けていると僕は思っている。

 今までの物を数えたら数万は超えているかもしれない膨大な数のファンレターの中、数枚のそれを探すのはとても骨が折れる作業になるだろう。

 自慢じゃないが、僕の作品を読んで立ち直っただの生きる希望を見出しただの少しばかり大げさだと思ってしまうものも少なくない。

 そう書いて頂けるのは非常に嬉しく、小説家冥利、漫画家冥利に尽きるというものだ。

 しかし、捨てる事が出来ない。

返信するファンレターはサインを書く、そして返事の手紙をつけ相手に送り返すという事をする。

返信しきれていないファンレターは全てがクローゼットの中に所狭しとしまって、山の様になっている。

 休憩時間が多ければすべてに返事を書くこともすぐできるのだが、その休憩時間を設ける暇がなく、休憩をとろうものなら鹿取君に次の原稿を催促されてしまうというのが現実だ。

 そんな山の中から数枚の手紙を引きずりだそうとするのはやはり、阿保の所業だと思った僕は胸ポケットから魔法のペンを取り出し、近くに置いてあった白紙の原稿にペンを走らせ犬を描く、もう自分の魔術を使用するときに最初に絶対描くのは犬だ。

 犬は良く鼻が利く、それだけでなく、非常に描きなれたもので、今描いている漫画のキャラクターたちよりもこの犬の方が上手く描けているのではと思う。

「どうかされたか、ご主人?」

「ん? どうやら疲れているのかな。幻聴がするぞ」

「幻聴ではないぞ? ご主人」

「犬が話しをするわけがないだろう? それに僕のペンは、描いて実体化させることしかできないんだ。君に人の言葉を理解させさり、人の言葉を話させることは出来ない」

 僕の生み出したのは柴犬だ。

ただの柴犬、いつもより拘って描いてしまった気もするが、それだけでいつも描いている犬がここまで変貌するだろうか、これじゃあ携帯会社のコマーシャルじゃないか。

「今までで動物を描いてきてこんなことはなかったのですかな?」

「無いに決まっているだろう。それに僕は今、利便性を求めた。そのせいかもしれないが、万が一にもそんなことがあっては僕が魔術師として成長してしまったことになる」

 僕のペンから産まれた犬が、犬なりに首をかしげて考えていてくれている。

言葉は話すことはできても仕草までは変容しないのだろう。

 話さなければ普通の柴犬なのだが、どうしても話すだけで気味が悪くなってしまうというか、人類の敵である魔族に犬の姿見をするものが居て、会話をするという事は望月君から聞いていたものだから、もしかしたら僕がそういう系統の輩に手を貸している。とあらぬ勘違いを受けてしまうかもしれない。

 それにしても、自分の成長という点では嬉しい事なのだが、僕は偉大な魔法使いや魔術師を目指して日々精進しているのではない。

 漫画家としての画力向上のため、僕は魔法のペンを使役しているに過ぎない。

画力だけではなく、僕の魔力も向上しているのは嬉しいと言いたいところだが、強力な魔力を体内に備えることによって望月君の様に様々な困難を目の当たりにしてしまうのだろうか、と気にしてしまう。

「まぁ、兎に角だ。ご主人は私を召喚したのだ。私を呼び出してどうかしたのか?」

「確かに、くだらないことを心配しても仕方ないな。このクローゼットの中から恐らく数通だろう。ファンレターを探し出してほしい」

「お安い御用だ。相手の匂いなどは分かるか? それか髪の毛や物を渡してくれるだけでも良い。持ち主の匂いがするものであれば絶対に探して見せよう」

 僕は彼女に触れていないし、相手の何かを所持している訳でも無い。

取り憑かれているとはいえ女性、髪の毛を引き抜くという事も出来ただろうが、あそこまで手入れの行き届いた髪を見た僕に、そんな野蛮極まりない行為をする勇気はなかった。

「ごめん、何も持っていないし、彼女の匂いなんかも覚えていない」

「ご主人、相手の性別は?」

「女性だよ」

「見た目の情報は?」

「まぁ普通にしていればお嬢様とかそっち系の高貴な女性だとは思ったよ」

「お嬢さんか、それならば香水の匂いとかは覚えておらぬのか?」

「香水……?」

 彼女に迫られ、質問に対する返答をした時、僅かに香っていた。

 思い出した。

鈴蘭の香り、自己中心な彼女には似合わない奥ゆかしさを想像される香りだ。

「鈴蘭だ! 鈴蘭の香りがしたはず!」

「ご主人、鈴蘭の匂いは分かるが、ご主人が貰ったファンレターについているそのお嬢さんの香水と種類が別かもしれない。鈴蘭と言っても、別の女性も鈴蘭の香水を漂わせ、ご主人のファンレターに字を連ねていったのかもしれんからな」

 確かに、いつも彼女が鈴蘭の香りのする香水をつけているとは限らない。お嬢さんなら尚更、日によって変えることや気分に左右されることもあるだろう。

 今日、僕と対峙した時は鈴蘭の香りだったが、ファンレターを書いていた時は薔薇やジャスミンの香りだったかもしれないし、ファンレターは迷宮入りしてしまうのか、僕が頭を抱えていると犬が何か閃いたかの様に先ほどまでの人語ではなく、犬の鳴き声で吠えた。

「そうです。ご主人、その方の身体的ではなく、人間的思想や彼女自身がどのような生活を送っていたかはご存知ですか?」

「そうか! 彼女は確かにお嬢様みたいな女性だったが、引きこもりだった! それに自分で言っちゃあなんだが、僕の熱心なファンだ。つい最近もファンレターを届けてくれていたかもしれない。取り敢えず、鈴蘭の香りのするファンレターを取り出してくれ」

 今度は犬らしい相槌ではなく、人間と同じ二つ返事、はい。と言い、犬は僕のクローゼットから鈴蘭の匂いをする手紙を、尻尾を振りながら探し始めた。

 見た所、僕の指示を聞いて喜びを感じている様に見えるが、僕が自称魔王の痛い男から貰ったこのペンにはどんな機能があるのかと考えてみる。

 特に禍々しい魔力を感じる事もないし、僕自身は暫く握っていても自分の体が何かに蝕まれることもない。

 漫画家兼小説家になる前から使用しているこの魔法のペンにも彼女の鞄に似た付喪神が憑いているのだろうか、憑いているのならさっさと顔でも出してほしい物なのだが。

「十と少しだな。この中から彼女の弱点を探るしかない」

「この中から、彼女を割り出して弱点も調べないといけないのか」

「ご主人の得意分野だろうに、人や生物の事をくまなく調べたり、生き物だけでなく、多種多様な物事を知って自分の知識を深めることは大好きだろう?」

「まぁ……、嫌いじゃないけどな。君を描く時も最初に資料とかを集めてから僕は描くのを始める。そしてある程度、自分の気が済むまでの絵が描ければしばらく時間をおいて書き直す。犬に限らず動物はそうして書いてきた」

「天才ではなく、努力でここまで登りつめたという事か」

「僕を称賛してくれるのは嬉しいが、僕はそんな事を努力と思っちゃあいない。人間は日々、努力している生き物だ。僕は絵を描き続ける事を努力とは思わない。納得するまで絵を描き続けたりするのは自分の作品に納得がいかないからだ。努力とか頑張るっていうのは言葉に出して言わないものなのさ」

「努力する。頑張る。という言葉は人間として当たり前の理だから。自分の全ては努力や頑張るに値しないということですな」

「そうなるな。でも僕自身、努力する。とか頑張る。という事を言ってしまう人を別に馬鹿にはしていないよ。言葉として表すことによって自分が置かれている状況を理解することも出来る場合もあるからな」

 犬とくだらない駄弁りをしていてもどれが彼女のファンレターなのか僕は分からない。

そもそも鈴蘭の香りが漂う香水を僕より恐らく年下の女性が全身に吹き付けるだろうか、奥ゆかしい香りのする鈴蘭、偏見が先に行動する僕にとってはどうもきな臭いというか、うさん臭いというか、彼女が仮に女子高生程度の年齢だとしても鈴蘭の香水はおかしい。

 僕が女子高生なら、好きな人、意中の男性に会う場合だったら、最近流行りの香水というものを吹き付けるだろう。

 最も男である僕は、香水の鼻につく匂いが好きではない。鈴蘭の香りは比較的耐性があっただけだ。

「彼女以外にも先生に求婚したりするファンは居たりするのかね?」

「居るさ。腐るほどって言っちゃあ悪いが、毎日見ない日は無いぐらい求婚や携帯電話の番号とかも送られてくる」

「ご主人はそれの一通一通に断りの返事を書くのだろう?」

「勿論だ。今の僕は恋愛より仕事だからね。それに僕の友人に女性よりも女性らしい親友ならいるからね」

犬はまたも意味が分からないと言わんばかりに首をかしげながら眉をしかめる。

 勿論、その女性より女性らしい親友は望月君の事だ。

「まさか! 男性ではあるまいな!」

「そうだが、何か不味い事でも? それに女性より女性らしいと言っているんだから男性に決まっているだろう」

「あるに決まっている! ご主人、その一言で勘違いする女性も居るのだからそのような発言は控えるべきだ」

「君は会ったことがないから言えるんだ。今度、会わせてやるよ。望月君は本当にすごいぞ? 世の中の平均的男性たちが描く女性像を僕の周囲に居る人間で現せば僕にとっては彼だからね」

「そっちの趣味があると思われてもおかしくないと思うぞ。ご主人……」

「有り得ない! 断じてない! 僕をその辺の変態作家と同じにしてもらっては困る!」

「変態作家だろうに……」

落ち込む仕草は犬ではない。まるで人間だ。やはりコマーシャルの犬に見えてしまって仕様がない。

これから犬以外の動物を描くときも賢い種類を生み出す場合はこうなることを覚悟しよう。


◇◇◇


弱点は勿論、鞄の紐か弱っちい本体だ。

 憑依状態なら鞄を剥がしてやれば問題ねぇ。

それに本体は虚弱、申し訳ないが多分、嬢ちゃんの年齢に近い世代の平均的な体格に比べれば明らかに細い。

 俺の手足と比較すると、マッチ棒と丸太ぐらいの差がある。

「そんなに怒るなよ」

「怒る? 私が? 人間風情の貴方に怒りなんて浮かべるはずないじゃない。人間風情に感情をむき出すなんて神の恥よ」

「お前……、むき出しまくりじゃねぇかよ」

「貴方は鬼じゃない」

「まぁお前の中でそうならいいんじゃねぇの。でも本物の鬼さんが俺を見たら鼻で笑うだろうな。ただの猿真似だから」

「男子高校生の背丈ではない気がするのよ。バスケットでもやってみてはどうかしら」

「ルールがある喧嘩みたいなスポーツは出来ねぇんだ」

 嬢ちゃんではなく、丁寧に鞄の紐を狙って蹴りを入れるが、生まれるのは空振りによって現れるつむじ風のような強風だ。

 俺には瀬戸の様に何かを作り出す魔法は出来ない。

出来ないんじゃあなくてやらないだが、やっぱりそういった魔法の練習をするべきだろうなぁ。

「魔力量が異常だからでしょうね。まだ出し切っていないし、鬼の猿真似と言えど普通の人間に成せる技ではないわ」

「普通科の生徒じゃなくて元魔法科のエリートちゃんだからな。俺は、お前のご主人と在り方は違うが、同じはぐれ者さ」

 勿論、引きこもりの気持ちは俺には分からねぇ。

うじうじしているというか、湿っぽいというか、情けなく小さな声でうめきを上げ続ける赤ん坊のようなやつとは違う。

 俺は数え切らない程、暴力を振るって自らはぐれ者になって性分だから、どうしても嬢ちゃんの引きこもりとしてのはぐれ者は良く分からねぇ。

「在り方は違う。違うのよ。暴力に頼ってしか生きられない貴方にあの子の気持ちは分からない」

「分かるわけねぇだろ。俺は引きこもりとか梅雨とかみたいにジメっとした奴が苦手なんだよ。付喪神でも神なんだろ? それぐらい分かれや。それとも本当は呪いだから分からねぇってか?」

 俺の言葉にしびれを切らした鞄の奴は俺に向かって髪の毛を放つ、解放してくれた所に関しては、優しい神ではありそうだ。

 鬼に比べれば全然、マシすぎてむしろ感謝の念すら今の俺にはある。

実際、話をちゃんとするために拘束を解くなんてよっぽどの自信家か、馬鹿だろう。

「男子高校生の貴方の未来を奪ってしまうなんて心苦しいわ」

 鞄の髪が地を這いながら、鞄自身も俺目掛けて走り出す。

 おそらく全身で来るつもりだな。

 生物の様に蠢く髪を動かしながら、俺を相手に自身で攻撃してこようなんて頭がおかしい。と、言いたいところだが、鞄からしてみるとそれが正解なんだろう。

 髪だけで俺を襲えば、さっき見せた移動方法で懐に侵入を許す、他に近接攻撃として成立する攻撃があるんだろうな。

 そうでもなきゃあの華奢な肉体で俺に向かって近接攻撃なんかしようともしないだろう。

ただの自爆特攻じゃああるまいし、一応、少しでも警戒しておくか。

「手加減しないとね。私じゃなくてこの子が傷つくから、頭の中に入れておいてね」

「手加減はするさ。嬢ちゃんにはな」

 鞄が這わせた髪を両足で一束ずつ踏みつけ、別の一束を持ち上げ、柔道でいう一本背負いの体勢に入る。

 俺の動きに合わせて掴んでいる一束と、他の踏みつけた二束以外の髪で俺を中心に囲っていく、毛糸玉の様な球体を構築すんだろう。

俺は両足に魔力を集中させ、それを放出する。

 足を掴まれた時にあいつの攻撃を回避した時と同じ手法、だが、今の俺は魔力を集中した両足をあいつの髪に踏む、という形で密着させていた。

 そのため、俺の足は問題ないが、嬢ちゃんの髪が爆発に耐えられるかどうかが、この髪に対する攻略のヒントになる気がするんだがなぁ。

「残念だけれど、こんな便利な髪を穢れさせると思って? 私と彼女は一心同体の様なもの、貴方の考えも分かりやすいけど、私の感情を読み取ることまでは出来ないみたいね」

「確かになぁ。でもよ。俺の腕の方がてめぇの顔面に通るぜ?」

「私が、貴方に馬鹿正直な考えを巡らせて攻撃すると思って?」

 一本背負いから体勢を変えて俺は右拳を握り、鞄に向けて構える。鞄は髪で俺を閉じ込めるという行動をやめる。

髪を警戒していると、右拳の前に、鞄が現れた。

初めに見て、ジッパーが変化して堅牢な牙に変化していたあの鞄は、俺の腕に食らい付く気なんだろうな。

鞄も、髪と同じく、生き物みたいに動いてやがる。

 だが、鞄は鞄、俺の拳が突き抜けられないわけがねぇ。

 片腕が嚙み千切られちまう前に鞄をぶち抜いちまえばいい話だ。

「右腕、貰ったわ」

 と、鞄の野郎が微笑みながら俺の右腕を包み込もうとするように大きく開く、童話や漫画で見る。怪物と呼ばれる連中が、何かを喰らおうとする場面で大口を開けている時の様に、それは俺の恐怖感を煽る。

 初見で瀬戸が俺に回避を促した時とはちげぇ。

あんな生易しいもんじゃねぇ。

只ならぬ気配、それを感じた俺は、右腕を瞬時に引いた。

すると、さっきまで右腕を伸ばしていた空間に鞄が噛み付いた。

 何かが消えたのが分かる。

その空間ごと、まるでブラックホールに吸い込まれると言えばいいのか、腕を突っ込んではいけない。その恐怖が俺の右腕を本能的に退けた。

「てめぇ、牙だけじゃねぇ! 細工してやがんな?」

「何のことやら、私にはなにが何だかさっぱり」

「まぁ察しはつく、てめぇは面白れぇわ。たまには防御不可な敵とも戦うのはいいぜって、俺の中の鬼が騒いでやがる。戦いってのはやっぱり、恐怖もあってこそか、相手が神なら尚更、まぁ呪いかもしれねぇってとこが無粋だけどな」

「噛み付くだけのものと思っていたのね」

「噛み付くだけなら可愛いもんだったんだが、喰らうじゃあ危ねぇよなぁ。右腕取られるぐらいなら、死んだ方がマシな気がすんだよなぁ」

「なぜ?」

「なぜ? お前こそ。俺を理解できてねぇんだなぁ。馬鹿にされた分、俺が爽快な気分にならねぇとな」

 鞄を退けた右腕で弾き、左腕で鞄の顔面に向けて拳を叩きこむ。

勿論、手加減はしている。

華奢な嬢ちゃん向けに威力を弱めた俺の拳は綺麗に顔面を捉え、数メートル後ろに鞄を吹っ飛ばした。

「貴方、分かっているの……?」

「分かってるさ、加減はした。すげぇしたさ。本当だぜ?」

「私だけを殴るつもりだったのね。でも面倒くさくなって私ごと、彼女も吹っ飛ばして憑依状態を解除しようと踏んだのかしら」

「当たり前だ。考える事はあまり好きじゃないんでな。それとお前の攻撃を受ける訳にはいかねぇ。嬢ちゃんの殴る蹴るならまだしも、鞄としてのお前には何等かの対策がなければ、殴り合うなんて恐ろしくてできやしないぜ」

 鞄は呆れ果てていた。

 あれは自分にじゃない。勿論、俺にだな。

人間、不思議な生物や光景を目の当たりにするときにする目だ。

 口は半開き、目は対象を捉えているようであるが、そうではない。

 別の何かを見てしまった時に見せる目、いい目だ。俺は人間の驚いている顔が嫌いじゃない。

 それが神に近い存在なら呪いでも尚更だ。

「それで、一瞬の間にあんな返しを思いついたわけなの?」

「思いついた? 思いついただけで出来たら苦労しねぇよ。俺の右腕を丸ごと喰おうとする化け物の攻撃なんざなぁ。予測して回避できると思ってんのか?」

「戦闘狂……」

「いや、そんな事言われても……、俺は鬼だし」

 鬼であることは自慢じゃない。むしろ恥ずべき事だと親父以外の家族には言われる。姉貴は俺のせいで車椅子に乗る破目になったし、親父から遺伝したであろうこの力、俺にとって憎むべき代物なんだろう。

 俺の様に鬼の力を使って全身が真っ赤に染まるのは赤鬼と呼ばれ、それに反して全身が真っ青に染まるのが青鬼と呼ばれるものらしい。

 赤鬼は力を解放した本人の身体能力を飛躍的に向上させ、更に人間らしからぬ肉体的頑丈さを手に入れる。

 しかし、あまりに力の開放を維持し続けてしまうと、心と体が己の内に巣食う赤鬼に乗っ取られちまうらしい。

 反対の青鬼は力を解放させた本人の身体能力を飛躍的に向上させる。という点では赤鬼と一緒なんだが、肉体的頑丈さではなく、洞察力、観察力、勘というものが非常に冴えわたるようになる。と聞いた。

 赤鬼と違って青鬼は身体能力が赤鬼の様に爆発的に向上しない分、解放の仕方がなだらかなもので、俺が使う赤鬼は全身からの噴射式と体の一部を魔力で爆発させたりといったものが圧倒的だが、青鬼は体に気のようなものを纏わせながらそれを維持し続けることを主としている。

 言うなればバリアって奴だ。

 赤鬼と青鬼の人間が戦闘を行った場合、お互いの鬼の種別関係なく、ただ、己の中に巣食う鬼を如何に制御するという心の強さ、体の強さが勝敗を分けると俺は姉貴から習った。

「全力出せねぇんだから、制御の修行にはもってこいだと今、気付いたしな」

「修行レベル……、私が、付喪神の私の相手が、修行レベル……?」

「悪い。悪い。本音を隠せない質でな。ついつい……」

 振り返って謝ろうとした時にはもう遅かった。

 肩を震わせるどころじゃなく、全身が震え、髪の毛は八方向に逆立ち、まるで金色のハリセンボンに見える。

 体は膨らんでいないが、怒りで俯いているため、表情を確認することができねぇ。

「鬼さん、鬼さん、この世で一番怖いものはなんでしょう」

「おいおい。突然のなぞなぞは勘弁してくれ」

 突拍子もない質問だが、構えを解くわけにはいかねぇな。何されるか分かんねぇし、怒るってよりもあれは激昂しちまってる。

「謎々? いいえ、違うわ。貴方も知ってるはず、ただ、忘れているだけ、この世で一番怖いものは、いつも貴方の近く、周囲にあるごく普通で自然の風景に溶け込んでいる」

 人間か、はたまた親かだな。

「人間でもあり、親でもあるわ」

「てめぇ……、俺の心でも読みやがったな?」

「えぇ」

 鞄は俺の背後に一瞬で回り込んでいた。

 俺が反応して見ることができたのはあいつの目が出す光の線の様なものだけしか確認ができない。

俺は背後を取られ、数にして二十の髪束が棘の様に鋭く固められ、今にも俺の体を突き刺さんと包囲している。

「貫かれるか、食べられるかね」

「嬢ちゃんの負担も考えてやれよなぁ」

「考えてるわよ。まだ動くことは可能だし、何より彼女はまだ瀬戸秀人の事を諦めていないのだから」

「動力源は以前、稼働中ってこった。そして答えは女を怒らせることだな」

「ご名答」

「そんで、ご褒美は死ってか」

「そうね。散々コケにされたんじゃ付喪神の名折れじゃない」

 女を怒らせるとえらい事になるってどっかの馬鹿も言ってたっけな。抜け道がないわけじゃあなさそうだし、こんな所で死ぬ気なんざ、俺には毛頭ない。

「たく、ここまでめんどくせぇ相手だとはな」

「問答無用ね」

「なら、俺ももっと動かねぇとな。瀬戸の奴はまだかって言いたくねぇけど、はっきりと一度だけ、声に出させてくんねぇかな」

 鞄は一度だけ、頷いた。

 深呼吸をして神経を研ぎ澄ます、一度だけ、心につっかえてる素直な気持ちを吐き出すチャンス。

 こんな状況になるきっかけを作ったクソッタレの名を叫ぶ時。

「クソッタレの秀人がぁぁぁぁぁっ!」


◇◇◇


「彼女に弱点は無いのではないのだろうか」

「何故だ? ご主人、人間は誰しも弱点があるだろう? ご主人にも弱点があるはずだ。相手のお嬢さんに弱点がないわけないだろう?」

「確かに、そうだとは思うが、どれも賛美の言葉ばかりで、僕の作品に対する文句、自分語りなんかが全然ないんだ。週刊少年ジャンヌの作者コメント欄に対しても感想を送っているところは流石、現地まで来る本物と思ったさ」

 そう。気でも狂ってなければ僕の所になんてそうそう来るはずはない。城屋誠を助けてやりに行きたいところだが、何度も虱潰しの様にファンレターを読んでも名案は浮かんでくるはずがないのだ。

「彼はあの状態を保てると思うか? ご主人、こういう時こそ集中力が必要になってくるもの」

 そうだ。こういう時こそ、集中できなくてどうする。

 原稿を仕上げる時の様に、冷静で、それでいて大胆でいなければいけない。

「ご主人、今、手に持っているその手紙、悪い気配がするぞ」

「悪い気配? 僕には何の変哲もない手紙にしか見えないが」

 犬が僕の手から手紙を奪って、噛み付いて無理矢理開封した。すると手紙から紫色の煙が犬を包み込んで空中に留まる。

「言っただろう? 私はご主人の生み出した魔法の一種、耐性があったものの生身の人間には非常に有効な幻覚魔法の一種だろう。それもかなり強力だ」

「僕が生み出した魔法生物と言えど、生物には違いないんだ。何故君には効力がないんだ?」

「これは人間に向けられたものだ。魔法生物へかけるものではなかったのだろう。私は無事だが、効力が終わるまでは私に近寄らない方がいい」

 犬を何時までか分からないが、使えないのは迷惑だ。僕は小さく舌打ちして再び、財布からレシートを取り出し、それに先ほどと同じ感情と、犬を生み出すという思考を浮かばせながらそこに犬を描いて一気に描き終える。

 すると紫の煙に包まれていた犬は元の原稿に戻り、犬が動いたことにより皺のついた原稿はその場にゆっくりと落下した。

「すまないな。ご主人」

「お前が居ないと捜索が捗らないからな。そうは言ってもこの手紙で間違いはなさそうだが」

 紫色の煙が消えた所で一目散に僕と犬は手紙に近寄り、その文面を拝見する。

「愛しの瀬戸秀人先生へ、私の名前は(にしき)()幡豆(はず)()と申します。お名前を聞かれると驚かれてしまうと思うので、あまり気にしないでいただきとう存じます」

 犬が僕へ宛てられた手紙を読んでくれているが、正直照れ臭い。

錦野家と言えば、東京の方で和菓子屋を経営している企業ではなかっただろうか、錦野和菓子店。和菓子の本場、京都で何年か修行を積んだ現在の店主が一日数個限定でオリジナルの和菓子を出すとかで行列を作るという話をテレビか雑誌で見たのを思い出した。

 そんな和菓子作りの銘家のご令嬢が僕の作品のファンと言うのだから嬉しくないはずがない。

 銘家の両親が彼女を家に閉じ込めるというか幽閉してしまうのは分かる。

が、そんな彼女に僕の漫画や小説を買い与えるだろうか、家から彼女が抜け出す。という事も考えたが、銘家の家なら豪邸なのだからそもそも外出やインターネットでショッピングなども許さないだろう。

 彼女の事がこれだけ分かっただけで上出来だが、手紙の内容はまだ途中、そして弱点も何一つ分かっちゃいない。

 僕の態度を見て、手紙を読むのを止めてくれている犬に目で合図を送り、続けるようにと促す。

「常々、先生に手紙を送らせていただいているのですが、先生はやはり大人気作家ということでお仕事に追われているのでしょう。この前、サーフィスという漫画を拝見させていただいた時、後書きでファンレターにはすべて返答をしていると書いてあったのでもしや私も書き続けていれば先生に私の思いが通じると思い。こうして書かせていただいております」

 彼女の様なファンは何人だっていてくれていると思う。

 漫画家である僕も小説家である僕も、ファンに支えられて生活が出来て、毎日温かいご飯を食べられている。

 何事も初心忘れるべからずと、望月君によく怒られることを思い出す。

 男子高校生が言う言葉にしては重量感が強く、彼自身が醸し出す底の知れなさを認識できる言葉なのだが、彼はそういうと決まって語尾にある一言を付け足す。

「僕自身、出来ているか分かりませんけどね」

 と、太陽の様に輝く微笑みを見せながら、別の視点で見せられるのなら小悪魔的と言ってもいいだろう。

 全く持って無責任な男だ。と思うが、何故だか彼が言うと安堵してしまうと同時に彼も人間なんだな。と僕は実感する。

「私は両親から愛を受けすぎていて、両親が厳選して自宅に呼ぶ家庭教師しか私に勉強というものを教えてくれません。世の中を教えてくれるのも家庭教師の皆さんなのですが、瀬戸先生の作品に執筆されている世のイメージというものは、家庭教師の皆さんたちが口を揃えて言う世のイメージとは違いました」

 家庭教師の人たちが彼女に今の世を何て言っているのか理解はできないが、どうせ綺麗ごとを並べるばかりで真実とか、自分の考えなどは教えていないのだろう。

「金持ちも大変なんだな」

「ご主人も金持ちに片足突っ込んでいるだろうに」

「あのなぁ。確かに僕の本はどれも売れている。それは喜ばしい事だが、金を持っているぞとふんぞり返るような小さな人間なんかじゃあないんだぜ? ちゃんと親にも仕送りしているし、募金だってしている」

「ご主人は他人に冷たい人間だと思っていたがそうではないらしい」

「いや、僕自身、他人には冷たいと思っているぞ」

「自分で言うのか」

 犬が呆れ顔で僕を見上げながらそう言った。紙質は変化しても垣間見える表情は全然変わっていない。それに記憶も継続していた。これから犬を描くとき、こいつの事を想像してしまう可能性が高いのは嬉々として受け入れられるものではないが、呆けている犬よりは機知に富む犬の方が何倍もマシだろう。

「当たり前だ。フレンドリーって言葉をあまり信用していないし、初対面の相手には疑り深く接するんだ。何をされるか分からないし、どんな人間かも分からないからな」

「流石に疑り深さがすぎるぞご主人、それでは友人というものも多くはあるまい」

「あぁ、否定はしない。僕は友達が少ないからね。でも満足しているよ。友達というものは量より質だって僕は知っているからね」

 僕が放ったあまりの物言いに、それは置いといてと僕は犬に精一杯の申し訳なさを込めて言い。

犬は再び彼女の手紙を見ながら朗読を始める。

「瀬戸先生はこの世は残酷であれど、美しいという事を仰っていました。しかし、家庭教師たちは口を揃えて外の世界は穢れきっていて面白味のない退屈な世界と言うのです。家庭教師たちの事を信じていないわけではないのですが、私は瀬戸先生の様に好奇心というものが溢れ出すという感覚を味わいたいのです。外の世界に関してはどちらの言い分がより正しいのでしょう」

 ついに朗読に抑揚までつけ始めたか、それは再び置いておこう。しかし、あまりにもおいておくと後で回収するのが大変になってしまうがね。

僕の持論だが、大人たちは子どもたちに世界、というものを大きく教えようとするなら大体が、綺麗だよ。楽しいよ。などだろう。

 無論、その世界観というか個人的に小さい子どもに世の中の清潔さを表現するにはだが、彼女の年齢は僕に近くて、尚且つ銘家のお嬢様、世間を浮ついた気持ちで想像してしまう方が、将来性的にも人間的にも彼女自身を駄目にしてしまう要因になってしまうのではないか、と僕は思う。

 現実を知るという事は残酷なことだが、僕にとっては子どもである者が大人に一歩近づくことだと思っている。

「こうして、ご主人の作品を読んで感銘を受けてくれること、私は嬉しく思うぞ」

「お前が嬉しく思ってどうする。それに君と僕は今日会ったばかりみたいなもんなんだ。気安く感銘などと口から出すな」

「まぁまぁ、私はご主人に仕える精霊みたいなものだ。素直に意見を受け止めるのもいいだろう?」

「まぁ、それもそうだとは思うが……。しかし、この幡豆(はず)()というお嬢様は、疑うということを知らないのか? どちらを信じればいいか分かりませんなんて、どっちが正しいか分かるだろうに」

「ご主人、彼女は人間ではあるが、別の人種と考えた方がいいぞ。自分で思い描くキャラクターたちにも非常識なそれは居るだろう?」

「そりゃそうだが……」

「現実にもちゃんと居るのだぞ。言い方はおかしいかもしれないが、現実は小説より奇なり。と言うように現実とはそういうものなんだ」

「お前に言われても説得力がない。と普段の僕なら言うと思うが、今は状況が違う。それに僕がこの程度で驚いてるとでも思ったのか?」

「そこまで胸を張れるなら調査を続けようではないか!」

 もうここまでくれば彼がコマーシャルの犬でもいいんじゃないか、と思い始めたが、今思うべきことではない。と心の中で固く言い聞かせ、僕は彼の話を聞く準備をした。


◇◇◇


「魔力はとっくに切れているのに、人の身一つで、よく私と渡り合えること」

 至近距離、ほんの数メートル離れている鞄が俺に向かって微笑みかけていた。どうやら嬢ちゃんの体はまだ自由に動く体力を残しているだろうし、何より疲労がたまったいるのなら子憎たらしく微笑みことなんざ無理だろう。

「馬鹿野郎……、低燃費ってやつで動いてるからに決まってんだろ。あの阿保が遅いせいで新しい制服買わねぇといけねぇしなぁ」

 見事に俺の学生服が破れちまっている。

 上に着ていたカッターシャツは袖が両方とも抉り取られ、もう無い。

 ズボンも足首当たりまでが激しく傷つけられていてとてもじゃねぇが、学校には着ていける様な代物じゃねぇ。

「新調してやろうか? まぁ生きていられればだけれど」

「てめぇに払わせるに決まってんだろうが……、俺の制服をボロッボロにしやがったのは嬢ちゃんじゃなくててめぇだからな」

「低燃費の癖にまだ意識は保てているのは評価できるわね」

「そりゃそうさ。頑丈さと体力には自信があるからなぁ!」

 人間の限界はたかが計り知れている。

鬼の力があったとしても、俺だってただの人間だ。付喪神よりも実力不足だとは思うし、日々の怠け具合のおかげで魔力の節約もなっちゃいない。

呪いだとしてもこんな頑丈で嫌味ったらしい呪いなんてあってはいけねぇ。製作者の意地悪な顔が想像出来ちまうからな。

 やっぱり日頃から鍛錬するって大事なんだよな。

こういう時に困るし、今回は阿保の秀人のせいだが、こればかりはどうも俺が悪いらしいしな。

「よく、そこまでボロボロになっても瀬戸秀人の味方が出来るわね」

「味方? 俺はあいつの味方のつもりは鼻からねぇぞ。ただ暇つぶしでてめぇと戦ってるだけだしな」

「暇つぶしでボロボロになってたら元も子もないじゃない」

「俺の暇つぶしってのは、こういう事なんだよ。さっき言ったが俺は自分の通っている高校の魔法科に居る連中が大嫌いだったんだが、かつての俺はそこの人間をぶん殴るのが俺は大好きでな。俺自身はそうなる頃には普通科の身分で、お高く留まってる連中が大嫌いだった。そりゃもう全員ぶっ殺したいぐらいに嫌いだった」

 人を殴るのは昔から嫌いじゃねぇし、好きな事でもない。

俺にとっちゃあただの作業みたいなもんで楽しい事じゃありゃしねぇ。

楽しいのは殴ることじゃなくて殴った相手がもだえ苦しむ所だった。

今でもあの頃の俺はひでぇ奴だと思う。

「でも私と戦っている時、貴方はとても楽しそうじゃない」

「そりゃそうだ。今は普通科でも元はお高く留まった魔法科の人間だったからな。並みの人間よりも力はあるし、魔法も使える。自分で言うのもなんだが、才能はあった。だが、周囲がどうしても気に入らなかった。だから普通科に追放された。俺にも根底には弱者をいじめるっつーか陰湿な部分があったわけよ」

「でも、魔法科に居れば、立場は安泰ではなかったのかしら」

「魔法科はなんつーか、弱者を痛めつけるのが好きな連中ばっかりだったから気に入らなくなっちまったんだよ。そりゃ追放されたからもしれねぇが、俺自身の性にも合わなかったしな」

「そんな事で貴方はエリートの道を蹴ったの……?」

「当たり前だ。あの頃、弱者を殴るんじゃなくて、強い奴と戦いたいって心の底から願っていたかもしれねぇ。だから人を殴り続けて注目を浴びうようと思っていたんだろう。だが、今でも嫌いなもんは嫌いだし、好きなもんは好きだ」

 今の俺は人をただ殴って傷つけるんじゃねぇ。何かを守るために拳を振るっている。

 今だと不本意だが秀人がそれだ。

 一人の馬鹿のせいで俺は普通科の体育大会で色んな馬鹿と戦わされた。

 どれもお高く留まって、鬱陶しい連中ばかり、どれも手強い連中で俺自身も何回苦戦を強いられたか分からねぇ。

 ただ、俺はあいつに出会って変われた。

ただの馬鹿で畜生なクソッタレとはおさらばして、今はそいつのダチのために戦ってやってる。

 変えやがったことは良かったことであり、同時に悪かったことだ。

 それを思い出すと、何故だか俺の体はあの鞄に一撃叩き込むための準備が出来たのか、少しばかり魔力が回復しているのが分かった。

 鞄との距離はあったが、俺は足の魔力を爆発させ、距離を一気に数センチまで詰める。

「嬢ちゃん、不意打ちっぽくて悪いが、ちょっと歯ぁ食いしばってくれな……!」

「なっ……!」

 躊躇いなく嬢ちゃんの顔面目掛けて俺は強固に握りしめた右拳を槍の様に突き出す。

殴り方は間違っちゃいるかもしれねぇが、疲弊した今の精一杯の力と手加減で繰り出した俺の攻撃は見事に嬢ちゃんの顔面を捉えて数十メートル後方に吹き飛ばす。

「骨が折れたらすまねぇ。良い医者は紹介してやるからおあいこな」

「良いパンチね。やっぱり人間のものじゃないみたい」

「やるなぁ。さすがは付喪神だ。呪いだったらこうもいかねぇだろ。嬢ちゃんの髪も上手く使ってやがるし、ムカつくったらありゃしねぇ」

 殴られたにも関わらず鞄は髪を蜘蛛の巣を張り巡らせるように電柱や店の看板に括り付けて衝撃を和らげていやがる。

 店の損壊は今の所ない。

幸いだったのが今日も客は少く、尚且つ最初に客も店主も逃げてくれたことだ。

そもそも午前中からこんな店来る奴なんて相当な物好きだろうし、そこに関しては良かったと思える。

「ただ、少し頬に傷がついてしまったわね。瀬戸秀人が帰ってきたら困るわ。それまでに顔を綺麗にしないと」

「そらご苦労なこった。でもあの阿保は嬢ちゃんを受け入れても鞄であるてめぇは受け入れねぇだろ。あの阿保は臆病者だしな」

「それでもこの子が好きになったから私は彼の元にこの子連れて行くだけ、そして私が彼の様な存在になるのよ」

「僕自身、奇妙なものは嫌いではないが、君の様に自分というものを知らずに人の迷惑を考えず行動するモノは嫌いだね」

 鞄から数十メートルの距離を取って瀬戸の阿保がようやく俺たちの前に姿を現した。傍らに犬を従わせて桃太郎でも意識してんのかよ。

「ど阿保作家、弱点は分かったんだろうな」

 不思議と口角が吊り上がっているのが自分でも分かる。安心したというよりもよくやったという感謝の気持ちだろう。

「その傷でよく減らず口を叩けるな。望月君なら此処まで手傷を負う事はなかったと思うがな!」

「あの馬鹿と俺を比べるんじゃねぇよ。ただ破壊するだけなら別によかったが手加減しながらっていうのは苦手なんだよ」

「嫌でも比べるだろう。学校サボってこのままじゃ鬼の名前が廃るぞ」

「どっかの阿保のお陰でこんなことになったんだろうが、てめぇに制服代請求するからな」

 鋳鶴なら無傷でやっただろうが、俺には無理だった。手加減するのは嫌いな分と日ごろの怠慢が起こした結果だろう。が、瀬戸の阿保は約束通り、俺の前に現れた。

 あとはあいつがなんとかするだけ、鞄の視線も攻撃対象も俺ではなく、とっくにあいつに向けられているのが分かる。

 俺はその場で大の字になって寝そべり、二人の戦いを見守ることにした。だが、あいつは虚弱体質であまり運動が出来ねぇ奴だからいつでも助けられるように魔力だけは溜めておかないとな。


◇◇◇


「この子の事は分かって?」

「分かったには分かったさ。ただ、僕は人間に確実にあるものはあまり弱点と思いたくなくてね。病気とか癖とか。極力、僕は自分の実力で相手に勝ちたい。どんな相手でもね。僕に出来る最大限の力を発揮しつつ勝利を掴む。これ以上に理想的な展開があるだろうか」

「でも貴方の手、震えてるわよ?」

 流石に隠さずには居られないか、正直の所、あれだけ格好の良さげな台詞を並べておきながら、頭の中では不安で一杯だ。

 城屋誠のあの傷もある。武闘派、という雑な括りで纏めてしまうのはあまりに酷だと思うが、その彼が手加減していたとはいえ、彼女と戦い続け、天を仰ぎ見ながら大の字に卒倒してしまうほどの実力者。

 いくら付喪神が憑依しているといえど、引きこもりの女性の体を使用してここまで戦える付喪神はあの鞄ぐらいしかいないのではないか、と思わせる。

僕は漫画家だ。

勇気ある主人公じゃない。

そういう人物を描き、読者を楽しませるのが仕事だ。

持つべき勇気があるとしたら読者からのバッシング、顔が分からない匿名からの誹謗中傷などだろう。強大な敵と戦う必要は本来なら無い。

寧ろ、叱咤されるべきなのだ。

顔を真っ赤にした編集部に、原稿の進捗が優れない場合や、読者のために漫画や小説を書けない時こそ悲観するべきなのだ。

今が、その時間。

進捗が優れない原因、朝、軽い気持ちで珍しく散歩などしようと考えなければ、こんなことは起きなかっただろう。

それなのに何故、彼女を目の当りにしたら冷静になり、こうして思考を巡らせてしまっているのだ。

漫画家としての体験を絵にしたいという常からの気持ちなのか、それとも小説家としてこの体験を文字にして伝えたいという常からの気持ちなのか、楽しくないと言えば嘘だが、楽しいと言うのも嘘になる。

 城屋誠でああなるのなら、僕は殺されてしまうかもしれない。という恐怖。

 この体験を絵に文章にしたいという心の底から叫びたくなるほどの高揚感。

 嬉しいようで怖いようで両方が入り混じることによって生み出される衝動は、標的である僕を見て不気味ににやける憑依された彼女にペンを構えさせる。

「ご主人、日ごろの成果を見せる時だな」

「今は、お前の励ましにも縋りたいぐらいには焦っているよ」

 犬が喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からないと言った曇った表情を見せている。こういう顔が人間らしく、こいつの良い所だろう。

 僕は自惚れでもしているのだろうか、はたまたあまりの緊張感に気が動転してしてしまっているのだろうか。

「君の主人が、僕に憧れる様に、僕にだって憧れる人はちゃんと居るんだぜ」

 様々な人たちを思い出して、心の平静を保つ、今の状況下ではこの判断は最適だろう。

「へぇ、まぁ居ないとは思っていないわよ。人間は誰しも憧れるもの。その感情が大きければ大きいほど、人は貪欲に、そして欲求してしまうもの。憧れも欲望も願望もすべて同じよ」

「ただ、僕は君ほど狂っちゃいない。僕は、いくら憧れても、その人を殺そうとは思わない」

「だからどうしたのよ」

「まぁ、落ち着いてくれよ。君の言う憧れも欲望も願望も人間にとっては大切で、それが無ければ人間として抜け殻なんだと思う。彼女は僕の作品を読むまでは抜け殻だったのかもしれない」

「嘘よ。あの子にはあの子の家があった。存在していいという許可を与えられているようなもの! 抜け殻なんかじゃない!」

「抜け殻だよ。少なくとも今の彼女は、君に取り憑かれていて、お世辞にも抜け殻でないと言い難い」

 彼女は叫び声を上げながら、僕に向かって髪の毛を伸ばす、明らかに先端が鋭利な刃物の様になり、あれで僕を貫く気が満々なんだと思わされる。

「憧れは遠ければ遠いほどいいのは確かだ。距離だけでなく、立場もね。だから人はそれを目指して努力する」

「ご主人! 逃げなくては!」

「幸い。僕にはこういう立場になるまで、友達と呼ぶことのできる人間は少なかった。それがとてもよかったのかも知れない。自分とほんの少しの人間しか知らないという事実が、僕をこの立場まで伸し上げてくれたと思っている」

 目で確認するに残り、約五歩と言った所か、犬がズボンの裾を嚙み千切らん勢いで足を後ずさりさせながら僕を必死に動かそうとしている。

「だけど僕は思うんだ。憧れは近ければ近いほど良いという事を!」

 紙を出している時間などない。

 あと三歩、十分な距離だ。

 目の前の空間に、僕は大きく、長方形の形を描く、いつもよりペンから出る魔力が色濃く、強く線が残っている。

「展開!」

 長方形の線が、僕の正面に灰色の壁が現れる。さすがに会話できる能力は付与しなかった。しかし、それは十分、彼女の目の前に(そび)えたち、彼女の髪の毛から僕を保護する。

「頼むぞ柴犬!」

「一匹では不安だぞ……」

「そういう所まで犬になるな! えぇい!」

 更に犬の隣に犬を数匹、僕は新しく描き上げる。

 正面に五匹の犬を召喚したかのように僕の線が先ほど出現させることのできた壁の様に彼を取り囲んで現れた。

「これだけいればなんとかなるだろう」

「ほら、早く行け」

「もう少し優しく扱ってほしいものだ」

 犬はそれ以上何も言わず、僕の元を去り、彼女の髪にそれぞれの犬が噛み付いていった。

 一方、壁はもう限界が近いらしく、髪の毛の先端が、僕の方向に蠢きながら削岩機の様に蜷局を巻いて壁を削っている。

「こんな犬どもじゃあ、私は止められないわよ……!」

「ならこれならどうだ」

 今度は虎を三匹、僕の目の前に出現させる。

「虎と言えど……!」

「あまり言いたくないが、君が付喪神じゃなくて呪いだと、どうして最初に城屋誠が言ったかの理由がわかったんだ」

「ほほほうは(ほんとうか)!? ほひゅ(ごしゅ)ひん(じん)!」

「あぁ、良かったよ。大半が城屋誠のお陰だと思うが、やっぱりお前も外せないからな」

「何が分かったのよ。貴方の作品を狂おしく愛しているってこと?」

「そんな触れ合う程度で分かるものじゃないさ。お前が悲しい呪いと知らなけりゃ僕はこんな足止め程度にしかならない動物たちでは戦わないさ」

「何が分かったっていうのよ!」

「何がって、君は分からないのか、いや、分からなくて当然なのかもしれないな。呪いっていうものは、人が丹精込めてかけるものなんだ」

 呪いは自然発生しない。

 生物でいう病気とは違って何かが原因で発生するものじゃない。どれも人工的な物だ。

 仕方ない。というものではなく、原因がある物。

 彼女が憑依されているのは原因であり、付喪神の様に物を長年愛でていれば発生するものではないのだ。

「ファンレター、全部拝見させてもらった。どれも僕の作品への愛や熱意が籠ったファンレターで、それも嬉しいものだったよ。相談もあったんだ。そこに一つだけ引っ掛かるものがあってね」

「何よ」

「まぁ君が気付けるはずないよな。君はもう、ただの鞄であって生物としての役目は終えてしまったのだから」

 三匹居た虎は全て、髪の餌食となり消えてしまった。もう会えないという事は無いが、少し働かせすぎたと思って反省はしている。

「私が、付喪神じゃない? 嘘よ。呪いのはずがない」

「あまり言いたくないが、付喪神は彼女が生きている間に現れるものではないと僕は思うんだ。それも君の性格は彼女のファンレターに書いてあって生前のお姉さんにそっくりなんだ」

「私が……?」

「あぁ、言うもんじゃないと思ったけど、僕は本音をあまり包み隠したくないタイプでね。それに君を止めるにはこれぐらいしかないと思ったのさ」

 彼女には申し訳ないが、それは事実だ。

 姉の名前は記載されていなかったが、彼女の字ではっきりと亡くなった姉についてファンレター三枚分が書かれていた。

 家庭教師にも両親にも尋ねたが誰もが口を噤み、彼女に話すことはなかった。

 しかし、そんな彼女が何故、姉の事を知ることが出来たかというと、両親から誕生日のプレゼント、肩にかける紐の裏に見知らぬ人の名前が書かれていたからだそうだ。

 僕が考察するに彼女の姉が所持していた鞄に彼女の両親が呪いを付与したのだろう。

 だが、鞄に自分の娘を取り憑かせるだろうか、僕が彼女たちの親ならそんな事はしない。だが、金持ちの気持ちは僕には到底理解できるものではないから、何か理由を添えて付呪を行ったのだろう。

 しかし、和菓子の銘菓を製造する家がこんな上等な付呪が出来るとは思えない。出来たとしても何者かに嗅ぎつけられたら大変な事件になる。

 別に和菓子店だろうと関係ない。

 日本におけるどんな製造業でも付呪を行うことは禁止されている。またその技術を取得することすら禁止されていて、それが公に晒されでもすれば廃業どころか一族全員が一生、身分的差別などを受け兼ねない状況にされるという訳だ。

「妹、いや、君は主人を思うあまり過剰に力を浪費する。今まで、君は彼女を守ることが出来なかった。両親が君を呪いとして鞄に付呪したのなら、彼女の守護者になるようにと組んだはずだ。だから彼女がいつも傍に置いている。手にしている鞄、君の名前が入ったそれをお守り替わりにでもしたんじゃないかな」

「そうだとしたら……、何故私は死んだのだ」

「交通事故らしい。まぁ彼女の推測でしかないと思うが、それが一番正しいんじゃないか、と僕は思う。それに、彼女を無理矢理引き籠らせる異常な愛情。分からないわけがないだろう」

「お嬢さんは、私と一緒の物なのだ。生物ではなく、意思を保有する道具なのだ」

「ただ生み出されただけの存在が何を!」

「それはお互い様というものだ。それにお嬢さん、君のしていることはお嬢さんが憑依しているお嬢さんにも迷惑な事なのではないかな。私はご主人のために働いている。君のそれは本当に彼女のためなのだろうか」

 全身に切り傷を受けた元犬、もとい虎が僕の隣で座り込んでいた。どうやら相当疲弊しているらしく、もう立てる体力は残されていない。

 知性ある虎なんて僕の仲間を襲わない。ぐらいしか取り柄がなさそうなのにどうして付け加えてしまったのか。

 一つ、気がかりなことがある。何故、彼女は、錦野幡豆葉は、僕の手紙に付呪する事出来たのだろうか、鞄自体にも付呪を行える機能があるとは思えない。

「黙れ! 私は付喪神だ! 呪いなんてちんけなものじゃない! 私が瀬戸秀人になれば彼女の願は満たされるんだ!」

「まだ続けるか? 鞄、君は不思議な呪いだ。とても歪で不安定である。しかし、それでいて呪いとしては人間らしい。そして君の話も聞きたい。僕の好奇心をこれ以上ないぐらいにくすぐる存在なのだから、弱らせるととても人間らしく、そして君が人間だった頃の事を知れると思うんだ」

 残りの魔力を全放出するつもりで僕は一斉に、力強くペンを走らせる。

今度は動物なんて生易しい物じゃない。

 砲塔、弓矢、そして拳銃を三つずつだけ展開し、鶴翼の様に左右対称に僕の背後に出現させる。全ての武器で発砲を行えば、僕の魔力はほぼ底まで持っていかれるだろう。それをもし、凌がれた場合。

 僕の敗北は確実となる。彼女に僕をどうされるか分からないが、きっと身の毛がよだつようなことなのだろう。

「ご主人」

「お前、鉄砲になっても話せるのか」

「知性のある鉄砲なんて味なものだろう?」

「確かにそうかも知れないな。けれど兵器に知性は求めてないと思うんだが」

「兵器はただ殺すだけのために作られたものだろう? 知性があれば急所を外すことも容易い。人間の手元はすぐ狂うからな」

 彼女は立ち尽くしたまま動かない。

苦虫を嚙み潰した様な力のこもった口元で目元を隠したまま制止している彼女は、本当に人間そのものに見えた。

僕は右腕を高く振り上げ、俯き続ける彼女に向け一気に振り下ろす。

「撃てぇっ!」

「私は……!」

 一斉射撃だったことを僕は後悔した。何故、一斉に正面を狙って射撃したのだろうと、馬鹿正直に射撃することは躊躇いではなく、自分の慢心によるものだろう。

「馬鹿正直に……」

 魔力を多大に放出してしまったお陰で動けなくなった僕に彼女の髪が襲い掛かる。しかし、髪の毛は虎が僕の正面で己が身を盾にするように立ち塞がった。

 虎は僕の為に盾となり、消えていく、不敵な笑みを残して消失した虎の後に続かんと全身を赤色に発光させた城屋誠が髪の毛を切り裂きながら鞄に向かって右拳を振りかぶりながら突撃していく。

「正面から撃ってんじゃねぇぞ!」

「なっ! 鬼風情が!」

 彼女は残った髪で城屋誠の拳を防ごうと防御態勢に入る。蜘蛛の巣状で電信柱やポストなどに絡みついて衝撃を抑えようとしていた。

「良かったぜ。お前が、神だったら賢くて俺の阿保みたいな動きは見破られてたかもしれねぇしな」

 城屋誠は拳を下げ、頭も下げた。全体的に体勢を低く保ち体も元の血色に戻っている。

 ただの人間に戻った城屋誠、彼女にはまだ鞄で攻撃という行動が残っているというのに生身で彼女に挑むのは聊か無理でしかない。

 あと一筆でいい。腕さえ動いてくれれば補助を出すこと可能なのに何故、僕の体はもう指を少し動かすぐらいが精一杯。

 これが魔力切れなのか、城屋誠が鞄に食われでもしたら、望月君に顔向けができない。頼む、動いてくれ僕の腕、全身運動をさせてくれ、まだ魔力がわずかにでも残存しているのならそれを絞り出せ、僕の体。

「やめとけ、瀬戸。それ以上はお前の体に関わる。それに」

「お前っ……!」

「俺もこうして動くのが今、精一杯だ。最後のチャンス、なんとかしてやるさ」

 短くなった髪は元の長さに戻り、彼女の髪型が左右非対称に変化している。

 城屋誠が切り裂いた髪はもう十分に機能はしない。しかし、まだ鞄による攻撃の可能性は確実に在り得る。

「嬢ちゃんの髪はしょうがねぇ。後で土下座でもなんでもして詫びる。ただ、そのお陰で俺のラストが通って良かったよ」

「何よ! 私の守りは完璧……!」

 完璧な守りの完全な隙を城屋誠は発見していた。

 彼女の髪を切り裂いて部分的に停止させた機能を利用して、城屋誠はその僅かに生じた防御の隙間を縫って自分の鍛え上げられた血管の浮き出た右腕をそこに差し込む。

「あっあぁ! あぁぁぁぁ!」

「すまねぇな。ちゃんとした嬢ちゃんと話しをさせてくれや」

 城屋誠の全身を髪の毛が毛糸の様な球体にしてやろうと包もうとする。だが、その行動はあまりにも遅すぎた。

 攻守一体の攻撃姿勢だったのが彼女の敗因、完全な球体に閉じこもり防御に徹していれば、城屋誠を懐へ侵入させることを許可しなかっただろう。

 鞄は城屋誠の手に握られ、ゴムの様に伸縮自在だった髪の毛は彼女の頭皮に戻っていった。 

 彼女を取り囲んでいた禍々しい気は消失し、彼女は膝から崩れ落ち、その場で倒れる。

「はぁ……。俺も疲れた」

「店主に今度、お詫びもしないといけないしな」

「お前がしろよ。金持ちだろ?」

 鞄を僕の足元に投げつけて城屋誠は仰向けになり倒れた。

「土下座するかって言っていたのに、これからどうするんだ」

「土下座は勿論する。学校はもう行かね。家帰って風呂入りてぇけど嬢ちゃんは大丈夫か心配だしな。取り敢えず、姉ちゃんに電話して迎えに来てもらわねぇと」

「僕も疲れた。久々に休載してしまいそうなぐらいにね」

「お前が休載したらすげぇ事になるんだろうな」

「当たり前だ。僕の作品は確実にもう看板になっているだろうし、何より僕は今の作品を連載し始めて原稿を落としたことがない」

「はぁーあ。教えてやりてぇぜ。お前がどうしようもない奴だってことを世間様によ」

「残念だが、それは不可能だ。僕にはファンが一杯いるからね」

 城屋誠は溜息をつきながら僕から体を背けるように寝返りをうった。

「はっ……! 瀬戸先生!」

 どうやら目が覚めたらしい。

 彼女は一目散に僕の傍に駆け寄り、僕の頭を持ち上げて彼女は自分の膝に乗せた。

「何故分かったんだ」

「意識はあったのです。でもあの子が、姉さんが出るなって」

「あれが君のお姉さんかは分からないが、その髪、すまなかった」

「いいのです。私たちも瀬戸先生に迷惑をかけすぎました……」

「この体験も本に出来るなら安いもんさ。体は動かないけどね」

 まだ体を動かすことはできない。

 全身に痛みはなく、激しい脱力感に襲われ続けている。彼女の華奢な腕では僕と城屋誠を運ぶことなんて不可能だろう。

「ごめんなさい」

「君が謝ることはない。いや、実際謝罪がいらないと言えば嘘になるけれど、僕はその代わりに教えてほしいことがあるんだ」

「なんでしょう? 何でもお答えします」

「君は、錦野幡豆葉さんでいいのかな?」

「勿論です。錦野和菓子店の娘です」

「君のお姉さんを呪いとして鞄に付呪したのは誰なんだ?」

 彼女は暗い顔をした。

 彼女が付呪をしたという事も考えたが、家庭教師や両親が彼女に教えるはずがない。

「黙認、という事でいいのか? それとも両親が……」

「いえ……、両親ではありません。手紙に書いた家庭教師たちでもありません」

「じゃあ呪術師か何かか? そういう人間を雇って付呪を行ったとか」

「その人は……、その人。と言って良いのでしょうか、人間か魔物か獣かも分からない人型をした何かでした」

「まさか……、そいつは全身黒い甲冑に」

 僕はそこで彼女に話すことを止める。

 彼、いや彼女の言う何者はもしかしたら僕に魔法のペンを授けた者かも知れないからだ。

 全身黒色の甲冑でマントを羽織り、フルフェイスの兜には何処の生物の頭蓋か分からない骨を嵌めている格好をした男。

 僕自身、彼の正体を調査済みである。調査済みと言っても彼の名前程度と使用頻度の高い武具などの情報だけだが、僕はペンを貰った数日後に図書館に向かい歴史的犯罪者の資料で調べた結果。

 そいつの名はノーフェイスと呼称されていて、甲冑の下は誰も見たことがなく、数百年前から生存しており、魔族の中のカリスマ的存在として崇められている様だ。

 使用頻度の高い武器は切先から柄頭までが甲冑と同様漆黒であり、魔力の少ない生物や耐性の無い人間が直視しただけで生命を吸収されてしまう代物らしい。

 おまけに斬撃を飛ばしたり、大地を割断することも可能という文献もあった。

 直に拝見したわけではないが、彼の前に立ちふさがって生存した人間は両手に収まる程度しか居ないらしい。

 問題はそれだけではなく、彼の使う魔術も問題で現存する魔術書にはない魔術を使用することが出来る。

 僕の魔法のペンよりも遥かに簡略された上に手間も掛からない。

 特殊な道具を必要としない複製魔法を扱う事が出来るのだ。

それも複製魔法は現代の魔術師たちが使用する場合、多くの時間と魔力を要する。

僕の魔法のペンを使用した魔術で生み出す魔法よりも彼は素早く複製魔法を

使用できるらしい。

以上から取り敢えず相手が人間ではないことが分かる。そしてノーフェイスならば、あの鞄に彼女の姉を付呪することも可能だろう。

 資料として失われた魔法技術の複製魔法をいとも容易く扱うのだから付呪などはもう本人からしたら造作もない行為だと僕は踏んだ。

「全身が漆黒の甲冑で覆われた男、ノーフェイスでした。私にこの鞄を渡したのは」

「何!? いや、そう驚くことでもないか、でも考えてみると何故、君の元に彼が」

「幼い頃でしたが、その記憶は鮮明に覚えています。私が姉を失ってから数日後、私の姉の遺品が一つ無くなりました」

「それがあの鞄……」

「そうです。あの鞄をノーフェイスは私に手渡したのです」

「ちょっと待ってくれ。幼い頃から引きこもりの君にどうやってノーフェイスが鞄を手渡したんだ?」

 ノーフェイスの魔法技術は非常に高いが、彼女の両親の警戒も高いはずだ。家に一歩でも他人が侵入しようものなら様々な防衛装置が作動するだろう。

 勿論、金持ちの家なのだから魔族を感知するなどお手の物と言わんばかりの電波探索機なども厳重に配備されているはずだ。

「反応しなかったのです」

「反応しなかった、だと……?」

「家のセキリュティは万全でしたし、尚且つ、家庭教師も隣の部屋で生活している。そんな私の家に彼は、武器を持たず、私の前に突然現れたのです。お化けの様に」

「武器を持たず……?」

「はい」

「あの禍々しい兜の奥から視線で捉えた者は全て殺す。と伝えられているあいつが?」

「えぇ、私が大きくなってから聞いた彼の噂とは全く違う方でした。ただ鞄を受け取ってくれ。と一言残し、またお化けの様に去っていったのです」

「君が幸運だったのか……? それともノーフェイスの気まぐれなのか……?」

「人、ではないかもしれませんが、見た目で判断してしまうには悪いと私は思いました」

 あの見た目で悪人と思わない方が無理というものだ。電波探索機も作動しない程に魔力や存在感を消失させることなど人間には出来ない。

今は関係ないが、彼が何故、数百年もこの世に存在しているのか、何の目的で僕にペンを授け、彼女に付呪した鞄を渡したのか、会話が出来るものなら直接問いただしてやりたい気分だ。

「引きこもりでもノーフェイスの恐ろしさぐらいなら知っているかと思ったが……」

「子どもの目からみた彼は、悪ではなく、正義の味方の様なものに見えました。見た目からの先入観に囚われないように昔から生きていますので」

「そんな事言う物好き、初めて……。いや二人目だった」

「私以外にもそう言った方が居られたのですか?」

「あぁ、彼のおかしな側面だと思うが、まさか同意見の人間が居るとは思わなかったよ」

 望月君もノーフェイスの事を勘違いしているかもしれないが、彼の考えによれば百年以上も生きている人類の敵。それが何故、人類すべてを滅ぼせるはずの魔法やそれを発動可能にすることが出来る魔力を保有しているのにも関わらず滅ぼさないのは何か理由がある。と言っていた。

 確かにそうではあるが、魔族側ではなく、人間側が彼から受けた被害も甚大を極めている。

 彼一人のために何人の人間や武勇を積み重ねた戦士たち、膨大な知識を保有した魔術師たちが抹殺されてきたのだろう。

それだけではない。貴重な資源や魔術書でさえ彼によって破壊されてしまったものもある。

人間たちが築いてきた物を一瞬で破壊することが出来る。しかし、人間は完全に滅ぼさない。

僕や彼女の様に何かを授ける。与えるといった行為も極稀にするが、それで今までの業を零に還元することは出来ないだろう。


◇◇◇


「へぇ~、そんなことがあったんですね」

「あのなぁ……、君に話したら素っ頓狂な反応を見せるくらいかと思っていたが、あまりに予想通り過ぎて呆れるどころか受け入れてしまおうとしている僕がいる」

 あの事件から三日後、僕は城屋誠に制服代を支払い。普段通り漫画家兼小説家として編集の鹿取君と話をしていた。

「で、隣の人が錦野和菓子店の娘さんですか」

「はい」

そう。僕の隣には彼女が腰掛けている。

 親切心か、はたまた珍しい悪意を僕は受けているのか分からないが、彼女は僕の隣にまるで恋人の様に正座して鹿取君と僕の話を傾聴する。

 それも終始ずっと、僕自身、愉快な思い出話を語っているのかと錯覚してしまう程、彼女は時折、頬を抑えながら右往左往に全身を揺らしながら顔を赤くしていた。

「まさか先生が女性を家に匿っているなんて……、それも家出したお金持ちのお嬢さんを」

「仕方ないだろう。いや、厳密に言うと仕方なくないんだが、どうしても帰りたくないなどと駄々をこねる」

「両親に許可は貰っていませんが、私は瀬戸先生に預かってもらっていると両親には説明しています」

「両親からの略奪愛ってやつですか!?」

「そう! まさしくそうなのです!」

「いや……、全然違うよ」

 僕が半ば呆けながら二人の会話を聞いていると、いつもの喫茶店には絶対現れない食事がやってきた。

 僕ら三人の前に一皿ずつではあるが、何故今日は喫茶店ではなく、此処にしたのかが分かる逸品だ。

 そう、本来は僕と鹿取君の二人で来るつもりだったのだが、幡豆葉がどうしてもついてくるというので無理をお願いしてメニューを三人分にしてもらった。

「幡豆葉さんも大変ですね」

「?」

「おい! 挨拶しろ!」

 幡豆葉は食事を配膳した人間にゆっくりとお辞儀をした。いつもの気味の悪い早口も封じ、ただ黙って僕の親友に向かって頭を下げる。

 口を閉じていればなんとやらって奴だろう。本当に絵に描いたようなそれだ。

「いいんですよ」

「うわぁぁぁぁ! 流石ですよ! 望月君!」

 眼前の料理を目にして香取君が叫び声を上げる。

頼むから図書館で過ごすように冷静で居てほしいものだ。望月君の癪に障ったらどうしてくれる。

「そうですか?」

「鹿取君、君はまだ見慣れているだろうに」

「いやいやいやいや、先生。望月君の手料理ですよ!」

「そんなことは僕が一番分かっているよ」

 僕は魔法のペンを取り出し、鹿取君にメモ帳を一枚貰って犬を描く、こいつに望月君の料理を見せる約束をしていたことをすっかり忘れていた。

 犬がさっそく、携帯電話会社のコマーシャルの様に話して二人を驚かせる。

望月君は食事を載せていたお盆を胸の前で抱え、香取君の隣、僕の正面に腰を下ろす。

「この方が、望月さん? ですか?」

「そうだ。僕の親友であり、君では全くもって彼に敵わない偉大な人間だ!」

「大袈裟ですよ。でも瀬戸先生、犬なんて飼ってたんですか?」

「ふふふ、君が望月君か、ご主人が熱く君の事を語っていたぞ」

 僕は犬に隠し持っていたドッグフードを与えて望月君の事について語っていたという話を止めさせる。

 その様子を見ながら望月君は微笑んで口を手で抑えていた。

 なんて嫋やかで礼儀正しいのだろう。幡豆葉に見習わせたい作法の一つだ。

「大袈裟なもんか! 君はもっと堂々と自分を出すべきだと僕は思う!」

「いやぁ……」

「いやぁ……、じゃないぞ! 全く、君という男は自分を出すべきだと思うのもあるが、自分の偉大さを認知した方がいい!」

 男子高校生で、世紀末に出てくる様な賊よりも凶暴な家族の面倒を親代わりに見ながら、家計をやりくりし、家事をし、学業を疎かにしない男子高校生など居るだろうか、日本ではもう絶滅どころか彼しかいないと言えるほどの存在だろう。

「この人が……」

「幡豆葉、君に望月君は刺激がかなり強いと思うが、なんとか堪えてくれよ。彼に手を出そうものなら彼の従える女性たちに何をされるか分からん」

「従えるなんて物騒な言葉使わないでくださいよ! 変な人と思われたらどうするんですか!」

「ひゅうふん(十分)へん(変)は(だ)よ(よ)」

「鹿取君! 望月君が話している間は口に物を含むなと言っているだろうが! 君のその意見には全くもって同意だが!」

「僕は構いませんよ。それに食べてもらった方が嬉しいですしね。二人に変な人と思われているとは……」

 勿論、彼が変なのは当たり前だ。勿論、良い意味だが。

 望月君の言う事に従い、僕は急いで彼が丹精込めてつくった料理を口に含むことにした。今日のメニューは、酢豚から来たか、適当にと言ったがはずなんだがご丁寧にしっかりとした餡が満遍なく料理の上で輝きを放ちながら存在している。

 鹿取君は既に望月君に白米を要求し、白米の上に贅沢且つ、下品にも酢豚をそのままぶっかけていた。

「酢豚?」

「知らないんですか?」

「申し訳ありません……」

「瀬戸先生から事情は聞いて居ますし、謝られることはありません。少し、熱いかもしれないのでよく冷まして食べた方が良いと思います」

 幡豆葉も望月君に言われるまま酢豚をスプーンで掬い、自分の口元まで運び息を数回拭きかける。

「お口に合わなかったら言ってくださいね。別の物を用意しますから」

「ほっ(そっ)ひ(ち)ほ(も)はへ(食べ)はい(たい)へふ(です)!」

「分かりました」

「望月君、こいつの言う事は真に受けなくていい」

「良いんですよ。料理大好きですし、鹿取さんも日ごろお疲れでしょうから、栄養をつけていただかないと」

 何処まで彼は聖人なんだろうか、むしろ僕はこんな慈愛にあふれる人間というか、人間の体を構成成分であるはずの水が全て優しい水になっているのか、見慣れている行動や発言のはずなのに、彼への賛美が止まらない。

「瀬戸先生が望月君だったらいいのになぁ~」

「なっ!」

「だって原稿を取りに行ったら何か振舞ってくれそうですしね! それに瀬戸先生と違って優しいし!」

「そんな事ないですよ。家族や特別なお客さん以外には気合入れた料理は作らないので、それに鹿取さんの言っていることも分かりますが、瀬戸先生は、優しさとか、素直な気持ちが直ぐに出て来ない人ですからね」

「こほん、望月君、楽しく食事をするのも粋だけど。そろそろ本題に入ってもいいかな?」

「いいですよ」

 鹿取君と幡豆葉に望月君お手製苺のミルフィーユをデザートとして配膳し終わると、彼は僕の目を見て、座布団に正座した。

「まず、幡豆葉の事なんだが、望月君の時間がある日でいい。彼女に家事の基礎でも叩き込んでおいてくれないか?」

「はい!?」

 幡豆葉はスプーンを咥えて正座したまま飛びあがった。

 僕の家に居候するならせめて掃除や洗濯ぐらいは覚えていてほしいものだ。言っても僕は、毎週月曜日に来る掃除係の人を雇っているから突然必要になるわけではないが、彼女が僕の傍に居たいというならそれぐらいの努力はしてほしい。という気持ちを込めて望月君にこうして頼み込みに来たのだ。

「そうですね。幡豆葉さん、包丁を握ったことは?」

「ないです」

「洗濯をしたことは?」

「勿論ありません。掃除もお手伝いさんがやってくれていたので」

「このお嬢さんは生粋の箱入り娘なのだ」

「なぁぁぁぁぁにぃぃぃ!?」

 望月君は叫びながら机に顎から突っ伏した。犬が望月君の頭を前足で優しく叩いている。そんな状況で望月君は幡豆葉に羨望の視線を向けていた。

 この年になってまで家事の一つもしたことない人間を望月君は見たことがないのだろう。彼の周囲に家事ができない。という人間がそこまで居ないというのも問題はある。

 自分の家族ぐらいだと思っている彼の脳内を今、幡豆葉が出会って数分で彼を搔き乱している。

「僕の周りにも家事をしない。と言う人たちは居ますが、それは出来ないわけではなく、やらないという事です。まさかそこまでないとは、驚愕ですね」

「まぁそういう訳だ。僕は漫画と小説で忙しいし、香取君もそっち方面は苦手でね。それに周囲に頼れるのも君ぐらいしか居ないんだ」

「はぁ……、分かりました。善処します」

「幡豆葉、兎に角家事ぐらいは出来るようになってもらわないと困る。鞄も納得してくれるだろうしね」

「望月さん、よろしくお願いします」

「大丈夫ですよ。幡豆葉さんに合わせて僕も教えるので頑張りましょう」

 望月君は幡豆葉と握手を交わすと空になった僕らの皿を下げた。そして食後のお茶(鹿取君は贅沢にもコーヒーだが)を頂いて僕らは望月君の家を後にする。

 僕の家は僕しか住んでいないから幡豆葉が居れば多少、賑やかになるだろう。賑やかすぎて仕事を邪魔されることはあるかもしれないが、城屋誠の家も彼女を庇えるような部屋はなかったし、彼女持ちである彼の家に見ず知らずの女性を匿わせるにはそれこそ変なリスクも伴うと思う。

 あと無闇にあの犬を出現させるのも控えるべきだ。二人揃うと流石に五月蠅いと思うしね。

 鹿取君は僕の新しい原稿を受け取ると僕ら二人に暖かい笑顔というのだろうか、目尻が垂れ下がった、僕には憎たらしい笑顔に見えたが、幡豆葉が礼を言っていたので空気を読むことにした。

 彼女と暮らす。ということは鞄とも衣食住を共にするということ、寝首を掻くといったことをされないように警戒しながら毎日就寝するとしよう。

 二階建ての家の一階にあった未使用のスペースを彼女に与え、模様替えは好きにするように、とだけ伝える。

 すると輝かしい目で僕を見つめて、まずは部屋に何を置けばいいかという質問を受けながら僕は漫画の原稿用紙に手を付けた。


今回は42000字程ありました。読了してくださった方、途中まで読んでくださった方、間違えて開いてしまった方もありがとうございます!

感想などもお待ちしておりますのでよろしくお願いします!

本編の優しい魔王の疲れる日々(リメイク)もよろしくお願いします!

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