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ヒトになりたかった?  作者: 綴折紙
4/8

遊び仲間

 私が少女を見つめていると、手首に圧がかかった。


 痛みに顔をしかめる間も無く、次には乱暴な所作で前に引っ張られる。いきなりのことで態勢が崩れ、倒れそうになってしまった。


 倒れることはなかったものの、そうなる可能性のあった状況に冷や汗を流す。鼓動もかなり大きな音を奏でるほどであったが、それらが落ち着くのを待たずに、すぐさま行動に移ることにした。

 即ち、この状況の元凶であるトーピに向けて、苦情を込めに込めた視線にて睨めつけるという行為である。


 トーピは私の様子に気づいたようで、ちらりとこちらを一瞥する。しかしすぐに視線を戻し、ニヤリと不快な笑みを浮かべるのみであった


「こいつの名前はアレンだ。よろしくしてやってくれ。さっき、お前らと仲良くなりたそうにしていたような気がするからなぁ」


 私が睨んだことへの当てつけか、あるいは単なる揶揄か。何にせよ、私の名前を紹介した後、不愉快なことを堂々と宣ってくれたトーピである。


 当然憤慨した私は、まずトーピから離れようと考えた。そのためには手首を彼の手から解放しなければならない。ただ、それは何度か試みては失敗を繰り返した行為である。


 一瞬、ためらう。これをしたとしても意味がないのではないか、と。

 しかし、その迷いもすぐに消え去り、思考は後に残った怒りによって全てが支配された。


 力任せに引っ張り、さらに引っ張った挙句に、もう一度引っ張る。何度か錯誤して、やっと引っ張るだけでは拉致があかないことに気づいたので、捕まえられていない片手も一緒に使うことにした。


 トーピの指に注目する。指を一本ずつ剥がしていけば最終的に逃れることができるのではないか。そう思い、一先ず人差し指から取り掛かり始めたのだが、……動かない。


 細くて力なんて全くなさそうなのに、何故かピクリとも動かない。これは最早、超常現象並みと言っても良いのではないだろうか。ここまで動く気配を見せないなんて、おかしすぎるではないか。


「ねえねえ。その子……アレンちゃん? アレンちゃんは、さっきから何してるの?」


「ん、まぁ簡単に言っちまえば、そうだな。ほら、遊びたい盛りってやつだ。そういう年頃なんだよ。俺にじゃれついてるってわけだ」


「ふ、ふぅん……?」


 誰か、複数人が首を傾げたような空気が伝わってくるが、それに構う暇なんてない。というより、そもそもこれはどうやっても離れないのではないだろうか。最初に思ったことは、まさしく正解だったのでは……?


 私の奮闘は、無意味であった。そんな諦念が湧きあがり、私の心を虚しさで飾り付けしていく。悔しさが、心底から込み上げてきていた。


 悔恨の情に包まれながらも、少しだけでも奴に報いてやろうと、一つ、引っ張りを行使する。全力が込められ、さらに体重の全てが後ろに傾けられた、渾身の引っ張りである。

 どうせ逃れられないのならと、開き直った末のものであった。


「────ぇ」


 手首を、空虚感が襲った。まるでそこにあったはずのなにかが消えて、その名残として現れた空虚感。そんな感覚であった。

 次には、体の芯が崩れる感覚。体重を支えていてくれたものが唐突に失せたことによる、態勢の崩壊である。立て直しをする余裕なんてないほど、完璧な崩れ様であった。


 辛うじて、目が両手首の様子──何もされていない状態を捉える。後方に落ち行く頭は、それによって現状を把握した。


 私の手首は唐突な解放を受けたのだ、と。


 倒れ行く身体は、それ以外を助ける為の贄として、臀部を床に強く打ち付けさせた。絨毯のおかげかそこまでの衝撃はなかったものの、痛覚をそれなりに刺激され、瞳が少し潤みを帯びる。


「……うぅ」


「アレンちゃん! 大丈夫!?」


 思わず掠れた呻き声を漏らすと、すぐにパタパタと足音を立てて誰かが駆け寄ってくる気配がした。

 顔を上げると、柔和な顔つきの少女が目に入った。心配そうにこちらを覗き込む彼女は、先程手を振っていた四人のうちの一人だっただろうか。


「あぁ、裾が少しめくれちゃってるよ。ほら、直してあげる」


「それ、しなくてもいいと思うぜ、ソラ。本人曰く、アレンは男だからなぁ。その程度、どうってことねぇだろうよ」


「…………え?」


 甲斐甲斐しく私の衣服の乱れを直してくれていた少女だったが、トーピの言葉を聞くと、ピタリとその手を止めた。


「そうなの……? アレンちゃん──じゃなくて、アレン、くん?」


「……ええ、トーピの言う通りです。私は男です。服、直してくれてありがとうございました」


 固まる少女に礼を述べ、未だじんじんと痛む臀部をさすりながら立ち上がる。それから痛みを我慢して歩き、憎きトーピの目の前まで来てから、立ち止まった。


「自分が何をしたか、わかっているのですか」


「あぁ、全てきちんと理解しているぜぇ。アレンが面白いことをする手助けをしてあげたってことは、よく理解してる。俺のところに来たのは、あれだろう? 感謝を述べる為だろう?」


「……最低ですね。呆れすぎて、その思考の仕方が心底から気持ち悪いとしか言えません。どうなっているのですか、あなたの頭は。不快に過ぎます!」


 やはりこいつは最悪な人種だ。すでに私の許容範囲を超えている。怒り心頭で頭がどうにかなってしまいそうだ。今もヘラヘラと悪趣味な笑いをこちらに向け続ける、その心境が全くもって理解できない。


 握りしめた拳が震えて、早く動かせと私を急かす。あの笑顔を吹き飛ばしてしまえと、強い口調で主張している。


 早く、はやく、ハヤク──



「あ、あの!」


 唐突に声が響いた。この、緊迫しかけていたこの空気を裂くような声だ。

 それを出せる図太い神経をした者はどんなやつだろうと、発生源に顔を向けた私の目に移ったのは、赤い帽子だった。

 真っ赤な帽子を被った少年が、キラキラと輝いた瞳でこちらを見つめている。邪魔をされた不機嫌から私が思いきり睨めているにも関わらず、その無邪気な瞳を曇らせていないことからも、彼が声を出したのだとわかった。


「聞きたいことがあるんだけど、良いかな!」


「おう、カラ。尋ねてんのは俺か、それともアレンか?」


「もちろん、アレンくんだよ!」


「だよな! いいぜ、こいつのこの態度は照れ隠しだからな。それについては気にせず、存分に聞いてやってくれ!」


「わぁ、やっぱり? 僕もそう思ってたんだ! やったぁ!」


 流れるような展開である。他人事を自分事のように扱うトーピに、それを気にせず寧ろ喜んで見せる赤帽子の少年。

 どちらも私のイラつきを極端に高めるのに、非常に役立ってくれる方々であるようだ。

 筆舌に尽くしがたいほどの心境の荒れ具合を抱えることになった私であるが、それに構わず少年は問いかけを投げつけてきた。


「えっとね、男の子なのに、どうして女の子の服を着ているの?」


「女の子の服? これは女の子の服ではなく、母さんがくれた服です。それを着ていて何か問題でも?」


「え?」


 戸惑いの声を上げ、戸惑いの表情を顔に浮かべた赤帽子の少年。その脈絡のないおかしな様子に、寧ろ私の方が戸惑ってしまう。

 私と赤帽子の少年は、二人して首をかしげ、お互いに見つめ合うことになっていた。


 視線が交わること、暫し。


「じゃ、じゃあさ。俺も一つ聞きたいんだけど」


 赤帽子の少年の、その隣にいた少年である。頭に乗せた青い帽子を片手で弄り、おずおずとした動作で前に出ながらの発言であった。


「……なんでしょうか」


「──ひっ」


 帽子の色が対照的なら性格も対照的なようで、赤帽子の少年と違い、私が低い声を出しただけで飛び上がらんほどの驚きようであった。ビクビクと震えるその姿を見ていると、地味にイラついてくる。そんなに怯えるならなぜ発言などしたのかと。空気を察することができないのだろうかと。


 無性に頭を掻き毟りたくなってくる、じわじわとしたイラつきの起こさせ方である。


「え、えぇっと、そのぉ。……お、俺たちと仲良くなりたいって……本当?」


「はぁ?」


「お、俺、君と友達になりたいって……思ったんだけど……ダメ、かな?」


「……ダメではないですが」


「じゃあ、なってくれるの!?」


「わっ!?」


 それまでのトロトロとした動作と違い、俊敏な動きであっという間に私の目の前に移動した青帽子の少年。

 鼻息荒く、肩をがしりと掴んできた少年の目は、爛々と輝いている。彼のその変貌ぶりに大層驚いた私は、反射的に大きく声を上げてしまった。


「あっ、ご、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど……」


「いえ、大丈夫です……」


「で、どう? 俺と友達に、なって……くれる?」


「そうですね……」


 もじもじとしながらこちらを見つめてくる青帽子の少年に、少なくない気持ち悪さを覚えて目を逸らす。と、視線の先にはニヤニヤと笑うトーピの顔があった。


 ──こいつのせいだ。


 ごうごうと再び燃え盛り始めた怒りに従うまま、不愉快な笑顔を睨みつける。

 こいつが『仲良くなりたそうにしていた』なんて言わなければ、誤解されることはなかったはずなのに。


「えっと……ど、どう……?」


 トーピを睨む私の顔の、そのすぐ近くで囁き声が聞こえた。

 ギョッとしてそちらを見ると、これ以上ないほどの近距離に青帽子の少年の顔が。


「わぁっ!」


 仰け反るように飛び退った後、数歩だけ後ずさる。


「あ、ごめん。でも、はやく返事が聞きたくて……」


 申し訳なさそうに謝る彼だが、その瞳は異様な輝きを失ってはいない。よほど友達というものに執念を抱いていそうなその様子に、ため息を一つ吐く。


「友達になる以前に、まず、私はあなたの名前を知りません。それを知るまでは、何にしても言うことはでき──」


「おう、よく言ったアレン! そうだよなぁ、名前を知らなくちゃ何も始まらない! ってなわけだから、ここで全員の紹介の時間といこうじゃあないか」


 突然である。私の言葉を遮るように、トーピの言葉が発生した。わざとやったとしか思えないタイミングである。私の不愉快度を凄まじい速度で上げていくのに、これ以上適した者は他にいるのだろうか。

 あまりの怒りに、ぶるぶると体が震え始めていた。


「おお、アレン。ぷるぷると……そんなに震えるほど嬉しいか! よし、何だかもうお前が面白くなりすぎてて、俺も嬉しいぜ!」


「誰が……っ!」


「よし、お前らはそこに並んで……ソラ、お前ももう立つ頃合いだぞ……そうそう、そんな感じ。よしアレン、前を向け。これから一緒に遊ぶやつらの紹介だ」


 トーピが私に指示を飛ばしてくるが、そんなものは右から左に流して、睨み続ける。するとため息をついたトーピは、私のすぐ隣までくると、むんずと私の頭を掴んだ。


 そしてそのまま、力強い圧がかかり、強制的に私の顔が前を向く。……手首の時よりも痛かった。


「まずは左端から。えぇと……俺から紹介するのは面白くなさそうだな。じゃ、自己紹介という形で行こうか。なぁアレン、そっちの方が良いよなぁ?」


「手を離してください。とても痛いです……!」


「やだ。面白くねえからな。じゃあほら、ソラから……おい、ソラ!」


 呆然とした様子のまま突っ立っていた少女が、トーピの声で我を取り戻したような顔へと変わった。先程、私の服を直してくれた小女である。


「……あの、えっとね。私の名前はソラ。そのまま呼んでほしい、かな。よろしくね、その、アレン……くん?」


 はじめ混乱した様子の彼女であったが、すぐに落ち着くことができたようで、私にちゃんと自己紹介をしてきた。


「はい。先はありがとうございました、ソラさん。どうぞ、よろしくお願いします」


「……うん! よろしくね」


 軽く会釈をしようとしたが押さえ付けられているためできなかったので、軽く目礼をすると、ソラは優しく微笑みかけてきた。もとから優しげな顔つきだからか、その笑みはとてもしっくりくるように感じる。私としては、他者の笑顔はあまり好きではないので、苦笑して返すことしかできなかったが。


「はーい! 次は僕だよね? うん。僕の名前はカラ。僕もそのまま呼んでくれると嬉しいな、アレンくん! よろしくね!」


「……はい。よろしくお願いします、カラさん」


 ニコニコと無邪気に笑む赤帽子の少年、カラ。明るく陽気なその態度は、私の不快感をわずかに刺激してくる。あまり、好きになれそうではないとしか思えない。流すように、愛想笑いを浮かべて返すしかなかった。


「えっと、えぇと……俺は、クライアン。その……どう呼んでくれても、いいよ。あの、よろしくね」


「……はい、クライアンさん。よろしくお願いします……」


 もじもじと、青帽子を弄りつつの自己紹介である。友達になってほしそうではあったが、あまり近づきたくはない。あの豹変がやけに私の記憶に焼き付いていて、敬遠すべき存在としてしか見ることができないのだ。

 これも、愛想笑いで流すしかなかった。


 それよりも、この一連の流れは無意味としか思えない。相手が自己を紹介して、私がそれに一言返す。……無駄でしかない。そもそも、私の目的は全く別のところにあったはずだ。

 かと言って無視しようとすると、どうにも居た堪れない気分になる。自分でもよくわからない心境であった。


「次は私? じゃあ──おっとっと!」


 眼鏡をかけた少女が、こちらに倒れこんできた。前に足を出した時に捻ったのか、かなり酷い転び方である。その延長線上には、私の体があった。


 大きな衝撃が胸を打った。


 トーピが頭をしっかりと抑えていたはずなのに、それも一瞬で外れるほどの衝撃。痛みを感じる間も無く、私の体は少女と共に床に倒れこむ──その前に。



「────」



 囁き声が、鋭く耳朶を揺らした。

 早口で、とても小さな声なのに。耳元で鳴ったその声は、私の頭にすんなりと入り込み、理解にまで及ばせるほどしっかりとしていた。


 ドスン、と絨毯が音を立てる。


「ご、ごご、ごめんなさい! 私ったら、うっかりしてました! 本当にごめんなさい、お怪我はありませんか?」


 わたわたと、取り乱したように私に謝る少女。倒れた拍子にずれた眼鏡が、なんとも言えない愉快さを演出しているが……それどころではなかった。


 彼女の声が、頭の中で再生される。はっきり、くっきりと、明瞭な音声で。



『──彼を信用してはいけない。わかる? でないと死ぬよ、キミ』



 どう捉えて、どう認識すればいいのか。私の頭では、すぐに妙案が浮かぶようなことはなかった。


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