第7話修正版
少し修正しました。
清々しい朝。
吹き付ける風が身震いをする程に冷たい。
周りに生い茂る木々が、日を辺りに拡散させながら、ユラユラと揺れている。その木々の下に、ルシアと思われる人物が立っていた。
軽装な格好をしているが、片手には物騒な剣を握りしめている。その剣の刀身は、やはり闇に染まる黒色をしていた。
「はぁぁぁぁ!」
ルシアの叫び声と共に、地面の砂が宙へと捲き上がる。そして、風を切る音が耳を劈いだと思った瞬間、目の前にあった木が砕け散り、傷跡が刻み込まれた。その傷跡は、竜に裂かれたような傷跡だったのだ。
それを見ただけでは、ルシアが剣で付けたとは誰もが思わないだろう。
「ふぅ……」
頬から垂れる汗を手の甲で拭き取る。
ルシアは、疲れたようなため息を吐いて、構えていた剣を下ろした。少し休憩をするのか、近くにあった切り株に座り込んだ。
ルシアは座り込むと同時に眼を閉じる。
静かな雑音が耳に入ってくる。それは、心地がいいものだった。
ザワザワと木々が擦れ合い音が鳴り響く。その音に耳を傾けながら、ルシアは身体中に何かを集めていた。
「……深淵の灯火」
ルシアが、そう口に出すと手の平から、青い炎が燃え上がる。透き通る程に煌めく、美しい炎だった。それはまるで、暗闇で光る一筋の光にも見えていた。
この深淵の灯火は、ルシアがミノタウルスを討伐する際に使った剣技だ。
剣技といっても、剣と合わせて発動しないと、その本当の力は発揮されない。だから、今のはどちらかと言うと魔法に近いだろう。
ルシアが身体に集めていたのは、大気中に充満する魔力。深淵の灯火を発動させる為に、力を集中させていたと言うことなのだ。
ルシアが力を集中させていると、手の上で煌めく青い炎が、不自然に揺れ始める。何事かと思い、ルシアは反対側を振り向いた。
「ここにいたんだ、ルシア」
「なんだ……ルナか」
そこに居たのはルナだった。
ルナは興味深そうにルシアを見つめている。
その視線に気づいたルシアは、首を傾げてルナに向かって言葉を問いかける。
「どうしたんだ?」
「い、いや……その……」
ルシアの言葉に、ルナは少しだけ考えた後に、照れくさそうな表情を浮かべて、歯切れの悪い返事を返す。
その事を何事かとルシアは思っていた。いつものルナならば、ルシアの事を気にする事なくハッキリとものを言うはずなのだ。
しかし、今のルナは何かに照れている。
その事に、ルシアは疑問に感じていた。
「ルシア……私に、昔の事を教えてくれない? 貴方が、なぜ叛逆をしたのかを」
「聞いても信じるか? いや、信じなくてもいい。俺が、お前の父親を殺したのは、変わらない事実だからな」
ルシアは少し棘のある感じで返す。その表情は、何かに懺悔しているように見える。
ルナの父親のユグド・ペンドラゴンは、この地を収める騎士にして王だった人物だ。ユグドに、ルナは憧れに近いものを抱いていた。
だが、過去に起きた出来事により、ユグドは死んでしまう。その事件を起こした人物こそ、紛れもなくルシアなのだ。
王を殺し、騎士を殺し、騎士としての誇りを捨てて、叛逆と言う名の大罪を起こし、ユグド・ペンドラゴンに向けて剣を向けた。何があってユグドを殺したのかは、ルシアしか知る由もなかった。
しかし、ルナはルシアが何故、叛逆をしたのか知りたかったのだ。本心では、ルシアはそんな事をする人間ではないと知っている。
ルシアは騎士だった為に、昔の頃からルナは、ルシアの事を知っていた。ルナに剣を教えた人物も紛れないルシアなのだ。
だが、その所為でルシアが叛逆した時に、裏切られたと思う気持ちが溢れ出した。今もその気持ちは、ルナの心の底からは消え去っていない影響で、憎しみが増しているのだ。
「それでも、話を聞きたいか?」
「うん……私は聞きたい」
ルナは真剣な目でルシアに訴えかける。
先ほどの照れていた様子は、単にルシアに過去の事を聞くのが、気恥ずかしかった影響だろう。今は、そんな雰囲気すら見せない。
「そうか……」
ルシアは、そう答えると身体をルナの方向に向けて、思い出すかのように語り始めた。その様子はまるで、悪夢を見ているかのようにルナは感じていた。
「あの時のユグドは違っていた。力を欲するが為に、己自身を見失っていたんだ」
「お父さんが……本当なのルシア?」
静かにコクっとルシアは頷いた。
「ユグドは、力を求めて実験をした。幼い子供達や仲間だった騎士達を手にかけて、精霊の器として実験を行った。その事を知った俺は、直ぐに止めようとしたが、遅かった」
それを聞いたルナは「嘘……」と発した後に、深く考える様子を見せる。ルシアの話が、本当ではないと願っていたが、ルシアの真剣な眼差しを見て、真実を受け止める。
ルナには酷な話だ。
実の父親であり、憧れでもあった父親が、子供や騎士を実験の材料にしたなど、聞いただけで嗚咽が絶えなかった。
「俺がユグドを殺した時には、既に精霊宿しの実験に使われた子供や騎士は生き絶える者や、中途半端に怪物になる者も存在した」
ルシアが、叛逆した際にユグド王の城内の地下は、確かに大量の変死体があった。
その数は数え切れず、見た目から判断できるのは、年齢か性別だけだったのだ。それ程に、死体は様変わりしていた。皮膚は、赤黒く染まり、目や口からは大量に血を吹き出し、臓器が内部で爆発していたのだ。
ルナは、その死体を見た記憶がある。それを見た時には、何度も何度も嘔吐をした。
「あの人たちが、実験に使われていたの?」
「あぁ……他にも沢山の人が死んだ」
それを聞いた瞬間、ルナの頬から水滴と思われる液体が流れ落ちた。地面に雫が落ち、辺りに撒き散らすようた拡散する。
ルナは、嗚咽の混じった声を出しながら、ルシアの方を見て涙を流す。その目には、後悔と悲しみが混じっているのを感じた。
「それは……本当なの?」
「本当だ」
躊躇なくルシアは答える。
その言葉には、ルナを慰めような感じは、一切合切、あり合わせていなかった。
「お父さんを殺したの?」
「粉々にするまで殺した」
それを聞くとルナは、座っていた切り株から転げ落ち、膝をついて地べたに座り込んだ。
その地面に、ポタポタと涙が垂れ落ちる。
ルシアは、ルナの様子を見守っていた。彼女が、この話をどう受け止めるか、どう解釈するかを真剣に考えていたからだ。
「それで、俺は叛逆の騎士と呼ばれるようになった。ここら辺は、ルナもマーリンから少しぐらいは聞いているだろ?」
ルナは返事をする事はないが、顎を一回だけ下に振り下ろした。詳しい事情は、マーリンからは聞いていないようだが、ルシアが叛逆したという世間に知れ渡っている事は、知っているようだった。
「以上だな……」
ルシアは、何処か悲しげな声で囁いた。
一方のルナは、今もずっと地面に膝を落として、両手を震えさせながら握りしめている。
真実を知る覚悟はルナにもあった。だが、ルシアが話した真実は、ルナの想像を遥かに凌駕していた。今のルナの反応は、当然と言えるほどに当たり前なのだ。
「ねぇ……ルシア。その精霊宿しって、どんな実験をしていたの? 詳しく教えて、お願いだから……」
ルナは、今にも途切れそうな弱々しい声で、ルシアに対して問いかけた。ルナの本心を言えば、本当は精霊宿しの実験の事なんか知りたくもないはずだ。
それでも、ルナはルシアに問いかけた。真実から目を背けず、ユグドが行った真相を理解しそうとしての試みだろう。
その問いにルシアは「あぁ」と返しす。
ゆっくりとルシアが、ルナに理解出来るように、簡単に適切に説明を始めた。
「精霊宿しと言うものは、簡単に言えば身体に精霊を宿す行為だ。精霊は魔力の塊であるが、変質化した精霊が存在する」
「天使と悪魔ね……」
ルナは平然を装って答える。
その答えにルシアは頷いた。
「あぁ……ルナの言った通り天使と悪魔だ」
天使と悪魔と言うものは精霊の一種だ。精霊と言っても、普通の場合は自我がない、ただの魔力の塊である。
しかし、魔力が淀んだ影響で精霊に変化が起きるのだ。その変化で変わった精霊が、天使と悪魔と呼ばれている。天使と悪魔は、基本的には自我を保っている珍しい精霊だ。
人間の願いから生まれた精霊が天使。
人間の欲望から生まれた精霊が悪魔。
この2つの精霊は、相対を表し天使は悪魔に対して強く。悪魔は天使に対して強い。その力は凄まじく、他の精霊を遥かに凌駕する。
基本的にこの天使と悪魔の両方は、自我を保っているが、人間と関わり合う事は殆ど無いに等しいのだが、それを意図的に関わり合わせる行為こそが、精霊宿しなのだ。
「その天使と悪魔の両方を身体に宿す。すると、絶対的な力を手に入れる。それを追求したのが、この精霊宿しの本質だ」
「天使と悪魔の両方を……」
異なる2つの精霊を人間の身体に宿し、その身体を器とするなど、無理があった。明らかに、精霊を宿す器が小さ過ぎる。
人間に、そのような強い精霊を2体も同時に宿したとしたら、身体が耐え切れずに、死ぬ以上より酷い事が起こるのは明白なのだ。
それでも、ユグドは求めた。いくら犠牲が出ても精霊を宿せると自信を持っていのだ。
「天使と悪魔なんて、人間の器には収まり切らず……多くの人が死んだ。ユグドは、天使と悪魔を宿した存在をアヴァロンと呼んだ」
「アヴァロン……」
ルナはルシアが言った、その単語には聞き覚えがあった。確か、マーリンからそのような単語を聞いた覚えがあったのだ。
恐らく、マーリンはルシアが叛逆した理由を知っていたのだろう。だから、真実を知るためにルナをルシアに合わせた。
「精霊宿しは、このアヴァロンを作り出す事を目的とした実験だった」
「それが……精霊宿しなのね」
返事をしたルナは、いつもの様子を取り戻したのか、冷静な表情を浮かべている。
いつもより真剣な眼差しなのは、ルシアから真実を知ったからに違いない。後悔などをしている様子もなかった。ただ、自分の不甲斐なさに、自分自身に怒りを募らせていた。
「ルシア……ごめんなさい。貴方は、何も悪くなかった。本当に……ごめんなさい」
「ルナ……謝るな。お前の父親を殺したのは、紛れもない俺なんだ。それに、俺はお前の父親以外にも騎士を沢山殺した」
謝るルナに対してルシアは、言い聞かせるように言葉を紡いだ。その言葉には、今までの深い悲しみが混じっているようにも見えた。
「でも! それでも! 私は貴方を……」
「ルナ……」
ルナは、ルシアの事が信じられない訳ではなかった。寧ろ、ルシアの話を信じている。だが、それでも心のどこかで、割り切れない自分自身と直面しているのだ。
「ルシア……お願いがあるの」
「なんだ?」
ルナは深呼吸をした後に、真剣な眼差しをルシアに向ける。その瞳には、何かしらの決心がついているようだった。
そしてルシアに向かって強い声で、
「ルシア・モルドレッド! 私は、貴方の事を信じる。だから、私と剣を交えて欲しいの」
「剣を交えたら信じるのか?」
ルシアの問いに、ルナは即答で頷いた。
ルシアも感じている。今のルナは真剣そのものだ。それは、まるで煌めく刃のように鋭く固かった。
ルシアはしばらくの間、考え込んだ。本当にここでルナと戦うのは合っているのか? それは、自分がして良い事なのか? そう言った考えが浮かんでいる。それは、ルシア自身が、ルナに切られる定めだと考えていた。
「本気で来てよ……ルシア」
ルナは、考えていた様子のルシアに対して、誓いにも近い感じで言葉を述べる。それを聞いた瞬間に、ルシアの考えがまとまった。
ルシアは、静かにルナの顔をに視線を送る。
そして、剣を鞘から抜き出し構えた。
「分かった。お前も本気で来い! ルナ・ペンドラゴン!」
「言われなくてもそうするわよ!」
ルシアの声と共にルナは鞘から感を抜き出す。その剣は、白い聖なる輝きを放ちながら、白銀の百合のように美しかった。
今回はルシアの起こした事について出した。
では、第8話でまた会いましょう!