第5話
遅くなってすみません!
今回も戦闘はないです。
いつもの雰囲気のアリシア。だが、妙に違和感を感じる空気が流れている。気の所為だと思いたいが、何やら嫌な感じがしていた。
そのアリシアに、1人の男性が帰って来た。そう、それはルシアだ。ルシアは、依頼をこなした後に、ジグルドの家で返り血を洗い流して、早急にアリシアに帰っていたのだ。
多分……いや、アリアの事が心配だったのだろう。しかし、ルシアがアリナを心配しているのには、好意とは別の何かがあるような気がしていた。
ルシアが、一目散にギルドに向かうと、嬉しそうな表情を浮かべていないクレセリアが待っていた。
今にも泣き出しそうな雰囲気だ。目元が先程からピクピクと動いている。それに、涙と思われる雫が籠っているのが見て取れた。
「依頼を達成したぞ……それより、何かあったのか? か弱い少女のような表情を浮かべて……キモいぞ?」
「ちょ! キモいは酷いです!」
冗談でルシアは言ったつもりだが、クレセリアは真に受けてしまい頬を膨らませる。
完璧に怒っている訳ではない。
しかし、気分を害したのは明白だ。
ルシアは丁寧に頭を下げて、
「その……すまない。さっき言ったのは、冗談だ。真に受けるとは思わなくて……」
「なんだ……冗談でしたか」
「まぁ、ちょっとキモかったけどな」
「ひ、酷いです!」
又しても、クレセリアは同じ反応を見せる。
けれど、今回は何やら嬉しそうだ。先程の言った事を相当、間に受けていたのだろう。
それが、冗談だと分かって、飛び跳ねるように嬉しかったに違いない。彼女も、少なからずルシアに好意を抱いてからだ。
「あ! そう思えばルシア!」
クレセリアは、何か大事な事を思い出したのか、大きい声を上げてルシアの方を向く。
こう見ると、クレセリアは20歳なんだが、それでも幼い子供に見えてくる。そう思ったルシアの自然と頬が緩んでいた。
「いきなり叫んで、どうしたんだ?」
「聖剣です! 聖剣!」
ルシアが、クレセリアに向かって首を傾げながら聴くと、クレセリアは無邪気な子供のように大きい声で叫んできた。
ルシアはそれを聞いて疑問符を浮かべた。クレセリアの様子からして、政治の権力の意味を表す政権ではない事は分かった。
そうなると、残るは1つしか思い浮かばない。だが、ルシアは何故、そのような事をクレセリアが言い出した方が疑問だったのだ。
「聖剣? 聖なる剣の事か?」
「それ以外に何があるんですか!?」
どうやら、ルシアの考えている通りだった。
「その聖剣がどうしたんだ? 石に刺さっていたのか? 竜の巣から持ってきたのか?」
「違います! 巫女です、巫女!」
「はぁ……巫女か」
何が出ると思ったら、クレセリアが言った言葉は巫女だった。ルシアは、その巫女と聞いて、ありえないと頭の中で考えた。
冗談でも言っていると思っている。
そんなルシアに対して、クレセリアが知るはずのない名前を言い出した。
「来たんですよ! ルナ・ペンドラゴンが!」
「……ルナ? ペンドラゴン?」
「何ですか……その可哀想な子を見る目は」
クレセリアが怒っている最中に、ルシアは頭の整理が追いつかず、それどころではなかった。頭の中に色々と疑問が浮かび上がる。
自分の聞き間違えだと思いたかった。
他人の空似だと思いたかった。
これが、自分が見ている悪い夢だと思いたかった。だが……現実は違う。
クレセリアの様子を見て分かった。冗談を言っている雰囲気でもない。
ルシアは、表情を見れば、その人が嘘を言っているのかが、分かってしまうのだ。そして、クレセリアは嘘をついていなかった。
このエリシアに彼女が来た。その話は、紛れもない、幻想でもない……事実だ。
「そうか……ルナが来たのか」
「余り、驚かないんですね? 聖剣の巫女たる『ルナ・ペンドラゴン』が来たのに」
クレセリアは、ルシアの表情を見て、驚いた様子を見せて苦笑いを浮かべていた。
それに対してルシアは、どこか遠くを見据えて、悲しい表情を浮かべて話し始める。その様子は、何かに懺悔するようでもあった。
「俺を探しに来たんだろ?」
「そうです! なんで、分かったんですか?」
「知り合いなんだよ……アイツとは、幼い頃からの師匠と弟子みたいなものなんだ」
クレセリアは耳を疑った。
今、ルシアは何を言ったのか分からない。クレセリアは、それを聞こうとはしなかった。
何処かで悟ったのだ。ここで、ルシアに話の概要を聞くと、ルシアとの関係性が崩れるような感じがした。
彼女は怖かったのだ。関係性が壊れる事を恐れている。しかし、それ以外に今のルシアの雰囲気に悪寒を覚えて震えていた。
ギルドの受付をしていて、クレセリアは始めて冒険者に恐怖した。殺気立った冒険者を幾度なく見てきた彼女だが、ルシアに、今のルシアはそれ以上に恐れをなした。
今のルシアの様子を簡単に言うと、それはまるで、悪魔を身に宿したような感じだ。近くにいるだけで、心臓を握られている気分になってしまう程に、殺気を放っている。
しかし、それは誰に向けたモノでもない。自分に向けてルシアは殺気を出していたのだ。
「る、ルシア……」
彼の急な変化に臆しながらも、クレセリアは言葉をルシアに向けて言い放った。彼女をよく見ると、身体中を震わせている。目には、涙を浮かべていた。
「……クレセリア、ごめん」
ルシアは、急に大人びた感じを消し、青年のような柔らかい表情を浮かべて、クレセリアを優しく抱きしめた。
「えっ? ちょ、ちょっと、ルシア!?」
「ごめん……本当にごめん」
急にルシアが抱きしめて来たので、彼女の心臓の鼓動は、高速に脈打ちをする。頬が真っ赤に染まるのを自分自身で実感した。
「……ルシア」
ルシアを抱きしめて気づいた。
彼の身体は震えていた。ルシアも何かに対する恐怖で、身体が震え、足が竦んでいたのだ。先程からルシアの顔は真っ青だった。
こんなルシアを見て馬鹿だとクレセリアは思った。今までルシアを怖がっていた自分を。
ルシアがこのような様子を見せたのは初めてだ。聖剣の巫女が、関係している事は、誰にでもわかる事だろう。
当然、クレセリアは知っている。けれど、無闇に追求はしない。それは、ルシアの為にならないと心の奥底で、感じてたいたからだ。
身体が接触して、ルシアの暖かさが、クレセリアの身体に伝わってくる。そう思うと、頭から蒸気が吹き出しそうになっていた。
「ルシア……大丈夫?」
「あぁ……もう、大丈夫だ。変な所を見せてしまったな」
ルシアをゆっくりと離すと、ルシアは表情を切り替えて、いつも通りに戻っていた。それよりか、先程より視線が真剣だ。
彼も心の中で、何か決心がついたのだろう。
そんなルシアを見て、クレセリアは気を紛らわせて上げようと冗談を吹き込んだ。
「可愛かったですよ? 甘えるルシアも」
「……殺すぞ?」
ルシアは本気で言っているか分からない程の声で、クレセリアを睨みつけながら言った。
その声を聞いて慌ててクレセリアは、
「じょ、冗談ですよ。けど、可愛かったのは、本当のことです」
「お前は……」
呆れた様子のルシア。
ルシアは、そんなクレセリアを見た後に「はぁ……」と深いため息を吐いた。
「分かったが、アリナには言うなよ?」
「何でですか?」
クレセリアは、知っている。ルシアが、アリナに少なからず好意を向けている事を……
ルシアが言うセリフは分かった。いや、悟ったと言っていい。ルシアは、きっとアリナが勘違いすると言いたいのだろう。
だが、クレセリアの的は外れた。
ルシアは考える余地もなく即答で、
「アリナが心配するからだ」
ギルドの外を向いて言い放っていた。
そのルシアの瞳には、優しさと言うよりは、使命と言う感覚がしてならない。本当にルシアは、アリナの事が好きなのかと、クレセリアは疑問に思いながら心の中に収めた。
「そう言えば……依頼を達成してきたぞ」
「あ、そう言えばそうですね。ミノタウルスの魔性石は、回収しましたか?」
ルシアは、麻袋に入れていた魔性石を2個取り出して、クレセリアの問いに答えた。
1つは、ミノタウルスから取れた魔性石だ。黒く濁っている結晶の形をしている。逆に、もう1つのミノタウルス・クイーンから取れた魔性石は、魔力容量が多いのか、赤くどす黒い色で不気味に輝きを放っていた。
「これで……全部だ」
ルシアが、魔性石を受付のテーブルの上に置くと、魔性石を見たクレセリアは、口を大きく広げて、無様に驚きを隠せないようだ。
「る、ルシア……これって」
「ん? 魔性石だが?」
ルシアは平然とした表情で言葉を返す。
しかし、クレセリアは一向に驚いているのをやめない。寧ろ、時間が経過する度に、余計に驚いているような気がしていた。
「魔性石だが? じゃ、ないですよ! この魔性石、Aランクを軽く行きますよ!?」
「……そうか」
気にしていないように言うルシア。
「そうかって……まぁ、いいです。それより、ルシアは何を倒して来たんですか? 普通のミノタウルスでは……ないですよね?」
「クイーンが居たんだよ」
それを聞いたクレセリアは、頭を抑えて呻き声を上げながら立ち眩んでいた。驚きを通り越して、頭痛がするレベルなんだろう。
実際に、ルシアが軽々しく言ったが、誰にでも言える事ではない。ミノタウルスは、冒険者が2人以上いて勝てる相手だ。クイーンとなると、2人では少な過ぎる。10人いても足りないとされている。
それをルシアは1人で倒したのだ。
それだけで、ルシアの異常さが見て取れる。
クレセリアが驚くのも仕方がない。
「クイーンを倒したんですか?」
「……あぁ」
「本当に? 本当の本当に?」
クレセリアは疑いの目を向ける。
その視線に、ルシアは臆する事なく言った。
「本当だ」
ルシアが答えると急に周りが静まり返る。クレセリアはもちろんのこと、ギルド内にいる冒険者まで、固まったまま口を閉じていた。
「倒したんですか? 1人で? ミノタウルス・クイーンを倒したんですか!?」
「だから、さっきからそう言ってるだろ!」
「はぁぁぁ……ルシアって不思議ですよね」
クレセリアは、凄く長いため息を吐いた。それを合図に、周りの冒険者たちもため息を吐いた後に、元の様子に戻り始めた。
周りにいる冒険者も、ルシアのその力には疑問を覚えていたが、誰しもが言葉にしない。ギルドの暗黙の了解とされているのだ。
だから、ルシアの事は謎に満ちている。不思議と言う言葉が一番合っているからだ。
「それで、依頼は達成か?」
「はい……達成ですよ。本当は、ボーナス報酬を出してもいいんですけど、こんな最北端のギルドには、余裕が無いんです」
クレセリアは、棚から一枚の紙を取り出す。
それは、依頼を受けた時に書いた最初の書類だった。その紙に、クレセリアは金色のハンコをポンっと強く押し付けた。
「あぁ……知っている。だから、ボーナス報酬とかは渡さなくていい。依頼分の報酬を受け取れるならな」
「ありがとうございます、ルシア」
ペコリと頭を下げてお礼をするクレセリア。
クレセリアは、頭を上げると準備していたのか、金貨一枚と銀貨50枚が入った袋を取り出した。ミノタウルス・クイーンを倒したには、見合っていないのは明白な報酬だ。
だが、ルシアがいいと言っているなら、それでいいのだろう。彼は、ギルドを危機に陥れてまで、金が欲しいわけではないのだ。
「はい。これが報酬金です」
「確かに受け取った」
ルシアは、クレセリアから受け取った報酬金を別の袋に合わせて収めた。その袋には、大量に金が入っているのか、ズッシリと重たく時々、金の擦れる音が鳴っている。
「じゃ、俺は宿屋に戻る事にする。何かあったら、教えてくれ。力になる」
「分かりましたよ、ルシア」
ルシアは、ギルドから出ようと扉に手を置いた。その様子をクレセリアは、静かに、優しい眼差しで、見守っていた。
「大好きですよ……」
ルシアに聞こえない声で囁く。
その後に、扉が閉まる鈍い音が鳴り響いた。
ん……もう、本格的な話に入っていいのかな?
次回はルシアの正体が!?