第4話
遅くなってすいません!
期末考査が終わりましたので、再び不定期更新ですが、更新を再開したいと思います。
ーーでは、どうぞ!
ルシアが依頼に向かっている間、アリナとエリナは町で買い物をしている最中だった。
比較的だったが、エリシアの町の中は、商人や町の人々で賑わっている。最北端のと言われるまで分からない程だ。
アリナは、娘のエリナと約束した通り、クッキーの材料を買う為に、知り合いの店に立ち寄っている最中だった。アリナと言っても、一応は宿屋の店主。他の人との交流関係が多く、この町の殆どは知り合いなのだ。それほどにアリナはこの町では有名であった。
「よし……大体、この辺かな」
アリナが買った袋の中には、小麦粉と卵、それにジグルド産のバターが入っていた。クッキーの材料だと一目で分かる。
その袋を見て、隣にいたエリナが目をキラキラと輝かせて遠くを眺めていた。多分、クッキーを作って、ルシアが食べている所でも、想像しているのだろう。頬が、弛んだように緩んでいるので、分かりやすい。
「お母さん! これで作れるの?」
「うんっ! これで作れるよ! ルシアが、驚くようなクッキーを作ろうね」
アリナが微笑みながら言う。
それに対してエリナは即答で返事を返した。
「うんっ!」
「なら、家に戻って準備しなくちゃね。ルシアが、帰って来れるように……」
エリナは静かに頷いて、アリナの隣を歩いて行く。優しくアリナは、エリナの手を握りしめた。気を紛らわせるようにそっと。
アリナは、ルシアの事が心配だったのだ。
幾ら、ルシアでも人間は人間。今まで、怪我を負った事はあったものの、一大事に陥るような傷は受けなかった。だが、そんな彼でも、いつか死んでしまうじゃないかと、アリナは心の奥底で考えていた。
そんな事を考えていたのは、アリナの夫が死んだからだ。アリナの夫は、有名とは言い難いが、王都で騎士をやっていた。
騎士と言うものは、冒険者より何倍の危険を犯して、魔獣の討伐や事件を解決する。そんな騎士になっていると言う事は、アリナの夫の実力は計り知れない。
しかし、そんな彼でも死んでしまう。
昔の事だ。アリナが、宿屋を営み帰りを待っていると、1つの手紙が送られて来た。その手紙には、夫が戦死したと記載されていた。
それから、アリナは独り身でエリナを育てる為に宿屋を経営し続けた。誰の帰りも待たずに、誰の手も借りずに働いた。
だが、早々と彼女に転機が訪れる。そう、ルシアとの出会いだ。初めて出会った彼に、アリナは酷く驚き、酷く共感した。
ルシアとアリナの瞳は同じ色だった。
どこか悲しさのこもった眼差し。幸せを置いてきたかのような冷酷な眼差しだ。
必然にアリナはルシアの事が気になった。そして、今は好意を抱く程になっている。
自分でも驚きだ。過去の夫を忘れた訳ではないのに、心の奥が暖かい。こんな生活が永遠に続いて欲しいと願っていた。
「あの……すみません」
「は、はい!」
アリナは、感傷に浸りながら宿に向かっていると、突然、金髪の少女に声を掛けられた。碧く透き通る目が輝きを放っている。こんな美少女の知り合いがいたかと考えていた。
「どうしたんですか?」
アリナは改めて彼女を見ると、彼女の姿に目を奪われてしまう。その姿は、まるで姫と言うよりか、騎士と言う姿だったのだ。
白銀に煌めく白い鎧。騎士の中の騎士が身につけれると夫から聞いた事がある。まさに、その鎧は聞いていた通りの鎧だった。
アリナは直ぐに分かった。彼女が普通ではない。正真正銘の騎士と言う事を。
だがら、彼女が自分に話しかけて来た事が、余計に分からなくなった。
「あなた達……さっき話していましたよね?」
「……えっ?」
思い当たる節がない。
考えても考えても分からなかった。
そんなアリナの様子を見て、ルナは「はぁ……」と小さくため息を吐いた。
「先ほど、あなた達からルシアと聞こえて来たので……私は彼を探しているんです」
「……る、ルシアを?」
驚きを隠せないまま語るアリナ。
そんなアリナの様子を見て、隣にいたエリナがギュと手を握りしめてきた。そのおかげで、気持ちが段々と落ち着いてくる。
そして、真剣な眼差しでルナを見つめた。
「る、ルシアに何か用があるんですか?」
「ん……ここでは何ですから、貴方の宿屋で話をしませんか?」
2人は静かに見つめ合う。
2人の視線には、真剣と言う二文字が籠っているように見えていた。目を逸らした瞬間に、殺されてしまうと思うぐらいの緊張感が肌を伝って感じさせる。
「分かりました。なら、私の宿屋に案内するので、ルシアとの関係を教えて下さい」
「いいですよ。貴方も知らないといけない。あの人がどんな事をしたのかを……」
アリナとエリナは、宿屋に向かって行く。その後に続くようにルナがついて来た。いつもより歩幅が大きいのは気のせいだろう。
アリナは早く知りたかった。ルシアについて、彼女が知っている事の全てを……
そんな3人を夕暮れが照らしていた。
***
アリナは、約束通りにルナを宿屋まで案内していた。ルシアは帰っていなかったので、今日は依頼をこなす為に帰らないのだろう。
「どうぞ……」
「お邪魔します」
宿屋の扉を開けて、ルナを中に招き入れる。
ルナは、ゆっくりと警戒しながら、宿屋の中に入って行った。
アリナが経営している宿屋は、比較的シンプルな設計になっている。一階が、団欒が出来るように、大きいテーブルが置いてあり、それを囲むように椅子が並べられてあった。
壁には、夫が愛用していた剣が飾られている。さほど高価ではない代物だが、アリナにとっては、かけがえのないものに変わりはない。未練と言われたらそうかも知れないと、アリナはどこかでそう思っていた。
「綺麗ですね……」
「あ、ありがとうございます」
警戒していたルナが言葉を零す。
それには流石のアリナも驚いた。今まで、表情を一切、変えなかった彼女が甘いような笑顔を見せたからだ。
「この剣は……」
ルナが辺りを見渡し、壁に掛けられていた剣を発見すると、目を見開いてアリナの方を振り向き、不思議そうに首を傾げる。
「あ……それは夫のです」
「では、貴方の旦那様は騎士なのですか?」
「えっ?」
アリナは、夫が騎士であった事を一瞬のうちに見破られた事に驚き言葉を濁した。
そのアリナの反応を見ていたルナは、何やら焦り出し、改まった表情に変わる。最初に出会ったような凛とした雰囲気を出していた。
「名乗りが遅れましたね。私は、聖剣を引き継ぎし巫女。ルナ・ペンドラゴンです」
「せ、聖剣の巫女……」
それを聞いたアリナは、余り驚いた表情を見せなかった。それよりか、夫の言っていたことが正しかったと思い、嬉しかったのだ。
ルナは夫の言っていた通りの少女だった。
美しすぎる容姿に、完璧にバランスの取れた身体つき。金髪は、優雅に靡く度に、甘い花の香りを漂わせてくる。完璧以外の言葉が出てこないような少女だった。
「余り驚かないんですね?」
「……はい。私の夫から聞いていたので……」
アリナが申し訳なさそうに返答する。
しかし、何故かルナの頬は真っ赤に染まり、「えっ」や「嘘でしょ」と小さく声で、何度も独り言のように喋っていた。
恐る恐るルナは口を開いた。
「もしかして……貴方の旦那様は……その、ルシアなのでしょうか?」
「…………っ!?」
急な事にアリナは思考が停止する。
どう返していいか、言葉が頭に思い浮かんでこないのだ。それに、アリナは自分の頬が赤くなっているのを感じていた。
「…………」
「…………」
その場に静寂が訪れる。
2人は、無言のまま見つめ合っていた。ルナは、アリナからの言葉を待っている。だが、そのアリナは思考が停止している為に、何も言葉が出てこない。側から見ると、喧嘩しているようにも見えていた。
「お母さん……大丈夫?」
その所為か、遠くで2人の様子を見守っていたエリナが駆け寄ってくる。アリナの事が心配だったのもあるが、多分、ルシアの話が気になっていたのだろう。
「えっ……お母さん? つまり、えっ……貴方のお子さんなんですか?」
「え! あああ、はい!」
アリナは、未だにルシアの事を夫と言われたのを気にしているのか、呂律が上手く回っていない。それ以前に、会話を反射的に返している。
ルナは、アリナの夫をルシアの事だと勘違いしたまま話を進めていた。その為、エリナの出現により余計に話が分からなくなった。
「と言う事は……ルシアの娘さん!?」
口を開けて、ルナはエリナを見つめる。
今にも頭から煙を上げそうだ。そのくらいに、頬が真っ赤に染まっていた。
「あ、貴方……何歳なの?」
「私? 私は10歳だよ」
「えぇ! じ、10歳!?」
先程からルナは似ても似つかない声で、大きなリアクションを取っていた。もう、騎士の威厳が無くなるレベルだ。
「えっと……確かルシアは22歳でしょ……それで、この子が10歳……はぁぁぁぁ!?」
ルナは奇声を発して頬を赤く染める。
次第には、魂が抜けたようにその場に固まって、ブツブツと何かを詠唱していた。
「12歳の時にアイツは……」
真っ赤に頬を染めながら、バッとアリナの方を振り向き変える。その目には、涙が籠っているようにも見えていた。
「貴方……今、歳は?」
「わ、私ですか? 私は24ですよ?」
何事が未だに分かってないアリナ。
そのアリナは、平然と自分の歳を明かす。この事で、余計にルナの頬が赤く染まる。
ルナは既に敬語で無くなっている。だが、仕方がない。まだ聖剣の巫女と言っても、彼女の歳は16歳なのだ。
ルナの勘違いなのだが、ルナは完全にアリナの夫をルシアだと信じ込んでいる。それに、ルナにとっては刺激が強すぎたのだ。
「じゃ、14歳の時に娘さんを?」
「は、はい? 私は確かに14の時に子供を産みましたが……」
何やら歯切れの悪い言葉で語るアリナ。
しかし、それはルナには毒でしかなかった。ルナは何やら悔しそうな表情を浮かべている。嫉妬と言う訳では無いとは思うが、それは本人にしか分からない。だが、いつも通りとは言い難い様子だった。
「なら……ルシアは12の時に貴方と……」
「えっ!? 私とルシアが?」
パッとルナの頬が真っ赤に染まる。
それと同時に、訳も分からない様子のアリナの頬も真っ赤に染まっていた。
只ならない空気が流れ込む。最初に口を開いたのは、ルナではなくアリナだった。
「あの……ルナさん。なんか、勘違いをしていませんか?」
「……ほぇ?」
アリナの言葉を聞くと、ルナはボケーっとした表情で、大きく口を開けていた。もう、騎士の感じが一切抜けている。
「私の夫は……その、ルシアでは無いですよ? 私の夫はグラシです」
「る、ルシアじゃないの?」
「はい。ルシアは客人なだけです」
それを聞いた瞬間に、ルナはなぜか頬を緩ませて、拳を握りしめていた。完全に、浮かれている様子がバレバレだ。
流石にそれには、アリナも苦笑を浮かべた。
「ん……グラシ? 何処かで聞いたことが」
「お、夫を知っているんですか!?」
ドンッとテーブルを叩き近くアリナ。
アリナの目は真剣そのものだった。
「確か……騎士団にいたような……」
「夫のフルネームは、グラシ・ブレッドです! 何か覚えていませんか!?」
「ん……グラシ・ブレッド……」
ルナは深く考える姿勢を取る。
そして何分間か黙り込んだ末に、
「あ! 思い出した! グラシと言う名の人は確かに騎士団に居た覚えがある」
「ほ、本当ですか!? その事を詳しく教えてくれませんか!」
そうルナが言うと、アリナは勢いよくルナの元に駆け寄って来た。その行動は、本気の何者でもなかった。先程までとは別人だ。
ルナは言うか迷っていた。ルナの目的はルシアの事を聞く事だが、ここで、グラシの事を言う筋なんてない。それでも、彼女は深く考えていた。それ程に、アリナの真剣さが伝わっていたのだろう。
「なら、ルシアの事を話してくれたら、代わりにグラシの事を話してあげる。どう?」
ルナが決断した答えは取引だった。
これで、ルシアの話も聞けるし、アリナの聞きたい、グラシの事も話してあげれる。
「わ、分かりました。ルシアとの出会いを話しますので、グラシの……夫の事を聞かせて下さい」
「うん、必ず話す……約束する。」
アリナは、一度深呼吸を吐いた後に、ルナの目を見て、ルシアの事を話し始めた。
真剣な空気が周りに満ちていく。その中で、アリナは思い出にふけるように……
「ルシアと出会ったのは2年前です。2年前に、彼はボロボロになったまま、この宿屋に流れ着いて来ました」
ゆっくりと淡々と話していくアリナ。
ルナは真剣に、その話に耳を傾けていた。
「最初の頃のルシアは、他人を拒絶しているように感じました。そして、私と瞳の色が同じだったんです」
「瞳の色が同じ?」
「どう言う事?」と言いたげな表情で、ルナは首を傾げている。
そんなルナに対して、アリナは微笑んだ後に会話を再開した。
「はい。あの頃のルシアの瞳は、絶望と言う色で染まっていたんです。丁度、私もその頃にグラシが失った知らせを聞きました」
アリナは、何度も瞳を閉じて語る。その様子は決して嫌だとは感じてこなかった。
「それから、私とルシアの間に合った壁が消えるような感じがしました。そして、思いっきり話しかけたのが、変化の始まりでした」
「変化の始まり……それで?」
「ルシアが徐々に話すようになったんです。それなら、ルシアは人が変わったかのように、優しく丸くなりました」
それを聞いたルナは「へぇ……」と感嘆を零して、少々だけ驚いた様子を見せた。
既に、ルナの瞳からは警戒の二文字は消えていた。今は、真剣にアリナの言葉に耳を傾けている。
「そこからは、今と同じように冒険者の職業で、町の人を助けるようになったんです。私も彼に助けられた1人です」
「ルシアが……冒険者ね……なら、あのギルドの人、やっぱり知っていたんだ」
「……?」
何のことかと思い、アリナは疑問を浮かべて、可愛げに首を傾げる。
「あ、此方の話だから気にしないでね」
アリナの様子を見たルナは、直ぐに手を振って、関係ないと否定した。
それよりか、今のルナの頭には、ルシアの事しか考えていなかった。ルシアの空白だった出来事を知れたからだ。
ルナは、深く深く考える。何を考えているか分からないが、絶対的にルシアの事だろう。
気持ちに整理がついたのか、ルナの瞳から迷いが消えた。今の目は、真剣……いや、騎士が放つ眼差しだった。
「大体、分かったわ。ありがとう」
「それより、聖剣の巫女が何故、ルシアの事を聞いてきたのですか?」
「そ、それは……」
ルナは言葉を濁して返事をする。言いたくないのか、焦った様子で首筋から冷や汗が出ているのが分かる。
「ま、まぁ、いいじゃないですか! それより、グラシの話をしますね」
完全に話を逸らした事がバレバレだが、アリナはそれ以上、深く追求する事は無かった。
「グラシの事については、少ししか知らないけど、亡くなった時の出来事は覚えてる」
「本当ですか!? 話して下さい!」
「グラシ・ブレッドは、私のお父さんが殺された事件の時に、巻き込まれて亡くなった。私が彼について知っているのはこれだけ」
アリナから表情から血の気が引いて行く。
ルナが言っている事件とは、ルナの父親、前国王だったフレド・ペンドラゴンが、叛逆した騎士によって殺された時の事だ。
アリナは、その事件で亡くなったグラシの事を知って、ショックを受けていた。心の奥底から怒りが溢れ出てくる。
「許せない……許せない!」
誰に対するものかは明白だ。
その怒りの矛先は叛逆の騎士。歴史上の災厄とされた犯罪者だった。
「…………貴方には酷かも知れないわね」
そんなアリナの様子を見ながら、ルナは聞こえない声で、小さく呟いていた。窓から見える、遠くの景色を見ながら。
「あと……話は変わるけど、ルシアはいつ頃に帰ってくる予定なの?」
「えっ……ルシアは、明日には帰ってくると思います」
アリナの返答を聞いて、ルナは何度か頷いて決めたように、笑顔で言い放った。
「なら、今日はここに泊まります」
「本当ですか! 是非、泊まって下さい」
その後、アリナの宿屋は、ルシアが居ないが、楽しそうな会話の声が響いていた。アリナの娘のエリナも、最初はルナに怖がっていたが、今ではすっかり懐いている。
そんな賑やかな宿屋の中に、漆黒の樹海の方から奇妙な叫び声が轟いた。
「……ルシア、大丈夫かな」
「どうしたのアリナ?」
外を不安そうに眺めるアリナ。
その様子を疑問に感じながら、ルナはアリナに向かって問うた。不思議と、2人の関係は仲良くなっていた。
「なんか懐かしい声が聞こえたから」
「懐かしい?」
「ん……多分、気の所為だと思うし、それより早くご飯にしましょう」
その後もアリナの宿屋は賑わった。
不安と真実を抱えたまま。
ん……戦闘が無かった。
次回は多分、剣でブンブンします。