第2話
今回も戦闘はありません。
では、どうぞ! エクスカリバァァァァ!
ルシアは、アリナたちと別れた後、ギルドに向かって足を進めている最中だった。
早朝なのか、まだ日差しは強くはない。それでも、少し暑いぐらいの気温だ。
今いる町は、王都から数百キロ離れた位置に存在している最北端の町である。
町の人々は、畑仕事や特産品などを別の町や町の中で商売をして暮らしている。
そんな穏やかな町にも魔獣は存在した。
魔獣と言っても種類は様々あるが、比較的力の弱い魔獣たちが生息している。それでも、魔獣は人間に危害を加えてしまう。だから、必然的にギルドは作られているのだ。
「ふぅ……着いたな」
ルシアはいつも通りにギルドの前に辿り着いていた。
ギルドと言うのは、魔獣の討伐を専門とした冒険者が集まって作った組合の事だ。
このギルドで、依頼主からの依頼を受注して、その依頼を達成すると、お詫びとして報酬金を受け取る流れになる。
「よし! 行くか……」
ルシアはギルドの扉を力強く開けた。
その扉は重く頑丈な作りだ。
それには理由があり、このギルドは魔獣達に襲われた際に、避難所として機能する為、扉だけではなく外装まで頑丈になっている。
ギルドに入ると重い雰囲気が漂ってきた。
だが、その雰囲気も一瞬のうちに様変わりする。身体がなれると言うこともあるが、周りにいる冒険者が、ルシアを見て納得したかのように殺気を消したのだ。この雰囲気に飲まれるようでは、冒険者をやっていけない。新人に対しての試練と言ってもいいだろう。
ルシアは、ゆっくりと受付があるカウンターに向かって足を進めていた。
流石に、2年間もこのギルドに通っているので、ルシアの顔を知らない者はいない。知らない奴がいれば、そいつは新人か、単なる仲間意識もないダメな冒険者だ。
「あっ! おはようございます、ルシア」
「……おはよう、クレセリア」
ルシアが受付のカウンターに行くと、カウンターの前の椅子に座っていた、ギルドの職員と思われる女性がペコリと頭を下げて、ルシアに向かって笑顔で挨拶をしてした。
その笑顔には、少なからず好意がこもっているように見える。
それを側から見ていた冒険者達は、又かと言わんばかりにため息を吐いていた。
クレセリアと言う名の女性は、余りにも美しいと言う言葉が似合っている。
透き通るような白いシルクの肌。甘い吐息を度々、吐いている唇。そんな容姿を一段と引き上げるかのような金髪だ。
「今日も依頼ですか?」
「あぁ……そのつもりだ。なんか、手軽な依頼とかは入っていないか?」
カウンターに肘をつき首を傾げながら聞く。
「手軽なのなんてないです。それより、ルシアには緊急の依頼が入っているけど?」
「……緊急依頼か……珍しいな」
急にルシアの声のトーンが変わる。
ギルドには2つの依頼の形式がある。
1つは、依頼主が何日間か期間を与えて、誰にでも受注が可能の普通の依頼。
2つ目は、依頼主が本当に急速に解決をして欲しい時に出す緊急依頼の2つがある。
もちろん、緊急依頼の方が報酬金は高い。だが、誰にでも受けれると言うわけではない。
緊急依頼を受けるには、長きに渡るギルドへの信頼と、己自身の技量が図られる。
「どんな依頼だ?」
「こちらの依頼です」
クレセリアは一枚の紙切れを渡す。
その紙切れを見てみると、赤い字で『ミノタウルスの討伐』とデカデカと書かれていた。
「ミノタウルスの討伐か……」
ミノタウルスと言うのは魔獣の一種だ。
下半身が人間のような形をしているが、その足や太腿には、皮膚を覆い被す程の剛毛が生えている。それに、人間とは違い、頭の部分が牛の頭になっている魔獣になる。
この春の時期になると、ミノタウルスは繁殖期に入る為、被害が出ていると推測出来た。
「けど、ミノタウルスは繁殖期になっていても、人間に直接的な危害を加えない気がするんだが……」
「私もそう思ったんですが、何故か人間や家畜を無闇矢鱈と襲うらしいです」
繁殖期に入っても、ミノタウルスは人間にとって直接的な被害は出ない。栄養を摂取する為に、家畜を少なからず襲う事もあるが、人間を襲うなど、繁殖期だからこそ余計にあり得ないのだ。
ミノタウルスは馬鹿ではない。人間を襲っても逆に狩られることぐらい理解している。
「分かった。一先ず、その依頼を受けよう」
「本当ですか!? では、ここにサインを」
先ほど見せられた紙に、手渡された羽ペンで、スラスラと自分の名前を記載した。
依頼に名前を書くことで、依頼を受注した事になる。正式には、それを見たギルドの役員が、特製の印鑑を押してからだ。
ポンっと印鑑を押し付けた音が響いた。
「これで受注は完了です。目的の場所は、町から少し離れた所にある農場です」
「あー、ジグルドさんの農場か……」
「ルシアの言う通り、ジグルドさんの農場です。行き先は……分かっていますね」
そんな会話をしている最中に、クレセリアは何枚もの紙に丁寧に文字を記入して行く。ギルドの役員のクレセリアが書いているものは、大体は重要な書類系統だ。
多分、緊急依頼に対する事だろう。
「あぁ……ジグルドさんには、お世話になっているからな」
「そうですよね。だって、ルシアはアリナの元に住み込んでいるもんね」
敬語には程遠い言葉遣いで、クレセリアはルシアに向かって語り出す。途中途中、言葉が丁寧にならないのは彼女の性格上の事だ。
だが、今の言葉には何処か棘があった。怒りとかではない。純粋な嫉妬に見えていた。
時々、ため息を見せるのはその所為だろう。
「もう行くが、他に俺に用事はないか?」
「ん……他には……無いです」
クレセリアは深く考えた後に言葉を言う。
それ聞いたルシアは、一回だけ頷き、受付のカウンターから離れて行く。
その姿を見ていたクレセリアは、何かに気づいたのか、椅子から立ち上がって、ギルドから出ようとしていたルシアの手を掴んだ。
「ま、待ってください、ルシアっ!」
「ど……どうしたんだ?」
急な事に少し驚きを隠せないルシア。
そんなルシアの手を、クレセリアの手が力強く、優しく握りしめていた。
その事が疑問に思い、ルシアは首を傾げる。
「その……言うのを忘れた事がありました」
なぜか、クレセリアは照れている。
そんな様子をルシアはもちろんとして、周りにいた冒険者や職員を含めて、何事かと思い注目の視線を送っていた。
時々、冒険者や職員から「ついに!」や「修羅場になるんじゃ?」と言う声が上がる。
ルシアは苦笑いを浮かべて、クレセリアの視線に合わせるように視線を送った。
「えっと……ルシア……」
「何だ急に改まって……お前らしくもない」
それを聞くとビクッと身体を震わせる。
「えっとね……き、きき気をつけてね!」
「…………」
予想していた通りの言葉だったので、ルシアはどう反応していいのか困り、無言のままその場に立ち止まってしまう。
「あれ? ルシア……聞いてるの?」
クレセリアも焦っているのか、緊張しているのか分からないが、既に言葉遣いが丁寧ではなくなっている。
ルシアは、未だに黙ったままだ。言葉を考えているのか、顔が強張っているのが見える。
だが、仕方がない。ルシアは余り会話を得意としてない人間なのだから。
「あ、あぁ……気をつけるよ」
「必ず帰って来て下さいね! 約束ですよ!」
クレセリアは、ルシアに近づいて、顔に向かって指を指して力強く言ってきた。
それに、クレセリアの頬が少し赤みかかっているのが見える。心の底から、ルシアを心配していると言う気持ちが伝わってくる。
「じゃあ、俺は行くぞ?」
「はいっ! 頑張って下さい!」
ルシアはギルドの扉を開けて出て行く。
「無事でね……ルシア」
それを見守るように、クレセリアは両手を胸の前で握りしめながら見守っていた。
その目には涙が溜まっているように見える。
クレセリアは両手で目を擦った後、いつも通りに仕事に戻り、受付のカウンターに座り込んだ。
「はぁ……」
ため息を零すクレセリア。
「……すいません」
そんなクレセリアの前に1人の少女がやって来た。腰に剣を添えているからして、その少女は冒険者だと一目で分かった。
だが、その少女は冒険者にしては、余りにも美しく、余りにも覇気を感じた。
「ど、どうしました?」
「ここにルシアと言う人物はいませんか?」
「えっ?」
意外な言葉に固唾を飲み込んだ。
クレセリアには分からなかった。なんで、この少女の口から「ルシア」と名前が出て来た事が。
「えっと……」
「あ! そうよね。いくらギルドの人でも、個人に関する事は言えないか……」
1人で納得したのか少女は頷く。
そしてクレセリアに対して深く頭を下げて、
「それじゃあ、ルシアと言う男性を見かけたら、一言伝えてくれない?」
「……いいですよ」
「本当っ!? ありがとう……えっと」
少女はバッと顔を上げて、クレセリアの顔をまじまじと見ながら感謝を述べる。しかし、何か言いにくい方があるのか、言葉を濁してしまう。
そんな少女を見ていたクレセリアは、彼女が何が聞きたいのか反射的に理解した。ここら辺は、流石、ギルドの役員と言うべきだろう。
「ふふふ……私の名前はクレセリア。クレセリア・フルローザですよ」
「クレセリアさんね……なら、私も自己紹介をしないと……」
彼女はそう言って、騎士がするような敬礼をした後に着ていたマントを脱いだ。
マントで隠れていた服装が露わになる。
透き通る白い肌を隠すように、白銀の鎧が輝きを放っている。重装と言う言葉より、軽装な動きやすそうな鎧だった。
その鎧を見るだけで、彼女の力量が見て取れる。確実に彼女は凄腕の冒険者と並ぶ。
それに、歳はクレセリアより若い。見る限りは16歳のように感じ取れた。
「私はルナ・ペンドラゴン。聖剣を受け継ぐ、聖剣の巫女だけど、気楽に接してくれると嬉しいかな」
ルナが言葉を言う終わると、ギルドの中は急に静まり返る。まるで、女神が現れたかのような視線をルナに向けながら。
口を上げて驚きを隠せないままルナに問う。
「せ、せせ聖剣の巫女!?」
「うんっ!」
だが、クレセリアの問いに、ルナは軽々しく返事をして、可愛い笑顔で微笑んだ。
急な事に又しても言葉を濁すクレセリア。
そんなクレセリアを置いて、ルナは先程と同じように話を進め始める。
「それで、もしルシアと言う男性を見つけたら、こう言ってくれない?」
なぜ、この聖剣の巫女とルシアが関係があるのかと疑問に思いながら、クレセリアはコクっと軽く頷いた。
気がつくと冷や汗が首筋から垂れ落ちる。嫌な予感がして堪らなかった。
「必ず、貴方を殺してやるって……」
「えっ?」
「じゃあ、お願いねっ!」
そう言い残し彼女は去って行った。
困惑を隠せないクレセリアを置いたまま。
クレセリアは、その場に固まって、ギルドの床を静かに見つめ続けていた。
ん……戦闘は次になります。
やっとミノタウルスとの戦闘です。
では、また会う日で!