第16話
今回も少ないです……
申し訳ない。
「待たせたな……」
ルシアはアリナに別れを告げた後、宿屋の前で待っているルナの元へやってきた。
ルナはルシアを待っていたのか、家の前で小さく蹲りながらその場にいた。それも、早朝の寒い中を静かに待っていたのだ。
「……本当に良かったの?」
しかし、ルナは浮かれた様子ではなく、心配そうな目でルシアを見つめる。その視線に、ルシアは苦笑を浮かべて返事を返した。
「あぁ……これで良かったんだよ。結局、グラシを殺したのは俺だからな」
「自分の罪を深く考えないでね……そうしないと、多分、貴方が持たないから」
それを聞いたルシアは、又してもルナに向かって苦笑を浮かべてしまった。余りにも、ルナの言葉が真意をついていたからだ。
ルシアは、今にも崩れそうな感情を、無理矢理に自分の力でねじ伏せている。既に、ルシアには罪の重さを背負う、限界を超えているが、ルナの存在がそれを抑えていた。
もしかしたら、ルナはルシアに限界がきている事を悟ったのかも知れない。
こう見ると、ルナがルシアの事を心配に思っているは、明白な事実だろう。
「別に……貴方が心配な訳じゃないからね」
「あぁ……?」
しかし……ルナは誤魔化した。
照れ隠しのせいだろうか……ルナの頬が少しだけ、赤らめている。そのまま、ルナは「ふんっ!」と言いながらルシアを見つめた。
「で、これからどうするの?」
「グラシを殺しに行く……」
驚いた表情を見せるルナだったが、少しだけ悩んだ様子を見せて、ルシアに質問する。
「何か対策はあるの?」
「ないな」
即答だ。
そのルシアの反応に、ルナは驚いた表情を隠しきれなかった。何かを言いたいようだが、驚きの余りに言葉が上手く出てこない。
急に不安が込み上げてくる。
「……大丈夫なの?」
「…………」
しかし、ルナの問いにルシアは答えない。
大丈夫など言えるはずがなかった。
グラシと戦う最中に、どちらかが死んでも可笑しくはないのだ。そんな状況で、軽々しく大丈夫など言えるルシアはではない。
「作戦はないが、これだけは言っておく。ルナ……お前の力が頼りだ」
「……私の力?」
ルナはルシアの言葉を聞き、昨日の夜に言われた事を思い出した。しかし、それと同時に、ルナは無理だと心の中で囁いた。
ルナが考えているのは、ルシアから言われた、聖剣の本当の力の事だ。ルナが持っている聖剣……エクスカリバーには、天使の精霊が宿っており、魔力を消す事が出来る。
だが、やり方も使い方もルナには分からない。それに、凄まじい力を得る代わりに、何か大切な人を失ってしまうのではないかと、ルナは内心怯えながら考えていた。
「……無理だよ」
ルナは気づけば口から言葉が溢れた。
「大丈夫だ。お前は強い……俺よりか遥かに強い。だから、大切なものは何か見極めろ」
「……大切なもの?」
ルシアは強く感情を込めて伝えた。
それを聞いたルナは、首を傾げて何を言っているのか分からない表情を見せた。だが、直ぐに答えはルナの頭の中で浮かび上がった。
……ルシア
浮かんだのは紛れもなくルシアだ。
黒い髪に黒い目……普通に居そうな凡人。
生活している時は、少し表情を見せない変わった人だが、戦闘での姿はカッコいい。
ルナはそう思った瞬間に、頭の上から煙を上げて、真っ赤に頬を染めた。
(嘘でしょ? ルシアが大切な人!?)
だが、何度も考えてもルシアが浮かぶ。
自分の感情に悶え苦しんでいると、
「どうしたルナ? 顔が赤いぞ?」
ルシアがルナに近づき首を傾げる。
ルナは反射的に反応を見せた。
「べ、別に赤くないよっ!」
「そうか?」
だが、ルシアの声を聞く度に、ルナは鼓動が猛烈に早く脈打ちするのを感じた。それに、何やら身体が暖かい熱を帯びている。
「ねぇ……ルシアは大切な人はいるの?」
気づいた頃には、ルナはルシアに向かって言葉を発していた。何故、こんな事を質問したかは、ルナ自身にも到底理解出来なかった。
だが、知りたい気持ちはある。
ルナはこの時に確信した。
自分がルシアの事を気になっている事を。
ルシアは照れ臭そうに笑いながら、
「あぁ……いるよ」
「……どんな人?」
ルシアの返事は意外だったが、ルナは怯む事なくルシアを問い質した。
するとルシアはルナを指差して、
「お前が知ってる人かな?」
「……私が知ってる人っ!?」
ルナは頭の中で悶絶した。
ルナが知っている人を洗いざらい思い出してみるが、殆どルシアとの共通点がない。強いて言えば、元騎士たちだった皆だろう。
だが、その騎士たちはもういない。
目の前にいるルシアに殺されたからだ。
一生懸命に考えているルナに、
「まぁ、無駄話はこれぐらいでいいだろう。それより……本題に入るぞ」
ルシアは宿屋から足を踏み出し始め、真剣な表情でルナの方を向いて来た。先ほどのような、柔らかな表情はもう見えない。
本当に真剣になっているのだろう。
ルナは、ルシアの言葉に耳を傾けながら、深呼吸をしてルシアの話に集中した。
「グラシがいるのは……漆黒の樹海だ」
「えっ!? そんな近くにいるの!?」
ルナの言う通り、エリシアの町から漆黒の樹海まで遠くは離れていない。1日もあれば、お往復出来るぐらいの距離だった。
「大丈夫なの? そんな近くにいて?」
単純な疑問をルナは浮かべた。
「そこは大丈夫だ。グラシは漆黒の樹海から出る事はない。いや……出られないんだ」
「……出られない?」
再度、ルナは考えた。
グラシが漆黒の樹海から出れない理由が、余りにも分からなかった。魔獣化しているとしても、漆黒の樹海からは出られる。
漆黒の樹海に魔獣を外に逃がさないと、言うような実例は皆無だ。それに、漆黒の樹海から町の付近に現れる魔獣も普通にいる。
深く考えているルナに対して、
「グラシは魔獣と言っても、元々は騎士だ。それに他の騎士よりか格段に上。そんな騎士が、魔獣化した場合、身体を動かすために大量の魔力を必要とする」
ルナは、ルシアが話したい事の本筋を理解したのか、ルシアの話の続きを語り出した。
「つまり……グラシは魔力の消費量が多い為、漆黒の樹海から出られないと?」
「あぁ……漆黒の樹海は知っての通り、世界樹の加護を多く受けている為、他の地域より魔力量が多く、空気の中にまで淀んでいる」
世界樹はこの大陸の中心部に生えており、その根や葉から魔力の元となる元素が、滝のように溢れ出てくる。そして、その世界中の根があるのが、この漆黒の樹海の中だ。
世界樹の影響は場所によって違うが、漆黒の樹海の場合は、世界樹の根中心的に辺り一面が樹海化している。これも、世界樹から発せられる魔力が原因なのだろう。
そして、精霊宿しを施され、半獣を超えて魔獣化してしまったグラシには都合のいい場所。他の地域に行くと、魔獣化したグラシは、魔力不足で本領を発揮出来ない。
だが、この漆黒の樹海の中であれば、気にすることなく本領を発揮出来て、自分の思うがままに行動が出来るのだ。しかし、それと同時にグラシは、この場以外、自由ではない。
「漆黒の樹海は魔力が多く、グラシにとっても快適な場所だ。しかし、それは俺たちにとっても快適な場所と言ってもいい」
「……魔力を無駄なく使えるからね」
漆黒の樹海は魔力が多くある。
それは、グラシの利点でもあるが、ルシア達にも利点であるのだ。魔力が多いと言う事は、気にせずに魔法と剣技を扱える。
だが、それはグラシも同じ事だ。
消失の魔法を気軽なく使える。
それは余りにも強大だ。
しかし、ルナが聖剣の能力を覚醒させた場合、話は別になる。魔力がいくら多くても、魔法や剣技を使えなければ意味がない。
ルシアはそれが狙いだった。
「それに、グラシは叫んで魔法を使う。これは、マーリンが立てた憶測だが、グラシの攻撃を受けて、叫ばれると記憶が消失する」
ルナは、マーリンの事が気になったが、ルシアの言葉に耳を傾けて深く考えた。ルシアが言うには、グラシ……魔獣化したグラシの攻撃を受けて、叫ばれると記憶が消失する。
それは、剣技や魔法のように、相手個人を特定するために攻撃を与える必要があり、叫びが発動の際の詠唱のようなものだろう。
「攻撃を受けて、叫ばれたら文字通りの終了という事なのね……」
「あぁ……擦り傷すらアウトだろうな」
これは、ルシアが今までの現状を話した時にマーリンが立てた憶測だ。
魔獣化したグラシの叫び声が聞こえた近日に、行方不明になるの者が多かった。それに、その叫び声が聞こえるのはエリシアだけで、他の町には一切聞こえなかったのだ。
その為、他の町に出かけていたエリシア出身の商人が、町の人が記憶を消失していたにも関わらず、覚えていたのはこの所為だろう。
「この事を含めて、マーリンはグラシの事を叫びの獣と呼んでいた」
「……叫びの獣」
シャウト・オブ・ビースト。
叫びの獣とはマーリンらしい。
ルナはその名前を何度も噛み締めた。
「準備はいいかルナ?」
「……うん」
ルシアとルナは気づけば、エリシアの町の入り口まで来ていた。ここから数時間歩けば、漆黒の樹海に辿り着くのだ。
そして、このエリシアから外に出た瞬間に、命のやり取りが始まる。グラシに勝てるかどうかは分からないが、やらないといけない。
ルナはその一心で一歩を踏み出した。
「待っていろグラシ……いや、叫びの獣。お前は必ず俺が、殺してみせる」
ルシアは手を力強く握りしめた。
それと同時に、漆黒の樹海の方から、「やってみせろ」と言うように獣が鳴き叫んだ。
ラストに向けて着実に進んでいます。
次回はやっと戦闘かな?