第15話
お待たせしました!
では、どうぞっ!
ルシアは森の中に1人でいた。
辺りには誰の気配も感じない。しかし、ルシアは誰かと話している様子だった。
「マーリン……お前は知ってたのか?」
カラスに向かってルシアは声をかける。
このカラスは魔法で作られた使い魔。マーリンがルシアと連絡を取る為に送ったのだ。
マーリンはルシアが何故、叛逆をしたのかを全て知っている。ユグドを殺す際に協力してくれたのもマーリンだった。
それに、今はこの大陸の王でもある。ユグドの代わりにマーリンが王を担うことで、この大陸の平和は安定して生活が出来ていた。
『ルシアには悪いけど、僕も知らなかったんだよ。ユグドが生きているなんてね……』
「そうか……」
使い魔のカラスが不器用に喋る。
ルシアはマーリンなら知っていると思ったが、それは幻想に過ぎなかった。もし、マーリンがユグドが生きている事を知っていたら、何か対策を考えていただろう。
だが、今はユグドだけではない。
このエリシアの異変の原因となる、グラシの事が最重要だ。ルシアがグラシを殺した時は、まだグラシに感情が残っていたから、死なずに勝てたが、今回は訳が違う。
復活したグラシに感情があるのかさえ分からない。それに、魔獣化していた場合は、何も手出しが出来なくなってしまうのだ。
『それで……ルシアの言っている事が本当なら、エリシアで起きている異変は全部、グラシ・ブレットが起こしている事なのかい?』
「あぁ……間違いなくグラシだろうな」
ルシアは既に確信している。
このエリシアで起きた消失の異変。町の人が、誰の記憶からも消えて行方不明になるなど、消失の魔法以外考えられない。
それに、ユグドが生きているとするなら、グラシを復活させるなど造作もないだろう。
『……どうするんだい?』
「どうするも何も、やるしかないだろ? それに、俺の側にはルナがいるしな……」
苦笑を浮かべて返答するルシア。
それを聞いたマーリンの使い魔が、少しだけニヤッと笑みを浮かべたように見えた。
『ルナはどうだい? 未だに君の事を殺すとは言っていないだろ?』
「あぁ……今は昔と同じだよ。師弟の関係に戻ったような気分だ」
確かに今のルナは昔と同じだ。
昔のルナは、ルシアの事を尊敬して、大切に思いながらも好敵手と考えていた。それに、少しだけ照れるような様子を見せるのだ。
だが、少しだけ気持ちの入れようが違う。
今のルナは真剣に物事を考えている。命のやり取り、それに自分が一番に大切にしているものが見つかったのか、目の色が変わった。
『うーん……でも、ルナは本当の力に目覚めていないでしょ? ルシアは別として……』
「まぁ、今から特訓しても無理だろう。それに、力に目覚める時は誰にも分からない」
ルシアは何かを知っている様子だ。
『あの力を使えば直ぐに終わるけど、ルシアの場合は、あの力を使いたくはないだろ?』
「あぁ……当たり前だ。あんなのは力でもなんでもない。単なる呪いだよ……」
ルシアは真っ直ぐ空を見て嘆いた。
風が優雅に靡く。
木々が擦れ合い……騒めきを始める。
ルシアは気を取り直して、
「マーリン……グラシについてだが、グラシは多分、獣になっている」
『……確証はあるのかい?』
マーリンは息を飲むように問いかける。
だが、ルシアには確証があった。2年前から聞くようになり始めた獣の声。不思議に思っていたが、あの声は聞き覚えがあるのだ。
そう……紛れもなくグラシの声だった。
「言う程の確証はない。だが、アレはグラシの声だった。魔力の感じもグラシ本人だ」
『君がそこまで言うのか……』
マーリンは驚きつつ、ルシアの言っている事を深く考えてから、納得していた。マーリンに取って、ルシアは一番に信用出来る騎士だからだろう。納得するのも頷ける。
『でも……どうするんだい? 半獣のグラシならいざ知らず、魔獣化したグラシなど……』
「無理だ……無謀だ」、と言おうとした寸前で、マーリンは言葉を濁した。今、考えを否定しても何もないと理解していたからだ。
ルシアは無理でも必ずやる。
そう言う男だと信じていた。
『……失礼。ルシアは決して諦めない。そう言う事を考えるバカだと忘れていたよ』
ルシアはその言葉に苦笑を見せ、
「バカとは失礼だな……でも、マーリンに言う通り、俺は絶対に諦めない。今はルナもいるし、余計に諦めたくないからな」
真っ直ぐ見据えて言葉を述べた。
その時にルシアが少しだけ笑みを浮かべていたのをマーリンは見逃さなかった。使い魔からでも、驚いている様子が伝わってくる。
『意外だね……君が笑うなんて』
「そうか?」
ルシアは不思議そうに首を傾げた。
『そうだよ……君は変わったね。何と言うか……今の君は大好きだ』
「気持ち悪いからやめてくれ……」
マーリンは冗談で言っている雰囲気ではない。それに、少しだけルシアは怯えた。
その後もルシアとマーリンは話し合った。
***
その日の夜。
ルシアとルナは荷物を整理していた。
アリナの宿屋に泊まるのも、今日で最後と考えていたからだ。それに、ルシアはアリナに話さないといけない事がある。
「……本当に話すの?」
「あぁ……伝えないといけない。それが、俺の罪を贖う唯一の事だからな」
もう、嘆く事なくルシアは語る。
ルシアは自分の罪を背負っている。だが、ルナが許してくれた事により、罪から逃げていたルシアは現実を見るようになったのだ。
それに、グラシが生きているのは、ユグドを殺せていなかったルシアの所為でもある。
「さて……俺はアリナと話してくるよ」
「……分かった。外で待ってるね」
ルナは荷物を持って宿屋を出る。
それを見送った後、ルシアはアリナが待っている部屋に向かって行った。アリナの部屋に近づくたびに、緊張で手が震える。
ルシアは、アリナの部屋の前に辿り着き、部屋を軽くノックした後、ドアノブを掴んだ。
「ふっふん……ふふん……」
中からはアリナの鼻歌が聞こえてくる。
その度に扉を開けるのを躊躇ってしまう。
もし、アリナが出会ったばかりのルナのようになってしまったらどうなるのだろう。その事が、ルシアの頭の中では浮かんでいた。
「アリナ……入るぞ?」
「えっ? あ、うん!」
ルシアが部屋に向けて声をかけると、驚いたアリナの声が耳に響いてきた。その度に、ルシアはアリナが悲しむ表情を思い出した。
「久しぶりだな……」
「そうだね……」
静かにルシアはアリナの部屋に入る。
アリナの部屋は、隅々が綺麗に整頓されていて、ルナの部屋とは比べ物にならない。完璧な女性の部屋と言ってもいい程だ。
「ここに座って、ルシア」
「あぁ……」
アリナに勧められて、ルシアはアリナの座っていたテーブルの前に腰を下ろした。
「はい……紅茶でいいよね?」
「……ありがとう」
アリナはティーカップに紅茶を入れて、ルシアの座っている前にゆっくりと置いた。その紅茶を、ルシアは少し飲み本題にはいる。
ルシアの表情を見て、アリナは何かを察したのか、いつもの雰囲気ではなかった。
「……話したい事があるんだ」
ゆっくりとアリナは頷いた。
深呼吸を一回吐いた後、
「アリナ……俺は叛逆の騎士なんだ」
静かに謝るかのように話した。
それを聞いたアリナは、少しだけ考えた様子を見せて、ルシアの目を見つめる。
「本当に言ってるの?」
「あぁ……俺は叛逆の騎士ルシア・モルドレッド。グラシを殺した本人だ」
余りにもショックだったのか、アリナからは「嘘でしょ……」と言う声が聞こえた。それに、アリナの身体は微かに震えていた。
アリナはルシアと出会った頃のように、悲しみに暮れて、絶望しているようだった。
そんなアリナを見るたびに、ルシアは胸の奥に杭を打たれるような痛みに襲われる。これ程、自分が嫌に感じたのは久しぶりだった。
「な、なんで……話したの?」
「もう、この宿屋から出て行くから……アリナには伝えないと思ったから」
いつものルシアではなく、少しだけ幼い雰囲気でルシアは語る。アリナは、怒りよりも裏切られたと言う気持ちに襲われていた。
恐怖や怒りよりも、悲しみが溢れ出す。
ルシアの事を大切に思っていたからだ。
アリナの頬に水滴が流れる。それと同時に、アリナはルシアに笑顔で微笑んでいた。
「私……貴方の事……好きだっんだよ?」
「…………アリナ」
「でも……まさかルシアが、あの叛逆の騎士だったなんてね……酷いね神様は」
アリナは笑ったまま語った。
しかし、身体は震えていた。相当、アリナにはショックだった事だと分かる。それに、涙がにわか雨のように溢れ出ているのだ。
テーブルにポタポタと涙を零しながら、
「ねぇ……ルシア。本当にルシアは叛逆の騎士なの? グラシを……夫を殺したの?」
「……あぁ」
ルシアは短く……感情を殺して答えた。
片方の手を強く握りしめる。
今のアリナの表情を見たくなかった。
こんなにアリナを悲しませたくなかった。
ルシアは心の中で悶え苦しんだ。
「ルシア……早く出て行って」
アリナは嗚咽を交えながら発した。
静かにルシアは立ち上がる。
そして、小さい声で呟いた。
今までの感じていた言葉を……
「アリナ……今までありがとう。俺も、アリナの事は好きだったよ」
ルシアはそう言葉を残して去って行く。
扉がドンッと音を立てて、部屋の中には未だに立ち竦んでいるアリナが居た。しかし、その表情は、嬉しそうな表情ではない。
子供のように泣きじゃくっていた。
「ルシア……私は貴方の罪を許さない。だけど、どうか……無事でいて下さい」
それは、アリナの本心からの願いだった。
ん……文字数が少ない。
次は戦闘になるかな……どうだろう。