第1話
初めて書くので、変な箇所があるかも知れませんが、よろしくお願いします。
それはとある朝の日常だった。
1人の若い男性がベッドで、気持ちよさそうに眠っている。その横で、1人の少女がニヤニヤと笑みを浮かべて、ベッドに膝をつき、体重を乗せていた。
シーツが体重の重みで沈んだ。
「お兄さん……起きて下さい」
「んぅぅ…………」
そのままの体制で、寝ていた男の耳元に口を近づけて、甘い声で可愛らしく囁いた。
しかし、そんな行為をされたのにも関わらず、男性は唸り声を上げている。睡魔から解放されるにはまだ、時間がかかりそうだ。
「はぁ……」
深いため息を吐く音が聞こえた。
そのため息を吐いたのは少女だ。恐らく、男性を自分の力で起こしたかったんだろう。
はたまた、男性が起きた時の表情や仕草、そう言った反応が見たかったのかもしれない。
少女は嫌々部屋の開けると、
「お母さん! ルシアさんが起きないよっ!」
階段の下に向かって聞こえるように叫ぶ。
すると、ドンッと扉を乱暴に開ける音が下の部屋から聞こえた瞬間に、猛烈な階段を上る足音が廊下に響き渡った。
ここは宿屋だが、他の客がいない。先ほどの少女は客ではなく、ここの従業員だ。従業員と言っても、この少女の母親がこの宿屋を経営しているため、それを手伝っている。
「ルシア! 早く起きないと、ギルドに遅れてしまいますよっ!」
部屋まで来た少女の母親が、容赦なく寝ているルシアに近づく。その母親の目には、何やら悍ましい光が宿っているのが見えた。
「ルシア! ……起きないんですか?」
「んぅぅぅ…………」
最後と思わしき問いかけに返事をしない。
もう、呼んでも起きる事はないだろう。
「やっちゃえお母さん!」
「任せなさい!」
そんな様子を見守っていた少女が、母親の背後から声援と思われる言葉を出した。如何にも楽しそうな雰囲気を醸し出している。
それを聞いた母親は、静かにルシアが寝ているベッドのシーツを両手で力強く握りしめた。
「遅刻してしまいますよっ!」
その言葉を合図に、ルシアが寝ていたベッドのシーツを力を込めて引っ張る。
ルシアの体重が乗ったシーツは、そう簡単に動くものではないのだが、少女の母親はそれを意図も簡単のように動かした。
ドンッと鈍い音が部屋に響き渡る。
すると、ベッドから落とされたルシアが、体制を起こし上げて痛みに悶え始めた。
「いってぇぇぇぇ!」
背中を抑えながら叫ぶルシア。
「ほら、起きて下さい」
「お兄さん! 朝だよっ!」
そんな姿のルシアに向かって笑顔で微笑む2人。流石は家族だなと思う程に、少女の顔立ちが、隣にいた母親にそっくりだ。
多分、この少女は母親似なんだろう。
どちらともブロンドの髪が似合っている。
そんな2人に対して、ルシアは鋭い視線で睨み、ため息を吐いて体制を起こし上げた。
「アリナ、そんな乱暴に起こさなくでもいいだろ……」
「だって、そうしないとルシアさん絶対に起きないから」
「俺は起きるよ……多分」
歯切れの悪い返事でルシアは答える。
アリナと呼ばれる彼女は、その様子を見て「ふふふ」と微笑を零す。2人のその様子は、まるで仲のいい家族のようだった。
***
ルシアは、宿屋の主人のアリナが作ってくれた朝食を食べ終わり、一段落ついていた。
窓から見える景色は、自然の豊かさを感じさせる風景だ。木々が時々、風に煽られいい感じの雑音を奏でる。それにつられてか、綺麗な赤色や青色の花から甘い香りが漂う。
自然に気持ちが軽くなった感じがする。
平凡な日常だと思えてくる光景だった。
「ねぇ……お母さん」
「どうしたのエリナ?」
母親のアリナと一緒に、ルシアが朝食を食べる時に使われたと思われる食器を洗いながら、小さい声で何かを尋ねていた。
アリナとエリナはよく似ている家族だ。5年前にアリナは、最愛だった夫を亡くして、1人でエリナを育てながら、この宿屋を経営している。客足は多いと言われる程、繁盛してないが、生活出来るほどには稼げていた。
ルシアがこの宿に来たのは2年前のことだ。
突如として、頭から深いローブを被った若い男性が、腰に剣を添えてやって来た事を、アリナは今でも鮮明に覚えている。
あの時のルシアは、表情と言う言葉すら無視するかの如く、表情を一切見せなかった。だけど、段々とアリナとエリナと過ごして行くうちに、今では随分と丸くなっている。
最近は、笑顔で微笑む事が多くなった。それに、ルシアの事をアリナは、少し気になっているように感じる。やけに視線がルシアの方を向いているのは、その所為だろう。
「あのね……お兄さんにお菓子でも作ろうと思ってるんだけど、何がいいかな?」
「……お菓子?」
変化と言えば、ルシアだけではない。娘のエリナだって随分と様変わりしている。
前までは、お菓子だの料理だの作らなかったはずなのに、ルシアが来てからと言うもの、毎日のようにルシアの為に、美味しい料理を作ろうと張り切っている。少女でも彼女は年頃なのだろう。
その事には母親のアリナも言葉を濁す。
娘を含めてルシアの事が気になっていたからだ。
「……お菓子なら、クッキーとかはどうかしら? 紅茶の茶葉を入れたら、ルシアはきっと喜ぶと思うけど?」
「あぁ! それいいかも……」
エリナは楽しそうに笑みを浮かべて頷いた。
こうしてみると、エリナも一途な少女だと思えてくる。
「うん……決めた! お母さんの言った通りに、クッキーを作るねっ!」
「お母さんも手伝うから、美味しいクッキーを作って、ルシアを驚かせちゃおうか!」
エリナは「うんっ!」と可愛らしく頷いた後に、材料を買いに行く準備を進めた。
その頃、ルシアは2人の会話を盗み聞きして、紅茶を口の中に含んで味わっていた。甘酸っぱい茶葉の風味が口一杯に広がって、気持ちが落ち着いてくる。
エリナ達が買い物に行くために立ち上がると、ルシアもそれを見越していたのか、静かに立ち上がり、気合いを入れてから自分の部屋に戻って行った。
少し経つと、ルシアは何やら物騒な格好をして階段を下りて来た。
物騒と言うのには、深い理由があるのだ。
まず、ルシアの服装が先程とは違い、頑丈な楔帷子になっている。そんな服装意外にも、腰には高価そうな剣が鞘に収まっていた。
アリナ達の買い物に付き合うと言う雰囲気では到底ない。寧ろ、今から何かと戦うような感じを出している。先程から空気が少し吸いにくいと感じるのはその所為だろう。
ルシアが宿屋から出ると、店の前でアリナとエリナが、会話を楽しそうに弾ませながら待っていた。
「やっと来たねお兄さん!」
「……待っていたのかエリナ?」
「うんっ!」
驚いた表情のルシア。
それの表情を見て嬉しそうにエリナは、返事をしてルシアの方を上目遣いで振り向く。
ルシアは先程まで発していた緊張感が、いい具合に消え去るのを感じた。 少し強張り過ぎたのかも知れない。殺気立った空気は既に変わっていた。
そう思いながら、エリナの頭を優しく撫でる。
「待ってくれてありがとう」
「へへへ……」
ルシアは感謝の言葉を述べて、何度もエリナの頭を優しく撫でていた。エリナの特徴的なブロンドの髪が、ルシアの手の合間をすり抜けて少しこそばゆい。
だが、その感じを嫌とは到底思わなかった。
「エリナ達は買い物か?」
「うんっ! 町までクッキーの材料を買いに」
「クッキーか……」
ルシアは少し悩みながら言葉を述べる。
その様子を見ていたエリナは、思った通りの反応を見せて返答してきた。
「お兄さん、もしかしてクッキー嫌いだった?」
「いや……嫌いじゃない。寧ろ、クッキーは大好きだよ」
先程の表情とは一変して、ルシアの言葉を聞いた瞬間に、エリナは形相を変えた。 2人は、まるで恋人同士のように見えている。
アリナも2人見て、頬を少し上げて苦笑していた。
「ほ、ほんと!?」
ルシアの返事を聞いて、食い入るような感じでルシアの側に近づいて聞き質す。
……エリナの目は既に獣のような目だった。
「あ、あぁ……本当だ」
ルシアは苦笑を浮かべていた。
余りにも、エリナの様子が様変わりしていたからだ。必死と言うよりかは、一途に恋をしている乙女と言った方がいいだろう。
「それじゃ、早く町に行かないとねっ!」
「楽しみにしとくよ」
エリナは気分を良くしたのか、鼻歌を歌いながら、町に向かって歩みを始める。
その後ろを、ルシアとアリナが笑顔で見守っていた。この3人の後ろ姿を見ていると、それは紛れもなく……本物の家族のように見えていた。
「楽しそうですね……」
「あぁ……アリナにそっくりだな」
「そうですか?」
アリナは嬉しそうに首を横に傾げる。
「例えばどんな所がですか?」
少し目を本気にして尋ねるアリナ。
「そうだな……無邪気な所とか、明るい所とか……無駄に笑顔が可愛い所とかな」
笑みを浮かべでルシアはそう言った。
それを聞いたアリナは耳まで真っ赤に染め、
「む、むむむ無駄に可愛いって!?」
「そうそう、今の表情とか特に」
「……っ!」
恥ずかしいのか顔を両手で隠している。
その手の隙間からチラッと視線が伺えた。ルシアがどんな表情をしているのか知りたいからだろう。彼女も1人の女性なのだから。
「ははは……冗談だよ」
「なっ! る、ルシア!」
ルシアは堪えていたのか、期待通りの反応を示したアリナを見て笑みを浮かべる。
それを聞いたアリナは、先ほどよりか頬を赤く染めてルシアの胸元を軽く叩いていた。赤くなっているのは、怒っているのではなく、恥ずかしいからだ。
ルシアを軽く叩いているのも、気を紛らわせる為にやっているのだろう。照れ隠しだとバレバレだ。
そんな2人の様子が気になって、先頭を歩いていたエリナが駆け寄って来る。目には楽しそうな事を見つけた時の無邪気な色に変わっていた。
「どうしたのお母さん?」
「えっ! な、何でもないのよ……」
エリナが近くに来ると、アリナはいつも通りの雰囲気を出そうとするが、先ほどルシアに言われた事を意識しているのか、表情が何度もニヤニヤと緩んでいた。
エリナは疑問に思い首を傾げる。
アリナはそんなエリナに対して、ハッキリとした口調で返す事は出来なかった。
「でも……顔が真っ赤だよ?」
「ななな、なんでもないから!」
やはり表情を隠しきれていない。何かがあった事はエリナにでも分かる事だった。
疑いの目を母親に向けて送る。
「怪しい……」
「も、もう! そんな目をせずに……早く行きましょう! 町まではあと少しだからね!」
アリナは完璧に話を逸らすつもりだろう。
アリナの思惑をエリナは既に知っている。子供と言えども、エリナの歳は10歳だ。何事も自分自身で分かる年頃となる。
エリナはそっとルシアに近づいた。
そして耳元に顔を寄せて、
「お兄さんが何かやったんでしょ?」
決めつけるようにエリナは聞いてきた。
「どうしてそう思った?」
「だって……お母さんが照れる時は、必ずお兄さんが関係してるから」
それを聞くと苦笑を浮かべてしまう。
やはり、エリナには気づかれていたようだ。
ルシアは、誤魔化す事をやめる。最初から誤魔化す気は無かったのだが、聞かれてしまった以上は、話した方が得策だった。
「はぁ……やはりバレたか」
「やっぱり! お兄さん……お母さんをあんまり揶揄わないでよね……可哀想」
「ん……でも、嬉しそうだぞ?」
ルシアとエリナは、先に歩いているアリナに向かって視線を送る。シアの言っていた通り、アリナは嬉しそうに頬を緩めて、ニヤニヤとした表情だった。
これを見たエリナは流石に溜息を吐いた。
まさか、ここまで自分の母親が、ルシアに好意を抱いているとは思わなかったからだ。
「……お兄さん、責任取ってね?」
「えっと……誰が、誰の?」
「お兄さんがお母さんの」
ルシアは戸惑いを隠せないでいた。
それもそうだ。今、エリナが言っている事を端的に言えば、エリナ自身のお父さんになってと言っているようなものだからだ。
「いやいや……いきなり過ぎるだろ!?」
「そうかな?」
オーバーなリアクションを取るルシア。
それに対してエリナは、冷静にルシアの方を向いて、軽く首を横に傾げている。
「そうだよ! 大体、エリナは嫌だろ? それに、俺は誰かを幸せになんて出来ない」
冗談で言っているとルシアは思っていたが、エリナの眼差しを見て肝が据えた。
エリナの目は本気だったのだ。
本気で、ルシアをお父さんにしたかったのだろう。
しかし、エリナに対してルシアは、何かあるような雰囲気を見せて断言した。
「そんな事ないと思うけど……」
「いや、俺にはそんな資格はない。誰かを幸せにする資格なんてない」
ルシアのその言葉は誓にも近いものだった。
それに、ルシアの表情が、今まで見た事もないくらいに強張っている。何かに怯えていると言った方がいいほどに、今までのルシアとは違っていた。
何も言えずにエリナはその場に固まる。ルシアの変貌ぶりに余りにも驚いたからだ。
幼い小さい身体が小刻みに震えている。
エリナは、ルシアと初めて会った時のような、恐怖を心の奥底から感じた。
けど、それで嫌いになる事はない。エリナは知っている。ルシアが、楽しそうに笑顔で微笑む事を知っている。だから、どんな事が起きても絶対に、ルシアを嫌いにはならない。
そう彼女は確信していた。
「おーい! 2人とも見えてきたよっ!」
先頭を歩いていたアリナが駆け寄って来る。
それを合図に、今まで固まっていたエリナは、いつもと同じように戻る。ルシアの方もいつもと同じように笑顔で微笑んでいた。
「さっきの事は気にしないでくれ、エリナ」
アリナに聞こえないように耳元で話す。
「……なら、気にしないっ! それより、お兄さん。1つだけお願いを言ってもいいですか?」
「……いいけど?」
恐る恐るルシアは返答した。
エリナの事だから、無理難題を押し付けてくる事は皆無だが、気まずい事を願ってくる可能性の方が高かったからだ。
深呼吸をするエリナ。
何故か頬が赤く染まっているのが見える。
そしてゆっくりと愛おしく息を吐いた。
「お兄さん……抱きしめてもらえますか?」
「……えっ?」
予想はしていたが、突然の事にルシアは言葉を濁してその場に固まってしまう。
「え、エリナ……もう一度言ってくれるか?」
「分かりました。なら、お兄さん……私を力強く抱きしめてもらえませんか?」
「……っ!」
照れながらエリナは、ルシアに向かって甘い吐息を吐くかのように耳元で囁いた。
ルシアの心臓が少しだけ早く脈打ちする。
歳は離れているとしても、エリナの自然な仕草は立派な女性と同じように見えていた。
その所為で無駄に意識をしてしまう。
けれど、約束は約束だ。
ルシアは、ゆっくりとエリナに身体を寄せる。エリナに近づく度に、エリナの身体が緊張で何度も震えている事が分かった。
「じ、じゃあ、行くぞ?」
「う、うんっ! ……やさしくしてね?」
無言のままエリナの身体を抱きしめる。
柔らかな肌の感触が、重なり合った身体からじわりじわりと伝わってくる。
「……落ち着くね、お兄さん」
「そ、そうか? っと、そろそろいいだろ」
ルシアは、抱きしめていたエリナの肩を持ち、ゆっくりとエリナを身体から離した。柔らかな感触が消え、気持ちいい暖かさが身体から失われる。
まだ足りないのか、エリナは少しだけため息をついたが、頬が微かに赤いのが見えた。
「……2人とも何してるの?」
急にアリナが後ろを振り向いて来た。
「いや、なんでもない」
「うん。何にもないよ、お母さんっ!」
鈍感なのかアリナは、少し疑問げに首を傾げただけで、それ以上の反応は見せなかった。
気を取り直して、ルシアとアリナとエリナの3人は町に向かって歩いていると、段々と町の様子が視界に写り込んで来た。
「見えてきたな」
「そうですね、ルシア」
ルシアが止まっている宿屋は、町から少し離れた所に位置する場所だ。
その為、町に行くには少しの距離を歩かないといけない。それでもルシアにとっては大した距離ではないのは明白だった。
「お、今日も仲がいいな、ルシア!」
「おはようございます」
町に到着して、町の目の前にある印象的な門を通ると、門番らしき老いた男性が、ルシアの肩を叩きながら言ってくる。
流石に2年間も過ごしてきた為か、町の人々とルシアの関係は深まっている。町の住人と言っても過言ではないという事だ。
「ルシアはギルドか?」
「そうです。エグトリアさんは、今日も門番をしながら愚痴を言っているんですか?」
皮肉を言うかのようにルシアは語る。
「何言ってんだよ!」
だが、エグトリアと言う名の老いた男性は、緩やかに微笑んでいた。それに、冗談半分だと思うが、軽くルシアの身体を叩いている。
そんな様子をアリナとエリナは、温かい眼差しで伺っていた。その様子は、まるで、父親を見ているような視線だ。
「では、俺はこの辺で……」
「おう! 頑張れよ、ルシアっ! それと、アリナを大切になっ!」
苦笑いを浮かべながらルシアは去って行く。
それを聞いていたのか、近くにいたアリナの顔から煙が出ているように見えた気がした。
「2人ともは、これから買い物だよな?」
照れながらアリナは頷く。
「じゃあ、俺はギルドに行くよ」
「いってらっしゃい、ルシア!」
「早く帰ってきてよ、お兄さんっ!」
ルシアは、手を振りながらアリナとエリナの元を離れて行く。必死にエリナは、ルシアの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
その姿を見て、ルシアの頬をが不自然緩む。
「……今日も平穏だな」
空を見上げてルシアは言う。
そして、ゆっくりとギルドに向かって足を進めて行った。
……これから何が起こるか、この時のルシアは何も気づかず、何も考えてはいなかった。
更新は不定期です。
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