序章
揺らぐ水面は碧く反射している。
ぼうっと見上げたそれに、意識を飛ばしながら耳元を流れる水のコポコポという音を楽しむ。
そうだ、と少女は思う。いくら光が美しくとも私は水面の上へは出ることができないのだ、と。絶望を胸に己の身体を眺める。光に照らされた瑠璃色の鱗が輝く。ヒトであれば足のあるそこには、ゆらめくヴェールのようなヒレしかなかった。水に溶けそうなほどに深いその身体の色は自分自身が地上へと上がれないことへの呪いのように思えた。
「忌々しいわ。それならいっそ……」
呟く少女を心配するかのように、小魚の群れが寄り添った。自分たちは味方だとでも言いたげなその様子に自分もこの小魚たちの仲間なのか、と少女は苛立ちを感じる。
「私は、魚じゃないわ……」
苛立たしげに群れを手で追い払う。悲しげに去る彼らに、少女は多少の罪悪感を覚えた。何もかもが嫌になるようなこの絶望感に、瞳を閉じる。
深く、深く、誰もいないところへと、少女は海へと潜っていった。
§
この島には、魔物がいる。
古くからこの地に言い伝えられる伝承に、女は顔をしかめた。魔物、魔物、魔物。この世界はどの地も魔物の伝承におびえている。ただ忌々しいだけの獣に何を恐怖するのか、と女には理解ができなかった。魔物も所詮は獣なのだ、低俗な人の形をしたまがい物に何を恐怖するのか、と魔物を見下し憎悪していた。
「海にいる魔物……?」
ふと立ち寄った酒場で、くだをまいていた漁師の口から盛んに出るその言葉に女は顔をしかめた。座っていた席からがたり、と立ち上がると騒がしい漁師たちに話しかける。
「あなた方、魔物に困っているの?」
頷く男たちに、女は微笑む。
「魔物を退治せしめるから、私を雇ってくださらないこと?」
交渉成立だ、と男たちは笑った。
ありがとうございました。